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キング  作者: かめ屋吉兵衛
記憶
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一 目覚め

 暗黒。

 混沌。

 その中で始めに意識した言葉は『死』。

 何故か頭に浮かんだ。

 それから『生』。

 その後は、それらから連想される語句が続けて浮かんだと思うが、すぐに様々な単語が強烈な勢いで頭を駆け回り始め、訳が分からなくなる。

 凄まじい混沌の後、記憶や思考という言葉に辿り着く。

 そして、自分が記憶を取り戻している最中なのではないかと認識するに至った。

 それが正しいのかどうか分からないまま、混沌とした脳内が少しずつ落ち着き始め、思考能力を取り戻したと意識する。


 それまでは寝ていたのだと思う。

 もしかすると気絶していたのかも知れない。

 過去に感じていた記憶は、こんなに混沌としたものでは無かったと…、思ったのか思い出したのか…、まだすっきりしない。

 発狂というワードも浮かんだが、こうして思考しているのだから、脳が完全に壊れているという訳ではなさそうだ。

 ただ、何か大切な物を失ったという喪失感が残っている。

 そんな状況で目覚めた。

 この目覚めとは目を開けること。

 しかし、周りは薄暗くほんとに目を開けてるのかどうか自信はない。

 取り敢えず自分の置かれている状況を確認をすべきだと、脳のどこからか指令が発せられたので、私はその指示に従う事に。

 まず、意識を自分の下、つまりどこに横たわってるのかに向けてみた。

 寝心地は悪くない、手には布団の感触が伝わる。

 ほんとに暗いのか自分の目に異常が有るのか二つの可能性に気付いたが、しばらくして目が慣れたのか、暗いながらも少しづつ見える様になったので目は大丈夫の様だ。

 と、言っても薄っすら見えるのは掛布団ぐらい。

 横たわったまま見える範囲の確認をして行くが、天井はグレーの単色、暗いからグレーに見えるのかもしれない。

 壁もグレーの単色、目に入る範囲に窓もドアもない。

 これ以上の情報を得るには起き上がらなければならないが、今一つ力が入らない。

 色々な可能性を考えてみる。

 何らかの事故に遭い記憶だけでなく体にも問題が有る、もしくは単なる病気か、長く寝すぎて体に変調をきたしているのか等々。

 結論は出ないが手はかろうじて動くので意識を手に持って行き動かす。

 続けていると、少しずつほぐれ血流が良くなったのか徐々に動きが良くなって行く。

 体をほぐす作業をしばらく続けた結果、姿勢を変える事にも成功した。

 それに伴なって部屋全体を視認出来る様になったが、それは自分を喜びに導いてくれなかった。

 部屋には何も無い、いや、そもそも自分の存在している空間が部屋と呼んで問題の無い代物なのかどうかも怪しい。

 始めは天井と壁、床、そう認識していたがその境目は見当たらない、窓もドアもない。

 グレーに囲まれた空間に寝具と自分だけが存在するという現実と向き合って、すぐに絶望しなかったのは単に状況が理解出来ていなかったからだと思う。


 何とか動ける様になり、自分のいる部屋がかなり狭いと分かった頃、自分が空腹だという事に気付く。

 だが、気付いても出来る事はない。

 壁が普通に固い事を確認した後は、拳の痛みに耐える以外、する事はなくなっていた。


「気分はどうだ?」


 唐突にインタビューされる事は想定の範囲外だった、いや何も想定していなかったというのが本当の所だ。

 突然の声に驚きはしたが、なぜか冷静に応えたのはその声が若い女性のものだったからかも知れない。

 声に優しは感じられなかった、上官が部下に問うと言ったところか、それでも嫌いな声ではなかったので。


「最悪だな。」


 まあ、静かな口調で応えた。


「だろうな、何か望みは有るか?」


 この状況での問いとしてはどうかと思う、現状では何から要求すれば良いのか分からない、ただ声の主になめられるのは否定したかった、まあ敵意は感じられないのだが。


「まずは飯だ、後部屋をもう少し明るくして欲しい。」

「そうか、何が喰いたい?」

「そうだな、寿司とビール…。」


 寿司もビールもしっかり自分の好みを指定してやった。

 どうせ出せまいという想いからだ。

 だが、意に反して注文通りの品が出て来た。

 目の前に、唐突にだ。

 そして気付く、自分はこんなものを好む人間なのだと、そう、怪しい記憶の断片から自分は寿司とビールを選択したのだ。

 味は悪くなかったと思う、こんな状況でなかったら。

 食事が終わるまで静かだった。

 部屋は幾分明るくなったが、雰囲気は変わらない。

 灰色一色、光源は分からない、床も含め部屋全体がぼんやり明るくなったという感じだ。


「どうだ、落ち着いたか。」

「ああ。」


 何となく落ち着いてはいるが目の前の皿が突然消えるのを見たばかりだから微妙では有る。


「お前は何と呼ばれたい?」


 名前を聞かれた訳ではない。

 こちらの記憶がおかしくなっている事を知っているのだろう。


「そちらは私の事をどう呼んでいるのだ?」

「正式名称は試験体59782154065、通称は65だ。」

「試験体? モルモットという事か?」

「人間とモルモットとの関係性、モルモットという言葉の使われ方から判断の結果、肯定だ。」

「そうか、ここは檻の中という事か。」

「65と呼ばれて抵抗がなければ、今後65と呼ぶが良いか?」

「ちょっと待て、その前にお宅の名前を聞いてないのだが。」

「本名をお前らの言語に直すのはやっかいなのだ、マリアとでも呼んでくれ。」

「聖母さまか、なぜその名を選んだ?」

「深い意味はない。」

「そうか、私の呼び名は少し考えさせてくれ。」

「了解した。」


 自分の名前は全く思い出せない、自虐的にモルモットとかが浮かびはしたが呼ばれ続ける事を考えて却下した。

 ならば…。


「キングと呼んでくれ。」

「キングか、それは王という意味だな。」

「ああ、この狭い空間は俺にとっての国なのだろ、王様一人だけの王国だ。」

「了承した、これからキングと呼ぶ事にしよう。」

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