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TRUE LOVE~救世の少女~  作者: 鳥原 麻生
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第五章 蘇らせる人の名


「レナ・ドーズ、おめでとう。修業が終わったそうだな」

 マザルスは鋭い目を三日月形にし、手放しで喜んでいる。

「ありがとうございます、代表」

「ゼルタクも良くやってくれた」

「いや、全て本人の努力によるものです」

「そんなことないです。ゼルタク先生のご指導のお陰が一%ぐらいはあります」

「ははは、ありがとう」

 ゼルタクはこめかみに青筋を立てながらレナの肩に手を置いた。

「とにかく、君達二人もレナを助けたサマナも良く頑張った。今度こそ、今度こそ

メラティス八世を蘇らせてくれ。君も期待外れだったら、私の目の黒いうちに陛下

の復活を見られないかもしれん」

「ご心配なく、代表。私はレナの超人的なパワーを何度も確認しました。こんなの

は絶対他にはいません」

「こんなのとは何よ」

「代表。私達も見ました。レナは魔女と言うより超巨大火山です」

「もうー、サマナまで」

「そうか。君のそのスーパーパワーを私にも見せて欲しいものだ」

「代表。屋内では危険です。屋敷が吹き飛ぶ恐れがありますから」

「ほうー、それほどすごいのか」

「先生ったら、大げさなんだから」

「それほどすごいなら、外で見せてもらおう」

 四人は炎天下の庭に出た。

 土曜の昼下がりで風もなく、暑さは最高潮に達している。

「暑いな。こんなところに長時間いたら熱中症になってしまうぞ」

「代表。レナに魔法を一つ披露してもらって、すぐに屋敷に入りましょう」

「そうだな。レナ君、何でもいいから、やってくれ」

「はい。それでは皆さんを涼しくして差し上げます」

 レナは三人の前に立ち、合掌して呪文を唱え始めた。

「代表。呪文から察するにレナは風を吹かせるつもりらしいです」

「なるほど、それはいい。風一つない状態だから、暑くてかなわん」

「レナ、北風みたいな冷たいのをお願い」

 三人は期待の眼差しで呪文を唱えるレナを見守った。

 空がざわめいた。

 一瞬、うるさく鳴いていたセミの声が止んだ。

「……?」

 不吉な予感がしてサマナが身構えた次の瞬間、スーパー台風のような突風が吹き、

三人を庭の隅まで吹き飛ばした。

「いったーい」

 地面に打ち付けた後頭部をさすりながら、サマナはむき出しになった両脚にあわ

ててスカートを掛けた。

「いてててて」

 尻餅を突いたゼルタクは顔をしかめながら横を見た。

 夏の日射しに頭を光らせたマザルスが大の字に伸びている。

 数メートル先に白髪のカツラが落ちていた。

「代表、大丈夫ですか! しっかりしてください!」

 ゼルタクはマザルスを揺すったが、目を開けない。打ち所が悪かったらしい。

「先生、どうしたんでしょう」

 サマナが心配そうに聞くと、ゼルタクは青い顔で言った。

「いかん。サマナ、人工呼吸だ!」

「ええっ。やだ! 人工呼吸ってマウスツーマウスでしょ。やりたくない」

「なんでっ」

「ファーストキスがハゲのおっさんなんて、自分が可哀相過ぎる」

「言ってる場合か!」

「絶対にいやっ」

「おーい、レナ! こっちに来い! 人工呼吸をやってくれ」

「いやでーす!」

「何言ってんだ! お前のせいで代表は意識を失ったんだぞ」

「そんなの知りませーん!」

「薄情者! 代表が死んでもいいってのか」

「先生がやれば済むことでしょっ」

「自分が可哀相過ぎる」

「何言ってるの! 代表が死んでもいいの!?」

「分かったよ! やればいいんだろ、やれば」

 あー、やだやだと言いながらゼルタクが代表の唇に口を近づけたその時、うまい

具合にマザルスがぱっちりと目を開けた。

「おおー、助かった」

 胸をなで下ろすゼルタク。

「どうしたんだ……一体何があったんだ」

 マザルスは怪訝そうな顔で起き上がる。

「代表。レナが台風のような突風を吹かせて、代表のカツラが飛んでしまったので

す」

「なにっ」

 マザルスは頭を手にやり、

「私の大事なカツラはどこだっ」

 サマナが急いで取ってくると、差し出した。

「代表は白髪じゃなくてハゲだったんですね」

「ああ。陛下をお救いできる魔女がなかなか見つからず、ストレスで四十代にして

つるっパゲになってしまった」

 ゼルタクは目頭を押さえ、

「おいたわしや」

「レナが陛下救出に失敗したら、そろそろ君もハゲ出すだろう」

「そんな事にはなりません! 代表もレナの途方もないパワーを見たでしょう。彼

女こそ我々の待ち望んでいた救世の少女です」

「それは実際にメラティス八世を蘇らせて初めて言えることだ」

 レナは駆け寄ってきて土下座した。

「ごめんなさい! カツラを吹き飛ばしちゃって」

「仕方がない。あの突風に耐えうるカツラはこの世に一つも存在しないだろう」

「本当にごめんなさい。代表に私の力を見せつけたかったの。カツラだなんて全然

知らなかった」

「ああ、もういい。気にするな」

「代表も苦労したのね……私以上に」

「分かってくれればうれしいよ。代表である私は、常に全ての責任を負わねばなら

ない。君が陛下を助けられなければ、私も今度こそ辞めることになる」

「いいえ、私は必ずメラティス八世をお救いします! 代表のためにも」

「うれしいことを言ってくれるじゃないか」

 マザルスはカツラを頭に載せながら、

「君の実力は分かった。君を一人前の魔女と認める」

「ありがとうございます」

「早速、認定証の授与式を行おう」

 マザルスは三人をうながして屋敷に入っていった。


「レナは一人前の魔女になったかしら」

 小さなアパートの一室で、フィラは野菜を炒めながらつぶやく。

 結婚して一週間は夢見心地で過ごしていたが、最近は魔女時代を毎日なつかしく

思い出していた。

 きっと、並外れたパワーの持ち主であるレナは修業をやり抜き、メラティス八世

の蘇生にも成功するだろう。

 本心では自分やサマナとは器の違うレナをうらやましく思っていた。

 たまには失敗すればいいのにと願っても、レナはどんどん課題をクリアしていく。

 革命に成功したら、メラティス八世に引き立てられ、大臣の一人になるかもしれ

ない。

(すごいわ。あの若さで)

 それに引き換え、自分は死ぬまでフライパンで野菜を炒めるような毎日を送るの

だろう。

 心から望んだ結婚生活を手に入れながら、フィラは次第に不満を募らせていた。

(結婚生活なんて退屈)

 フィラが溜め息をついたその時、玄関の扉が開く音がした。まだ日が高いと言う

のに夫が帰ってきたようだ。

 夫は「疲れた疲れた」と言いながら台所に入ってくると、後ろからフィラに抱き

ついた。

「なんだ、また野菜炒めかい?」

 フィラがムッとして言い返す。

「なんだは無いでしょう。モヤシは安くてお腹いっぱいになるから便利なのよ」

「あーあ、毎日ステーキが食いてえな」

「何言ってるの、無理に決まってるじゃない。あなたにそれだけの稼ぎがあれば別

だけど」

「悪かったよ。確かに俺の稼ぎは悪い。だから、お前も働いてくれないか」

 フィラはずっこけた。

「前は働かないでずっと家にいてくれって言ってたじゃない」

「んだ。でも、もうお前を独占しているってえ気分は十分味わったから、そろそろ

社会にお返ししねえとな」

「社会にお返し……あなた、口がうまいわね」

「女性だって社会に貢献するのが大切でねえか?」

「あなた、うまいこと言って私との生活に飽きてきたんじゃない?」

「そんなことねえ、お前がいなけりゃ俺はやっていけねえ」

「家事が苦手だから、私がいないと駄目ってこと?」

「そんなことはねえよ。確かに家事は苦手だけどな」

 フィラは溜め息をつくと、

「これから子供ができた時のことも考えると、貯金もしておかなきゃね。分かった、

明日からパートの仕事を探すわ」

「フルタイムでええぞ」

 フィラはずっこけた。

「それじゃ、あなたも家事をやってよ」

「なんで」

「なんでって、私に仕事と家事を押し付ける気? あなたも家事を手伝ってくれな

きゃ、やっていけないわよ」

「分かった、分かった。トイレ掃除は俺に任せろ」

「それだけ!? 私の帰りが遅い時は、料理もやってくれなきゃ困るわ」

「俺に料理なんかできるわけねえべ」

「やればできるわよ。私が教えてあげるから。ほら、そこのリンゴ、むいてごらん

なさい」

「男は料理なんかやるもんじゃねえんだ。俺の地方じゃ、そう教えられて育った」

「あなたの地方の風習なんか知らないわよ。私が働くなら、あなたも家事をやって。

都会では、それが当たり前なんだから」

「それじゃ、トイレ掃除に靴磨きは俺がやっから」

 フィラは溜め息をついて首を振った。

 レナがうらやむほどの幸せな結婚生活でもなかった。 


 魔法で体得した記憶術によって、レナは好成績で期末テストを終え、一学期最後

の日を迎えた。

 クラスメート達にとっては夏休み前の楽しい日だが、レナにとっては彼らとの永

遠の別れの日に思えていた。

 ゾンビと戦うのだから、命を落とすこともあるかもしれない。そうなったら、二

度とクラスメートには会えないのだ。そう思うと憎たらしい性格最悪のドゥームで

さえ愛おしくなるのだった。

 帰りじたくでざわつく教室の中、レナの視線に気付いたドゥームは、眉を寄せて

聞いた。

「ん? 俺に告ろうっての?」

「何それ」

「俺のこと見ているからだよ」

「顔がむくんでて可哀相と思っただけよ」

「なんだよ、それ」

「勉強で忙しいんだろうけど、運動もしたほうがいいよ」

「お婆ちゃんもそんなこと言ってたな」

「私は長の別れになるから、心配して言ってやったの!」

「夏休みなんかすぐに終わるよ」

「私の命が終わるかもしれないのよ」

 つい言ってしまった。

「お前、自殺しようなんて思ってんじゃね?」

「ま、まさか。そんなことしない」

「自殺なんかしたら、休み明けに再び俺に会えねーぞ」

「何それ」

「人間、つらいことがあっても乗り越えることに意義があるって婆ちゃんが言って

たぞ」

「あなたのお婆ちゃんて、孫と違ってすごく良い人ね」

「なんだよっ」

 レナは笑いながら寂しくなった。この皮肉屋に言われた悪口も、今ではなつかし

い思い出になっている。レナは涙ぐんで言った。

「ドゥームは成績悪いから官僚にはなれないかもしれないけど、もしなれなかった

としても、しっかり生きていくんだよ」

「マジ婆ちゃんみたいなセリフだな」

 人は死を前にすると、精神年齢が上がるのだろう。

「ティルや」

 レナは未だに想い続けているクラス一のイケメンに声を掛けた。

「な、なんだい」

「カーラと幸せにお暮らし。早く元気な赤ちゃんを……ね」

「何言ってんだ」

 二人の男子に「変だ変だ」と言われながら、レナは教室から去っていった。


 メラティス八世の眠る洞窟へ向けて旅立つ日を明日に控え、レナはゼルタクの屋

敷で光線発射の特訓を受けていた。

 ゼルタクとマザルスは気難しい顔で庭の片隅から眺めている。

「おい、あの光線は弱すぎるんじゃないか? レナは本当に落雷のような光線を出

したのか」

「本当です。まさしく雷が落ちたような轟音と共に、我々は吹き飛ばされたのです」

「信じられんな。今、彼女が放っている光線は線香花火のようではないか」

「女の子の日で調子が悪いんじゃないですか?」

「そうか。ちょっと理由を聞いてきなさい」

「嫌です。セクハラと思われます。代表が聞いてきてください」

「私だって嫌だ。君が聞いてこい。これは命令だぞ」

「命令だって、聞ける命令と聞けない命令があります」

 二人が言い合っていると、レナがふいに泣き出した。

「どうしたんだ」

 ゼルタクとマザルスがあわてて駆け寄ると、レナは涙を拭きながら謝った。

「すいません……心細くて」

「何が心細いんだ。我々も一緒に行くんだぞ」

「フィラという福の神がいないから力が湧いてこないんです」

「まだそんなことを言っているのか。君は彼女から自立したはずだろう。彼女無し

でも術の会得に成功してきたではないか」

「はい……でも、いざ実戦となると、自分のために勝利を祈ってくれている母親が

いないような気持ちになるのです」

「レナ君。君はフィラがいなくても私の密着した高級カツラを吹き飛ばすだけの突

風を巻き起こしたではないか。君は一人でも十分戦えるのだ」

「そうだそうだ」

 マザルスとゼルタクが一生懸命レナを励ましていると、背後で誰かが近づく足音

がした。

 二人が怪訝そうな顔で振り向くと、笑顔のフィラが立っていた。

「私、帰ってきました」

 二人はずっこけた。

「な、なんだ、今さら『帰ってきた』とは」

「そうだそうだ」

 難癖をつけるマザルスとゼルタクを突き飛ばし、レナはフィラに抱きついた。

「うれしい! 帰ってきてくれたのね」

「うん。やっぱりここが自分の居場所なんだって分かったから」

「彼氏はどうしたの? 幸せに暮らしていると思ったのに」

「それが、私が働き出したら仕事をやめて、一日中家でお酒を飲むようになってし

まったの。私、幻滅して家を飛び出しちゃった」

「そうだったの……結婚って難しいのね」

「だいたい故郷で悪さをして都会に逃げてきたみたい。それなのに、私ったら勝手

に運命の人だなんて錯覚して……自分の甘さを痛感したわ」

 マザルスとゼルタクは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「ったく、女というものは勝手なことばかりする」

「自分の気分で出たり入ったり……代表、こんな態度を許していいんですか?」

「普通なら許されん。永久追放するところだが、追放したら我々のことをしゃべる

恐れがあるからな。戻るのを許すしかあるまい」

 フィラは心外そうに言い返した。

「代表、私はそんな裏切りをするような女ではありません。たとえ拷問を受けたと

しても、『希望の蘇り』のことはしゃべらない自信があります。皆さんの志は神か

ら与えられた崇高な使命であると信じていますから」

「それでは甘い幻想から目覚めて、崇高な使命のために生きると改めて誓うのだな

?」

「はい。結婚生活の中で一番甘い期間を味わいましたので、後はもういらないです」

「代表。自分の気分で結婚したり離婚したり……相手の男が気の毒です」

「全くだ。我々は独身で良かった。こういうひどい目に遭わされずに済んだからな」

 ゼルタクとマザルスが話し合っている間に、レナとフィラは手をつないで屋敷の

中に入っていった。

「おい! 謝罪の言葉がないではないか! 『ごめんなさい』のひとことぐらい言

ったらどうだ」

「ったく、勝手なことをしておいて謝罪もせずにシラッとした顔で戻ってくる……

女とはなんと厚かましい生き物でしょう」

「そうだな。独り身で幸運だった」

 二人が応接間に入ると、フィラとレナが一カ月も離れていたことなど感じさせな

い親しさでしゃべっていた。

「へえー、そうなの。代表のカツラが」

 マザルスが咳払いをした。しかし、二人は見向きもせずに話を続ける。

「それでやっと一人前の魔女として認定されたの」

「それだけの力があれば当然よ。よかったわねー」

「そんな手放しで喜ぶことじゃないわ。これから今までよりもっと怖い目に遭わな

きゃならないんだから」

「それは私の時もそうだった。でも、先生方も一緒に戦ってくださるし、もちろん

私もサマナも付いていくわ。……そう言えばサマナは?」

「今、買い物に行ってるの。彼女もけっこう料理が上手よ」

「あなた、今ここに泊まっているの?」

「ええ。昨日から。明後日いよいよメルティス八世の墓地に向けて出発だから、先

生方と作戦会議をするの。お母さんにはしばらく地方の被災地でボランティアをす

るってウソついて出てきたの。夏休みが終わるまでには必ず帰るって言って……帰

れるか分からないけど……もし、私が死んだら、母に『転んで頭打って死んだ』っ

て伝えて」

「そんなこと考えちゃ駄目よ! あなたは必ず使命を果たして笑顔で家に帰れるわ。

それを信じるのよ」

「でも、私怖くて……」

 マザルスとゼルタクが説教しようと近づいたその時、買い物から帰ってきたサマ

ナが後ろから二人を突き飛ばしてフィラに駆け寄った。

「フィラ、帰ってきたの!?」

「うん。ごめん。もう二度とどこにも行かない。あなた達と運命を共にする」

 二人の男は抱き合って号泣する娘達を見守る。

「いつまで泣いているんだろ」

 ゼルタクがイラつきながらつぶやく。

「まあ、しょうがない。あの若さでしかも女の身でキモいゾンビ達と戦わねばなら

んのだ。泣きたくなって当然だろう。作戦会議は彼女達の気持ちが治まってからだ」

 しばらくして、ようやく落ち着いた三人は、ガールズトークを始めた。

「フィラ、結婚したんだってー?」

「うん、結婚して離婚したのー。楽しかったー」

「相手はたまらんな」

 ゼルタクがつぶやく。

「なんで離婚したのー、せっかく結婚できたのに」

「だってー、ダンナが働かなくなったからよ」

「それはヤバいじゃーん」

「結婚すると、どう変わるか分からないから、男を選ぶ時は気を付けたほうがいい

よ」

「気を付けるって、どう気を付けたらいいのよー」

「結婚する前に、水晶で相手の日常を透視するの」

「えーっ、お風呂やトイレに入っている時もー?」

「キモーい、私、見たくなーい」

 腹を抱えて笑う三人。

「いったい、いつになったら終わるんだ」

 こめかみをピクつかせるゼルタク。マザルスは「まあまあ」と彼をなだめ、

「久しぶりに会って、話がしたいのだろう。させてやりなさい」

 代表の許可があろうが無かろうが構わず娘達は話を続ける。

「私も早く結婚したーい。レナ、頑張ってね。メラティス様の世の中になったら、

私もこの任務から解放されて結婚できるわ」

「それは甘いんじゃない。メラティス様の世になったって、自分が結婚できるかは

分からないよ」

「なによ、レナ。私は結婚できないっての?」

「贅沢を言わなければいくらでもフィラの彼氏みたいなのはいるよ」

「いやよ、私の稼ぎを当てにするダンナなんて。それなら独りでいたほうがマシ」

「そんなこと言わずに一度は結婚してみなさいよ。それで初めて結婚に対する幻想

が消えて結婚に対する憧れから解放されるんだから」

「一体いつまでくっちゃべっているんだ」

 ゼルタクがレナ達に聞こえるような大声で言った。

「まあまあ、女性の一番の関心事である結婚について話しているのだから、止まら

んだろう。もう少し待ってやりなさい」

「しかし、もうとっくに昼を過ぎてますよ」

「そうか。どうりでさっきから腹がグーグー鳴っているわけだ」

 娘達は空腹など全く気付かず、おしゃべりに熱中している。

「サマナ、何買ってきたの? ああ、この材料だと白身魚のムニエルにサラダね」

「大当たり~」

 マザルスの腹がググーッと鳴り、顔付きが険しくなった。

「デザートはスイカね。重かったでしょう、持ってくるの」

「たたいたら、良い音がしたの。市場のお兄さんが『食べごろですよ』って言って

た」

「あのお兄さん、俳優にしたいぐらいのイケメンよね。タイプだわ」

「やだー、告らないでよ、レナ。私が目を付けているんだから」

「私だって独身に戻ったんだから、いくらでも告れるんだからね!」

「三人で告って、結果報告しない?」

「やろうやろう」

 手をたたいて笑うサマナに近づき、マザルスが怒鳴った。

「さっさとムニエルを作れ!」

 三人の娘はゾンビでも見るような目付きで代表を見た。

「なに、このおじさん」

「お腹空いててイラついてるんでしょ」

「いいトシして見っともない」

 ゼルタクが駆け寄って叫んだ。

「代表に向かって『おじさん』とは何だ! 一体いつまでくっちゃべっているんだ

! サマナは早く昼飯を作れ」

「フィラ、またあとで話そうね」

 サマナはゼルタクを一睨みすると、応接間から出ていった。


 気まずい昼食の後、ようやく作戦会議が開かれ、フィラとサマナが助言した。

「メラティス様は真実の愛のパワーによって目覚めると言われているのよ」

「フィラの時はなぜ失敗したの?」

「もちろん、私に真実の愛がなかったからでしょ」

「そりゃそうだな、すぐに離婚したし」

 フィラの夫に同情しているゼルタクが、皮肉っぽく言った。

「先生は私を誤解しています。自分の負担になるから夫を捨てたわけじゃありませ

ん。私がいたら彼が堕落すると思ったから身を引いたんです」

 ゼルタクは苦笑して黙った。

「フィラは彼に対する愛情から離婚したのよ」

「私もそう思う。甘やかすのが愛情だと思ったら大間違いよね」

「ありがとう。女同士だから私の真心が分かってくれるんだわ」

 サマナとレナの援護射撃を得てフィラはうれしそうに微笑む。ゼルタクは肩をす

くめ、

「言い逃れがうまいな。そういう態度だから陛下を蘇らせることができなかったん

だ」

 今度はフィラが鼻にシワを寄せて黙ると、サマナが気まずい沈黙を破るように口

を開いた。

「私の時は一生懸命陛下が目を覚ましてくれるように祈ったわ。一昼夜祈り続けた。

でも、駄目だった」

「祈った……ってのは陛下が蘇るように神にお願いしたんじゃないか? それは君

自身の愛を注いでいるとは言えんのだ。だから陛下は何のエナジーもお受けになれ

なかった」

「先生は私が他力本願だったとおっしゃりたいの?」

「その通りだ」

「そんなこと言うなら、先生がやれば?」

「陛下はノンケであられたから、私がやっても駄目だろう」

「言い逃れがうまいわね。結局、自分にもできないのよ」

 イラつきながら聞いていたマザルスが割って入った。

「おい、非難し合っている場合ではないだろう。レナに助言を与えるための会議な

のだぞ」

「代表もレナに助言すれば?」

 口をとがらせるサマナにマザルスはきっぱりと言った。

「それはレナの力量に懸かっている」

「ひっどーい! 結局何も言えないんじゃん」

「レナは君とは違って真の救世の美少女なのだ。君達とはレベルが違うのだ」

「おだてたって、できないものはできません」

「この期に及んで何を言っているのだ! 君だけが我々の唯一の希望なのだ。君以

外に誰があのような人間離れしたパワーを出せると言うのだ」

 レナは溜め息をついて天を仰ぐ。

「結局、自分で考えなきゃ駄目なのね……私を助けられる人は誰もいないんだ」

 うなだれる他の四人。

「分かりました。自分で何とかします」

 マザルスは顔を上げて満面に笑みを浮かべ、

「やってくれるか! やっぱり君は期待の星、救世の美少女だ」

「美少女を連発しなくてもいいです」

 フィラとサマナは涙ぐみ、

「レナ、マジごめん。失敗談を話すことしかできなくて」

「私達ルーザーに偉そうに助言なんてできないよ」

「うん。いいよ。二人とも気にしないで。私も気にしない。できなかったらできな

かったで、しょうがないもん。なるようになるよ」

「なんだ、そのいい加減な態度は。真剣に考えるんじゃないのか」

「代表。これは考えて答えが出せないことだと思うの。だから一応考えるけど、考

えつかなかったら、お菓子食べて寝ちゃう」

「いいよな、わしと違って責任のない奴はそういうテキトーな態度が許されて」

「すいません、テキトーな態度で。やっぱりこの任務は私には荷が重過ぎると思う

ので、やめさせて戴きます」

「待て! 分かった。すべて君に一任する。テキトーでも何でもいいから、とにか

くやってくれ。駄目だったら、私が辞めれば済むことだ」

「分かりました。駄目モトでやってみます」

(頼りない)

 ゼルタクはレナに活を入れたくなる衝動を抑え、太い息を吐いた。


 ラウェール王国の南東部に『リウイルの森』と呼ばれる大森林があり、その中の

洞窟にメラティス八世はゾンビに守られながら眠っていた。

 森の入り口に立った五人の魔法使いは緊張で青ざめていた。

 特に初めてゾンビなるものと対決し、青年王を蘇らせる重責を担ったレナは、朝

食のパンが三枚しか食べられないほどナーバスになっていた。

「いつもは四枚食べられるのに」

「ふだんが食べ過ぎなんだよ」

「ゼルタクよ、やはりレナは大物だ。フィラもサマナも当日は水も飲めないほど緊

張していたからな」

 フィラがうなずき、

「レナは必ずやってくれます」

「そうよ、私達とは器が違うもの」

「君達、あまり期待し過ぎてプレッシャーを与えないほうがいい」

「ゼルタクの言う通りだ。我々はただ心の底から彼女の成功を祈ろう」

「ありがとうございます、代表」

「初めて森に入る君に言っておくが、洞窟には昼ごろ到着できる。それまでに森に

住む動物や人間に襲われるかもしれんが、その場合は光線を放って気絶させ、その

すきに逃げるのだ。いいな?」

「って、人間が住んでいるんですか?」

「そうよ。ポワパンガ族っていう猿人に近い人達がいて、動くものは全て食べ物と

思っているから、人間も襲ってくるの」

「私達が入った時も襲われたけど、光線を放って逃げたわ」

「危険なのはポワパンガ族より、レナが光線を放った場合、森全体が火事になる恐

れがあることだ」

「失礼じゃないですか、代表。私はそんなドジなことはしません。パワーのコント

ロールはできるようになりましたから」

「いや、練習の時と違って、パニクるとパワーを出し過ぎてしまうものなんだ」

「私達が光線を出すから、レナはやめたほうがいいわ」

「それじゃ、ちゃんと私を守ってよ」

「もちろんよ。そのために来たんだから。あなたはおとなしく歩いていればいいわ」

「やっぱりフィラは頼もしい。戻ってくれて本当にありがとう」

「それでは出発だ」

 一行はゼルタクを先頭、マザルスを最後尾に歩き出した。

 道は数十センチしかない獣道だ。

 葉が密に茂っている木のせいで中は薄暗い。

「なんかお化けが出そう」

 おびえるレナに、サマナが後ろから声を掛けた。

「お化けは出ないけど、もうじきポワパンガ族の集落があるから、猿人に襲われる

かもよ」

「こわっ」

 レナは後ろからフィラにすがりついた。

「大丈夫よ、私が撃退するから。あなたは絶対に後ろで暴発しないでね。私、確実

に死ぬから」

「しないって」

 その時、ゼルタクが振り向き、小声で言った。

「ここからポワパンガ族の集落だ。いいか、一気に駆け抜けるぞ」

 五人は全速力で走り出した。そして、一分も走ったところで猿人達が追い駆けて

きた。

 マザルスが振り向いて光線を放つ。

「ギャッ」

 猿人達は次々と倒されていった。

 レナは怖くて振り返ることもできず、ひたすら走った。

 十分も走ると、マザルスが後ろから叫んだ。

「もう大丈夫だ! 猿人達は追ってこない」

 一行は足を止めて荒い息をした。

「代表! おケガはありませんか」

 ゼルタクが最後尾のマザルスに声を掛ける。

「ああ、大丈夫だ。四、五人倒した」

「さすがは代表だ」

 ゼルタクが誉めた次の瞬間、黒い影がマザルスに向かって落ちてきた。

「キャーッ、代表!」

 マザルスの頭にかじりついているのは、毛むくじゃらの猿人だった。

「こいつ、離せ!」

 マザルスが振りほどこうともがくが、猿人は彼の頭にかじりついたまま離れよう

としない。もっともかじりついているのはカツラなので、マザルスには痛くもかゆ

くもなかった。

 とっさにレナが猿人めがけて光線を発射しようとしたので、マザルスはあわてて

手を上げ、

「やめろ! お前はやめろ!」

「レナ! 私がやるわ」

 サマナが狙いを定めて光線を放つと、見事に猿人の頭に命中し、悲鳴を上げて倒

れた。猿人はカツラをくわえたまま、けいれんしている。マザルスはカツラを猿人

の口からもぎ取り、頭に載せると言った。

「みんな、走るんだ。猿人達はまだこのあたりにいるかもしれない」

 五人は必死で一時間近くも走り続けた。

 お陰で予定より何倍も早く洞窟に到着した。

「ああ、疲れた」

「なんかマラソンの選手みたい」

 地面にへたり込む三人娘にゼルタクが眉を寄せて言った。

「おい、休んでいられないぞ」

「なんで」

 レナが恨めしそうな顔でゼルタクを見上げる。

 彼の首を半分腐った手でゾンビが絞めていた。

「こういうことだからだ」

「キャーッ、先生!」

 フィラがゾンビの手に向かって光線を放つと、あわててゼルタクの首から両手を

離した。

「もう一度死ね」

 ゼルタクがゾンビの頭部に向かって光線を放つと、けいれんしながら倒れ、すぐ

に動かなくなった。

「キャ―――ッ」

 洞窟の中から続々と出てくるゾンビの大群に、レナは悲鳴を上げた。

「こいつらを倒さなければ陛下の棺にたどり着くことはできない」

 レナがうなずくとゾンビ達に向かって手の平を向けた。

「お前はやめろ! 森林火災になる」

「レナ、私達に任せて。ゾンビの倒し方は心得ているから」

 フィラ達は光線を正確にゾンビの頭部に当て、絶命させていった。

 初めて見る陰惨な光景に、レナは震えた。

 八十体もやっつけると、ゾンビは一体も出てこなくなった。

「終わったみたい」

 サマナがホッとしたように額の汗を拭う。

「よくやった。死体であるゾンビは全て死体に戻った」

「それって変なセリフですね」

「そうだな。ハハハ」

「笑っている場合じゃないですよ。早く陛下のもとに行きましょう」

 フィラにうながされ、ゼルタクは先頭に立って歩き出した。

 洞窟内はヒカリゴケが生えており、うすぼんやりと明るかった。

「天然の電灯だ」

「キャッ」

 レナの悲鳴が響き渡る。

「どうした! 何か出たか」

「背中の中に水滴が入りました」

「なんだ、それぐらいで悲鳴を上げるな」

「うわっ」

 今度は最後尾のマザルスが叫んだ。

「代表! 水滴ぐらいで叫ばないでください」

「違う! ゾンビだ」

 一同が驚いて振り返ると、女のゾンビがマザルスの頭にかじりついていた。

「おのれ、二度までも大事なカツラを狙うとは」

 マザルスは女を突き飛ばすと、その顔面に向けて光線を放ったが、くわえていた

カツラに当たり、ダメージを与えられなかった。

「代表! カツラを取ってください」

 マザルスはうなずき、女の口から無理やりカツラをもぎ取った。次の瞬間、ゼル

タクが女の頭部めがけて光線を放ち、絶命させた。

「ったく、高級カツラがボロボロだ」

 マザルスはふくれっつらでカツラを頭に載せ、他の四人に言った。

「ゾンビがまだいるかもしれないから、周囲に気を付けろ」

 マザルスの前にいるサマナが、

「私達はカツラを被っていないんだから、頭をかじられたら大変なことになるわ。

みんな気を付けて」

「失礼な。私のカツラはヘルメットではない」

 一行は警戒しながら歩を進めたが、幸い、ゾンビはそれ以上出てこなかった。そ

して、ついにメラティス八世の眠る棺が眼前に現れた。

「あれがそうだ」

 ゼルタクが指を差す。

「さあ、レナ。真実の愛によって、陛下を蘇らせてくれ」

 フィラとサマナは、レナがどんな方法で古代王を蘇らせるのか、固唾を飲んで見

守った。

 レナはメラティス八世の顔をのぞき込んだ。

 しばらく見つめた後、つぶやいた。

「やっぱタラコ唇」

「どうでもいいじゃないか、そんなこと! 早く陛下を起こしてくれ」

 レナはうなずくと、王の額をペシッとはたいた。ずっこけるフィラとサマナ。パ

ニック状態になり、駆け回るゼルタクとマザルス。

「ななな何をしてるんだ! 陛下をはたくとは!」

「お前はやっぱりただのおバカな少女か!」

 レナは余裕の表情で二人をなだめた。

「あわてないでください。私はあらゆる手段を試しているのです」

「そうか……」

「確かにたたけば目を覚ますということもあり得るかもしれない」

「お分かり戴けましたか? 真実の愛があれば、たたくのもありではないでしょう

か」

「なるほど。今までにない発想だ。王の額をはたくなど、誰も思い付かなかったか

らな」

「代表。やはりレナこそ救世の少女です」

「そうだな。君も良く見つけてきたものだ」

 レナは代表達が話している間にも王の額をベシベシたたき続けた。

「陛下が目覚めたら、ようやく我々の使命も終わるな。いやー、長かった」

「代表。長期休暇を戴きたいのですが」

「おお、いいぞ。君も疲れただろう。陛下が蘇れば…………って、いつまでたたい

ているんだ!」

 レナは「は?」という顔でマザルスを見た。

「陛下の額を見ろ! 赤くなっているではないか」

「生きている証拠です」

「それは分かっている! しかし寝たままでは意味がない。陛下に王位に就いて戴

き、優れたまつりごとを行って戴くのが我々の目的なのだ。なんとか起こし

てくれ」

 代表に続いてゼルタクもレナをせきたてる。

「さあ、君だけが頼りなのだ。早く何とかしてくれ」

 レナはどうしていいか分からなくなり、悲しげな目でメラティス八世を見つめた。

「おい、なんだその顔は。全く愛のカケラも感じられんぞ」

「真実の愛が陛下を蘇らせると言っているじゃないか」

「レナ、頑張って!」

「レナならできるよ!」

 周囲からうるさく言われ、なおさらどうしていいか分からなくなった。

 それで光線を放ってみようと王に向かって手の平を向けた。

「キャーッ」

「やめろ! それだけはやめろ!」

「マジ死んでしまうぞ!」

 やむなくレナは手を下ろし、四人は安堵の溜め息を漏らした。

 万策尽きたレナは、ただ黙って王を見つめた。

(なんでこんな事になったの?)

 問いかけるように見つめるうちに自分の魂と王の魂が呼応し、彼の生前の姿が脳

裏に浮かんできた。


 メラティス八世は朝食を済ませると、王専属の魔女の部屋に赴いた。

「バーサ。今日も各地方の透視を頼む」

「かしこまりました」

 その魔女はレナに良く似たこれと言って特徴のない十人並みな顔の娘だった。一

つだけ一般女性と違うところはその瞳だった。澄んだ鳶色の目は、何もかも見通し

てしまうような不思議な輝きを放っていたのだ。

「陛下、大分お疲れのようですね」

「分かるか、バーサ。つい、お前には弱みを見せてしまう。なにしろ父王が突然崩

御され、この若さで王位に就いたから、毎日気苦労の連続じゃ」

 少しやつれた青年王の端正な顔を見ながら、バーサは(この方のためなら命も差

し出せる)と決意を新たにしていた。

「誠にお疲れ様でございます。微力ではございますが、私が全力でお支え致します

ので、陛下もお体おいといくださいまして、ご公務にお励みください」

「うむ。お前のような優れた魔女がいれば百人力だ。それでは透視のほうを頼む」

 バーサはうなずき、大きな水晶玉をなでながら鈴を転がすような美しい声で呪文

を唱え始めた。

「ペッタラドーラ、ホーイホイ……陛下、観えました」

「どうかな? ジリジッタ地方は」

「天気は快晴、夜までに雨の降る確率は5%でございます。今日も人々が元気に畑

仕事に精を出しております」

「それは良かった。ドロロッチ地方はどうじゃ」

「ペッタラドーラ、ホーイホイ……昨日から降り出した雨が止まず、川が増水して

おります。夜までに雨の降り続く確率は98%でございまして、このままですと川

が氾濫して、民家に被害が及ぶ恐れがあります」

「それはまずい。軍を出動させて救助に当たらせよう」

 バーサがうなずいたその時、水晶玉に悪鬼のような形相をしたハゲ男が映った。

「これは……カマル大臣! 陛下、文部大臣が恐ろしい形相でこちらに向かってお

ります」

「なに? 何か私に重大な陳情事でもあるのか。給料を上げろとかの」

「違います。この顔は……謀反人のそれでございます!」

「なに、謀反!? 私の家臣から反逆者が出るとは信じられん」

 バーサはいつもと違うどす黒い顔色のカマルを見て叫んだ。

「陛下、カマル大臣には恐ろしい悪魔が取り憑いております!」

「悪魔が!? 私の力をも凌駕するほどの魔物か」

「残念ながら」

 その時、敵の襲来を告げる早鐘が鳴った。

 メラティスとバーサが焦って窓に駆け寄り外を見ると、敵軍が城の門を巨大な丸

太で破壊している最中だった。

「おのれ、カマルが手引きをしよったか」

「陛下! 指輪の薬をお飲みください!」

「なんで! まだ死にたくねえっ」

「落ち着いてください。あの薬にて仮死状態になれば、陛下のお体は損じられるこ

となく墓所に葬られます。私が後ほど陛下のもとに参り、蘇生の術にてお助け致し

ます」

「分かった。いったん私が玉座につき号令を発すれば、敵軍といえどもひれ伏すで

あろう」

「カマルはそれをさせじと陛下を亡き者にすべく、こちらに向かっているのでござ

います」

「そうはいくか。バーサ、後は頼んだぞ」

「お任せくださいませ」

 メラティスが指輪の薬を飲んだと同時に部屋の扉が開いた。

「陛下はおられるか」

 短刀を持ったカマル大臣が立っていた。

「陛下、陛下! しっかりしてください!」

 バーサがメラティスの体を揺さぶりながら一芝居打っていた。知人の葬式に出席

した女優のようにうまくウソ泣きをしている。

「陛下ぁぁぁ……なんで死んでしまったの。ああ、陛下との思い出が走馬灯のよう

に……それにしても早過ぎる」

 カマル大臣が顔をこわばらせて近づいてきた。

「おい、どうしたんだ、陛下は」

「敵軍をご覧になり、驚いて倒れられ……そのまま息を引き取られました」

「ほうー、そうか。それは手間が省けて良かった」

 バーサはびっくりして立ち上がり、

「何が良かったのですか!?」

「この国はな、今日から勇者・ゾウエル様によって統治されるのだ。そうなったら

私は財務大臣になり、この国の財政を一手に任されることになる。愛人は囲い放題

だ。お前もその一人にしてやっていいぞ」

「けっこーです!」

「メラティスからもらっていた給料の倍の手当てを出すぞ」

「倍……出されたって私は寝返ったりしません! 私がお仕えするのは生涯陛下の

みです」

「愚か者め。それでは死んでもらうしかない」

「死んでもらう……それは困ります!」

「それでは私の二号になれ」

「嫌です! ハゲオヤジなんか」

「なんだと!」

 一番言われたくないことを言われたカマルは、激高してバーサの心臓を一突きに

した。

「あっ」

 メラティスの前にくずおれるバーサ。

 薄れゆく意識の中で、彼女は王に何度も謝った。

「陛下、ごめんなさい……お約束を果たせない私を許して……永遠にあなただけを

……愛しています」


 レナは悲恋の芝居を観終わった後のように涙を流していた。

「バーサは心から陛下を愛していたんだ……彼より倍のお金を積まれても変わらな

いほどの真実の愛……」

 レナはハッとして顔を上げ、

「私に良く似たバーサ……そうだ! 陛下、私です! バーサが助けに参りました

! 目をお覚ましください!」

 メラティスの体を激しく揺さぶりながら叫び続けた。

 マザルスは怪訝そうな顔でゼルタクにささやく。

「何なのだ、あの『バーサ』というのは。呪文か?」

「でしょうね。まさか『婆さんが来ました』と言ってるんじゃないでしょう」

「だな。婆さんが来たって誰も目を開けんだろう」

「ええ。私も死んだふりをします」

 噴き出す二人にレナは恐ろしい形相で指を突きつけた。

「笑わないで! 『バーサ』というのはメラティス八世のために死んだ私にそっく

りな若い魔女なの! 婆さんじゃないの」

「はい」

「すいません」

 二人はそろって頭を下げた。

「バーサという名前が必ず陛下を蘇らせるはずよ。静かにしていてちょうだい」

 レナはメラティスの体を揺さぶりながら必死で呼びかけ続けた。

 そして「バーサ」の名を百回口にしたその時、青年王はパッチリと目を開けた。

「陛下!」

「バーサ……バーサが来たのか? おお、バーサではないか!」

「申し訳ございません! 到着が遅れまして」

「遅れた……あれからどれぐらい経っておるのだ」

「すいません。二百年です」

「二百年!? お前、もう二百歳か」

「重ねて申し訳ございません! 私は陛下が眠りに着かれてから二百年後のレナと

いう魔女です」

「レナ……バーサではないのか」

「はい。バーサはカマル大臣に殺され、死んだのでございます」

「死んだ……」

「はい。あの時、クラッタ王国はゾウエル一世に侵略され、以来ラウェール王国と

名を変えて今日まで続いております」

「そうだったのか……」

 他の三人と共に万歳三唱していたマザルスが駆け寄り、棺の中で身を起こしてい

る青年王に向かってひれ伏した。

「陛下! 我々は陛下の蘇りを長い間お待ち申し上げておりました。どうぞ再び王

位にお就きになられ、この荒廃しきったラウェール王国の民をお救いください」

「うーん……それは無理だろう」

「はあっ?」

「二百年も前の王が統治など無理じゃ。当時の私は二十三の若さで父王に死なれて

王になり、毎日気苦労の連続であった。王など辞め、小説家になりたくてしょうが

なかった。しかしバーサに『どうせつまらないファンタジーを書くことしかできな

いに決まっている』といさめられ、王としての務めを果たすように説教され励まさ

れながら何とか毎日を過ごしておったのじゃ。そのような私が二百年も先の国を支

配するなど、できるわけがない」

「そんなことはございません! クラッタ王国は決して現代のラウェール王国に引

けを取らない文明を築いていたと聞いております」

「代表。陛下は王としての仕事に心身をすり減らしておられたのです。だから、再

びそのプレッシャーにさらされることを恐れていらっしゃるのです」

 レナが青年王の気持ちを察して代弁した。

「その通りじゃ、その通りじゃ、私を理解してくれるのはお前だけじゃ」

「恐れ入ります」

 マザルスはレナの腕を引っ張り離れた所に連れてくると耳打ちした。

「メラティス八世はお前の言うことだけは聞きそうだ。どうか陛下に我々と同道し

てくださるよう言ってくれ。王位に就くことは時間を掛けて説得すればいい」

 レナはうなずいて青年王に近づいた。

「陛下。ひとまず宿においでください。豪華料理でおもてなし致します」

「それはうれしい。なにしろ長いこと何も食しておらぬから、腹が減って死にそう

じゃ」

 メラティス八世はレナの肩を借りながら、二百年もの間ねぐらとしていた洞窟を

後にした。


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