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キング  作者: かめ屋吉兵衛
国交
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二 自己紹介

 子ども達には強い不安感を抱かせてしまったが、彼らがその場にいた事こそが、大人達の心を落ち着かせる大きな要因になったと思う。

 それでも涙を流す者が多く、全員が落ち着くまでに時間は掛かった。

 ただ、辛かった過去に対する涙は、今の幸福に感謝する涙と変わり、家族同士抱きしめ合った後は、仲間との友情を確かめ合う。

 とても辛い過去を思い出したことにより、すでに当たり前のものとなっていた日常生活、この地での生活が如何に素晴らしく充実しているのか、それに気付かされた人々は徐々に笑顔を取り戻して行った。


「キング、子ども達の事を思い出させてくれて有難う…、お陰で少し落ち着いた、俺達には今が有るのだよな、そしてこの子等には辛い思いをさせたくない、な、八重、そうだろ。」

「ええ、ロック、私にとってここでの生活は…、幻の様に感じる事も有ったけど…、過去の記憶が戻った今…、ふふ、まだ全然分からないけど…、あなたと出会えて、仲間達と出会えて…、マリアさまの本心は分からないけど、はは何言ってんだろう私、でもみんな大好きよ。」

「私も…、あの頃…、悲しい事ばかりだったけど必死に生きてた、でもここでだって…、私、頑張ってるのだから、ほら私達の子は素敵に成長してくれているでしょ。」

「一花…、過去の記憶が戻ったら、お前に対する気持ちはどうなるのだろうって、正直言って不安も有った、でも何も変わらないよ…。」

「はは、きつい仕打ちだったな、ふ~、俺は落ち着いて来たが皆はどうだ?」

「ええ、三郎、何時迄も子ども達に不安そうな顔をさせてる訳には行かないでしょ。」

「俺はかつて医師だった、精神的にきつい人がいたら相談に乗るからな。」

「三郎は医者だったのか。」

「ああ、専門は内科、今まで全く思い出せなかったのは必要が無かったからだと思う、管理者の力はすごいよ。」


 そして落ち着きを取り戻した私達は、もう一度子どもを抱きしめ、今の幸せを噛みしめる。


「これは自己紹介のやり直しが必要ね。」

「今日の仕事は休めない作業を除いて休みにしようか。」

「い、いや、キング、俺は働きたいよ、体を動かしていないと頭がおかしくなりそうだ。」

「分かった、餌やりとかの欠かせない作業、手伝ってくれるか。」

「そんな作業は俺達でやるよ、それより管理者が俺達に与えてくれたチャンスの場、この国の事を考えて欲しい。

 俺の過去はひどいものだった、でも、ここではちゃんと子どもを儲けて楽しく働いている、それはキングのお陰だ、あの英語を話す連中とも交流して行くのだろ、俺の希望は連中とサッカーの試合をする事だ、頼むよ。」

「びっくりして混乱してたけど、私も大丈夫、嫌な夢は見そうだけど、子ども達の面倒を見てれば今の素晴らしさを感じられると思うわ。」

「キング、今まで以上に国王として俺達を導いてくれないか、各部署のリーダー達も過去に囚われず今まで通りお願いしたいと思う、なあ皆、それで構わないだろ。」


 私達に気を使って話してくれたのは三丁目の連中、城の住人以外から前向きな発言が出た事で少し安心出来た。

 そのまま作業を彼らに任せることにし、八人での会議をさせて貰うとお願いして解散とした。

 子ども達は音楽村の住人が引き受けてくれ、ほとんどの者がその日予定していた作業へと向かう。

 過去を頭に叩きこまれた状態で、今の現実へと。


 城へ戻って八人でテーブルを囲む。


「三丁目の連中に助けられたな。」

「そうね、突然の事だったから混乱したけど、過去の記憶が蘇ったからと言ってここが楽園で有る事に変わりはないわよね。」

「子ども達が戦争という愚かしい行為をしない様に、しなくて済む様にしないとな。」

「衝撃的な記憶の復活だったのに今は…、マリアさまが何かしてくれたのかしら…。」

「かもな、何にしても自分達を保護してくれた事には感謝しないといけない。」

「でも、まずは改めて自己紹介をさせて貰う、私は神山慶介、過去の記憶が終わる頃は二十四歳独身、開戦後の話は省略する、その前は自分で起こした会社の社長でそこそこ稼いでいた。」

「そうか、キングは社長だったのか、納得出来る、俺は医師だったが開戦後は大して人の命を救えなかったし、ここではその知識が役に立たない…、あの頃は三十六歳だった、ただ、今の感覚はキングの年代と心身ともに変わらない、これは現在の自分を医学的に考察した結論だ、それから過去の名前は捨てようと思う、ここでは三郎、東城三郎で通したいと思う。」

「あっ、それもそうだ、私の過去の名は忘れてくれ、北城大吾で頼む。」

「はは、キングをその名で呼ぶ気にはならないよ、今さら過去の名は、そうだなこれを機に名前を変えたいという人以外は気にしなくて良いだろう。

 年齢も三郎の言う通り怪しい物さ、ここで生まれ変わって全員二十四歳という事にしてくれよ、でないと色々ややこしくなりそうなんだ。

 ただ、ここに医師がいるという事に意味は有ると思う、将来三郎の知識が必要になる可能性は否定できないだろ。」

「あ…、そうだな、ロック有難う、心が軽くなったよ。」

「どういたしまして、自分は研究所の所長をしていた、結構最先端の技術研究だと自負していたが、ここの管理者達のレベルには遠く及ばない、今は彼等の技術をもっと知りたいと考えている、知的好奇心って奴がこれまで以上に湧き上がってるとこだ。」

「それは羨ましいよ、工場長の経験なんて活かせても大したことないからな。」

「ふふ、セブンはしっかり経験を活かして来たと思うわ、五丁目や六丁目の人達から信頼されているのは工場長の経験有ってのことじゃないかしら。」

「八重はやっぱり保育とかの?」

「ええ、保育園の園長をしてたわ、でも色々な制約が有って思う様には出来てなかった、落ち着いて考え始めたら、昔出来なかったことがここでは出来るのじゃないかって、過去の嫌な事を思い出す暇が有ったら、ここの子ども達の将来を考えようって思うの、二回目の人生がこんな楽園での生活なのだから頑張るわよ。」

「う~ん、私は微妙なのよね、百貨店の店長っていらなくない?」

「いや、一花、店長としての経験はセブンと同様に生かされていると思うよ、リーダーとしての器という形でね。

 何時の日かこの国にも百貨店をオープンさせる日が訪れるかもしれないし。」

「今は労働に対して食料提供と言う形だけど、人口が増えたら…、経済学的な研究が必要になるかもね。」

「三之助は経済関係だったのか?」

「う~ん、経済というより数学的というか、私は皆さんの様な実績はなかったのですが社会全体のバランスを…、まあ机上の空論になりかねないレベルですが。」

「それでも、リーダーシップを発揮してたよね?」

「人のバランスという自分自身の研究テーマから、無意識の行動だったのかも知れません。」

「わあ~、難しそうな話でついて行けないかも、キングを愛する麗子さんは皆さんにおいしい物を食べて頂く事だけが生甲斐ですの。」

「あっ、麗子の事知ってる…、って言うか知ってた、若き天才料理人花柳院静、私、あなたの大ファンだったのに…。」

「ふふ、それは芸名ですけどね。」

「どうりで食事が美味しい訳だ、ここを楽園と思わせる原動力だよな。」

「という事はキングと同じぐらいの歳よね。」

「ええ、前の世界で出会っていたら、やはりキングを選んでたかも。」

「はは、問題はこれから六十二人で自己紹介をする事と、英語を話す隣人達との交流だが…。」

「私達の自己紹介を参考にして貰っても良いと思うな、基本的に戦争の事は心にしまっておく、前の名前や年齢などの発表は自由、でも何をしてたのかは教えて欲しいよね。」

「時間が掛かってもやらないとな、英語を話す隣人とのコンタクトはこの後すぐ取ろうと思う、彼等が記憶を取り戻したのかどうか分からないが、まずは国内を落ち着かせる事を優先したいと話すつもりだ。」

「それで良いと思う、二つの事を同時進行というのは無理が有るよ。」


 新たな隣人と連絡を取った所、先方も記憶が蘇って来てるがこちら程急速ではないらしい、次回会うのは落ち着いてからという事で一致した。

 それからは毎日定時に連絡を取り合っている、自動翻訳を使わず音声通話を利用し英語でだ。

 一方、国内は大人達全員での自己紹介後、作業の再検討。

 担当を交代したり作業手順等を見直した結果、作業効率は格段に良くなった。

 皆に蘇った記憶はこの島にとって大きくプラスに作用。

 その余力を使って新たな仕事を始める事になる。

 まずは木工、子ども達のサイズに合わせた椅子や机を作り始めた者達は随分楽しそうだ。

 それと並行して建物建設を計画し始めた、学校だ。

 担当者達は嬉しそうに話し合っている。

 皆の心には闇の記憶が蘇っている、それを忘れたいが為なのか、闇の記憶によって今の生活がより輝いて見えるからなのか、仕事への取り組みは前以上に熱心だ。

 三丁目の住人からは…。


「ねえキング、子ども向けのサッカー教室を開いても良いかな?」

「はは、むしろお願いしたい、いずれ学校をスタートさせるが、地理の様に教える必要のない教科も有る、その分、スポーツを通してルールについて考える場が欲しい。

 もちろんゲームを通して競い合う気持ちを養う必要も有るだろう。」

「うん、健全な大人に育てる、豚の世話もきっちりやるからね。」

「助かるよ、作業効率が改善されたとは言え、労働力は子ども達が成長するまで増えないと思うからな。」

「子ども達は手伝いをしたがるから、もうささやかな労働力ですよ。」

「はは、そうだったな、三丁目の子ども達は特に頼もしいと聞いている。」

「俺達は、人が嫌がる仕事でも進んで取り組める人に育てようって話し合っています、この国が大きくなった時、そんな人がいないと国が回らなくなるでしょ。」

「有難う、極力そういった仕事が減る様に考えてはいるが、率先して大変な仕事を引き受けてくれている君達には感謝してるよ。」

「その分の恩恵は充分受けていますよ、キング。」


 仕事も娯楽も急速に充実した。

 ただ、海を見ながらぼんやりしている者の姿を見ない日はない。

 大人達は誰しも過去と向き合いながら、この国で生きている。

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