第六章 蘇る愛の王国
「陛下、もう少しでございます。もうじき宿に到着致します」
途中からレナに代わりゼルタクがメラティス八世に肩を貸して歩いていた。なに
しろ二百年も歩いていなかったため、青年王の脚はかなり弱っており、まるで年寄
りが歩いているような風情だった。
「駄目だ……これ以上歩けん」
「それでは失礼致します」
ゼルタクは青年王を背負うと、宿の部屋まで運び入れた。
「どこだ、ここは。物置小屋か?」
「いえ、陛下には手狭にお感じになられると思いますが、ここは一般庶民が泊まる
宿にございます」
「そうか。汝ら庶民は狭苦しいところに住んでおるのう。余の部屋はベッドから扉
まで歩いて五分も掛かっておった」
「ええーっ、五分だって。嫌だわ、そんな広い部屋。住んでるだけで疲れちゃう」
「うちなんか貧乏だったから、ベッドのすぐ横にドアがあったわ」
クスクス笑うサマナとフィラに、ゼルタクが鋭い視線を投げる。
「おい、失礼だぞ。お前達」
「よいよい。久しぶりに女子の楽しげな笑い声を聞いて、余は満足じゃ。それより
早く料理を持て」
「かしこまりました」
ゼルタクは最高級の料理を六人分注文し、部屋に運ばせた。
「すごーい、チョーおいしそー」
食い意地の張ったレナは目を輝かせたが、青年王はシラッとした顔で、
「なんじゃ、これは。豚のエサか?」
「はあっ!?」
レナは相手が王であることも忘れ、睨みつけた。魔法で念が強化されているため、
レナの目付きは普通人より迫力がある。マザルスがあわててレナの目を背後から隠
し、青年王に聞いた。
「申し訳ございません。ご気分は悪くなられませんでしたか?」
「うむ……少しめまいがした」
マザルスはレナを部屋の片隅まで連れてくると、叱りつけた。
「陛下を睨みつけるとは何事だ。失礼にも程があるぞ」
「陛下のほうが失礼だと思いますけど。人が作った料理を豚のエサ呼ばわりしたん
ですから」
大きな声でメラティス八世を非難したので、マザルスはあわてふためき、青年王
の前にひれ伏した。
「申し訳ございません! あの者は魔法には秀でておりますが、分別のないアホ娘
でございまして」
レナは頬をふくらませ、
「なんで謝ってるの? 私は当たり前のことを言っただけよ」
「こらっ」
「まあ、よい。レナとやら、こちらへ来なさい」
レナは不機嫌そうな顔で近づき、ソファに座っている青年王を上から見下ろした。
社会的にどんな高位に就いていようと、尊敬できない人間には反抗的になる性格
だった。
マザルスはおろおろしながら、
「これっ、なんだ、その態度は! ひざまずくのだ」
「よいよい。余は何か悪いことを言ってしまったようだ。正直な感想を述べただけ
だったのだが……。この娘は自分達の社会通念からは逸脱した言動だと余を戒めて
くれたのじゃ。余が王位にあった時、真実を言っていさめてくれる者はバーサだけ
だった。この娘も余に正しい進言をしてくれる。余はお前こそこの世で唯一信頼す
るに足る人間であると確信する。付き合ってください」
ずっこけるマザルス。
「陛下! 何を告っておられるのですか。この者は陛下とは月とスッポンほど身分
の違う貧乏人の娘です」
「気にすることはない。余も今は無一文なのだから。同じ貧乏人同士だ」
「それはそうですが」
レナは少しうれしい気持ちになりながらも、持ち前の正直さで言った。
「ごめんなさい。唇がタイプじゃないんで」
「失礼じゃないか、陛下に向かって!」
「よいよい、ますます気に入った。余が王位に就いていた頃は、こちらから声を掛
ければ女子はみな喜んで彼女になってくれた。従って、ナンパの成功率
は百パーセントであった。しかしそれは余が男性としてモテていたわけではなく、
王という地位がなせる業であったのだ。余と付き合えば王妃になれるかもしれんと
いう期待が彼女らにはあったのであろう。別に余そのものが愛されていたわけでは
ないのじゃ」
青年王は寂しげな笑みを浮かべた。
可哀相な人や捨て猫を見るとすぐに同情してしまうレナは、涙目でひれ伏した。
「陛下! 先程からの無礼の数々、どうかお許しください。庶民の気持ちなど理解
しない、典型的な暗君だと思ったのです」
「そういう言動が無礼だろう!」
「よいよい、レナは正直に申しておるのじゃ。余はそこが気に入っておる。遠慮な
く自分の気持ちを申すがよい」
「恐縮に存じます。一時は暗君だと思ったのですが、陛下の純粋なお心に接し、彼
女になる気は全然ありませんが、何としてもこの方をお守りしたいと思ったのです」
「そうか。それはうれしい限りじゃ。これからも余の側にいて、いろいろ有益なア
ドバイスをしてもらいたい」
「はい。それでは早速、ラウェール王国の王位に就かれますよう、進言致します」
「無理無理、今さら。二百年も経っておるのだぞ」
「陛下が気後れされるお気持ちは良く分かります。でも、二百年続いたラウェール
王国の独裁政治はあまりにひどく、人々の暮らしは貧しく、人心は荒廃しており、
このままではこの国は滅びてしまうかもしれません」
「滅びてしまう……それほど危機的状況なのか」
「はい。陛下が王位に復帰してくださればユートピアになる――などという過剰な
期待は致しません。ですが、今より人々がもっと人間らしく生きられる世の中にな
ると確信しております。必ず、必ず――陛下ならできる! やれる!」
レナはアスリートに檄を飛ばすかのように、ガッツポーズと共に燃える
目で青年王を見つめた。そして、自分の持つ膨大なエナジーを彼の魂に注ぎ込んだ。
とたんにメラティス八世はソファからすっくと立ち上がり、拳を天に向かって突
き上げた。
「やったる! 人民を抑圧する暴君は許せん! ひとたび余が王座に就けば、ラウ
ェール国王の兵士どもも寝返るは必定。なぜならクラッタ王国の統治者は代々玉座
に就くとたちまちカリスマ性を発揮し、その全身から発する黄金のオーラによって、
何人といえども従わせてしまうからだ。皆の者、余に協力し、玉座に戻してくれ。
余は必ずこの国の民を悪政より救うであろう」
マザルスとゼルタクは感激の涙を流しながら青年王を仰ぎ見る。
「なんと力強いお言葉! 我々は陛下のそのお言葉を待ち望んでおりました」
「圧政に苦しむ我々を救うために陛下はご自分の弱気を振り捨て、立ち上がられた
……人民に対する陛下の深い慈愛のお心があればこそでございます。我々、心から
うれしゅうございます」
「うむ。なんで急に自信がみなぎったのか自分でも分からぬが、とにかく『やって
やる』というパワーがフツフツと湧いてくるのだ」
レナは心の中で自分の魔術がうまくいったことに踊り上がりながら表面は平静を
装い、青年王に進言した。
「陛下! 今日一日ゆっくりお休みになってください。明日の夜明けにホウキにて
私が城の屋上までお運び致します。ゾウエル四世はまだ眠っておりましょうから、
そのすきに玉座に就いてください」
全ては計画通りに運びつつあった。
マザルスとゼルタクは既に革命が成ったかのような喜びに浸っていた。その喜び
に水を差すようにフィラが言った。
「そう事がうまく運ぶか分かりません。私、結婚してみて現実はファンタジーみた
いに甘いものじゃないって思い知らされたんです」
ゼルタクは眉をひそめ、
「なんだ、フィラ。不吉なことを言うな。君は悪い男に引っかかってネガティブ思
考になってしまったんだ」
「待て待て。経験豊富な年増女の知恵は侮れんぞ」
「私はまだ年増じゃないわ」
「そうですか。代表の指摘も正しいかもしれない。お互い油断せず、ゾンビの大群
と戦った時の心構えで行こう」
五人の魔法使いは、緊張の面持ちでうなずき合った。
翌日、まだ暗いうちにレナは青年王をホウキの後ろに乗せ、他の魔法使い達はそ
れぞれのホウキに乗ってゾウエル四世の城に向かった。
フィラとサマナは並んで飛びながら、しゃべっている。
「空を飛ぶのは久しぶりだわ。なにしろ家事ばっかやっていたから」
「私もよ。空なんか飛んだら町の人に騒がれるから、よっぽど必要に迫られた時だ
け」
「今がその時よね。エナジー切れになって落ちないように頑張らなきゃ」
「なんか疲れてきた。こんな長距離飛んだことないから」
「頑張って!」
「そう言うフィラだって、だんだん高度が下がってるんじゃない? ゴムが伸びて
下がってきた下着みたいに」
「失礼ね!」
「そこ行くとレナは陛下を乗せてしかもすごいスピードで飛んでる……どんどん引
き離されてるよ」
「さすがは蘇りを成功させた魔女ね。私達とはパワーが違う」
レナにパワーの余裕があるわけではなかった。疲労によって落ちないうちに城に
着きたかったのだ。
念を凝らし、必死の形相で飛んでいるレナとは対照的に、メラティス八世ははし
ゃいでいた。
「爽快じゃ! 鳥になったような心地がする。おお、今すれ違ったのはトンビじゃ
な」
「陛下。お静かにお願い致します」
「おお、すまない。なにしろ空を飛ぶのは初めての体験なのでな」
青年王からは見えなかったが、レナの額には玉のような汗が浮かんでいた。いく
らケタ外れのパワーの持ち主とはいえ、後ろに人を乗せ全速力で長距離を飛ぶのは
かなりの体力を消耗した。そのため城まであと二、三キロというところで急降下し
た。
「キャーッ」
と叫んだのはメラティス八世である。
「頑張れ頑張れ頑張れ! お前ならできる! やれる!」
レナはもうろうとした意識の中で必死に立て直そうとしたが、力が出ない。
地面があと数メートルに迫ったところで青年王が叫んだ。
「事が終わったら、城で豪華料理をご馳走するぞ!」
食い意地の張ったレナは脳裏にうまそうな料理で埋め尽くされたテーブルを思い
浮かべた。
柔らかそうな霜降りのステーキ。
新鮮なタイやマグロの刺身。
おダシの効いた海鮮スープに生ハムにチーズのサラダ。
(食べたい!)
そう思った瞬間、全身にパワーがみなぎるのを感じた。
レナはホウキの柄を引き上げ、急上昇した。
「いいぞ! よくやった!」
「陛下、豪華料理よろしくお願いします」
「おお、任せておけ」
元気倍増したレナは、猛スピードで飛んでいく。
励まし合いながら何とか飛んでいたフィラとサマナは驚いた。
「落ちかかっていたのに、どうしたのかしら」
「そういう私達も落ちかかっているじゃない」
「そうね。上空二メートルのところをフラフラ飛んでるから」
苦笑したサマナがジョギングをしていたおじさんの後頭部を、ホウキの柄で小突
いてしまった。
「いてーっ、何やってんだよ、ボンクラ魔女!」
「ボンクラですって? 見てなさいよ」
ムカついたサマナは上空百メートルまで急上昇した。
「ちょっと待ってよー」
「おっ、サマナとフィラが急に元気づいたぞ」
エナジーを使い果たし、カツラの下から汗をしたたらせているマザルスが、驚き
の声を上げた。
「我々も見習わないと駄目ですね」
「そうだな。地上に足がついてホウキにまたがったまま歩いている状態だ」
「これは飛んでいるとは言えませんね」
「そうだな。実に情けない姿だ」
「彼女達と違ってトシだから、しょうがないですよ」
「城まで飛べると思ったんだけどなあ」
「もっと高度を上げないと、城の屋上に着地するのは無理ですよ」
「そうだなあ。なんでサマナは急上昇できたんだろう」
「ジョギングをしていたおっさんに、ののしられたからでしょう」
「ほう。ののしられてムカついたわけだ」
「そうです。その怒りの念がエナジーになったわけだ。お前も見習えよ、老いぼれ」
「なにっ、お前だって若作りのおっさんだろう!」
「なんだって、見てろよ、ジジイ」
「ジジイとは何だ、ジジイとは! そっちこそ見てろ」
二人は怒りをエナジーに変え、空高く舞い上がった。
「陛下、城が見えてきました! しっかりおつかまりください」
レナは敵の目に留まらないよう矢のような速さで城の上空まで飛ぶと、スピード
を落として屋上に下りた。
「ああ、疲れた」
青年王はへたり込むレナの肩に優しく手を置き、
「ご苦労であった。さっそく厨房の者達に命じて豪華料理を作らせよう」
「作ってくれません。陛下はまだ玉座に就いておられませんから」
「そうであったな」
その時、四人の魔法使い達が次々と屋上に下りてきた。
「あー、しんど」
「もう限界」
娘達と違って、マザルスとゼルタクは無言で着地した。しゃべる気力もなくなっ
ていたのだ。レナは心配そうに駆け寄り、
「お爺さん達、大丈夫?」
「何がお爺さんだ!」
「少なくとも私はおじさんだぞ!」
「そんな事はどうでもいいです。早く陛下を玉座にご案内しましょう」
「そうだったな。ったく休んでいる暇もない」
「そうだ。日が昇ったら、家来達がいっせいに目を覚ますぞ。暗いうちに事を終わ
らせなければ」
「この城は三階建てだ。ここから一階まで下りなければならない。玉座のある謁見
室は一回の東に面した場所にある」
「陛下。階段を下りますので、お足元にお気を付けください」
ゼルタクを先頭に、そのすぐ後ろをレナが青年王の手を取り、石段を下りていく。
フィラはサマナと手をつないで下りながら、
「よかった。衛兵は誰もいないわね」
「先生があらかじめ透視して、不寝番の衛兵は城門の前とゾウエル四世の寝室の前
だけって調べたみたい」
「それじゃ、謁見室にもすぐ入れるわね」
「おい、しゃべるな。城の者が起きるじゃないか」
後ろを歩いているマザルスに注意され、フィラとサマナは首をすくめて口を閉じ
た。
足音を忍ばせて暗い階段を下り、ようやくレナ達は一階に着いた。
マザルスはメラティス八世をうながして謁見室の前までやってきた。
彫刻の施された豪華な扉を前に青年王は緊張の面持ちで言った。
「いよいよ玉座に座る時が来たか」
「御意」
マザルスは頭を下げると、扉を開けようとした。
「しまった。鍵が掛かっている」
「代表、どいてください」
レナが鍵穴に手の平を向けた。
「やめろ! お前がやったら落雷のような音が城に響き渡るじゃないか」
「それはしょうがないでしょう。鍵を破壊しなければ中に入れません」
「兵士が集まってきたらどうするんだ! 我々四人では到底倒せないような数だぞ」
「多数の兵士と戦う戦闘シーンになって盛り上がるからいいじゃないですか」
「愚か者め。盛り上がることより、人命のほうがはるかに大切だ。戦死者を最小限
に抑えた者こそ真の勝者なのだ」
「それじゃあ、代表が鍵を開けてくださいよ」
「ああ。もちろん、こういう場合も想定していたからな、こういう物を用意してき
た」
「それは?」
「針金だ」
「すごい。曲がった針金一本で鍵を開けようなんて」
「まあ見ていなさい」
マザルスは鍵穴に針金を入れて三分ほどカチャカチャやっていたが、あきらめた
ように溜め息をついた。
「駄目だな」
「当たり前ですよ! そんなチャチな針金でこの大扉が開けられるわけないです」
そうこうするうちに廊下の窓が大分明るくなってきた。
「代表! 早くしないと城の者達が起き出します。ここはひとまず引き揚げましょ
う」
「何を言ってるんだ、ゼルタク。ここまで来て引き返すなど、とんでもない話だ。
私は今日使命を終え、飲み屋で後輩達と祝杯をあげる予定なんだからな」
「あなたの個人的な予定など、どうでもいい事です」
「まあ、そう焦るな。大丈夫だ」
「すると、他に中へ入る方法があるのですか?」
「それは、この救世の少女に聞いてみようではないか」
レナは一同の期待の眼差しを受け、自信満々にうなずいた。
「私、物事は難しく考えないほうがいいと思うんです」
マザルスは納得顔でうなずく。
「だから、こうしたほうがいいと思うんです」
レナは手の平を鍵穴に向けた。
「やめろと言ってるだろっ」
「代表。このアホ少女を当てにしてはいけません。私がこの扉の鍵を出現させます」
「物品引き寄せの術か。頼む」
ゼルタクは口の中で呪文を唱えると、拳を空中に突き出した。
呪文を止め、拳を開くと――そこには大きな黒い鍵があった。
「さすが! すごいわ!」
目を輝かせて言ったのはマザルスである。
「代表。ふざけている場合ではありません。早く扉を開けましょう」
ゼルタクが鍵穴に黒い鍵を差し込むと、ガチャリという音がして扉が開いた。
「やった! これで今日は飲める」
「さあ、陛下。お入りください。奥に玉座がございます」
ゼルタクにうながされ、メラティスは謁見室に入った。
広い部屋の奥にエンジ色の台に載った黄金の椅子があり、部屋の中央から玉座に
向かってエンジ色の絨毯が敷かれている。
青年王は威厳のある足取りで、その上を歩いていく。
五人の魔法使い達は固唾を飲んで背後から見守った。
「ようやく我々の長年の望みが叶う日が来たぞ。今日、暗黒の王国に夜明けが訪れ」
マザルスが感動の面持ちで宣言したその時、何者かが彼の頭部に噛みついた。
驚いて振り向くマザルス。目の前に自分のカツラをくわえたゾンビが立っていた。
「うわっ、出た!」
マザルスとレナ以外の三人がゾンビに向けて光線を放ち、三人分の光線を食らっ
たゾンビはボロボロになって倒れた。
「おい! 私のカツラまでボロボロになってるじゃないか!」
「代表、それどころじゃありません! あれを」
見ると、玉座の真向いにあるドアからゾンビが両手を前にあげ、次々とこちらに
向かって歩いてくる。男もいれば女もいて、みな庶民の服装をしていた。
「ゾウエル四世め、衛兵を雇う金を節約するために国民をゾンビにしてタダで使っ
ているのだ」
ゾンビは続々とドアから出てきて、中の一体が死体とは思えない速さで走り、玉
座に向かうメラティス八世に飛びかかった。
「うわっ」
「陛下、危ない!」
光線を放とうとしたレナの腕をマザルスがひねり上げる。
「痛い!」
サマナが放った光線がメラティスを襲ったゾンビを直撃し、ゾンビは音を立てて倒れた。
「サマナ、カッコいいぞ!」
誉めるマザルスの手を振りほどき、
「私にもやらせてよ!」
そう叫ぶレナの首をゾンビが背後から絞めた。
「く、苦しい……」
「こいつ」
マザルスがゾンビの頬を殴ると、ゾンビは両手をブンブン振り回しながら向かってきた。
「子供のケンカみたいだな」
マザルスは余裕で光線を放ち、ゾンビは感電して絶命した。
「ははは、死体に戻ったようですね」
笑うゼルタクの頭を女のゾンビがかじる。
「いてっ! カツラ付けてないから」
ボロボロのカツラを後ろ前に付けたマザルスが光線を放ち、女のゾンビは倒れた。口に
はゼルタクの黒髪を大量にくわえている。
「あっ、まさか」
ゼルタクが後頭部に手をやると、広範囲にわたってハゲていた。
「なんてことを!」
「君もカツラを使え」
恐怖に顔を引きつらせたフィラが叫ぶ。
「代表、大変です! 後から後からゾンビが」
ドアからは溢れ出すようにゾンビがなだれ込み、謁見室は人気アーティストのライブ会
場のようになりつつあった。
玉座の置いてある台に上がった青年王は振り向いて聞いた。
「ここで一曲歌ったほうがよいか?」
「なにをおっしゃっているんですか! ふざけてないで早く玉座にお座りください!」
そうはさせじとゾンビ達は玉座に向かって殺到した。
「もう、私がやる!」
レナが両手を振り上げて光線を放つと、バリバリバリ、ドドーンという大きな音がして、
ほとんどのゾンビが倒れた。その中にマザルスとゼルタクも混じっていた。フィラとサマ
ナが駆け寄り、二人の頬をたたいた。
「代表、しっかり!」
「先生、目を開けて!」
二人は正気付いてあたりを見回した。
「レナが……ついにやったな」
「とんでもない事をした……轟音が城に響き渡ったぞ」
レナはゾンビの山の中に茫然と立っていた。
「ごめんなさい。でも、ゾンビ達を倒さなければ、陛下がやられていたわ」
見ると、肝心のメラティスも倒れていた。
「お前! 陛下まで倒してしまったじゃないか」
「ごめんなさい!」
泣きながら謝るレナを無視して四人の魔法使いは青年王に駆け寄った。
「まさか亡くなっているのでは」
「大丈夫です、先生! 陛下は息をしておられます」
「よかった。お前、人工呼吸をして陛下の意識を回復させるのだ」
「嫌よ! ファーストキスは好きな人とするの」
「ゆーてる場合か!」
「フィラ、君がやれ。もう生娘でもないんだから、これぐらい平気だろう」
「なんですか、その言い方。代表がやればいいのよ」
「陛下が目を覚ました時、私のようなジジイの顔が目の前にあったら、驚かれるだ
ろう」
「それもそうね」
「皆さん、どいて! 私がやります」
レナが歩み寄り、嫌いなはずのタラコ唇に自分の唇を重ねた。
「おい、加減しろよ! 大量に空気を吹き込んだら肺が破裂するからな」
マザルスの声にこめかみをピクつかせながら、レナは人工呼吸を続ける。
やがてメラティス八世は静かに目を開いた。
「レナ……そなたが再び私を蘇らせたのか」
濃いブルーの瞳を間近に見て、レナはドキッとした。青年王の深い悲しみを感じ
取ったからだ。
「私が陛下を感電させましたのですから、お助けするのは当然でございます。申し
訳ございませんでした」
「私は……お前の電気にしびれながら、このまま死んでもいいと思ったのじゃ」
「またそのような弱気なことを! 玉座は陛下の目の前にございます。この国の王
になられた後は、必ず私どもがフォロー致しますので、どうかご心配なさらずに」
その時、扉が開き、手に手に剣を持った兵士達が入ってきた。
「お前達は何者だ!」
レナはパニクった。
「は、早く玉座に! 陛下! ためらっている場合ではございません。ご自分の天
命を全うなさってください。早く……ええい、めんどーだ!」
レナは青年王を抱え上げると、玉座に向かって放り投げた。
尻を激しく打ち、豪華な椅子の上でのけぞるメラティス八世。
「いってえーっ」
その無様な姿に反して彼の体からは黄金のオーラが放射された。そしてまばゆい
ほどの光が謁見室に満ち、兵士達は恍惚となった。彼らの顔には微笑が浮かび、次
々と剣を捨てていく。
「どなただ、あのカッコいい青年は。カリスマ的アーティストか?」
「何を言ってるんだ、あの方こそこの国の王ではないか」
「なんだって、この国の王? 確かゾウエル四世というのがいたはずだが」
「ああ、そういうのがいるが、あれは偽者だ。ゾウエルなんたらが、あの方のよう
なオーラを発しているか?」
「いや、あのブサメンにはそういうオーラが全くない」
「そうだろう、あのまばゆい光を放つ方こそ我々の王なのだ」
「そうなのか。誰だか知らないが、我々の王、ばんざーい!」
謁見室が兵士達の歓声で満ち溢れた時、水玉のパジャマを着たゾウエル四世が焦
って入ってきた。
「お前達はいったい何をしているのだ!」
「あっ、ゾウエルなんたらだ」
「今まで我々をたぶらかしてきた偽者だ」
「帰れ、この偽王が!」
「なんだと!?」
兵士達から巻き起こるブーイングと帰れコールにゾウエル四世はうろたえた。
「おおお前達は何を言っているのだ! ラウェール王国の王に対して無礼であろう
!」
メラティス八世は兵士達に向かって、おごそかに宣言した。
「皆の者。今からラウェール王国の名を侵略前のクラッタ王国に戻し、このメラテ
ィス八世が治める」
「聞いた? クラッタ王国に戻すってよ」
「クラッタ王国のほうが言いやすくていいな。俺、『ラウェール』の『ウェ』がう
まく言えなくてよ」
「俺も」
腹を抱えて笑う兵士達にゾウエルは唇を震わせながら叫んだ。
「お前達、何を勝手なことを申しておる! ここはラウェウェウェウェールという
上品な名前の王国で、それを治める王はこの華麗なるゾウエル四世じゃ!」
兵士達は苦笑し、
「アホなオッサンだなあ」
「なにっ?」
事態が全く飲み込めず、呆然と立ち尽くすゾウエル四世にゼルタクが近づき、会
釈した。
「今日からラウェール王国はクラッタ王国になって、あそこにおられるメラティス
八世陛下が治められるので、そこんとこよろしく」
「なんじゃ、そのチョー簡単な説明は! 何がなんだか全く分からんぞ」
マザルスが近づいて頭を下げると、口を開いた。
「あの方はあなたのひいお爺ちゃんに侵略されたクラッタ王国の王・メラティス八
世です。二百年の眠りから覚め、ラウェール国王の圧政から人々を救うべく、立ち
上がられたのです」
「なに、二百年の眠りから覚めただと?」
「さよう、メラティス八世はゾウエル一世に侵略された時、ショック死したと言い
伝えられているが、実は眠り薬を飲んで仮死状態になったのだ。我々がようやく陛
下を蘇らせることに成功し、王位に復帰して戴いた。ごらんなさい、あの輝ける姿
を。あの黄金のオーラはメラティス八世の慈悲深き魂の輝きだ。あなた方が行って
きた力による統治ではなく、あの方は徳による統治をなさるだろう。そして、人々
は恐怖から解放され、伸び伸びと生活できるのだ。これだけ長々と説明すればお分
かりになっただろう。もうあなたの王としての役割は終わったのだ」
「終わった……そうすると私はどうなるのだ」
「南海の孤島にて隠居生活に入って戴く」
ゾウエル四世は目をむいたが、誰一人自分の味方がいないことを悟り、あきらめ
たように肩を落とした。
数名の兵士がゾウエル四世の腕をつかみ、謁見室から出ていった。
新王は床に転がるおびただしい数のゾンビを見て、眉を寄せる。
「国費節約のためとはいえ、人民の遺骸を蘇らせて使うとはむごい話じゃ」
マザルスがうなずき、
「さようでございます。歴代のラウェール国王は長きにわたって、このような無慈
悲な政を続けて参ったのです」
謁見室の隅で、レナの攻撃をかわした数体のゾンビが何をしていいのか分からず、
ぼんやりと立っていた。
「マザルスよ。あの者達を何とかしてやりなさい」
「かしこまりました」
マザルスが光線を放つと、ゾンビ達は仰向けに倒れて絶命した。
メラティスはしばし合掌した後、兵士達に命じた。
「これで安らかな眠りにつけるであろう。このおびたたしいゾンビ達の身元を調べ、
元の墓場に戻すように」
「えーっ、我々が身元を調べるのか」
「めんどくせーっ」
「これ、陛下のご命令にはおとなしく従うのだ。陛下が私利私欲でご命令を発する
ことは万に一つもない。すべて国民に対する慈悲心でなさることなのだ」
「その通りじゃ。マザルスよ、そなたにこの任務の監督を命じる」
「え――っ、私?」
「王の命令にはおとなしく従うのじゃ」
「はい」
マザルスは眉を垂れてうなずき、兵士に命じて動かなくなったゾンビ達を庭に運
び出させた。
ラウェール王国にはアラナス教という国教があり、その教主が戴冠式において王
に冠を授けていたが、メラティス八世はクラッタ王国の伝統に従い、国民の前で王
位に就いた旨を宣言することにした。
都の中央にある広場に近くの小学校から借りてきた朝礼台が置かれ、その上で銀
製の安価な王冠を戴き、バーゲンで買ったスーツに身を包んだ青年王が国民に向け
て分厚い唇を開いた。
「余が今日からこの国の王になったメラティス八世じゃ。この国はゾウエル一世に
よる侵略以前のクラッタ王国にその名を戻す。ラウェール王国の君主らには民衆と
の一体感も愛もなく、圧政によって民衆が作り出した富を吸い上げることのみをそ
の政の目的としていた。従って汝ら民衆は長い間、抑圧と貧困に苦
しめられてきた。余は汝らの苦しみを自分の苦しみとし、汝らの喜びを喜びとする
ことを旨に政を行うつもりだ。力による支配ではなく、愛によってこの国を統治す
る。全国各地に目安箱を設置し、汝ら庶民の訴えを二十四時間年中無休で聞くであ
ろう。言論の自由も全て許し、余をアホと言ってもタラコ唇と言っても逮捕されぬ。
はははは。それでは今後ともよろしく」
それだけ言うと台を下り、二名の兵士に前後を守られながら馬に乗って去ってい
った。
あっと言う間の出来事で、広場に集まった群衆はしばらく呆然としていたが、や
がて大きな歓声と拍手が巻き起こった。
「無血革命が起きたんだ!」
「自由になったんだ!」
「俺達のための政治が始まるんだ!」
「タラコ唇の王様、ばんざい!」
「やめろよ」
市民達はいつまでも広場から去ろうとせず、新王を讃え続けた。
城に戻ったメラティス八世は部屋着に着替え、自室でくつろいでいた。
「つかみはおKだ」
上機嫌な青年王とは逆に、側に控えるレナはふくれっつらだ。
「護衛を二人だけ連れて行くなんて……不用心にも程があります」
「余は取り巻きをゾロゾロと連れ歩くのは嫌いなのじゃ。何事もシンプルがいい」
「それにしても銀の王冠とバーゲンのスーツとは行き過ぎです」
「そんなことはない。庶民と苦楽を共にするという表明じゃ。余が自ら贅沢を戒め、
この国を財政難に陥らせないようにしなければならぬ。そして近隣諸国とは友好関
係を結び、交易を盛んにし、戦争の惨禍が起きないように努める」
レナは青年王の力強い言葉に感激の涙を浮かべ、
「陛下はゾウエル四世とは月とスッポンの賢君であられます。蘇りに関わりました
私も鼻が高うございます」
「いや、私は賢くない。お前の励ましにより、今度こそ全力で自分の使命を果たそ
うと決意できたのじゃ」
「頼もしいお言葉でございます。そのご決心があれば、私ごとき若輩者の助けなど
必要ございません。家に帰ってもいいですか」
「なにっ!? 余を助けると申したではないか!」
「はい。そのつもりでした。でも私はまだ十六です。もっと人間社会に身を置き、
いろいろなことを学びたいのです。この若さでお城にこもってしまう覚悟は持てな
いのでございます」
「余なんか0歳から城にこもりっきりだったぞ!」
「はい。陛下は私のような庶民とは違い、王家の血を引く選ばれたお方ですから、
しょうがないです」
「しょうがないって……それは分かっておるが、生まれつき気が弱く、何とか王の
務めを果たしておったのじゃ。今またこの国の再建を担い、めんどいなーと思いつ
つもお前のような偉大なる魔女の助けがあれば、困難な仕事も何とかやり遂げられ
るだろうと思って王位に就いたのじゃ。お前がいてくれねば困るではないか」
「……」
「お前は給料の良い官僚になるべく進学校で学んでいるそうだが、もし余専属の魔
女になってくれたら、官僚の給料の十倍出そう」
「十倍ですか!?」
「そうじゃ。それだけ収入があれば、お前を苦労して育ててくれた母親にも十分親
孝行ができるであろう」
「確かに」
レナはしばし考えた後、きっぱりと言った。
「身に余るご厚遇、誠にありがとうございます。ですが、やはりこのお話はお受け
できません」
「なんでじゃ!? 余がこれほどまでにお前を必要としていることを、分かってく
れぬのか」
「陛下。私はまだ陛下にお仕えできるほどの器ではございません。それどころか、
いつ爆発するかも分からない休火山のような危険な存在なのです。私にはもっと自
分をコントロールする修業が必要なのでございます。陛下をお導きするのは熟練の
魔法使いであるマザルス・ロン代表こそ相応しいかと存じます」
「あの爺さんか。爺さんに側にいられても面白くない」
「陛下。要職の人選にそのような私情を入れてはいけません」
「そうだけど! 私の気持ちを真に分かってくれたのはお前だけなのじゃ。そこの
ところを分かってくれ。お前には真実の愛があるのではないのか!」
「陛下。真実の愛とは自分を犠牲にすることではなく、自分も他人も活かすことで
ございましょう。私には真実の愛があるからこそ、お互いのために陛下のもとを去
るのでございます」
しばらく沈黙したあと、青年王は溜め息と共に口を開いた。
「……分かった。余が気弱なあまりお前に甘え過ぎていたようじゃ。実に見っとも
ない。お前の言うことは全て正しい。自分の信じる道を行きなさい。私も自分の道
を行く。さらばじゃ」
レナはうなずくと、青年王の深いブルーの瞳を見た。そこには悲しみの色はなく、
自分と同じように一人で歩こうとする者の強さが表れていた。
(この方は必ず名君としてご自分の人生を全うされる)
レナは安堵の笑みを浮かべ、深く頭を垂れた。そして、ドアにたどり着くまで五
分も掛かって広大なメラティス八世の部屋から出ていった。




