プロローグ
荒廃した王国での栄達を望んでいたレナが、そんな生き方に疑問を持ち、自身の
孤独やジェラシーと闘いながら救世の少女に成長していく姿を描いた、感動巨編と
いうほどの事もないラブコメ!!
レナ・ドーズは有名な進学校・グランダ高校に入学して一月目にして早くも自分
の学校生活に失望していた。
レナは鳶色の目を伏し目がちにして、朝食のスープを飲んでいる。砂色の髪をポ
ニーテールにした美少女だ――と自分では思っていたが、周囲は十人並みと感じる
人がほとんどだった。
「なんか、まずそうねえ」
母親のジーラが眉を寄せる。今年四十になったばかりだが、美しいブロンドには
早くも白いものが混じっている。灰色の澄んだ目が、冷静で観察眼のある彼女の性
格をよく表していた。
「そんなことない! このつぶれた豆がサイコー」
レナはスープの中を指差して叫ぶ。朝からテンションが高い。
「悪かったわね。煮過ぎちゃったのよ」
「別に皮肉で言ったんじゃ」
「いつまでも料理が上達しなくてゴメンね」
「皮肉で言ったんじゃないってば!」
ジーラはシングルマザー。レナにとってはこの世でただ一人の肉親だ。関係が悪
くならないように常に気を遣っている。
「あなたのパパと別れた原因は、私の料理のヘタさもあったみたい。結婚する前は
まずい料理も『うまい』って言ってくれたのに、結婚後は正直に『まずい』って言
うようになったわ。男は結婚前はウソつきだから、あなたも気を付けなさい」
「うん。気を付ける。でも、ママも男の人に失望して恋をあきらめないで。ママに
は幸せになって欲しいから」
「生意気なことを言うんじゃないの。変な男に引っかかって、私達の生活を目茶目
茶にされたら……って思ったら、慎重になるのが当然でしょ」
「うん」
悲しげにうつむくレナ。
確かに女性を守ろうとするより、食い物にしようとする卑劣な男はごまんといる
世の中だった。
彼女達の住むラウェール王国は、去年一般家庭に電力が普及して以来、日進月歩
で科学技術が進歩し、生活が便利になっている。しかし、ゾウエル四世の独裁政治
のもと、人々の自由は制限され、人心は荒廃していた。
正義の味方であるはずの警官は犯罪に目をつぶることもあり、ストーカーの監視
など面倒な仕事は、よほど高額な金を渡さないとやってくれない。
「分かった? 男も警官も信用できない世の中なんだから」
「うん……恋愛には慎重になる」
「それでいいの。自分の身は自分で守らなきゃね」
「でもさ、相手が高校生の男子なら大丈夫だよね? 恋人になったとたんに、お金
をせびったり、断ったら逆恨みしてストーカーになったりしないよね?」
「ふふっ、甘いわね。男は幼稚園児から信用しちゃ駄目なの」
「そんなっ」
ジーラは笑いを噛み殺しながら、悲しげな顔を作った。
「今の世の中、どこにも愛なんて無いのよ」
「……」
レナは言い返せず、眉間にシワを寄せてパンを噛む。自分が高校生活に失望した
のも、生徒間に殺伐としたライバル意識しか感じなかったせいなのだ。母親の言う
ことに反論はできなかった。
ジーラはレナが楽しく青春を謳歌したら、ジェラシーから娘を憎んでしまうこと
を恐れていた。自分が若い頃から今まで、ずっと恋愛面では不幸だったからだ。
娘も自分と同じように不幸なら、自分を憐れむのと同じように憐れむことができ
る。そして、苦労して育てようという気持ちにもなれるのだ。
つまりジーラ自身が言ったように、母親である自分の中にさえ愛というものが無
かった。
レナは暗い顔でパンを食べている――人生で最も輝かしい青春時代にいるという
のに。
ジーラは娘が気の毒になってきた。
「レナ。そんなに悲しい顔をしなくても」
「だって、このパン乾燥しててまずいんだもん」
「はあっ?」
「古過ぎるんじゃない? ハトにやったほうがいいよ」
「ハト……って、自分の青春に絶望したんじゃないの?」
「何それ」
「えっ、いえ、なんでもないわ。こっちの話」
「ママって小説の読み過ぎで物事を難しく考えちゃうのよ」
「ほっといて! 本を読むぐらいしか楽しみがないの」
「ごめん……ゲホッ」
レナの口からパンくずが飛び出し、母親のスープの中に入った。
「キャッ」
「ごめん!」
レナはあわててミルクを飲み、ゲホゲホと咳込んだ。
「もうっ! お行儀の悪い」
「パンが悪いの。乾燥しているから喉につかえて」
「いいわよ、もう食べないで」
「ごちそうさまー」
レナはニヤリとしてリビングから出ていった。
ジーラは太い息を吐き、首を振る。
「悩みが数秒しか続かない性格なんだわ。うらやましい」
スープの上にレナが飛ばしたパンくずが浮いている。ジーラはそれを見て思わず
噴き出した。しばらく笑った後、自分の心が晴れていくのを感じた。
「さ! 私も仕事に行かなくちゃ」
娘の明るさが何度もジーラを救っていたのだ。




