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TRUE LOVE~救世の少女~  作者: 鳥原 麻生
3/8

第二章 イケメン魔法使いの勧誘


 ラウェール王国にガソリン自動車が走り回るようになったのは、つい十年ほど前

のことだった。

 貧しい庶民にはとても買えない高値で、まだそれほど台数は多くなかったが、時

々交通事故が起きていた。まだ歩道が完備されていない道路が多く、通学途中の子

供が事故に遭うことも多かった。

 レナの通学路もクルマ一台分が通れるような狭い道路だ。

 幸い、運動神経は発達しているほうなので、クルマと接触したことはない。


 その日もレナは前方から走ってくるクルマを警戒しながら、道路の端っこを歩い

ていた。ところが、数メートル先を歩いていた七、八歳ぐらいの男の子が、道路を

横切り始めたのだ。そこへクルマが走ってきた。

 通行人達から悲鳴が上がる。

 レナはとっさに男の子に駆け寄ると、ラグビーボールのように抱えて道路の端に

逃れた。

「危ねーじゃねえか、このガキ!」

 運転手は毒づきながら去っていく。

 レナはべそをかいている少年の体を見回しながら聞いた。

「大丈夫? ケガはない?」

「はい。ありがとうございました。お陰様で命拾いしました」

 少年は大人びた口調で礼を言った。

「急に道路を横切ったりしちゃ駄目よ。危ないから」

「はい。この世知辛い世の中で、命懸けで他人を救ってくれる人なんてお姉さんぐ

らいです。今度ひかれそうになったら、きっと誰も助けてくれないでしょう。だか

ら、二度とあんな危ないまねはしません。ほんとにありがとうございました」

「いいのよ、私としては当然のことをしただけなんだから」

「人を命懸けで救うことが当然……お姉さんは天使みたいな方ですね」

「そんな」

 正直なレナはうれしそうに笑い、目をしばたたいた。

「私って天使?」

「はい。ルックスはチワワですけど」

「チワワ……って犬じゃない」

「ええ。誉めたんですけど」

「坊や。その年でまだ女性を誉めたりしないほうがいいわよ。生意気に思われるか

ら」

「ご助言ありがとうございます」

「坊やみたいな賢そうな子が、なんでクルマの前に飛び出したりしたの」

「カエルがひかれそうになっていたからです」

「カエル?」

 少年が手を開くと、小さな青ガエルがちょこんと座っていた。

 イボガエルなら悲鳴を上げるところだが、二センチぐらいしかない小さな青ガエ

ルで可愛らしかった。

「カエルを救うためにクルマの前に飛び出すなんて、君は天使以上だね」

「そうでしょうか」

 少年はにっこりすると、もう一度頭を下げ、走っていってしまった。

「カエルを助けるために……信じらんない」

 レナは頭を振りながら歩き出した。


 少年は学校のない住宅街に入っていく。

 そして、古びた屋敷の石門をくぐると、カエルを庭に捨てた。カエルは芝の中を

飛んでいくこともなく――石になった。

「なんだ? その石は」

 一階の窓から白髪の男が声を掛けた。

「カエルに変えたんですよ」

 少年が屋敷に入った瞬間、ゼルタクの姿に変わった――と言うより戻った。

「うまく化けたな。いつもながら大した腕だ」

「これぐらい、どうってことないですよ」

「いや、君のように変身の術がうまい者は滅多にいない。女に化けて女子更衣室に

入ることなど朝飯前だろう」

「朝飯前ですが、そんな悪趣味なことはしません」

「結構なことだ。我々の使命は清廉潔白でなければ遂行できんからな」

「それよりレナ・ドーズのことですが」

「そうだったな。どうだ、彼女のメンタリティーは」

「素晴らしいです。クルマの前に飛び出した私を命懸けで救ってくれました」

「本当か。このエゴイストばかりの世の中で、そのような自己犠牲的行為をすると

は」

「私のように変身の術を駆使する魔法使いはいくらでもいます。トレーニングでい

くらでもできるようになる技術ですからね。しかし、レナのような愛情深さは訓練

で身に付くものではない。まさに彼女こそ神が地上に遣わした天使です」

「そうか。ついに我々は本物を探し当てたのだな。なんと喜ばしいことだ。それで

は早速、彼女を連れてきてくれ」

「簡単に言わないでください。彼女は愛情深いと同時に用心深いのです。私を詐欺

師と疑っており、誘っても土下座しても付いてきてくれそうにありません」

「それは困るではないか。なんとかここに連れてきて事情を説明し、トレーニング

を受けてもらわねば」

「それにはまず、私が彼女に信用されねばなりません。それには一体何年掛かるこ

とやら」

「そんな悠長なことは言ってはおれんぞ。残されている時間はあと一年余だ」

「分かっております。自信はありませんが、私も命を懸けてこの国を救う大使命を

果たす覚悟です」

「うむ、頼んだぞ。この荒廃した国が救われるか、荒廃の果てに滅びるかの瀬戸際

だ」

 ゼルタクは緊張の面持ちでうなずく。

「お任せください。必ずやり遂げます」


 国を救う大使命を背負わされたとも知らず、レナは自分の小さな失恋に苦しんで

いた。

 別に一度だけ「好き」と言われただけのことで、デートをしたわけでもない。し

かし、「逃がした魚は大きい」という気分で、ティルのことがあきらめきれなかっ

た。

(カーラったら、やり方が汚い)

 もちろん、カーラは女子達のいじめの対象にならないように、ティルの彼女にな

ったようなそぶりは微塵も見せなかった(本当はみんなの前でクラス一のイケメン

であるティルといちゃついて自慢したかったのだが、一生懸命自分を抑えていた)。

 ティルと付き合えることになったのは、今まで男子に相手にされなかったカーラ

にとって、テストで百点を取る以上の喜びだったのだ。


 その日、ティルとの初デートの約束をしていたカーラは、うれしさが言葉や全身

からにじみ出ていた。他の生徒には何が彼女を人が違ったようにウキウキさせてい

るのか分からなかったが、レナだけがその理由を知っていた。

 放課後、レナはいそいそとカバンに教科書やノートを詰め、帰り支度をしている

カーラに声を掛けた。

「今日はデート?」

 カーラはドキッとしてレナを見た。

「なんのこと?」

 レナは肩をすくめると、教室から出ていった。背後で目を皿のようにしていじめ

の対象を探しているドゥームの声がした。

「お前、彼氏いるの?」

「いるわけないじゃない」

 カーラは小走りで教室を出ると、レナを追い抜いていった。その後をドゥームが

歩いていく。

「やばっ。ドゥームの奴、つける気だわ」

 レナは思わず言ってしまった「今日はデート?」のひとことでティルとカーラの

関係がばれ、クラスじゅうからいじめられる展開になりそうだと焦った。

(どうしよう)

 ドゥームを後ろから殴って気絶させるわけにもいかない。必死で対策を考えるう

ちに、カーラの家まで来てしまった。

 ドゥームは植木の陰に隠れ、刑事のように張り込んでいる。レナは少し離れた角

の塀から彼を見張っている。

 しばらくして、可愛いワンピースを着たカーラが出てきた。どう見てもこれから

デートに行く装いだ。ドゥームはニヤリとして後をつける。その後ろをレナが追う。

 カーラは近くの公園に入っていき、ベンチに腰掛けた。どう見ても『彼氏を待っ

ている』図だ。そのうち相手の男性が現れるに違いない。

 ドゥームは獲物を狙う猫のような目で物陰から見張った。

 パニック状態になったレナは、ドゥームの目をふさごうと背後から近づいていっ

た。その時、化粧の濃い美少女が早足で公園に入ってくると、カーラと一緒に出て

いった。

「なんだ、女友達か」

 ドゥームはがっかりしたようにつぶやき、帰っていった。

 レナは植え込みの陰で懸命に笑いをこらえていた。

 美少女がティルの女装だということに気付いたからだ。

「バレないようにあそこまでして……」

 レナはティルが気の毒になってきた。自分のせいで弱みを握られ、好きでもない

子と女装してデートしているのだ。なんてひどい青春だろう。

 レナから笑いが消えると、悲しみが込み上げてきた。しかし、こんなところで泣

いてもいられない。溜め息をついて立ち去ろうとしたその時、

「感動した!」

 背後で大きな声がして、レナは飛び上がった。振り返ると、Tシャツにジーンズ

というラフな姿のゼルタクが立っていた。

「なんだ、この前の。転職したの?」

「なんでっ」

「魔術師然としたこの前とは別人。出前のお兄さんみたい」

「出前はねーだろっ」

「ラーメン一つお願い」

「やってねっての!」

 レナは肩をすくめると、行こうとした。

「おい、誉めてやったんだ、君の寛大さを。自分を裏切った男の心配をして、身を

挺して守ろうとしたからな」

 レナは険しい顔で振り向く。

「それがどうしたってのよ」

 ゼルタクは彼女に駆け寄ると手を取り、

「君こそ、この国の希望の星だ」

 レナは手を振りほどくと、ゼルタクを睨みつけた。

「分かんない。希望なんか全然ない私が『この国の希望の星』って、どういう意味

?」

「まあまあ、落ち着いてくれ。失恋して落ち込んでいる君の気持ちは良く分かる」

 ゼルタクはジーンズのポケットから直径五センチほどの水晶玉を取り出した。

「何それ」

「これは魔法使いが透視に使うものだ」

「やっぱり投資話の詐欺ね!?」

「そっちの投資じゃない、現実の風景を水晶に映し出す透視だ」

「水晶に映し出す……そんなことできるの?」

「ああ、魔法使いなら皆やっている。私も得意な術の一つだ」

 ゼルタクは水晶を目の前まで持ってくると、何やら呪文を唱え出した。

「テルヤーク、デスラ、トスラ、チョリリスーム……」

 美しい一文字眉を寄せ、透明な水晶を凝視する。

 乳白色の煙が水晶の中で渦を巻き、やがてそれは鮮明な映像に変わった。

「見えたぞ! ティルとカーラの姿が」

 ゼルタクが得意げに顔を上げると、誰もいなかった。

「おい、レナ! レナ・ドーズ! どけえー行った!」

 あわてたため故郷の訛りが出てしまった(生まれは南方のカタコッペ村だった)。

「おい、どけさー行っただ!」

 ゼルタクは前方にレナを見つけ、急いで追いついた。

 息を整えると苦笑いを浮かべ、レナの肩に手を置いた。

「君。黙って行ってしまうとは失礼じゃないか」

 レナは半眼で振り向き、

「訛りが消えたわね」

「訛り? 僕は都会育ちだ」

「でも、生まれは地方なんでしょ」

「ああ。カタコッペ村で生まれて二十年をそこで過ごし、それから上京して都会で

育った」

「それは都会育ちとは言えないわ」

「どーでもいい! せっかくティルとカーラのデート現場を透視したんだ。見だぐ

ねが?」

「訛ってるわよ」

「どーでもいい。それより見ろ。二人で若手芸人のお笑いライブを見ているぞ」

 水晶玉を差し出すゼルタク。レナが半信半疑で中をのぞくと、確かに腹を抱えて

笑っている二人が映っている。

「なんかムードがないデートね」

「しょうがない。金のない学生じゃ、こんなもんしか見られないだろ」

「そうね」

「それにティルのほうは女装している。これじゃデートなんて言えない。うらやま

しがるほど彼らは幸せじゃないってことだ」

「好きな人がどんな姿をしていようと、そばにいられるだけで幸せなものじゃない

かしら」

「そ、それはそうかもしれんが」

「なんで彼らの名前を知ってるの?」

「調べさせてもらったからだ」

「いったい何を企んでいるの?」

「だからそれを詳しく話したいから私の屋敷に来てくれ」

「お断りします! あなたは魔法使いを装っている人さらいよ」

「違う! どうすれば信じてくれるんだ。おい、どこさ行ぐだ!」

「家に帰るのよ。宿題が山ほどあるの。魔法なんて修業している暇ないですから」

「大丈夫だ! 君なら学業と魔法修業は両立できる」

「できません。さようなら」

 取り付く島もないレナの態度に、ゼルタクは追うこともできずに溜め息をついた。


 宿題がある、とゼルタクには言いながら、レナは机に頬杖を突いたままぼんやり

していた。水晶玉で見たティルとカーラの楽しそうな姿が頭から離れないのだ。

「あれが青春よね。楽しそうだったなあ、カーラ」

 恐らくティルのほうは嫌々付き合っているのだろう。本心は家で勉強したいはず

だ。

 カーラに弱みを握られたばかりに、これからもデートに時間を割かれ、成績が落

ちるかもしれない。

「もしそうなったら、みんな私のせいだ。きっと彼、私を恨むだろうな」

 好きな人から恨まれることになる……そう考えただけでレナは涙が溢れた。

「私の青春なんて、嫌なことばっかり」

 レナは教科書とノートを払い落とすと、机に突っ伏して号泣した。

 もう何もやる気が起きなかった。

(人一倍勉強しなければ付いていけないのに)

 やらねばと思うほど「やりたくない」という気分になり、レナはベッドにダイブ

した。

 こういう時は何も考えずに寝るに限る。

 レナは目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。


 夢の中でレナは荒野に一人立っていた。

 空は灰色一色で、太陽も雲もない。

 東も西も分からず、一面の草むらで前方には獣道さえなかった。

「誰かいないのーっ!?」

 絶叫したが、応じる声はなかった。

「どこに行けばいいのーっ!?」

 誰も答えない。

「何をすればいいのーっ!?」

 やはり誰も答えない。

(寝るしかない)

 レナは夢の中でも寝た。しかし、すぐに目が覚めた。

「夢の中じゃ寝れないの!」

 悔しそうに草むらをたたいていたが、手が痛くなってやめた。

 その時、何もない空から、何かが近づいてきた。

「何あれ」

 それはホウキに乗ったゼルタクだった。

「空を飛んでる!」

 ゼルタクはレナの目の前に下りると、爽やかな笑みを浮かべ、近づいてきた。

 昼間のTシャツ姿ではなく、黒のスーツに黒マントを羽織っている。

「どうだ、この姿で空を飛ぶとカッコいいだろう」

「うん。カラスみたい」

 ゼルタクはこめかみをピクつかせ、

「誉めているのか、おちょくっているのか」

「えっと、両方?」

「何なんだ、それは! おらはカッコええんだ!」

「訛りを出すとカッコ悪いわよ」

「そうだったな」

 ゼルタクは咳払いをするとイケメンらしい澄ました顔に戻り、

「君が落ち込んでいるから、励ましに来たのだ」

「励ましに? 何か見せてくれるの」

「そうだ。若手お笑い芸人のつまらない漫才など足元にも及ばない大劇場で披露す

るようなイリュージョンを見せてやる」

「ステキ!」

「いいか、庶民は半年間貯金してやっと買えるような高額なチケットで見るような

イリュージョンだ」

「能書きはいいから、さっさと見せてよ」

 ゼルタクはこめかみをピクつかせながら「可愛げのない娘だ」とつぶやきつつホ

ウキを空中に放り投げた。次の瞬間、ホウキはステッキに変わり、ゼルタクはカッ

コよくキャッチした。

「どうだ」

「そんなの、そこらへんの手品師がみんなやってるわよ」

 ゼルタクは舌打ちをすると、ステッキを空中にかざし、呪文を唱えた。とたんに、

空から無数の花びらが降ってきた。

「どうだ、きれいだろう」

「誰かがカゴ持って降らしてるんじゃないの?」

「んなわけねーだろ! どうしてそう疑り深いんだ!」

「もっと私が喜ぶようなイリュージョンを見せてよ」

「よーし、ほとんどの人間が大喜びするマジックを見せてやる」

 ゼルタクは呪文を唱えながら空に向かってステッキを一振りした。次の瞬間、空

から無数の金貨がバラバラと降ってきた。

「キャーッ、すごい!」

「やっと感動したか」

「すごい! 金貨だ!」

 ゼルタクの魔術より大量の金貨に感動したレナは、地上に落ちたそれを掻き集め

出した。

「何やってるだよ!」

「すごい! これだけあれば一生遊んで暮らせるわ!」

「これはイリュージョンだ!」

「ばんざーい、私は金持ち、大金持ち! 学校に行く必要もないんだ」

 レナはさっきまでの救いようのない虚無感など全て吹っ飛び、金貨をスカートの

上に入れながら何を買おうか考え始めた。

「えっと、バッグにドレス、ネックレスに指輪……」

「次のイリュージョン、行くぞ!」

 ゼルタクがステッキを一振りすると、雷鳴がとどろき、曇天に光が走った。そし

て白い羽の天使が無数に現れ、空を舞い始めた。

「どうだ!」

「レースのハンカチ、花の付いた髪飾り……」

 レナは金貨を集めるのに忙しくて見ていない。

「おい! 見ろよ! 天使が飛んでいるんだぞっ。白い羽がきれいだべっ」

「白い羽の付いた帽子に白いワンピース……」

 顔も上げない。

「よーし、こうなったら、もっとすげーの見せてやっからな」

 ゼルタクは天使達を一瞬にして消すと、呪文を唱えながらステッキを振り回した。

 空は真っ暗になり、白色に光るUFOが次々と現れた。

「どうだ! 見ろ! 未確認飛行物体だ!」

 レナはブツブツ言いながら金貨を集めている。

「そんなに金がいいのか」

 激怒したゼルタクは、地上に向かってステッキを一振りした。するとレナが必死

で掻き集めていた無数の金貨は、煙のように消えた。

「キャーッ、金貨が!」

「イリュージョン言うたやろっ」

「返して! 私の金貨、返してよ!」

 叫びながらレナはゼルタクの胸倉をつかんだ。

「く、苦しい! 離せっ」

「金貨を返すまで離さないわよ!」

「イリュージョンだってば!」

「人を喜ばせておいて……許せない!」

 レナは魔法使いの胸倉をつかみ直すと、夜空に向かって投げ飛ばした。

「うわーっ」

 ゼルタクはUFOの一機に激突して地上に落下し、爆発した。

「やばっ」

 急いで落下地点に駆け寄ると、折れたステッキだけが落ちていた。

「年齢不詳のお兄さん、どこ!?」

「ゼルタクだっての……」

 いつの間にか全身黒焦げの魔法使いがレナの背後に立っていた。

「よくも……やってくれたな」

 ケホッと白い煙を吐きながら言った。

「落ち着いて。全部イリュージョンなんだから」

「そうだけどっ。UFOにぶつかった時はマジで痛かったぞ!」

「そんなの錯覚よ。全部イリュージョンなの」

「こーのー」

 ゼルタクはススだらけの顔に涙を流し、

「お前の信頼を得ようと、こんなに……こんなに頑張っているのに……お前が喜ぶ

のは金貨だけなのか!」

「……」

 レナは顔を赤くしてうつむいた。

「失恋して落ち込んでいたようだが、お前みたいな娘は恋なんてできん! 男の努

力に感動しないからだ。いいか、男がたとえ花を一本でもくれたら『きれーい! 

ゼルちゃん、ありがとーっ』と言って大感激すべきなのだ」

「アホくさ」

「なにいーっ、お前なんか一生独りでいろ!」

 ゼルタクはススだらけの人差し指をレナに突きつけると、踵を返して歩き出した。

「待って!」

 レナが両脚にタックルすると、ゼルタクは顔面から倒れた。

「いってえーっ」

 鼻を押さえるゼルタク。

「ごめんなさい! 大丈夫?」

「痛いじゃないか!」

 ゼルタクが顔から手をどけると、高い鼻がペシャンコになっていた。

「キャッ」

「どうした」

「い、いえっ、なんでもない」

 レナのあわてぶりにゼルタクは不審そうに眉を寄せる。高い鼻が彼のクールな性

格を象徴しているようで最大のチャームポイントだったのだが、今や一センチも高

さがなく、横に大きく広がって顔にへばりついていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 泣きながら何度も頭を下げるレナ。

「一体どうしたってんだ」

 ゼルタクはステッキを一振りすると手鏡に変え、自分の顔を映した。

「うわ―――っ」

 荒野に響き渡るような絶叫を上げると、手鏡をすっ飛ばして尻餅を突いた。

「ゼルタク!」

 助け起こそうとしたレナの目の前で、魔法使いの姿は煙のように消えた。


 ゼルタクの屋敷で、もの思わしげに紅茶を飲んでいる白髪の男がいた。

 秘密結社『希望の蘇り』の代表を務めるマザルス・ロンである。彼が紅茶を飲み

干し、カップを皿に置いたその時、目の前に黒焦げ鼻ペチャのゼルタクが現れ、マ

ザルスはびっくりしてティーカップをすっ飛ばした。

「どうしたんだ、ゼルタク!」

「レナの夢の中に入ったんです……」

 ゼルタクは、それだけ言うと床に倒れ込み、マザルスは急いで駆け寄った。

「夢の中なら、この姿は単なる幻想を顕現しているに過ぎない。元に戻れ!」

「は、はい」

 ゼルタクは懸命に自分を落ち着かせると、呪文を唱え出した。

 数分後、彼の体からススは消え、鼻も元の高さに戻った。

「一体どうしたのだ」

「はい。レナに投げ飛ばされてUFOに激突しました」

「何なんだ、それは」

「金貨をイリュージョンで出したのです。そうしたらレナは狂喜し、金貨を集め始

め、私のマジックを見ようともしないのです。それで金貨を全て消したら、今度は

激怒して私を投げ飛ばしたのです」

「なに、金貨を見て狂喜したのか。それでは彼女の一番愛しているのは金なのか」

「……かもしれません」

「そうか。それでは彼女は我々の探している人物ではないな」

「お待ちください! 確かにレナは金貨を見て喜んでいました。しかし、彼女は稼

ぎの少ないシングルマザーに育てられ、貧しさの中で育ってきたのです。貧しいが

ゆえに買いたい物も買えず、惨めな思いもしたことでしょう。大金を見て喜ぶのは

無理もないことです」

「……」

「我々と同じ心理を持つ人間だからこそ、万人の痛みや苦しみが分かるのではあり

ませんか。私は彼女こそ我々の探している人物だと信じております」

「黒焦げのブタにされても信じると言うのか」

「私は彼女を信じます! そして彼女にも信頼してもらわねばなりません。信頼は

信頼によってしか得られないのですから」

「……分かった。君がそこまで言うのなら、全てを君に任せる」

「ありがとうございます」

「しかし無理はするな。あまりしつこくすると、もう一度ひどい目に遭わされるぞ」

「いえ、たとえ世界の果てまでぶっ飛ばされたとしても、この国を救うために私は」

 ゼルタクは熱いものが込み上げ、それ以上言葉が出てこなかった。


「なんなのかしら、あの変な魔法使い。人を喜ばせておいてひどいわ。あの手の平

いっぱいにつかんだ金貨の感触――今でも憶えてる。あんなにうれしかったのは生

まれて初めてだった。でも、ただの夢だったんだわ。あいつ、今度出てきたらぶっ

飛ばしてやる」

 レナはゼルタクを呪う言葉を吐きながら学校に向かっていた。

「ぶっ飛ばしたかったら、ぶっ飛ばしていいぞ」

 背後でゼルタクの声がした。

 ビクッと肩を震わせて足を止めるレナ。恐る恐る振り返ると、魔法使いの顔を見

て胸をなで下ろした。

「よかった、治ったのね――鼻」

「ああ。あの時は気が動転して治すことができなかった」

「私を喜ばせておいてガッカリさせたあなたが悪いのよ」

「悪かったよ。金貨であんなに喜ぶとは思わなかったんだ」

「なんですって。金貨以上に喜べるものなんてある?」

「ある!」

 ゼルタクはレナの耳元に口を寄せてささやいた。

「王族や官僚のみならず、全ての人が豊かに暮らせる世の中になることだ」

 レナはびっくりして魔法使いを穴の開くほど見つめた。

「そんなに見るな。恥ずかしいだろう」

「何言ってるの。あなたは今、恐ろしいことを言ったのよ。つまり謀反」

 ゼルタクはレナの口をふさいだ。ドラマのように唇でふさぐという手もあったが、

引っぱたかれるのが怖くてできなかった。

 レナは彼の手を引っぺがすと、引っぱたいた。

「なんだよ! どうせ引っぱたかれるならキスすれば良かった」

「あなたは危険人物だわ! 二度と私に近づかないで」

 踵を返し、歩き出したレナにクルマが突っ込んできた。

「危ない!」

 ゼルタクはレナを突き飛ばすと、クルマの下敷きになった。

「キャーッ、ゼルタク! 誰か、誰か助けて!」

 レナがクルマの下をのぞき込むと魔法使いの血だらけの顔があった。

 悲鳴と共にレナの意識は遠のいていった。


 目を覚ますと、目の前に白い天井があった。

 眉をしかめて起き上がるレナ。

「気が付きましたか?」

 白衣を着た医者がレナに声を掛けた。

「ここは……病院? ゼルタク……ゼルタクは?」

「ああ、お連れさんですか。顔にケガをされましたが、他は無傷です。二十日ほど

で退院できるでしょう」

「彼はひかれそうになった私を助けてくれたんです。お礼を言わなければ……会わ

せてください」

「いいですよ。今、隣の病室で看護士とくっちゃべっています」

 レナは少しムッとしたが、ゼルタクのケガが心配でベッドから飛び起きた。

 ノックもしないで隣室に飛び込むと、ゼルタクの楽しそうな声がした。

 顔面を包帯でグルグル巻きにされたゼルタクが、上半身だけ起こして看護士と談

笑している。

「君は僕の初恋の人にクリソツだよ」

「あら、そうですか」

 半眼で近づくレナに気付いたゼルタクは、口を閉じると仰向けに倒れた。

「ゼルタク、大丈夫!?」

「大丈夫なわけないだろう。夢の中と同じように顔面をつぶされて」

 さっきとは打って変わった沈鬱な声で答えた。

「今、オートミールお持ちしますね」

 看護士の言葉にゼルタクは包帯の下で眉を寄せた。

「何のことだ。顔をつぶされて物が食えるような心境じゃない」

「でも、今食べたいって」

「そんなこと言ってない。この子と話したいから、君はちょっと席を外してくれ」

 看護士は首をかしげながら部屋から出ていった。


「ゼルタク……さっきはありがとう。あなたのお陰で私、命拾いした」

「ああ、僕が助けなかったら、死ななかったにしても僕みたいにその可愛い顔をつ

ぶされていただろうよ」

「ごめんなさい! もし、そんなことになっていたら、私生きていけなかった」

「俺は男だから、ブサメンになったからって平気で生きていけるってのか?」

「そんなこと思ってない! あなたがどんなにつらいか……考えるのも怖い。私に

できることがあったら、何でも言って」

「君にできること? 分かっているじゃないか。それは僕の誠意を信じることだ」

「信じる! この世に自分を犠牲にしてまで人を救える人なんて滅多にいないわ。

あなたはそれをした……自分の利益のために人をだますような詐欺師にそんなこと

できない。あなたは詐欺師じゃないってことを信じる」

「そうか。それじゃ、僕の屋敷に来て、話を聞いてくれるな?」

 レナはこっくりとうなずいた。

 

 それから二十日後の朝、ゼルタクは鼻に大きな絆創膏を貼ったまま一人で退院し

た。

 その日の午後、レナは約束通り学校の帰りに彼の住む屋敷を訪ねた。

「よく来てくれたね。固くならないでくつろいでくれ」

 ゼルタクはティーカップをレナの前に置いて微笑を浮かべる。

「おケガは大丈夫ですか? 私を助けるために……本当にごめんなさい」

 レナは何かあったらすぐに逃げられるよう周りをキョロキョロ見ながら謝った。

「相変わらず用心深いな。何を警戒しているのかね」

「ゾンビが出てくるんじゃないかと」

「なんでっ」

「魔法使いはゾンビを操るんでしょ?」

「ああ、確かにやろうと思えばやれる。しかし、君にけしかけてどうするってんだ。

そんなことはしないから心配するな」

「分かりました」

「まあ、お茶でも飲み給え」

「何が入っているか分からないので」

 ゼルタクはこめかみに青筋を立て、

「砂糖しか入っとらんよ。そんなに私が信用できんのかね」

「だって、魔法使いなんて胡散臭いもの」

「確かに一般人から見ればそうかもしれん。しかし、私はこの仕事に誇りを持って

いる。君も修業を始めれば、きっとその素晴らしさに気付くだろう」

「なんで私が魔法使いにならなければならなら……」

 レナは舌を噛んだ。

「それはな、魔力を獲得してゾンビと戦って欲しいからだ」

「何それ! なんで私がゾンビと戦わなければならなら」

「それはこの国を救うためだ。君は生まれた時からこういう殺伐とした社会で育ち、

慣れてしまっているだろうが、本当はこんな互いが競争し合っている愛のない人々

の集まりではなかったのだ。二百年前にゾウエル一世によってこの国が支配される

までは」

「なんですって? ゾウエル一世は神の国から来られた方で、クラッタ王国という

野蛮人の集まりを滅ぼされたのよ。きっとクラッタ王国じゃ、猿みたいな原始人が

棍棒で殴り合ったりしていたのよ」

「ふふふ、クラッタ王国が野蛮人の集まりだなど、とんでもないウソっぱちだ。ラ

ウェール国王を正当化するためのでっち上げだ」

「何を証拠にそんなことを言うの!?」

「証拠はこれだ」

 レナの横で威厳のある声がした。彼女が驚いて目を向けると、白髪の鋭い目付き

をした老紳士が一枚の写真を持ち、立っていた。

「あなたは……?」

「私は救国組織『希望の蘇り』代表のマザルス・ロン。君のことはゼルタクから詳

しく聞いた。レナ・ドーズ君。この写真をよく見給え」

 マザルスは古びた写真をレナの目の前に持っていった。

 洞窟の中に置かれた棺に横たわる、青年の写真だった。

「イケメンですね」

「そんなことはどうでもいい。この方は誰だと思う?」

「えっと……大昔のアイドル歌手?」

「どういう発想をしておるのだ。この豪華な棺を見給え。どう見ても王族の棺だと

思わんか?」

「王様なんですか? すると二十年前に崩御されたゾウエル三世……」

「違う。この方はゾウエル三世の息子である現在のゾウエル四世の曽祖父であるゾ

ウエル一世によって亡き者にされたクラッタ王国の国王・メラティス八世だ」

「あのー、数字がいっぱい出てくると分からなくなるんですけど」

「進学校の生徒ではないのか!」

「進学校の劣等生です」

 マザルスは苦笑し、

「そうか。ならば大学に進んで官僚になれる見込みは無いな」

「大人が若者の希望を奪うようなこと言っていいの?」

「君が官僚の望みを捨てることによって、この国が救われる望みが出てくるのだ」

「私には国を救うような力はありません」

「今はな。しかし修業によって君の持っている絶大な力が目覚めるのだ。我々はそ

れを期待しているのだよ」

「私の力で何ができると言うんですか?」

「このメラティス八世を蘇らせることができるのだ」

「ちょっと待ってください。だいたい二百年も前に写真機があるわけないわ。こん

なの、心霊写真と同じで作り物よ」

「クラッタ王国は野蛮人の国ではなく、現代社会に近いテクノロジーを持っていた

のだ。歴代のラウェール国王によって何の文明もない原始社会のようなレッテルを

貼られてしまったが。真実を言えば、ゾウエル一世によってクラッタ王国の文明は

いったん破壊し尽くされたのだ」

「信じられないです、そんなこと」

 ゼルタクが鼻に貼った絆創膏を指して言った。

「君は僕を信じるんじゃなかったのか。君のためにこんな姿になった僕を」

「……」

「さよう、ゼルタクが言うように、我々は決して君をはめようとしている詐欺師で

はない。この国をクラッタ王国時代のような幸せな社会に戻したいだけなのだ」

「クラッタ王国って、そんなに良い国だったの?」

「ユートピアに近かった。これがクラッタ王国の歴史を記した書だ。私が三十年前

にある場所で発見したものだ」

 レナは分厚い書物を受け取り、中を開いた。イラストや写真入りで、小さな文字

がぎっしりと並んでいる。

「それはな、英雄メラティス一世が野獣しか生息していなかったこの地方に数キロ

四方の小国から始まって五十万平方キロの大国を築き上げ、その後メラティス七世

までの繁栄ぶりが事細かに記されているのだ」

 レナは肩をすくめ、

「証拠は? 後からねつ造されたんじゃないの?」

 マザルスは半眼でゼルタクを見る。

「君の報告通り、実に疑り深い娘だな」

「はい。命懸けで彼女を救い、ようやく信じてもらえたんですから」

「おじさんも命懸けで何かやってよ」

「おじさんって、私の名はマザルス・ロンだ! 私は『希望の蘇り』を結成した時、

既に命は捨ててかかっている。すなわち、私の言葉一つ一つが命懸けなのだ」

「そりゃ、今の王様を侵略者扱いしているんだから、バレたら死刑よね」

「そうだ。お米券一生分を得るために、近親者でさえ密告する者がいる殺伐とした

世の中だ。そして君はお米券をもらおうと思えばできるわけだ。それを考えただけ

で、我々が命懸けで話しているということが理解できるだろう」

「それは分かります。冗談で言えることではないってことは」

「そうか。分かってくれればうれしい。このように命を懸けられるのは、この世を

救いたい一心からなのだ。腐れきったゾウエルの治世を終わらせ、メラティス八世

に復活して戴かなくては、そのうちこの国は滅びてしまうだろう」

「メラティス八世に復活してもらう? これ、死体なんでしょ?」

「ご遺体と言うべきだろう。が、ご遺体ではない。ゾウエル一世は彼がショック死

したと報告を受けたのだが、実は魔法使いに作ってもらった仮死状態になる薬を飲

まれたのだ。しかし、二百年もの眠りから目覚めて戴くには、並みのパワーでは不

可能なのだ。純粋な愛の力が必要なのだ」

「純粋な愛……そんなものがどこにあるの?」

「それは……君の中にあるのだ」

「えーっ、勝手なこと言わないでよ。別にこんなのタイプじゃないしー」

 レナは苦笑しながらメラティス八世の写真を見る。

「こういう、男で唇の厚い人ってキモいー」

 マザルスは溜め息をついて首を振った。

「ゼルタク。どうやら君の見込み違いのようだな」

「そんなことはありません! レナこそメラティス八世を真実の愛で蘇らせる救世

主です」

「前の女の子の時も、そんなん言ってたな」

「はい。あの子こそ間違いないと思い、だからこそ命を懸けて……あの時はクルマ

に当たって脚を一本折りました」

「本命でない者に命懸けたって、しょうがねえべ!?」

 興奮のあまりお国訛りが出た。ゼルタクと同郷なのだ。

「おめえ、また同じ間違いをしてるんでねえか?」

「いえ、代表。今度こそ、レナこそ我々の希望の星です」

 マザルスは咳払いをすると標準語に戻し、

「しかし本人が陛下に対して『唇がキモい』だの、おちょくったことを言っている

ではないか。こんな無礼者に真実の愛を期待しても無駄だろう。男を顔で判断する

軽薄な娘の一人に過ぎん」

 レナはムッとして、

「心外だわ。私は人を外見で判断したりしない。付き合ってみて良い人だったら、

命懸けで愛するよ」

「なんだと、君にはそれだけの愛があるのか。なら、唇が厚いからと言って、メラ

ティス八世を拒むことはあるまい。言い伝えでは、この方はとても思いやりのある

天使のような方だったそうだ。いや、八世のみならずメラティス歴代の王は全て人

民に対する慈悲心に溢れた人格者であったからこそ、その美しい心が人民を感化し、

素晴らしい王国として繁栄したのだ。それだから君もメラティス八世と親しく言葉

を交わせば、愛さずにはいられないはずだ」

「死体とどう付き合えってのよ」

「死体じゃねえ言うとるべ!?」

「代表、落ち着いてください」

「あ、ああ。しかし落ち着いてはいられんではないか。あと一年余りで薬の効力は

失われ、メラティス八世は二度と蘇れない体になってしまわれるのだから」

「マジで死体になっちゃうの?」

 マザルスはこめかみに青筋を立て、

「ああ、だから無礼なレナ・ドーズ君。メラティス八世が生き返り、この国の人々

が真に徳ある王によって救われるかどうかは、君の肩に掛かっているということを

自覚してくれ給え」

「でも、メラティス八世が蘇っただけで、王座を奪還できるの? 味方の軍隊でも

いるの?」

「軍隊など一つもない」

「バッカみたい! 軍隊もなくて謀反を起こそうなんて」

「レナさん。メラティス八世はそこらへんの王とは魂のレベルが違うのだ。彼が王

の椅子に座りさえすれば、家臣も軍隊も彼にひれ伏すだろう」

「えーっ、信じらんなーい」

「またそれか。実はメラティス八世の時代に間者がいたのだ。王がお付きの魔女の

部屋におった時に、その者がゾウエル一世の軍隊を引き入れ侵略に成功させた。事

態を知った王は仮死状態になる薬を飲まれた……そしてゾウエル一世によって山奥

の洞窟に葬られたのだ。しかし、なぜかそのまま放置され、蘇らせる者がいなかっ

たそうだ。もし君がメラティス八世を生き返らせてくれたら、後は我々が陛下をこ

の国の玉座に就かせるだろう。それができたら、一瞬にしてゾウエルの家臣も軍隊

もメラティス八世に従うはずだ。この殺伐としたラウェール王国は、すぐにもユー

トピアになるのだ。素晴らしいと思わないか?」

「そりゃー、私だってゾウエル四世の政治はおかしいと思ってる。密告したりされ

たり、国民は貧しいし、私達学生は貧しさから逃れるために競争し合っている……

もっと人間が愛し合えるゆとりのある世の中になったら……って、いつも心の片隅

で思ってる。こんなこと口に出したら処刑されてしまうから言わないけど」

「そうか! やはり君は我々の同士だ! ぜひ我々と共に革命に手を貸して欲しい」

「簡単に言わないで。バレたら私もママも処刑されてしまうんだから」

「大丈夫だ。絶対にバレないように、『希望の蘇り』は表向き魔法使いの団体とい

うことになっているのだから」

「……」

 ゼルタクが神妙に頭を下げ、

「君の命の恩人である私からも頼む」

「分かったわよ。あなたには感謝してる。でも、謀反に加担するなんて命懸けのミ

ッションじゃない。今すぐ引き受ける、なんて即答できない」

「いいだろう。三日間、よく考えてくれ。この国の未来のことを考え……良い返事

をしてくれることを願っている」

 レナは無言でうなずくと、そそくさとゼルタクの屋敷から出ていった。


(一体どうしたら)

 家に帰ってから、レナはそのことばかり考えていた。

 進学校のハイレベルな学習内容に対する悩みに加えて国家転覆の重大な使命を引

き受けるか否かで悩み、食欲もなくなり、二日でげっそり痩せてしまった。

「どういうダイエット法見つけたの?」

 クラスの女子達からうらやましそうに聞かれたが、とても言えない。

「えっと……勉強のし過ぎ」

「ウソ。宿題もやってきてないくせに」

 ゼルタク達から頼まれたミッションのことで宿題も手に付かず、教師に指されて

も適当な答えばかりしていたのだ。

「次の問題をレナ・ドーズ」

「は、はい。直径×3・14」

「何言ってんの。国語の授業ですよ」

 生徒達から失笑が漏れる。ドゥームなどはレナにダメージを与えようと腹を抱え

て笑っている。

「なによ」

 あれだけ笑っているのだから、正解を知っているのだろうと教師はうなずき、

「それじゃ、代わりにドゥーム君答えて」

「分かりません」

 今度は彼が笑いものになった。生徒達は聞こえるような声でささやき合う。

「レナもドゥームも現界なんじゃね?」

「もう学校に来る必要ないよな」

 皆、一人でもライバルを減らしたいのだ。

 レナは溜め息をついた。

(勉学ってライバルを蹴落とすための手段?)

 生き残るために必死の生徒達。

 ゼルタク達から与えられた三日間の最後の日、レナは考え過ぎて円形脱毛症にな

っていた。

 明け方まで考え抜いたレナは、よろけながら校門をくぐった。

 校舎に向かって歩いていると、背後から自分を呼ぶ声がする。

「レナ。後ろハゲてるよ」

 びっくりして振り返ると、ティルが心配そうに見ていた。

「マジ!?」

「うん。髪が砂色だから、そんなに目立たないけどね。黒髪じゃなくて良かったよ」

「黒髪のほうが良かったじゃん! 地肌にマジック塗ればいいんだから」

「それもそうだな」

 ドゥームに発見されていたら、みんなに言い触らされていただろう。教室に入る

前に教えてくれたティルに、レナは涙目で礼を言った。やっぱり他の男子達と違っ

て優しい子だ。

「何か悩んでいるんだろ? 僕で良ければ相談に乗るよ」

「ありがとう。そんなこと言ってくれるの、あなただけよ」

「僕だって、君が恥かいて学校に来れなくなったら、ライバルが減って楽だよ。で

も、ドゥームみたいに汚いまねはしたくない」

「ティル……私、あなたを好きになって良かった。カーラとのことで大変な思いを

しているのに、優しさを失わないあなたが大好き」

 ティルは「僕だって本当は君が好きだ」という言葉を喉元で止めると、暗い顔で

校舎の中に消えていった。

「ティル……あなたとは好きでも付き合えないんだね……でも、一生忘れない。私

がハゲてるの教えてくれたこと」

 レナは校舎の陰に隠れると、携帯のブラシで手際よく円形のハゲを隠した。


 放課後――。

 校門から出ると、ゼルタクが立っていた。

「心は決まったか?」

 緊張の面持ちでうなずくレナ。

「あなたはきれいな顔を犠牲にして助けてくれた。あなたの目指す理想が愛のある

国だってことを信じる」

「ありがとう!」

 ゼルタクは笑顔で絆創膏をはがした。下から現れたのは傷一つない高い鼻だった。

「治ってるじゃないの!」

「まあね。この程度の傷、魔法で治せるさ。魔法ってのは学校の授業よりよっぽど

自分のためになると思うよ。これから教えてやるから、楽しみにしてくれ」

 レナはあきらめたようにうなずいた。


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