8、誘拐されました。(前編)
「ごめんなさい、クレイグ。早く帰りたいと言うので頭が一杯だったから…。
ここに残ると言うのは考えた事はなかったわ。」
よく考えると、瘴気を静める事が本当に元の世界に帰る事に繋がるのすら分からない。
ただ、それとは全く関係のない方法で元の世界に帰還する事が出来るのだとしたら…。
それは、私が力を使う事で助かるかもしれない大勢の人々を見殺しにするのと一緒だ。
その結論に辿り着いてしまい、体から血が引いた様な錯覚を味わった。
こんな事はクレイグはずっと前から考えていただろう。
その彼の前で人を助ける事が嬉しい等と行ってしまった自分に吐き気がした。
「少し風に当たって来るわ。根を詰め過ぎたから休憩ね。」
「ああ。」
そんな彼の素っ気のない言葉を背中にして、
私は室外へと足早に出て行った。
考えごとに耽りたくて、人気のない場所を探して行く。
しかし、教団は大所帯なので中々難しかった。
普段使わない幾つかの廊下を曲がる事によって、ようやく目的の場所についた。
以前、飛び降り自殺が起きたと言う屋上だ。
この手の話は忌まれてているのと同時に暇な女官たちの格好の話題の種だ。
ここの屋上は亡くなった筈の人間が現れるとか、そう言った話題で盛り上がっていたのを思い出す。
従って、昼間からそんな場所に近寄ろうとする物好き等は基本的に存在しない筈、だったー。
「姫巫女のあの力を見たか?」
「ああ、まさに聖女の再来と言うのに相応しい。」
「以前の話は本気で考えているんだとな。」
「本気さ、成功すれば一生生活には困らないで済むように…。」
そこには2人組の男がいた。
恐らく、教団内の人間だろうが雰囲気が可笑しい。
これは聞いてはいけない話だろう、そう判断した私は黙って立ち去ろうとした。
しかし、ドアを閉めようとした所で器具が錆びついていたのかギイィと独特の音がした。
体が硬直するのと、男達の氷の様に冷たい目と私の目が合うのは殆ど同時だった様に思う。
私はとにかく人目の多い所に行き、助けを求めよう決め、
兎にも角にも全力疾走で走り始めた。
足を目一杯動かして、
心臓が速くなる、
呼吸が切れて、
足を縺れさせてしまった。
頭に走る強い衝撃、
殴られたのだと理解するよりも早く、私の意識は暗転した。
気が付いたら私は馬車の中で縛られて横たわらせていた。
私を拉致したらしい二人組の男達の何事かを話し合っていた。
その内容から察するに私は何処かのオークションで売られるらしい。
その為に幾つかの山を越えて、大きな街に行くのだとか。
混乱が極まってしまったのだろうか。
思考は意外にも冷静だった。
相手はたったの二人組だ。
機会を見て逃げ出すしかないそう私は決心した。
移動の一日目に馬を休憩させるために、湖の近くで馬車が止まる事になった。
男達はそこで同時に食事を取る事に決めたらしい。
携帯食料を取りだしながら、それを貪っている彼等の様子を漠然と眺めた。
不健康そうな色白の痩せた男と日焼けをした筋肉達磨の様な男の間には一見して繋がりは見られなった。
只の利害が一致をした同僚だろうか。
そう私が彼等の事を観察していると、筋肉達磨の方と目があった。
「この女にも飯を食わせた方がいいか?」
「まあ、そうだな。衰弱死されても困る。」
そう言う訳で私の口の前にはパンらしきものが突き出されている。
仕方がないのでそれを鳥のように啄みながら少しづつ嚥下して行く。
男達は必要さえあれば暴力を振るう上に、ナイフを所持している事が分かっていた。
ここは従順に振る舞って油断させた方がいいだろう。
「へえ、普通の女の子みたいだな。」
「私は普通の女の子ですよ。」
久々に出した声はしわがれていた。
恐怖のあまりに声が出せなかったという事に私はようやっと気がついた。
その様子には気がつかなかったのか、筋肉達磨は可笑しな事を聞いたと言うように眉をひそめた。
「あんたは聖女の再来とまで呼ばれている巫女だろう?
下賤の物が寄こしたもの等、食べられるかぐらいは言われると思ったぜ。」
「そんな恥知らずの人でなしになった覚えは私はない。普通の巫女は皆そんな物なの?」
私がそう尋ねると、色白と筋肉達磨は目を合わせた。
彼等の間に奇妙な沈黙がおりる。
「巫女は幼少期に素養が認められ、隔離されて教育を受ける事が殆どだ。
同時に自分が特別な人間であると言う、教育も受けるために気位が高いと言う場合が多い。
この事は有名な話だが…。それすら知らないとはどうやって今まで生きてきたんだ?」
如何やらインテリらしい色白が流れるような口調で説明してくれた。
肉達磨も驚いた様な眼差しでこちらを見ている。
「如何して私がキートに目を掛けられていたんだと思うの?
あの人は基本的に利益になること以外には手を出さない男でしょう?
信じなくてもいいけど私は異世界から来た住民よ。だから、聖女何て呼ばれている。」
「あの噂は本当だったのか?てっきり箔付けの為に故意に流されたのだとばかり…。」
「それぐらいの事はキートはやりそうよね。
貴方達が信じるかどうかは自由だけど、私を売る時にこの話をしたら値が釣り上がるんじゃない?」
私はそう言うと、話を打ち切って食事に専念し始めた。