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ミラーレス

作者: HAL model

カメラをモチーフにしたお話です。

日常の出会いと恋に展開していくとてもデリケートな心情を丁寧に描く事に注力しました。2人の間にある距離感や撮影の間の張り詰めた心情 撮られる伊津子のドキドキ感をこれでもか と詰め込みました。

目が醒めると

小さな男の子が私を下から覗き込んでいた。


「あ、いきてる!」



ああそうだ、カメラの練習にとハイキングコースを歩き 休憩に、とベンチに座ってウトウトしてしまったようだった


「死んでるのかとおもった」


伊津子が笑ってみせると


「生きてたね」

と男の子は言った


「私、生きてたネ」

伊津子も繰り返した。



地元の子だろうか、近くに親が居る様子は無く

春の花を手に持って大きく振り回しながらぴょんぴょん跳ね、伊津子から1mくらい離れピースサインを

している。


「は や く!」


あ、ああカメラで撮れっていうのね


伊津子は慌てて ミラーレスを構えシャッターを切った。


大きめのシャッター音が鳴り

ガチガチの笑顔を作っていた男の子がピースを降ろして 今度は自然に笑った。




選びに選び抜いて買った

初めてのミラーレスカメラ。

ネットで素敵な写真を見るたびに

自分もキラキラのカメラ女子になるんだ!と意気込んで買ってみたものだった。

実際手にとって見るとカメラは重く、旅行で沢山撮るぞ!という計画は結構簡単にスマホでいいかな、という結果に落ち着いた。


そのミラーレスは、彼氏のような友達のような「デリケートな関係」の「友人」が持つ係のようになり

伊津子は一緒に出掛けてはガチガチの笑顔を彼の構えるレンズに向けていた。


元々「です、ます 」調で話す彼は伊津子に対してなぜか敬語で話しかけ、伊津子はと言うと、その硬い口調から彼を

「何かのハカセみたいね、博士ハカセくん」と呼んだ。


「あ、わかりますか?大学で物理学の研究をしています。」

「え?本当に博士なの?」

「はい 先週アメリカのラボから帰ったばかりで暫くは時差ボケで大変でした」

「そうなんだー!」


「嘘です」


ハカセはニコニコと答えた。

あまりに素直に嘘だと宣言するそのスピード感と

普段の堅いキャラのギャップに伊津子は吹き出してしまった。

「嘘かよ!」


どうやら 「嘘です」はハカセの唯一の持ちネタのようだった。


真面目すぎて冗談の言えないハカセに母親が

最後に 嘘です と言ったらみんな笑顔になるわよ、と ハカセが唯一身につけたジョークだった。



ハカセも伊津子も

お互いカメラは素人だった。


いいのよ私は ファッションカメラ女子だから。ミラーレスを持ってる!その事が大事!


ハカセに撮られながら

伊津子はそんな事を言った。

ハカセもカメラを買ったが 毎回伊津子がミラーレスをハカセに渡すので その内に伊津子のミラーレスだけを使うようになった。


お互い写真に興味を持ち出した頃に知り合い、

写真やカメラの事を知って行く事が楽しかった。

機械音痴の伊津子は ハカセが調べた情報を聞いては「うんうん、そうなんだ?」と相槌を打ち 何よりハカセと自分で同時進行して行く知識の蓄積がとても心地良かった。


「光量が、〜です」

「シャッタースピードが、〜です」

「伊津子さん、これは被写界深度が、〜です」


ハカセが調べた単語を口にしては 玄人っぽく語ろうとし、伊津子もそれに合わせて

「おおお さすがにプロは違うなぁ」とノリノリで話すのが常だったが、内容に関してはお互い よく理解していなかった。


カメラの話から 撮影スポットの話になり、2人はメジャーな撮影スポットに出掛けては風景とピースサインという写真を撮っていた。


2人で居ても 十年来の幼馴染のような 2人の間に流れる「友達感」

何かのバイアス掛かかり 「友達で居る事」が不文律のルールのような 不思議な感覚が在った。


「被写体が居てカメラマンが居る、

これはスタジオ撮影で作品を作るべきではありませんか?」

ある時ハカセがそう言い 2人お金を出し合って撮影スタジオを借りた。


室内は白を基調にした珪藻土の壁にアイアンのベンチ、 オシャレなカフェ風の空間にテンションは上がり 窓から差し込む自然光でカメラの中で伊津子は美しく笑っていた。


2人きりの室内。雰囲気づくりに、とスピーカーからはヒーリングミュージックを流した。


「ベンチに座って 窓をみてください。」


カシャ


「あと2センチ左に」

「伊津子さん 世界一綺麗です」


カシャカシャ

「嘘でしょ」

「嘘です」

ハカセはニコニコと笑った。


ハカセから指示が飛び 伊津子は言われるままにポーズを変えた。

スタジオの持つ雰囲気に飲まれ2人はこの状況に酔っていた。


「レンズに視線下さい」

カシャ


音楽のようにシャッター音が響く


「ゆっくり瞬きしてください」


カシャ

カシャ

カシャ


伊津子は撮られながら

BGMに乗ったハカセの声が心地良かった。


「大好きな甘いモノを見る感じで見てください」


ゆっくり瞬きして 視線を テーブルに落とし

それから うっとりとレンズを見つめる。


不思議な感覚だった。

いつものハカセ いつもの自分


カシャ

カシャ


自分の内側の熱量が上がるのが分かる。

シャッターを切られる度に

全身を見つめられている感覚

服をちゃんと着ているのに 一枚一枚自ら脱いで

ハカセに見られているような感覚。

ただ座って 撮られているだけなのに。


カシャ

カシャ


真っ白なローソファに移動して

少し寝そべるようなポーズを取った。


ハカセは椅子の上から 伊津子を

見下ろしミラーレスから覗いている。


(私 見られてる、ハカセに見つめられてる)


ハカセが遥か上から 自分を見下ろし、ミラーレスが機械的に自分を記録している。

カシャ

カシャ

伊津子は自分の鼓動が早くなって行くのを感じていた。


「背中側を見せてください」

「顔だけレンズの方に」

カシャ

ソファにうつ伏せになり 顔だけハカセを振り返る

地面に這いつくばる自分と それを見下ろすハカセ、伊津子は自分が興奮しているのが分かった


カシャ カシャ


ハカセが椅子から降りて 用意してきた花を伊津子に渡して言った「くんくんってしてください」


カシャ


「ちょっとだけ上を向いてください」

とハカセが伊津子の顎に触れた時

2人の間に電流が流れたようだった。


「!!」


ハカセに触れられた顎から 脳天まで

ビリビリっと電流が走り 背骨を通って足先まで走り抜けた。ゾクゾクっと震えが走り

伊津子は只々ドキドキしていた。


ハカセは伊津子の顎に触れた時 指先から脳天まで

ビリビリっと電流が走り 背骨を通って足先まで走り抜けた。ゾクゾクっと震えが走り

ハカセもまた只々ドキドキしていた。


ただそれだけの事だったけれど

同じ空気

同じ時間

同じ体験

2人同じ肉体を共有して

心の中までシンクロしたような

そんな不思議な瞬間だった。


カシャ


カシャ。


「レ、レンズ 取り替えます」

とテーブルに戻り

伊津子も 「ちょっと暑いね」と空調のスイッチを入れにソファを立ち そのままトイレに入って恥ずかしくて出てこれなくなった。


不意にスタジオの内線が鳴り あと15分でレンタル時間の終了だと告げた。


「あっと言う間だったね」


微妙な距離感のまま

2人はスタジオを出て

ハカセは伊津子のミラーレスを伊津子に渡し

「ありがとうございました」と言った


ハカセ 硬いよ〜 と思いながら

「次回は撮った作品の確認だよ!またね」

と伊津子は言った。


またね その言葉の また、は訪れなかった。




ハカセは突然消えた。

スタジオ撮影を最後に連絡は止まり

電話も繋がらなくなった。





伊津子の頭にあるのは

何故?なぜなぜなぜなぜなぜなぜ?ばかりだった。


よく考えたら 知らない事だらけだった。

いきなり交通事故にでもあって 大切な人を亡くした感覚。大きな大きな喪失感

風景が光を失い 何を食べても味がしなかった。

呼吸さえ苦しく 胸が重く痛かった。


喪失感と ただただ悲しくて 涙が溢れた。

泣いて泣いて泣いて 真っ赤な目を腫らして

最初にハカセを責めようとしたが それが出来ず

結局自分を責めた。「何故?」と自己嫌悪と喪失感の中、胸って本当にズキズキ痛くなるんだ

ため息しか出ない日々 ぼんやりとそんなことを思った。

仕事には行っていたが

自分が150歳の老婆になった気分だった。

肌は水分を失い カサカサの手のひらは血の気を失い冷たく干からびたようだった。

ハカセからの連絡が途絶え 干物のように過ごした。


内側に溜まっていく「何故」はうず高く積み上がり 吐き出す先も無く ぐずぐずに腐っていった。



それから暫くは部屋で死んだように過ごし

やがて伊津子の心の中で少しずつ少しずつ折り合いがつくようになっていった。


やがて伊津子は、あの日のままになっていたミラーレスを引っ張り出し、カメラ女子リターンズを始めようと思った。



「私、生きてたね」


ハイキングコースのベンチで男の子にそう答えて

本当だ 私 生きてる 伊津子はそう思った。


家に戻ると

ミラーレスからメモリーカードを抜き、パソコンで中の画像を開いて見た。


笑っていた。


風景で始まった写真は

やがてガチガチの作り笑顔の伊津子が中心になり

撮影スポットで次第に自然に笑う自分が居た。


でもハカセが居ない。

これはハカセの目から見た自分。


写真を見ていくと沢山のデータの中に動画データがあった。



再生するとそこにはハカセが居た。


「ハカセ」

伊津子は思わず名前を呼んだ




ハカセは淡々と語り出した。



実は自分が重い病気の事


多分もう会えない事

しかもその別れは突然に訪れてそのままになってしまう事を恐れていた。


伊津子に出会えて良かったと


そしてミラーレスの使い方について

また語っていた。


伊津子の「何故?」の答えは

自分が持っていたミラーレスの中に最初から在ったのだった


「なにそれ」

「カメラの使い方なんて どーでもいいよ」

「なにこの漫画みたいなながれ」


ポロポロと涙が溢れ

伊津子は声を殺して泣いた。


動画のハカセの声が聞こえた


「カメラの中 伊津子さんは

キラキラしています。


ミラーレスはカメラ内の鏡に風景を反射させる事なく 直接 映像に変換するカメラです。

鏡を持たないモデル、ミラーレス、鏡に映る 反対側も裏側も無い あなたを表すような言葉だと感じていました。素のまま、そのままの素直で真っ直ぐな純粋な 僕のミラーレスそれが伊津子さん。

不器用な僕と初めて歩調を共にしてくれた伊津子さん。

同じ速度 同じ鼓動で生きているのだ、そう感じています。


光の流れを感じる

あなたといると時間の流れさえ

そのカメラで切り取れる気がしていました。







⋯⋯ というのは全部ウソです。」


ハカセは泣きながらニコニコと笑っていた。




「嘘かよ」

伊津子も泣いていた。


モニターの中

他の画像を開くと


ハカセの見つめた自分が微笑んでいた。


スタジオでハカセのレンズを見上げる伊津子が頬を桜色に染めていた。

潤んだ目でハカセを見つめていた。

そしてハカセが伊津子を見つめていた。

この写真はハカセの視界

あんなドキドキしていた

ハカセの中の私が居る


ミラーレス 反転しない実像

ハカセの中の伊津子

伊津子の中のハカセ


「私 ハカセが好き」


画面に向かって言った


動画からハカセの声が聞こえる。



「全部 嘘です。」


画面のハカセはニコニコと泣いていた。



ミラーレス。

出逢った大切に人は決して反転しない実像。

ずっとずっと 実像としてその人の人生に影響力を与え続けるのだと思うのです。

「またね」伊津子にその日が訪れますように。


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