これはどこにでもあるような恋愛の話
思ってたのとは違う感じに不時着しました!
良かったら、読んでみてください。
「信じてくれ、俺が好きなのはお前だけなんだ!!」
「信じられないわ!あなたそう言って浮気するの何回目なの!?」
「あれは浮気じゃないって何回言えばわかるんだよ!」
「そんなこと言ったって信じられるわけないじゃない!!帰り際にキスしてたくせに!見たのよ!!」
ここはとある大学の人気のない廊下。そんなところですることといったら、当然人に見られるのも恥ずかしいこととか見られたくないこととか。今みたいにね。
「だいたい、お前だって男と歩いていたじゃないか!!知ってるんだぞ!」
「なっ…もとはと言えばあんたが悪いんでしょ!? 彼女を放っておいてなによ!」
なんで私がここにいるのかというのは少々込み入った事情がありまして…とりあえず隠れられればどこでも良かったんだけど、こんな現場に遭遇するなんて思ってもみなかった。
ちなみに私がこういう現場に遭遇するのは今月に入ってこれで八回目。
行くところ行くところでこんなことばっか起きてしまい、実は私が悪いんじゃないかと思ったりしてしまう。
こそこそ隠れて盗み聞きしてるのも悪いかな、とは思うけどそう思って動こうとして音を立ててしまい失敗したことが八回。つまり全部私のせいでさらに気まずくなってしまっているわけなので、今は動かないほうが良いとわかってる。わかってるけど…。
「早めに移動しないと見つかっちゃうんだよなぁ…」
「誰に?」
「そりゃあもちろん……ん?」
呟いた独り言に返事が返ってくるのに首をかしげて恐る恐る後ろを見ると、高身長黒髪イケメンが笑顔で立っていた。
「ねえ、教えて? 誰に見つかるの?」
もちろんあなたにです!!と声を大にして言えたらどんなに良いだろうか。
笑顔を崩さずにゆっくりと近づいてくるそいつ。私は驚きと恐怖で固まって動けず。
「もういい!!あんたなんかとは別れる!」
「ああいいよ、お前みたいな女こっちから願い下げだ!!!」
大きな声にびくりと身体がはねると、はっと我にかえる。
もうお分かりかと思うけど、私が逃げている込み入った事情の原因は、こいつだ。
「あ、はは…だれだろー」
尻もちを着きながらも迫ってくるそいつから少しずつ距離を置こうと後退する私。
それを見たそいつは変わらず笑顔のままでさらに距離をつめてくる。
座り込んでいる私が、立っているそいつから逃げられるわけもなく、あっさり捕まってしまう。そして、綺麗な顔が目の前にあるので、悔しいけど顔が赤くなってしまうのがわかる。
「やっと見つけたよ。なんで逃げるのさ?」
ふわりと抱きしめられ、耳元で囁かれる声がやけに大きく聞こえる。心臓も痛いくらいに鳴っているのがわかってしまう。
「別に」
やっとのことで絞り出した答えは素っ気ないもので、けれどそれは恥ずかしさからくるもので、本当は私だってちゃんと答えてあげたいけれども、心が邪魔をするのだ。
そんな私のことは全部わかっているとばかりにとんとん、と背中を優しく叩き頭を撫で、私を立たせる。
「じゃ、帰ろう?」
「…ん」
◇◆◇◆
帰りの電車に揺られながら今日の出来事を思い出す。
そもそもの話、私が逃げていたのは怖いからではなくて恥ずかしいから。いやまあある種あいつはすごい怖いんだけども。…羞恥心がかけらも無いという点で。
お昼ごはんを二人で学食で食べていたら急にあいつが、
『あ、ご飯ついてるよ』
とかいって口で頬に付いてたご飯をとるんだもの!
よほどのバカップルじゃなかったら逃げると思うんだけど。ていうか、あいつはやってて恥ずかしくないのか。あ、羞恥心が無いんだったっ!!
「なに考えてるの?」
「うわっ」
思い出しただけでも恥ずかしくなってくるので俯いていると、隣に立つあいつが覗き込んできた。
「うわっ…って、そんな、傷つくなあ」
「急に覗き込まれたら誰でも驚くでしょ」
それもそうだねと朗らかに笑う彼の横顔を見ていると、どうしてこれが私の彼氏なのだろうかと不思議に思えてくる。
『吉野悠』
これが隣にいるこいつの名前。
背は高いし、優しいし、なぜだか声も聞いていて安心できて、頭も良くて運動もでき、顔はもう隣で歩いているとほとんどの女性が見るほどの甘い雰囲気のイケメン。
黒くてちょっと長めの髪の間から見える黒に少し青を混ぜたような群青色に近い目は不思議な雰囲気を醸し出していて、なんていうか、その、色気があるんだ。
そんな超絶完璧な男の隣に立っている私の名前は、『立花ほのみ』と言います。
背はまあ他の女子よりはちょっと高いけど当然男の人よりは低い。ただいま大学生活二年目の現役女子大生です。…まあ私の自己紹介なんて需要ないか。
「今日、ご飯どうするの?」
「ん、作る」
「そうじゃなくてさ…」
「なに?」
「一緒に食べたいなー…なんて」
「…じゃ、荷物持ちね」
「それくらいでいいなら喜んで」
今日の夕飯は何にしよう。
生姜焼きはこの前作ったし…魚も焼いた。
うーん、よくよく考えてみるとなにも思いつかない。
「ねえ、なに食べたい?」
仕方がないから聞くことにした。けれど、こいつに聞いて役に立つ答えが返ってきたことはほとんどない。
でも、今回は違ったようで。
「クリームシチューがいいかな」
ガタゴトと揺れる電車にかき消されそうな声で言う彼を思わず見ると、彼は目を細めて窓から遠くを見ていた。
何を考えているんだろう。何だか不安になってもう一回声をかけようとすると、ふっといつもと同じ雰囲気に戻りこちらを見て笑う。
そんな彼の笑顔に胸が締め付けられるような気がして、何だか苦しくて私は顔を背けた。
◇◆◇◆
「ただいま」
「おかえり」
「…なんで一緒に帰ってるのに言うのよ」
「えー、返事が返ってくると嬉しくない?」
「はあ、別に」
近くのスーパーで買い物を済ませて帰ってきたのは私のマンション。
なんで私が大学の寮でもなくアパートでもなくマンションに住んでいるのかというと、私の親の意向だ。
なんでも、遠くに住む娘が心配でセキュリティが整っているところでないと嫌だと。
私はこんな地味女なんて誰が襲うわけでもないしどうでも良かったんだけど、どうしてもと押されてこうなった。
「じゃあ俺、冷蔵庫に入れてくるね」
そう言って彼は、勝手知った風にキッチンへと歩いていった。それはそうだ、ここに来るのは初めてじゃないし。
誤解のないように言っておくけれど、彼氏彼女…いわゆる、恋人と呼ばれる関係の私達であるけれど、なんというか、その、…したことはない。
付き合ってもうすぐ四ヶ月くらい経つけど私たちはキスもしたことがない。けれど、世間一般の女性が悩むように、魅力がないんだろうかとか悩んだことは私はない。
それは驕っているわけじゃなくて、単にあまり興味がないのだ。告白したのはあっちだし、デートに誘うのもあっち。
もう何回もデートしているけれど、そういう雰囲気になったことは一度もない。…私が気づいていないとかいうオチがなければ。
そもそも、どうして彼は私みたいな地味な女を好きだと言うのか…私には理解できない。
ちょっと料理が得意で、お菓子作りと映画を観るのが好きな本当にただの地味女。言っていて悲しくなるけれど自己評価は間違っていないと思う。
手を洗い、正面にある鏡に映っている自分を見る。うん、平凡だ。顔のパーツそれぞれがそれなりの平均な顔。嫌悪感は抱かれないだろうけど好感も抱かれなさそうな、影の薄そうな顔。あ、でも肌はキレイかも。…んなわけないか。
まあそんなことはどうでもいいかと私もキッチンに足を運ぶ。
「クリームシチューでしょ? 玉ねぎ人参じゃがいも…ブロッコリー…ちなみに私は鶏肉派だからそこは譲れないよ?」
足を運んで冷蔵庫に食材を入れている彼を見て言う。
彼は肉はなんでも良いよと言って笑いながら買ってきた食材にもれがないか確認していた。
「うん、特に問題はないっぽい」
「よし、あとは任せなさい」
「あはは、うん、任せた」
俺も手洗ってこよ、とキッチンを出て行く彼の背中をチラッと見て料理を始めることにする。
超絶完璧と言っておきながら、彼にも弱点があったりする。すでに察しているかもしれないけど、彼は料理が苦手だ。
もちろんそれは、フライパンを使ったら火柱がー、とか、ダークマターが!とか、そんなレベルじゃなくて、ちょっと苦手というレベル。
卵焼きは作れるし、野菜炒めだって作る。けれどなんだか、味がしないのだ。私も作っているところを見たことがあるし食べたことがあるけれど、なぜだか味がしない。
まあそんなわけで、彼はよく、と言って良いのか、私の家でご飯を食べる。
◆◇◆◇
「いただきます」
「どーぞ」
テーブルにはシチューにサラダ、フライドポテトに大学いも、あとは冷蔵庫にこの前作ったケーキがある。
「なんだか統一感がないけど…じゃがいもがいっぱいあるから処理、手伝って」
「うん、了解。…おいしい!」
「そう? …よかった」
食器を手に取り一口目。他人にご飯を作るときはいつもその時が一番緊張する。
まずいと言われればそれはそれでしょうがないんだけど、なんか緊張しちゃうんだよね。
食事の間は、大学であったこと、ちょっと面白かったこと、この前のテレビのことなど、他愛のない話をした。
付き合って最初の頃は正直二人でいることが苦痛で緊張ばっかしてたけれど、今になるとなんだか安心感があって心地いい。
「ごちそうさま」
「お粗末さま」
ご飯を食べ終わったあとは、二人で食器を洗うのがなんとなく決まった暗黙のルール。
「珍しいね」
「え、なにが?」
「クリームシチュー。いつもだったら私が作るのだったらなんでも美味しいって言って丸投げなのに」
「あー…うん、なんとなくね」
なんだかぎこちない彼の笑顔に、まずいことを聞いてしまったかと思った。
「あ、そうだ。私、ちょっと観たい映画があってさ、借りてきたんだ。終わったら観よう?」
「ん? うん」
触れられたくないことだと思い、ちょっと強引だけど話を変えた。
観たい映画があったのは本当のことだし、嘘は言ってない。
食器を洗い終えた私は早速DVDの用意をして、デッキにセット。彼にはテレビの前のソファに座ってもらって、私は紅茶、彼にはコーヒーを淹れる。
「コーヒーで良かったよね?」
「うん、ありがとう」
単純な私は、この頃にはもうこれから観る映画のことで頭がいっぱいになっていた。
「あのね、この映画、恋愛ものなんだけど…平気? 苦手だったりしない?」
「大丈夫。ほのが観たいんでしょ? じゃあ俺も観たいな」
「そっか」
私はテレビのリモコンを手に取って、再生ボタンを押した。
映画の内容はミュージシャン志望の男と普通の女子高生との恋愛を描いたもので、笑いはあまりないけれど、人の内面が良く描かれていて思わず胸が苦しくなるような…泣ける映画らしい。
らしい、っていうのはパッケージの裏にあるあらすじを適当に読んだから。
さて、実際のところはどうなのか。映画好きな私はわくわくしながら、テレビを見つめた。
◇◆◇◆
「ほの?」
「……」
「ほのみ、大丈夫?」
「…え?」
「映画終わったのにピクリとも動かないからどうしたのかと思って」
「あ、ああ! ごめん」
「ううん。映画、どうだった?」
「…良かった」
始まる前はよくある恋愛映画で、観たかったけれどそこまでじゃないだろうと、甘く見ていた。しかしそんな予想に反して、始まってから登場する人物に思わず感情移入させられてしまい。
涙こそ出なかったものの、かなり良い映画だったと思う。
「そっちはどうだった?」
「うーん、羨ましかった、かな?」
「え?」
「なんか、あんな風に夢も彼女も諦められないからどっちも離すもんか!みたいな男がすごいなーって思って」
彼の言葉に私は固まった。それはつまり、どういうことなんだろう?私と一緒にいるのが嫌ってことなのかな。飛躍しすぎかな。
「俺にできないことができる人って、みんなすごいと思う」
どうしよう、なんだか、すごく苦しい。胸が詰まるような、喉の奥がキュッと絞られるような不快感。こんなの、知らない。
「…ほの?どうしたの?」
「………え?」
「だって、それ…」
そう言って彼は私の頬に手を伸ばした。それに驚いてビクリと身体が跳ねる。すると彼はなんだか寂しそうに笑って手を引っ込めた。
「泣いてるよ?」
そんな笑顔は一瞬で、私の見間違いだったんじゃないかって思うほど短くて、次の瞬間には心配そうな表情を浮かべて、代わりに言葉を発した。
そんなつもりじゃなかったのに。あんな顔、見たくなかった。少なくとも、私に向けられるのだけは絶対嫌だった。
そんなもやもやを今は全部飲み込んで、手で目の周りを拭った。
「なんか、思ってたより良い映画だったみたい」
そう言って私は笑顔を作った。
彼に対して笑顔を作ったのはこれが初めてだった。どうしても引きつっているような気がして、すぐに俯いてしまった。
「そっか」
彼は呟いて、私の頭をゆっくりと撫でる。
嘘だって分かってるはずなのに。
私は彼に嘘を吐いた。でも、彼だって私に何かを隠してる。それが何なのか知りたい。
◆◇◆◇
「さー、昔の女でも思い出したんじゃないの?」
「え、わこちゃん、ちゃんと慰める気あんの?」
「あっはっは、正直に言うとあんまないね」
翌日、大学の食堂にて、私の親友である『並木わこ』と昨日のことを話した。
彼女とは中学で同じクラスになってそのまま大学まで一緒。そんな親友だから相談したっていうのに…。
「大体さー、ほのみは知らないだろうけど、あいつ結構やばいんだよ?」
「あいつって…吉野くん?」
「そそ、そのヨシノくん」
ほのみは絶対知らないよ〜、と言ってわこちゃんは蕎麦をすする。それはもう豪快にすする。わこちゃんはすごい可愛いのに、そういう細かいところが無頓着というかなんというか…。
わこちゃんは、私より背が低くていかにも女の子って見た目でメイクなんてほとんどしないくせにツルツルもっちりを地でいく肌に、ツヤがある肩にかかるくらいの髪でなんだかいい匂いがするそんな男の子だったらほっとかないだろう女の子だ。
「やばいって、どこが?」
私は彼が怒ったところも声を荒げているところも見たことがないし、ましてや暴力を振るったりしてるところだって見たことがない。
いつも温厚で、柔和で…あえて言うなら自分が薄いというか自己主張が足りないというかそんな感じ。
そんな説明をわこちゃんにすると、彼女は決まって、
「ほのみは良い子だなー」
と遠い目をする。
彼女が止めない以上、彼はそんなに悪くない人のはずなんだけど、わこちゃんは微妙な顔をする。
「いい、ほのみ。愛情ってやつぁ、狂気…いんや、凶器なんだよ?」
「…なに言ってるの?」
「まあまあ聞きなって。そりゃあ高校の時のあのキモオタストーカーに比べたら吉野はいい奴だよ?それはもうすごい奴よ」
高校の時、私はクラスの男の子にストーカー行為を受けていて、それに気づいたわこちゃんが、私にはよくわからないけど『きょせ…死刑ね』と呟いて後日それっきり彼が学校に来なかった事件を思い出した。
そのことについて私が何回聞いても彼女は『忘れなさい、彼…ううん、アレは元からいなかったの』としか言ってくれない。
わこちゃんはすごい可愛いくて、すっごい良い子だ。ただ、ちょっと手が(暴力的に)早くて困ってしまうこともある。
「でも、私はほのみがいつあの毒牙にもう…食い破られるのか心配で心配で…」
「…毒牙?」
「そう!あいつは優しい顔をしておきながら獲物じわりじわりと追い込んでいく…」
「「追い込んでいく?」」
あれ、誰かと声が重なっ…!
気づかないままわこちゃんは溜めて溜めて、
「悪魔ね!!」
言ってしまった。
その時の私の顔は青リンゴかと言ってもいいくらいに悪かったんじゃないかと思う。
「ねえ並木さん、俺のどこが悪魔なの?」
「もう言わせないでよ、あんたが悪魔じゃなかったら誰が悪魔だっていうの?」
あ、わこちゃん実は気づいてたんだ。
わこちゃんの後ろにトレーを持ったままの吉野くんが笑顔で立っている。
「おーい悠、席取れたー…あー…またこりゃアンビリーバボーな展開なことで」
吉野くんの後ろからやってきたのは(自称)彼の親友の『津田大河』くん。
結構な頻度で一緒にいるし、高校も一緒だって聞いたから自称は取ったっていいんじゃないかと思うんだよね。
「だいったいなんなのよあんたは!大学入っていきなり初対面でほのみにちょっかいかけまくった挙句に私の知らない間に恋人になってるとか虫唾が走るわ!!」
「ごめん、ちょっとなに言ってるのかわからないかな?」
二人が会ったらわこちゃんの機嫌が悪くなるのもいつものことで。それで後になってしわ寄せが来るのが津田くんの役目だ。
「まあまあ、落ち着きなよ。わこだって本気で言ってるわけじゃないんだろ?」
「うるっさいわよ大河!私は本気よ!」
「おおう、また今日は一段ときてるなあ…」
「許すまじ、吉野…!」
わかると思うけど、津田くんとわこちゃんは付き合ってる。実は二人は幼馴染みで、小学校の頃に津田くんが転校しちゃったんだけど、それでも津田くんが押せ押せで色々あって今に至る。
そんな三人を外から見ている私。いつもだったら適当に切り上げて吉野くんが来るんだけど、今日は私の話もあってか、わこちゃんがいつにも増して威嚇して出てこられない様子。
…それに私も、なんだか気まずい。昨日はあれからすぐに帰ってもらっちゃったし。
「…私、そろそろ行くね?」
「ちょ、待ってほのっ…!」
誰かが私を呼び止めたような気がしたけど、私はそれを振り切って食堂を出た。
◇◆◇◆
ほのみが自分の言葉を振り切って出て行く様子を俺は呆然と見ていることしかできなかった。
「あら〜、残念ね?流石のミスターイケメン様も好きな子にはぐいぐいいけませんって?あー意気地なし意気地なし、お疲れ様〜!」
わこの言葉にいつもだったらもっと余裕で流せるのに、今はなんだかイライラして強く当たってしまう。
「うるせえ、喋んなチビ」
「なにそんなすごんじゃって、ほのみがいなくなった瞬間にこれ?これだから裏表のあるやつは…むぐっ」
「わこ、その辺にしときな?」
大河はこれ以上は良くないと思い、わこの口を塞ぐが、わこは止まらず暴れる。
「…っだって!! だってそいつのせいでほのみが…!」
「うん、ほのみちゃんがどうしたの?」
「……泣いたって」
それに俺はピクリと反応した。大河は一体お前はなにをやってるんだとばかりに呆れた顔をしている。
「俺のせい…なのか」
そう呟く俺に、やっと大河を振り切ったわこがそのままの勢いでみぞおち辺りを殴る。
ドスと鈍い音がして、俺はしゃがみこんだ。
「あんたが…あんたが…っそれを言うの?」
「おいわこ!…大丈夫か、悠?」
大河はわこを叱りつつ、俺に駆け寄ってくるけど、俺はそんなのを気にしている場合じゃなかった。
ーー俺のせいでほのみが泣いた?
俺は顔を歪めながらわこを見上げる。
「どういうことだよ?」
「うるさい」
「何か知ってんのか?」
「うるさい!!」
わこは叫んで食堂を出て行った。
くそっ、なんだあのチビ!周りの注目を集めるだけ集めといて放置か!
「…なんだってんだよ」
座り込んだ俺。ほのみが何を考えてんのかもわかんねえし、わこが言ってることもわかんねえ。
「なんだってんだろうなぁ…でもま、悠、早いとこほのみちゃんと話し合った方がいいのは確かだろ?」
「そうだけど…」
「わこのことは俺がなんとかするからさ、行ってこいって。んで、全部終わったら一発殴らせろ」
「……は?」
大河は小さい頃から合気道やら柔道やらをやってたせいでかなり強い。殴る系は知らないけど強いんだろうってことは簡単に想像できる。
「………なんで?」
俺の言葉に大河は不思議そうに首を傾げる。
「俺の大事なわこを泣かしたからに決まってんだろ?」
◆◇◆◇
食堂を出て、大学も出た私が向かったのは家…ではなく、その向かい側にある"Blessing"という小さな喫茶店。
ドアを開けると、カランコロンと小さなベルが鳴る。もしかしたらこの音が祝福なのかなって思ってくすりと笑いが溢れる。
不思議だ。さっきまでは全部どうでもいいみたいな感じがしてたのに。
「おや、ほのちゃん。随分と久しぶりな気がしますね」
「そんなことないよ、一週間ぶり…くらいかな?」
ここの喫茶店のマスターは私のお父さんのお兄さん…つまり私の叔父さんだ。
もう五十代になって何年経つか…という年なのに、背は真っ直ぐ伸びとても髪型も決まってる。
「今日はまたどうしたんですか?」
この言葉を聞くと、小さい時にお父さんに叱られたり、いじめられたりした時にここに逃げてきていた気持ちを思い出して少しぎゅっとする。
「ちょっと、いろいろあって…」
私の言葉に叔父さんは笑って、ココアを作り始める。小さい頃からいつもこれだった。
私が泣いたり、悲しい顔をしてたらココア。
笑ってたり、楽しそうな顔をしてたらミルクティーだった。
「ちょっと、いろいろですか。なかなか不思議な感覚ですね」
それもそうだ、これじゃちょっとなのかいろいろなのかわかんないや。
叔父さんはいつも変わらず小さな子をあやすような声でココアを作る。
「実は、彼氏とケンカ…というか、なんだか気まずくなっちゃって…」
「おや、彼氏ですか。それは弟が聞いたら怒りそうだ。綾さんは喜びそうですけどね」
はい、どうぞとココアが置かれる。
私はカウンター席に座って、ゆっくりとココアを飲む。甘い。でも、甘すぎない。
ふう、と息をついてなんとなく、じっとココアの香りを嗅ぎながら、茶色い水面を見つめる。
「叔父さんは、奥さんと付き合ってた時とか、悩んだりしなかった?」
ふっと顔を上げて質問すると、叔父さんは困ったように笑った。
「なかなか直球で、難しい質問ですね。…まあ、悩みましたかね。彼女はとても美しい人で、私はどう見ても普通で。叶うはずがないと何回も思いました」
昔を思い起こすかのようにしみじみと語る。
なんだかその感じ、私と似てる。
吉野くんはすごくかっこよくて、私なんかじゃ釣り合わないんじゃないかって。多分、そんな感覚だ。
「けれどある時、奇跡が降ってきたんです。偶然、彼女の自転車が壊れて、偶然、私が通りがかった。私は手先は器用な方でしたから、すぐに直せた。すると彼女はとても嬉しそうに笑ってお礼を言ってくれました」
「それが、奇跡?」
「おや?ほのちゃんは奇跡だとは思いませんか?」
うーん、私にはそれが奇跡だなんてどうやっても思えそうにない。
仮にそんなことがあったとしても、そこからどうやって発展していくのか想像もつかない。
「この奇跡の素晴らしいところは、何の接点もなかった私たちの縁を結んでくれたことなんですよ」
「縁を結ぶ?」
そういうのってもっと恋愛として成立するようなことを言うんじゃないの?
「叶うはずがないと遠くに見ていた彼女を近くで見て、叶うかもしれないと思うことができた。そんな縁です」
この差はとても大きな気がしませんか?
そう問われているような気がした。今度は私は素直に頷くことができた。
"はずがない"と"かもしれない"この差は小さいようで人によっては大きな違い。
「ところで、私はその既に私がいないみたいな話をいつまで聞いていればいいのかしら?」
しみじみと懐かしむような私と叔父さんの間に流れる空気を壊す凛とした声。
「あ、凛さん」
「あ、じゃないわよ。何も言わなかっただけで最初っからいたじゃないの。それに、春仁さんも。貴方、昔っからそんな普通の人じゃなかったでしょ」
「おや、そうでしたか?」
「もう、とぼけちゃって」
凛とした声の持ち主は叔父さんの奥さんである凛さん。叔父さんと同い年だというのにまだまだ三十歳でも通じそうな美人さんだ。
そんな二人は今でもとても仲がよくて、温和な叔父さんとちょっぴり強気な凛さんはとてもお似合いだ。
「まあ、私が普通かどうかはさておき、ほのちゃん、そろそろお迎えが来そうですよ?」
「え?お迎えってそんなの頼んでないけど…」
そう言った瞬間、カランコロンと来客を知らせるベルが鳴った。
「………ほの」
急いで来たのか、髪は所々跳ねていて肩を弾ませ、頬を汗が伝っていた。
「な、んでここが…?」
「…わこに聞いた」
わこちゃんの名前を出した時の彼の顔はとても苦いコーヒーを飲んだかのようだった。
ゆっくりとこちらに向かってくる姿はなんだか怖くて、私の知ってる彼じゃないようで。
「お客様、どうぞ」
私と彼との間に流れる張り詰めた空気を読まずに彼に差し出されたのはコーヒーだった。
「え、あ、頼んでませんけど…」
「お気になさらず、お座りください」
はあ、と会釈しながら彼は私の隣に座って、自分を落ち着かせるようにコーヒーを一口。すると彼は目を見開いた。
「…おいしい」
叔父さんはその言葉にただ礼をして、凛さんと一緒に奥へ引っ込んだ。他にお客さんはいないみたいだけど、いいのかな。
「それ、おいしい?」
「…うん、今まで飲んだことない味。苦いだけじゃなくて、なんか柔らかい感じがする。……まるで、ほのみみたいだ」
「わたし?」
彼はもう一度カップを傾けると、こちらに向き直って頭を下げた。
「ごめん、ほのみ」
私はそれが、もう終わりの合図なのかと思って、俯く。昨日の比じゃなく、胸が苦しい。
視界が滲んで、息が上手くできない。
「え、あっ…ひっ…」
そんな私の様子に気づいた彼は驚く。
「え!?」
「あっ…ごめっ…ちが…!」
ぐしぐしと目を拭うけど、拭っても拭っても、視界は滲んだままで、だんだんとひどくなっていく。
もう、終わりなのかな。せっかく、気づけたのに。私、吉野くんが大好きなのに。聞きたいこと、いっぱいあったのに。
「泣くなよ、ほのみ」
そんな声が、耳元で聞こえた。
それと同時に私の身体が、なんだか温かいもので包まれるような感覚。
「……え?」
私は、吉野くんに抱きしめられていた。
今までのような、触ってるのかいないのかわからないようなふわりとしたものじゃなくて、ぎゅっと、私に彼がわかるように。彼が私を知るように。
「泣かないで、ほのみ」
そう呟く彼の声もなんだか泣きそうだった。
そんな声も好きで、また涙が出てくる。
「泣かないでって言ってるのに」
ちょっとだけ身体を離して私の顔を覗き込む吉野くん。
「だっ…うえ…おあ、って…!」
「大丈夫だよ。俺はここにいるから。ほのみのこと、大好きだから」
それを聞いた瞬間、なぜだかピタリと涙が止まった。
私はぐいと彼を押しやり、正対する。
「…じづもんが、ありまず」
「質問ね」
鼻が詰まって変な声になってる私を優しい目で見る吉野くんが好き。
私は鼻をかんだ。そして深呼吸。
「質問が、あります」
「いいよ、なんでも聞いて」
今までずっと聞けなかったこと。なんで寂しそうに笑うのか。なんでどこか違うところを見ているような顔をするのか。なんで私に何もしないのか。
私は特にキスだとかそういうのに興味はなかった。特にしたいとも思ってなかったし、彼もしてこなかったから興味がないのかと思ってた。
でもあの時、彼が私に寂しそうに笑いかけた時、『なんで触ってくれないの?』って思ったんだ。それはつまりそういうことで。
私が彼への気持ちに気づいて、私が彼を想ってるのと同じように、彼が私を想ってくれているのかが不安になったんだ。
「吉野くんが、何を考えてるのかが、私にはわかりません」
「…というと?」
彼が私を見つめるその顔も目も、好き。
「なんで私をみて、どこか違う、遠いところを見ているような顔をするんですか」
私の質問の意味が、彼にはよくわからないようで、しきりに首を傾げる。
彼が言うに、そんな顔したっけ?ということです。
「……朝、私の部屋で起きた時、とか…吉野くん家に泊まった時、とか…」
「………あ」
「…心当たりあります、よね?」
「俺がそういう顔してるのって、俺が寝坊した時とか、どっちかの家に泊まった日だったりしないかな?」
そうです、その通りです。
昨日は吉野くんは私の家に泊まりました。
「…実は俺、目が悪くてさ。いつもはコンタクトなんだけど、泊まりに行く時って毎回替えを持ってくの忘れちゃって。ほのがこっちに来る時は俺、それどころじゃなくって」
それを聞いて私は当然、拍子抜けです。
「…めが、わるい?」
「? うん」
「…じゃあ、次です」
「うん、いいよ」
にっこり笑う彼が好き。私だけを見て、私に優しく笑う姿が好き。
「なんで昨日、私を見て寂しそうに笑ったんですか」
「寂しそう…?」
「ああ、届かない…みたいな、そんな顔です」
彼は少し考えて、今度はすぐに思い至ったようです。
「…それは、その…なんていうか」
「なんていうか?」
「…泣いてるほのが、可愛くてつい手を出したらビクッてされてその…嫌がられたのかなって思って…」
「…そうだったんですか」
全然そんなことないのに。驚いただけなのに。優しすぎる彼は、私をガラス細工か何かと勘違いしてるんじゃないかな。本当はもっと触れて欲しいのに。
「じゃ、最後です」
「うん」
「もう私と吉野くんが付き合って四ヶ月になりますね」
「そうだね」
「…四ヶ月になるんですよ?」
「? そうだね」
かれこれ四ヶ月…最初の一ヶ月はまあいいとしてちゃんとぎゅっと抱きしめられたのは今日が初めてですし、キスなんて一回も…!!
私って、魅力ないんですかね。
確かに、特徴のない顔だけど…。
「そんなことない」
「……へ?」
「俺はほのみのこと好きだしすごく大切にしたいと思ってるよ?」
「え、あ、はっ…急になにを」
顔が熱い。心なしか身体も熱い。空調のせいかな?いや、そんなわけない。
な、まさか心を読んでるとかそういうサイコな感じなの?
「心を読まないで!」
「…勘違いしてるとこ悪いけど、声に出してただけだから」
「…あっ……」
「ほのみ、今からほのみの家行くのと、俺の家に来るのとどっちがいい?」
「…へ?」
「どっち?」
にっこり笑っている彼はなんだか目の奥が笑ってなくて、けれど怖いわけじゃなかった。
「えっと、じゃあ、私の家で…」
近いし。
「すいません、そろそろお暇させていただきます」
「ええ、またいつでもお越しください」
「お、叔父さ、いつの間に!」
「無理しちゃダメよー」
「凛さん、なに言ってるんですか!」
吉野くんは曖昧に笑って、お代です。とお金を置いて喫茶店を出て私のマンションへ向かう。その間、彼は私の手をきゅっと握ったままで、それが嬉しくて、思わずにやけてしまう。
◇◆◇◆
「ほのみ」
「なに…っん…」
気付いたら私の部屋で、吉野くんの顔が目の前にあって、ぶつかると思って目を閉じたら、何か柔らかいものが唇に当たってる。
吉野くんの唇だと認識するのに時間がかかって、私たちキスしてると自覚するのにさらに時間がかかった。
唇を離すと、吉野くんの顔がいつもより少し赤くて、彼の瞳に映っている私の顔は真っ赤だった。
「ほのみ、嫌じゃない?」
「…嫌だったら、殴ってる」
「そっか」
いつもより少し掠れて低い彼の声が、なんだかすごく好きだと感じて笑った。
そんな私を見て、吉野くんも笑う。
「ね、もう一回…してほし…っん…」
言い終わる前に、彼に奪われた私の言葉は、どんな風に聞こえたんだろう。
思わず漏れた自分の声が、いつもと全然違って、なんだかすごく恥ずかしかった。
あれ、そういえば吉野くんの顔赤かったな。
なんだ、彼も羞恥心あるんじゃない。
「…ん…ふっ…」
何度も繰り返し唇を重ねて、たった一日、ううんそれにも満たない時間だったけど、彼が恋しかったことを知った。
彼の舌が、私の唇を割って入ってきた時、私はまたピクリと身体が跳ねてしまった。大丈夫だよ、嫌じゃないよとそう言いたくて、私は彼にしがみついた。
彼はわかってるよと言いたげに一瞬唇を離して笑うと、また私にキスをした。
キスをしているうちに、なんだかふわふわしたような気持ちになった。
吉野くんも似たような感じなのか、蕩けるような目で私を見ている。
すると、私の身体を浮遊感が襲った。
「お、っひめさまだっこですかー…」
「駄目だった?」
「駄目っていうかその…重くない?」
「仮に重いとしても、幸せな重さだね」
そう言って彼は私をベッドにおろした。
「全然答えになってないよ」
「重くなかったよ」
「うっそだー…っふ…」
私の口を塞ぐように、彼はキスの雨を降らせてくる。そんなんでほだされるもんかと思いつつも、まあいいかと彼を許してしまう。
「ほのみ、大好きだよ」
「私も、好きだよ……悠くん」
私が彼の名前を呼んだことに、彼はとても驚いたようで、少し固まった後に、笑った。
私はその時の彼の顔を絶対に一生忘れないと思う。
この世の全部の幸せを貰っちゃいましたとでも言いたげなその顔を。
そうして私と彼はお互いの幸せを交換し合ったんだと思う。
◇◆◇◆
「んー…」
「あ、起きた?」
目を覚ますと目の前に映るのは吉野くんの裸…って。
「…なんで服着てないの?」
「なんでって…色々あったよね」
そうだ、初めて吉野くんとキスして、あー…あー?…あー!!!
「…あったね……いろいろ……」
「ぷっ…なにそれ」
思わず顔を枕に埋める私を、吉野くんは声をあげて笑った。
そんな時ふともう一つだけ思いついてしまった。
彼はどうして私を好きになったんだろう。
私が吉野くんと初めて会ったのは大学でだし、間違いなく初対面で惚れましただなんて容姿を私は持っていない。
でもこれって聞いていいのかな。今さらなのかな。世の中の恋人たちはどうしてるのかな。
「うー…!!」
足をバタバタ、枕をドスドス。
そんなことをしてると身体があったかいもので包まれる。安心するにおいと体温。
「どうしたの?」
こちらを気遣うような、艶やかな声。
「…どうして吉野くんは私なんか好きになったの?」
「あれ、もう名前呼びは終わり?」
「…うるさい」
「はいはい」
私は枕に顔をうずめたまま、吉野くんの答えを待った。
「一目惚れ」
と声が聞こえてなんだかがっかりする。
私は一目惚れってなんだか信じられない方の人だから。
「じゃないんだよね」
思わず吉野くんを蹴る。『いたっ』と声が聞こえたけど知るもんか。
「…初めて見たのは、高校生だった時」
私はピタリと止まる。高校生?でも吉野くんの顔だったら絶対忘れないと思う。
「会ったわけでも、話したわけでもなくて、大河の付き添いでついて行った時に初めてほのみを見た」
そういうことか。
確かにあり得る話だ。津田くんってわこちゃんによく会いにきてたもんね。
「それで、わこと話す機会もあって。そこからほのみのことを知ったんだ」
わこちゃんはどうやらいろんな話を彼にしたらしい。年齢イコール彼氏いない歴だとか、甘いものが好きだとか、好きな映画の話だとか。
「それで大学に入ってほのみと会った時、俺は初対面だけど、全然初対面って感じがしなかった。そんな俺をほのみは変なものを見るような目で見てたけどね」
それは仕方のないことだと思う。知らない人が私を知ってるんだもん。
「…それで、その…なんていうか」
? なんだかつっかかってる?
ここまでいい感じにきてなんでここでつっかえるかな!
「なに!はっきり言って!」
「は、はい。ほ、ほのみさん、の…匂いがすごく、好きで…」
「…はい?」
私は耳を疑った。匂い?私の?そんなこと言われたこともないよ。わこちゃんにだって言われたことない。
「初めて会ったときに、なんかすごいいい匂いがして、安心するっていうか、甘い感じだけどくせがあるわけじゃないっていうか」
「いや、その説明はいいんだけど」
「……はい」
でも匂いかー。一目惚れならぬ…なんだ?
なに惚れだこれは。
「絶対この人と一緒にいたいなってその時に思ったんだよね」
「うっ…!」
「…ほのみ?」
なんだこれ、絶対好きな人からじゃなかったら通報してる感じなのになんかすっごい嬉しいこの感じってなんなんだろ。
「もしかして、だから?」
「え、なにが?」
「だから、その…私にキスとかしなくても大丈夫だったー…みたいなー…?」
言っててすっごい恥ずかしい!なんだこれ!
「え、それとは別。それはゆっくりでいいからほのみと距離を縮められたら良いなーって思ってて」
この男は…やっぱり羞恥心ないんじゃないの!!?
「そもそも、好きになったきっかけはあっても、そっから好きでいる理由なんていらないと思うんだよね」
「……それは、そうかも」
「好きでい続けるのなんて、その人だからって理由で充分だし」
「…一理ある」
「嫌いになる人はなるし、ずっと好きでいられる人はずっとそのままで好きでいられるんだよ」
だからさ、と彼は続ける。
「会ったこと。これが俺たちの奇跡だよね」
…ああ、叔父さんの話、実は聞いてたんだ。
【終】