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30、閉幕

「クレイグ、気持ちは嬉しいわ。それでも逃げる訳にはいかない。」

「そうか。」


全てを投げ出すには私は色々な経験をし過ぎていた。

良くも悪くも、こちらの世界に染まってしまったのかも知れない。


「これからどうする?」

「そうね。一回、身を隠さないと。誰が主犯なのかも分からないし。」

「なら丁度良い場所がある。案内をしよう。」


そうして、私はクレイグの小間使いが来ているフードの付いた服を着せられた。

確かにこれを被っていれば、顔は分からないだろう。

実際、咎められる事もなく場外に出る事が出来た。


もっと手間取るかと思っていたので拍子抜けをした。

彼と馬に二人乗りをして、約3時間ほどの場所にその建物はあった。

随分と年季が入っている上に規模は小さかったが…。


「これは神殿?」

「そうだ、よく分かったな。私もここを見つけたのは最近の事だ。」

「いいの?」

「何がだ。」

「中に人がいるんじゃ…。」

「誰も居ない。ここには生きている人間は一人も居ない。」


クレイグはそう言うと私の手を掴み神殿に向かった。

痛み程のの力で掴んで来る彼の手は私を逃がすまいとしているようだった。


「生活できる場所は最奥にある。」

「そうなの。」


カツン、カツン、カツン、

彼と私の二人分の足音が廊下に響く。

その反響音を聞きながら、私達は歩を進めた。

最後に大きな扉に行きあたり、クレイグがそれを開いた。


そこは大きな部屋になっていた。

中央には浅いプールの様になっており、そこには一人の少女が眠っていた。

彼女の年は私と同じぐらいだろう。

眠っている様な安らかな表情をして水の底に沈んでいた。

腰まで伸びている黒髪が水中で広がって、

その細い体に絡みついている様子はいっそ可憐ですらあった。


どうして、何でクレイグはここに私を連れてきたんだ?

ここで生活なんて出来る筈がないのに。

どうして嘘を、


「アケミ。この女はもう限界なんだ。」

「何の話を…。」

「この女は昔姫巫女と呼ばれた人間だ。

彼女は自分の世界に帰ったのではなく、ここで眠っていたんだ。」


クレイグの私に向ける眼差しが優しい。

それでも彼が何を考えているかは分からない。


「ここは彼女が瘴気を静める為に作られた神殿だ。

ここに身を沈めていれば理論上は年を重ねることなく、

最盛期のまま鎮静化する為に力を捧げる事が出来るとされていた。

しかし、月日が過ぎる事によって徐々に弱体化してしまっているらしい。

最近、瘴気による事件が多発しているのは恐らくはそのせいだろう。

当時術者達は全員亡くなってしまっているし、下手に力が弱い者を沈めればどうなるか分からない。

そこに貴方が来た、アケミ。」


私は反射的に一歩下がった。

それでもすぐに壁にぶつかってしまって、逃げ場がない事を悟った。


「私を最初からそのつもりで、」

「ああ。キート辺りはそう考えていただろう。

今までは異世界から来た人間だからと言って、

強い力を持っているとは限らないから様子見をしていたんだろうが。

おかしいと思わなかったのか?

閉鎖的な教団に何故外部の人間を入れて、重要なポジションに据えたのか。」

「それは、」


それは正直な所、思った事がある。

それでも自分の力を礼賛され、忙しい日々を過ごしている内に薄れてしまったのだ。


「私もここの事を知ったのは最近の話だが。その時から決めていた。

貴方が沈められる時が来たら連れ去るか、自分の手で下すかどちらかを選ぼうと。」

「どうして、」

「どうして?」


離れた一歩をクレイグが詰めて来る。


「貴方を私の物にしたかったからだよ、アケミ。

貴方は教団以外に生きる術はない。彼等が捕まえようとしたら逃げられない。」

「じゃあ、一緒に逃げようって言ってくれたのは。」

「断られてしまったが本気だったよ。教団の連中に見つかったら私は殺されるだろうが。

最後に逃避行をするのも悪くないと思った。」


世界がぐにゃりと歪んで行く。

ここは優しい場所ではないと言う事は分かっていた。

それでも、

それでも悲しかった。

一体、私は何をやって来たんだろう。


景色が霞んで自分が泣いている事に気が付いた。


「分かったわ。このままだと大勢の犠牲者が出るんでしょう。」

「アケミ?」

「それでも貴方の事は許せない。一生罪悪感に苛まれて、私の事を忘れなければいいわ。」


そうして私はクレイグの事を突き飛ばすと、水の中に飛び込んだ。

驚いた顔をしている彼の表情が水面越しに見える。


ああ、すきだとおもう。

たとえ、えるきーのようにわたしをまもろうとさいごまでちからをつくしてくれなくても。

わたしのことをいっしょうわすれないでひとりでいきればいい。


それが最後の思考となって私の意識は闇に消えて行った。


それから教団では聖女様が失踪されたと、口々に取り沙汰された。

彼女付きの騎士だった男もいずこかに消えて、行方が知れない。

しかし、瘴気による事件が激減された事から彼女は鎮静する事を成功させ、

元の世界に戻ったのだとされた。


恋仲だったと言われている騎士と聖女は二人で別の世界で生きているのだろう。

ロマンチックな話が好きな貴族の間では、そう噂をされる様になった。

月日は流れ彼らお話が美しいお伽噺になった頃ー。


「ここは何処?」

一人の少女が呼び出される。

異なる世界から来たと言う彼女は姫巫女となり、そして再び物語が始まる事になる。

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