聖騎士ベルナルド
ベルナルドは、朝日を浴びながら日課としている剣の素振りを終え、そのまま井戸の水を汲み上げ汗を流した。聖騎士として従事する為に小さな頃から毎朝、剣の素振りを欠かしたことが無い。だから、旅先と言えど怠る事無くまだ暗い内から起き出して鍛錬を行うのだ。
「おはようござます、ベルナルド聖騎士様」
「ああ、おはよう」
挨拶を返せば頬を少し染めた宿屋の娘に軽く微笑んで見せた。
ベルナルド達聖騎士は、神に仕えている神官や司祭を護るのが重要任務ではあるが、例え異教徒相手でも礼節を欠く事は聖騎士に非ずと教えられているので、誰が相手でも即座に愛想笑いが出来るようになっていた。
「ベルナルド聖騎士様は、聖女様付きではないのですか?」
「……私は司祭付きの聖騎士なのですよ」
「わあ、神殿って凄いんですね!司祭様にも聖騎士様が付くなんて」
「神に仕える方達をお守りするのが聖騎士の役目ですから」
にこりと微笑んで、話しは終わりだとばかりに礼をしてからその場を歩き去った。ベルナルドとて聖騎士として従事しているのだから、聖女の旅に同行したかったに決まっている。だが、自分に割り振られた役目は司祭のお守り。
しかも、聖女の旅と同じ道程を辿ると言う、聖騎士である自分には全く理解できない旅だった。
お蔭で、行く先々で聖女の旅に同行している同僚の聖騎士達から、あからさまに見下された視線を受けたり、同情の視線を浴びる日々だ。かち合う度に聖騎士として心を律し、八つ当たりなど絶対にしてはならないと、ぐっと拳を握り込んで自分に言い聞かせている。
「おい、いつまで寝てんだこのクズ司祭」
「……ん、おはよう、ベルナルド」
「大通りの神殿じゃ聖女の来訪に、朝っぱらからすげえ騒いでるみたいだぜ?」
「そうですか。それは大変ですねえ」
ふあっと欠伸をしながら起き上がった司祭を見下ろしながら、この弛んだ頭の司祭に心の中で悪態を吐いた。
ベルナルドは、この司祭の巡礼の旅に同行するよう聖騎士団長から申し渡された時、これも任務だと確りと受けたのである。神殿があるキアス神皇国を出るまでは、言葉遣いだって聖騎士としてきちんとしていたのだ。
だが、ベルナルドが護衛として付いたこの司祭は、お付きの女祭と共に、経典に書かれているご法度とされている暴食を繰り返し、太陽と共に在るはずなのに、平気で昼まで寝ているのである。
相手は司祭と女祭だからと、最初は我慢していた。だが、神殿で預かった司祭の巡礼の旅の路銀が底を突く前にベルナルドの堪忍袋の緒が切れ、司祭と女祭を床に座らせ説教をしてから、気を使うのは止めた。
もう一度欠伸をしながら司祭がベッドから降り、ベルナルドが汲んで来た水で顔を洗い始めたのを見ながら部屋を出て、隣の部屋のドアをノックする。どうせ寝ているのは判っているので、遠慮なく預かっている鍵を使って部屋へと入った。
「おい、腐れ女祭。朝だぞ」
「んー……」
「早く起きろ」
ズカズカと部屋の中へと踏み入り、窓に掛かっているカーテンを開け、朝日を部屋の中へと招き入れた。その眩しさに目を細めると、ベッドの方でゴソゴソと音がし、そちらへ視線を動かせばベッドがこんもりと膨れ上がっていた。
再び布団の中へと潜り込んだ女祭に、またかと溜息を吐く。
「起きろっつってんだよ、このボケが」
聖騎士が女祭にこんな口を利いていると知られると面倒なので、怒鳴り付けたいのを堪え、声は抑えている。なのにこの女祭は、そんなベルナルドの気遣いを台無しにするのだ。
「んーっ!布団剥ぎ取るなんて酷い、バービーッ!」
「声がデケエんだよ莫迦女。それに俺はベルナルドだって言ってんだろうが」
「綴りは同じなんだからバーナードにすればいいでしょっ!」
「するか阿呆が。おら、顔洗え」
そう言いながら、水で濡らしたタオルで女祭の口の辺りを抑え付ける。勿論、先程のように声を荒げさせない為であり、他意は無い。だが女祭も負けじと、んー、んーと必死で声を出そうとするのも、既に毎朝の日課である。
「バービー酷い……」
「なら起こされる前に起きろ阿呆女」
グリグリと擦り付けるようにタオルで顔を拭いたベルナルドは、さっさと仕度しろと言い付けてから、司祭の部屋へと戻った。神服と言うのは、やたらと釦が多い服だと思う。特に司祭ともなると重ね着する服が多くなるせいか、首から足元まで満遍なく釦を留める必要がある。
そんな物を毎日毎日着なきゃいけないなんて大変だなと、他人事なので心の中で思うだけに留めていた。司祭の身支度が整うのを待ち、一階へと朝食を受け取りに行く。
司祭はその全身を隠すような長衣を身に付け、ついでに帽子で髪を隠すのが決まりとなっているが、顔だけは出ている。だが、女祭はその顔でさえ人前に晒す事はご法度となっており、帽子についているベールで顔を隠すので、人前で食事が出来ない。丁寧に手袋までしているせいってのも大きいと思う。
宿泊する先々で、必ず部屋で食事をするのはその為であった。
正直、面倒くさい。
そう思いながらも、神の教えをその身を以て体現しているのが司祭と女祭と言う物なので、聖騎士はそれに従うのが教えの一つだった。
「あ、ベルナルド聖騎士様。朝食、出来てますよ」
先程鍛錬中に会った宿屋の娘が声をかけて来たので、それに礼を言ってから盆を受け取った。司祭や女祭に近付きたいのか、手伝うと言う気配を漂わせる娘から、にっこり微笑んで盆を奪った。
「お気遣い頂きありがとうございます」
「あの、良かったら私もお手伝いを」
「大丈夫ですよ。可憐な女性に力仕事をさせたとあっては聖騎士の名折れですからね。貴女のその清廉さに神のご加護を」
言葉を遮って手伝いを断り、食事の盆を持って階段を上がる。適当な言葉が口を吐いて出るのも、聖騎士として勤め始めてから同僚達の口上を聞いては真似をしていたからであり、口先だけなのでこれで熱を上げられても堪らない。言葉は柔らかく、態度は硬くがベルナルドの基本方針であった。
司祭の部屋のドアの前で立ち止まったのが判ったのか、ドアを開けてくれたので礼を言いながら盆を持ったまま部屋へと入った。
部屋の中のテーブルの上に盆を乗せ、司祭を椅子に座らせてから女祭を呼びに行く。自分が迎えに行くまで絶対にドアを開けるなと言ってあるからか、一度も自分から部屋の外に出る事をしないのは、護衛としてとてもありがたい。
「女祭様、朝食の用意が整いました」
ノックをした後声を掛ければドアが開いて、頭の天辺から爪先まで布で覆う格好の女祭が出て来た。立礼をして挨拶をした後、隣の司祭の部屋へと行き、パタンとドアを閉めた。
「はー、もー、面倒くさーいっ!」
どすっと音を立てながら椅子に座った女祭は、そう言いながら頭に乗せていた帽子を取った。
本来なら風で飛ばされたりしないよう、きっちりと留める物だが、隣の部屋だからと乗せるだけにしたらしい。軽く頬を膨らませた女祭にクツリと笑い、相変わらずニコニコと笑う司祭が祈りを促したので、ベルナルドは部屋を出た。
司祭と女祭が部屋で食事をしている時に自分も食事をしなければ、交代要員がいないこの旅の間、何も口にする事が出来なくなってしまう。それが解っているのか、司祭と女祭からは何も言われた事が無い。
「あ、ベルナルド聖騎士様、こちらへどうぞ」
一階の食堂へ戻ると、宿屋の娘が声を掛けて来た。
仕方が無い、付き合うかと微笑んで礼を言ってから、案内されたテーブルに着く。窓際の、通りがよく見える席だった。
と言っても裏通り、歩いている人はいないし閑散としていて、目を楽しませるような景色ではないが。
「朝食はパンと野菜スープ、目玉焼きとベーコンです」
「ありがとう。美味しそうですね」
頬を染めて自分を見ている宿屋の娘がじっと見ているせいで、仕方なく祈りの聖句を唱えてから食事に取り掛かった。優雅に、品良く、しかし素早く食べる。聖騎士となる前に身に付けた習慣だった。
早く手伝いに戻ればいいのにずっと傍にいて、じっとベルナルドを見ていた宿屋の娘に、にっこりと微笑んでとても美味しかったですと言ってから席を立った。何故か呆けたように自分を見上げる娘にもう一度微笑む。
「貴女の瞳を独占できるのは大変な栄誉なのですが、司祭様と女祭様をお待たせしている身。申し訳ありませんがこれにて失礼致します」
そう言って礼をした後さっさと司祭の部屋へと入った。
二人がまだ食べているのは、また長ったらしい祈りの聖句を最初から最後まで唱えてから食べているからだ。だから大抵の料理は食べ始める前に冷めてしまう。勿体無い事だといつも思うが、司祭と女祭ともなると聖句を端折る事も出来ないのだろう。
漸く食べ終えた二人が動き出し、まずは女祭を部屋へと送ってから食器を持って下へと降りた。また宿屋の娘に声を掛けられたが、適当にあしらって部屋へと戻り、さっさと荷物を纏める。
この大陸中の各神殿を巡り、最後はアルカと呼ばれている北の大地の神殿に行って巡礼の旅は終わりを告げるのだ。
アルカは氷結の大地と呼ばれている所で、そんな所にわざわざ神殿を建立した意味が分からず、ここに建てようと思った奴は莫迦か阿呆だと思っている。だからこそ巡礼の旅に出る者はあまりおらず、出てもアルカまで行く者はいない。
だがこの弛んだ頭の司祭は、きっちりアルカまで行くってんだからやっぱり莫迦か阿呆なのだと思う。だからこそ聖騎士であるベルナルドが同行しているのだが。
「ベルナルド聖騎士様!」
荷物を纏め終えた二人とベルナルドが、宿屋を出ようとしていると宿屋の娘が声を掛けて来た。二人に近付けないよう、背中に二人を隠しながら娘を見ると、赤く染めた頬でベルナルドを見上げて来る。
「何か?」
「あ……、あの、わ、私」
もじもじとしている娘を見下ろして、心の中でこっそりと溜息を吐いた。
やり過ぎただろうかと、自分の行いを思い出しても全く心当たりがない。適当な言葉を掛けてあしらっていたのだが。
「わ、私、ベルナルド聖騎士様がお戻りになるのを待ってます!」
「…………は、い」
「待ってますから!」
赤い顔でぎゅっと両手を握られたが、全く嬉しくない。
大体、待ってるってなんだ。
「あの、や、約束の証として……」
もじもじして顔を真っ赤にさせている宿屋の娘を見下ろしながら、仕方が無いと腹を括った。
「ありがとう。ですが私は、これから司祭様と女祭様と共に巡礼の最後の地、アルカへと赴く身です。北の大地は氷結の地。それ故、旅は過酷な物となる事でしょう。私をお待ち下さると伝えて下さった貴女の気持ちはとても尊く、美しく、そして清らかです。私如きにはとても勿体無い。ですが、貴女のお気持ちだけ頂いて行く事をお許し下さい」
話しながら引き抜いた手を胸に当てて深々と頭を下げた後、それではと別れを告げ、司祭と女祭を促してさっさと宿屋を後にした。大通りでは聖女がいる神殿前に人が集まり大騒ぎになっていたが、それを横目に見ながらさっさと町を出た。
町を出た所で女祭にちょっと待ってと言われ、仕方なく立ち止まれば思い切り声を上げて笑われた。それに釣られたのか、司祭まで笑い出したので、ベルナルドは暫し不貞腐れた顔でその場に立ち尽くしていた。
「ご、ごめん、お腹、痛い」
「あまりわ、笑っては、いけま、いけませ」
「笑えよ、思いっきり」
司祭と女祭がベルナルドの言葉に更に声を上げて笑い出し、笑いが収まるまで暫しの時を要した。
「以前から思っていたのですが、ベルナルドは何処で口説き文句を習ったのですか?」
「口説き文句じゃねえよ。俺は産まれが平民だから、同僚達が口にする言葉を覚えて人に接してるんだ」
「なるほど、そうなのですね。ベルナルドは無自覚な女たらしですね」
「おい、人聞きの悪い事言うなよ」
「女たらしって?」
「ベルナルドのような方の事ですよ」
「違うっつってんだろクズ司祭が」
時にベルナルドが、時に司祭が立ち寄る町の女達を勘違いさせながらも、順調に巡礼の旅は進んで行く。
「おはようございます、リフィ」
「おはよう、ジェット」
「では、頂きましょうか」
毎朝繰り返されるそれに、ベルナルドは最初から違和感を覚えていた。それが何なのか解らなかったが、ずっと一緒に旅をしてきて何となく理解したのだ。
「なあ。お前、本当は何者なんだ?」
神へ祈りを捧げ、命を頂く事に謝意を示してから食べ始めた食事は、いつも通りに冷めてしまっている。
「ほえ?」
「……パンを咥えながら返事をするな」
食事を始めた部屋に、大通りの神殿から聖女が出て来たのか、集まった人達の歓声が聞こえてきた。ベルナルド達が泊まる宿屋はいつもと同じく裏通りに面しており、あまり治安のよくない所である。
最初の頃は別々に摂っていた食事は、旅に出て半年経った頃には一緒に食べるようになっていた。
「何者って?どういう意味?」
「ばっか、お前、食い物飲み込んでから喋れよ。パン屑落ちてんぞ」
「ご、ごめんね、バービー」
「ベルナルドだ」
溜息をこぼしてから、ベルナルドもパンに噛り付いた。
「何が気になっているんです、バービーさん?」
「……ベルナルドだ」
司祭の問い掛けに訂正をしてから、朝食を口に運びつつ口を開く。
「アンタ、何かコイツに対して丁寧過ぎるんだよなって思ってな」
「私はジェットですよ、バービーさん」
ニコニコと笑う司祭に舌打ちし、ジロリと睨み付けたが司祭は変わらずニコニコと笑うだけだった。本当に、食えない奴だと思う。
「ベルナルドさん、私は誰にでも礼節を持って接しているつもりなのですが、もしや何か失礼でもしてしまったでしょうか?」
「……何でもねえよ」
「ですが、ベルナルドさんは憂いている。気掛かりがあるのならおっしゃって下さい。告解をなさりたい時には力になれますよ」
「お前にだけは絶対にしねえ」
「そうですか。では、その気になられたらいつでも構いませんので」
結局、女祭が何者なのかって質問は、こうして煙に巻かれてしまう。
司祭がいない時にでも女祭に聞いてみるかと、旅の間中その機会が巡って来るのを待っていたが、司祭は祈りの間に女祭も連れて行く為、ベルナルドが近付く機会は一向に訪れなかった。
地味な司祭の巡礼の旅の間中、傍らでは聖女の巡礼とあって各地で大騒ぎな上、大歓迎を受けているのを横目で眺める日々だ。聖女が祈りを捧げると、神殿から神力が溢れ出し、その地に降り注ぐ。
聖女が大聖堂で祈っている最中、司祭と女祭は神殿の司祭の間で祈っていると聞いている。だから、ベルナルドはいつもその部屋のドアの前で、番犬よろしく突っ立って、聖女がいる大聖堂の賑やかで華やかな気配に溜息を吐くのであった。
「よお、ベルナルド」
「そっちは随分地味な旅のようだな」
わざわざこうして揶揄いに来る同僚達に、さらに溜息を吐いてしまう。
「ああ、地味で嫌になるな」
「だろうな。あの聖女様のお付きに選ばれず残念だったな」
「あの方は凄いぞ?祈りを捧げる姿は女神のようだからな」
「……だろうな」
聖女は神殿の奥の奥で育ち、外に出て来る事は絶対に無い。
だからこそ、巡礼の旅に出ると聞いた時には皆、聖女を一目見ようと神殿に人が集まり大騒ぎとなるのだ。しかも、今代の聖女は頗る良い女だった。
女祭はベールで顔を隠すが、聖女は帽子を被らずベールも付けずに人前に出て来る。体型を隠すかのように身体を覆うはずの神服は、聖女の身体に添うように誂えられたのか、女性らしいその身体付きを服の上から存分に堪能できた。
俺が同行している女祭と聖女を比べれば、まあ、同僚に同情されるのも仕方が無いのかもしれない。
しかしベルナルドは、聖女の巡礼の旅の話が出る前に司祭の巡礼の旅の護衛の任務を受けており、今は正直それで良かったと思ってもいる。
「なあ、次の神殿では祈りの時間を変えないか?」
「なに?」
「いや、同じ時間帯にわざわざ祈る事無いだろうと思ってな」
「祈りの時間は経典で定められている。それを違えろと言うのか?」
「旅の最中だ、時間きっかりに出来ない事もあるだろう?」
「そんな事、出来る訳がないだろう!」
「そうか?」
「お前、自分が惨めだからと言って、祈りの時間を邪魔しようとしているのか!」
「いやいや、そんな訳じゃねえけどさ。まあ、確かに同じ祈りの時間に神殿にいると惨めなんだよなあ」
そう言いながら首に片手を当て、左へ傾げて見せる。
同僚達はそんなベルナルドを見て訝し気に眉を寄せてはいたが、直ぐにその顔にせせら笑いを乗せた。
「お前は惨めにしていればいいさ」
「おやおや。随分と嫌われたもんだな、俺も」
「ふん。元々お前のような庶民が聖騎士になったのが間違いだったのだ。その証拠に、聖女の巡礼の旅に同行を許されたのは、我々のような高貴な生まれの者ばかりなのだからな」
その言葉にベルナルドは思わず笑いが漏れてしまったが、素早く片手で口元を隠し、咳払いをして誤魔化した。
「そうだな、その通りだな」
素直に認めたベルナルドに、再び眉を顰められてしまったが、大聖堂へと視線を向けるとそれに釣られたように、同僚達もベルナルドから視線を外してくれたので、ほっと息を吐き出す。
「そろそろ、祈りの時間が終わるな」
「お前に言われずとも解っている」
「精々指を咥えて眺めていると良いぞ、ベルナルド」
嘲笑を浮かべながら捨て台詞を残す同僚達に、ベルナルドはやれやれと溜息を吐き出した。
司祭の巡礼の旅に同行してそろそろ一年になる。
いい加減ベルナルドだって気付くのだ、聖女に付いてるあの同僚達だって、違和感を持つ頃だ。莫迦ではあるが、それでも聖騎士なのだから。
ただ、それを聖女に問う事はせず、こうしてベルナルドに探りを入れて来るのだ。それもまた、ベルナルドにとっては面倒な事の一つでもあった。
ベルナルドとて、確信を持っている訳ではない。
だからこそ、司祭の目を盗んで女祭に問い質したいと言うのに、あの司祭はのんびりと見せかけて抜け目が無いのだ。
疑いを持ってから既に半年。
その間、ベルナルドは大人しく手を拱いていた訳ではない。聖女の巡礼の旅より一日早く各神殿に辿り着くのに、何故か祈りの時間は聖女が祈る時間に合わせる事とか。聖女が祈りを捧げた時、神殿から放たれると言う神力を見る為、聖女が祈っているその姿をこっそりと観察したり。
出来る事はやったが、まだ出来ない事もある。
司祭と女祭が祈りを捧げるその姿を目にした事が無いのだ。
ドアの隙間に目張りでもしているのかと思うぐらい、隙間からも何も見えず、こっそりと窓へと回ってみれば、分厚いカーテンが引かれていて部屋の中の様子は全く知る事が出来なかった。
ドアに耳をくっ付けて音を拾ってみようとした事もあったが、祈りの聖句さえ漏れ聞こえて来る事はなく、厳重に閉じられたその部屋の中で二人が何をしているのか全く判らない。
「はー……、疲れたあああああ」
「おい、声を落とせ莫迦女。そしてしがみ付くなど阿呆」
「だって疲れたんだもん」
「誰かに見られたらどうすんだよ」
「ちょっとぐらい良いじゃない、バービーのケチ!」
「テメエ……、抱っこすんぞ」
「あはは、そしたら神殿中が大騒ぎになるね」
脅しても聞きやしない女祭に、ベルナルドは溜息を吐いた。
にこやかに笑いながらそれを見ていた司祭が、行きましょうかと声を掛けて来る。それに頷いて、大聖堂とは別のドアから外へと出た。
どうして人目を忍ぶ必要があるのか、何故各神殿でこの二人をこっそりと迎え入れるのか、とか。
聞きたい事はたくさんあるが、その全部が聞けず終いだった。
「今日の夕食はなんだろうなあ?」
「何か食べたい物でもあるのですか、リフィ?」
「あのね、見た事の無い物とか、食べた事が無い物が食べたいの」
「そりゃ無茶な注文だな」
「無茶なの?」
「無茶だろ。お前が普段何食ってるかなんて、誰も知らねえからな」
ベルナルドのその言葉に女祭は少し考え込んでから、ああそっか、そうだよねとケタケタと笑った。そのあっけらかんとした態度に、ベルナルドも笑い出す。
「一旦宿に戻ったら、着替えて外で食うか?」
「外?」
「露店で買い食いとか、食堂に行くとか」
「しかし、それは」
「いいんじゃねえの?四六時中真面目に司祭と女祭やらなくてもさ。それが仕事なのは解ってるが、仕事だってんなら休日があってもいいだろ?」
「休日……」
「ああ。普通の格好で街中歩いたって、誰も司祭と女祭だなんて思わねえよ」
右腕にがしっとしがみ付かれたベルナルドは、それを見下ろしベールの向こうで喜んでいる女祭の頭を帽子の上から撫でた。
「ジェット、休日」
ふふっと笑い声を漏らした女祭のおねだりに、司祭は苦笑しながら宿屋に急ぎましょうと答える事で了承した。
「ねえバービー、露店で何が食べられるの?」
「色々だ。串焼きやら包み焼やらあるぞ」
「包み焼って何?」
「包み焼ってのは、薄いパンの中に肉や野菜を入れた物だ」
「串焼きは?」
「主に肉が串に刺さっててな。それに塩コショウで味付けした物や、たれを付けて焼いた物もある」
「たれって?」
「調味料だな。味は濃い目だが肉と良く合うんだ」
「すごい!バービーって物知りだね!」
「まあな」
右腕にしがみ付いたままぶら下がるように歩く女祭は、かなりのヒントを与えてくれた。その証拠に、司祭をちらと窺えばいつものような余裕のある笑顔を浮かべていなかった。
「なんだ、心配か?」
「あ……、いえ、貴方が傍にいて下さるのであればと安心はしておりますが。ですがやはり、万が一を考えると」
「そん時は悪いが、お前を護るぜ?」
その言葉に司祭が、はっと息をのんだ。
その顔を見て確信したベルナルドは、ニタリと笑って見せる。
「冗談だ。さすがに女子供を見捨てるような事はしねえよ」
「……そう、ですね。その時はよろしくお願い致します」
「任せろ」
宿屋に着いてからもいつもの笑顔が戻らない司祭に、してやったとニヤけてしまう口元を必死に隠しつつ、手早く着替えを済ませる。司祭がやっと着替えを済ませたので、ほら行くぞと急かして部屋を出た。
隣の部屋の女祭の部屋のドアをノックし、声を掛ければ町娘の格好をした女祭が、少し照れながら部屋から出て来た。
「ねえ、変じゃない?」
「普通だろ」
「本当?なら良かった」
何を想定していたのか、神服以外の服も持って来ていたとは。
その準備の良さにベルナルドは心の中で苦笑する。
「さて、行くぞ。お前が食いたいもん買って食おうぜ」
「いいのっ!?」
「ああ。そう言うのも楽しいだろ」
「早く!早く行こうバービー!」
「はいはい。行くぞ、ジェット」
そうして三人で通り沿いの露店を見ながら、屋台を冷やかし、買い込んでは食い尽くし、大いに露店を堪能した。
「次は食堂!」
「お前、まだ食うのかよ」
「食べる!だって、初めてなんだもん!」
満面の笑みでそう言ったリフィに苦笑しながら、ベルナルドは賑やかで明かりを煌々と点けている食堂を選んで入った。
恰幅の良い女将にお勧め定食を頼んだ後、念の為とジェットとリフィに、祈りは簡単に済ませろと忠言しておく。
「何故、と聞いても?」
「神殿の外じゃ、あんなに長い祈りを捧げる奴は一人もいねえからだよ」
「……一人も?」
「ああ。周り見てみろ、祈りを捧げてる奴の方が珍しいだろ?」
ジェットはそれとなく周囲を観察し、リフィはわかりやすくキョロキョロと顔を巡らせた。
「おい、あんまり人の事ジロジロ見んなよ?変な奴に絡まれるぞ」
「変な奴って?」
声を潜めたベルナルドに合わせるかのように、リフィも声を潜めて聞いて来た。一応、守られる存在だと理解してくれているのはありがたい。
「お前を攫って売り飛ばすような奴」
「……売るの?」
「ああ、売るの」
「なんで?」
「あー、それは宿に戻ったら教えてやる」
「判った」
真面目な顔で頷いたリフィが可笑しくて、つい、また頭を撫でた。
リフィは訳が分からないながらも、それに嬉しそうに微笑んで見せる。
「はい、お待ちどうさま。たんと食べな」
「ありがとよ」
「ありがとよ」
ベルナルドの返事を真似したリフィに、一瞬時が止まった。
そして、女将の豪快な笑い声に再び時が動き出す。
「可愛いお嬢ちゃんが一緒にいる時はね、言葉遣いに気を付けるもんだよ」
「はい、気を付けます」
「え、私?駄目だったの?」
「いいさ、気にせず食べな」
そう言ってリフィの頭を撫でてパチンとウインクした女将に、もう一度礼を言ってから食べ始めた。ジェットとリフィは、祈りを捧げずに食事を口にする事を躊躇っていたようだが、小さな声で「命に感謝を」と呟いてから食事を始めた。
裏通りの宿屋では出ない、少し贅沢な食事にリフィは嬉しそうにしながら、一口食べては笑い、一口食べては満足そうに頷いていた。
そんなリフィを見守るようにしながら、ジェットとベルナルドはそれぞれに思う所を隠しつつ、夕食を堪能したのであった。
「……アイツが、本物なんだろ?」
もう入らない、食べ過ぎた、吐きそうだけど勿体無いから吐かないと言うリフィを、半分抱えるようにしながら宿屋に戻ったベルナルドは、リフィを部屋へと送り届け、きっちりと鍵をかけてから部屋へと戻った。
それを待っていたかのようなジェットに苦笑しつつ、確信した事を問う。
「やっぱり、気付きますよね」
「まあな」
溜息を吐いてからそう言ったジェットを、窓際へと誘った。
窓から見える神殿には聖女が寝泊まりする為か、煌々と明かりが灯されており、夜だと言うのに町中を明るく照らしていた。
「派手過ぎんだよ、あれ。わざとらしいっつうかな」
「やり過ぎ、ですか」
「まあな。それに、あの女は如何にも聖女過ぎて胡散臭いだろ」
「胡散臭い、ですか?」
「見た目に拘り過ぎだろ。聖女ってのは娼婦じゃねえんだ、男を誘わなくたって良いだろ」
「…………確かに」
そうして苦笑するジェットに、ベルナルドはにたりと笑って見せる。
「んで?あっちを本物だって宣伝する事で、リフィを護りやすくしてんのか?」
「まあ、そうです。しかし、今後は少し抑えるよう伝える事にしましょう」
「いや、あっちはあのままで行って貰う」
ベルナルドの答えにジェットは眉根を寄せただけで問う。
「いや、あっちに目が行けばリフィを護りやすいのは確かだからな」
「……貴方がそう言うのであれば」
そう言ってやっといつもの笑みを浮かべたジェットは、ベルナルドに問い掛けた。
「貴方は、あの方が本物の聖女だと知って、どうするおつもりですか?」
「さて、どうするかな?取り敢えず給金上げて貰うかな」
「…………本気ですか?」
「勿論だ。司祭の護衛と聖女の護衛じゃ、命の危機も段違いだろ?」
ベルナルドのその答えにジェットはポカンと口を開けて間抜けな顔をする。それを見たベルナルドに笑われつつも、もう一度問い掛ける。
「命の危機があると想定していると?」
「まあな。アンタらは神殿に閉じ篭ってるから知らねえだろうが、神殿の力が及ばない地域ってのもあるんだよ」
「それは……、いえ、貴方が言うのならばそうなのでしょうね」
「ん?随分と信用されてんだな、俺」
「まあ。聖騎士団長からのご推挙でしたし」
「マジか。あのジジイ、そんな事一っ言もなかったのに」
聖騎士団長がベルナルドを着けたのは、貴族のボンボンを殴ったからだと思っていた。あの日はどうにもムカついてて、いつもなら気にしない揶揄いを上手く流す事が出来なかった。
北の大地で頭冷やして来いって意味だと思っていたが、自分の事を認めてくれていたのかと思うと、素直に嬉しかった。
「そういや、聖女の護衛達なんだが」
「何か問題が?」
「いや、あー、問題っちゃ問題か?」
言葉を選ぼうと思って色々と思考を巡らせてはみたが、結局上手い言葉が浮かんで来ないのでストレートに聞いてみた。
「あっちの護衛、全員聖女が自ら選んだって知ってるか?」
「聖騎士達が全員名乗りを上げた為そうなったと聞いております」
「うん、まあ聖騎士の恥だな。騒ぎになって、その騒ぎを収める為に聖女が自分で騎士を選んだって事なんだが」
「はい」
「なんで貴族のボンボンばっかりなんだ?」
「……好みの問題では?」
「あれが好みって事は、あの聖女は金が好きって事か」
ベルナルドがそう言えばジェットはぐっと詰まった後、間抜けな顔でハハハと力なく笑った。
「あの、神殿に務めていると言っても、俗世を忘れられる訳ではありませんし」
「いや、いいんだ、咎めてる訳じゃねえ。解りやすくて扱いやすいだろ」
「そう言われてしまうと、救いようが無いのですが」
「いいんじゃねえの?派手に行ってもらうには金も必要なんだろ?」
「……そうですね、確かにその通りです」
「ついでにこっちの旅費も出してくれてんだろ?」
「気付いていたのですか」
「まあな」
神殿から預かった路銀は、不思議と減る事が無かった。
勿論、最初の頃のような暴食をしていないからではあるが、あれは珍しがったリズがあれもこれもと食べていたせいだったようだ。ベルナルドが説教をしてからずっと、減った路銀が元に戻っていた事に気付いてはいたが、色々と考えれば直ぐに理解出来たから黙っていた。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
「アンタらの、旅の目的」
最後の巡礼の地、アルカを目指しているのは知っている。
だが何故アルカを目指しているのかまでは知らないのだ。
「アルカに、なんかあるのか?」
「…………駄洒落ですか?」
ジェットの突っ込みに呆けた顔をしてしまったベルナルドは、ジェットから容赦ない笑い声を上げられて不貞腐れた。笑っているジェットをそのまま放置し、ベルナルドはさっさとベッドに潜り込んで眠りに付いた。




