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25、食えない老人との話し合い

キートは女官にベットの脇に椅子を持って来させて座った。

思い返してみれば、彼とこうして二人だけで相対するのは初めての事だ。

油断してはならない相手だけに、自然と体が緊張し始めるのを意識して宥める。


「お加減はいかがですが、姫巫女殿?」

「随分良くなったわ、キート。お見舞いに来てくれたの?」

「ええ、女性が好むと言う果物を用意して参りました。お召し上がりください。」

「…ありがとう。後で口に入れるわ。」


この多忙な男が只の見舞いの為に時間を割くとは思えなかった。

何が目的なのだろう。

ふと、私は今回の無茶の責任を取らされるのではないかと思った。


「貴方が聖女の再来と呼ばれている事はご存知ですね。」

「ええ、知っているわ。けれど、それは風評に過ぎないでしょう?」

「いいえ、今回の事件でただの噂では済まなくなったのですよ。」


どういっていいかと、キートは呟いて髭を弄った。

それは些か演技的な物を感じさせ、私を警戒させた。


「最近、瘴気に侵された物達に集団で襲われる事件が多発しております。

教団でも出来る限り対応はしているものの、多数の死者負傷者が出てしまう事は防げなかった。

そこに今回の事件が発生した。

村が襲撃されるのと違い訓練された人間が多数存在していますが、

それでも数多くの犠牲者が出るのは避けられないと考えていました。」


部屋の空間が段々緊張感を孕み始める。

そこで、キートは軽く息継ぎをして話を続けた。


「そこで貴方が今回の行動を起こしたと言う訳です。

結果的に通常の場合よりも遥かに被害を抑える事が出来た。

それによって、姫巫女殿はかつての聖女と同等の力を持つ人間だと言う事を確信したのです。

アレらに対して血が毒になる程、巫女の力が強い人間など未だかつて現れた事がない。」


何処となく陶然とした瞳でこちらを見て来る彼に背筋が寒気を走るのを感じる。

それはいつもどこか底を見せないキートの素顔かも知れないと思った。


「それで、」

声が掠れていた。

それを誤魔化す為に唾を飲み込む。


「それでキートは私をどうしたいの?」

「今まで以上に警護を強化させて頂きます。貴方付きの騎士以外にも何人か護衛兵を付けます。

これから、暫くの間は大事を取って休養をなさって下さい。くれぐれも無謀な行動は取らない様に。」

「分かったわ。そうね、ただ退屈だから本を読むぐらいは許してくれるかしら?」

「構いませんよ、後で持って来させましょう。」


これ以上の会話は負担になるからとキートは告げて去って行った。

彼が部屋を出て行った瞬間に体の強張りが解けて、酷い疲れを感じた。

確かに後もう1時間でも話し続けたら、暫くの間は起き上がれなかっただろう。


目を閉じると、強烈な睡魔を感じて眠ってしまった。


傍にいるのは母親で酷く優しい声音で本を読んでいた。

手を見てみると記憶にある物よりも随分小さく、自分が子供である事を悟った。

守られて、慈しまれてただ幸せで、こうして絵本を読まれることが大好きだったのを思い出した。


ふと、目を開けると辺りは真っ暗だった。

如何やら寝過してしまったらしく、多分時刻的には深夜だろう。

辺りを見渡すとベッドサイドには本が積み重なっていて、キートが女官に用意させたのだと分かった。

仕事の早い男であると思いながら、表題を見てみると娯楽小説らしいと言う事が知れた。

日々の忙しさに紛れて、嗜好品に手を出す暇すらなかったので胸の底に嬉しさを感じた。


枕元にある灯りを点けて、適当な本を手元に寄せてページを捲る。

本を読む事は久しぶりだったが、気が付けば私は物語に引き込まれて没頭していた。


1冊目の本は貧しい農家の娘が貴族の男に見初められ、幸福になる話だった。

2冊目の本は敵国のお姫様と王子様が数々の苦難を乗り越えて幸せになる話だった。

その次の本もハッピーエンドなのが不思議だった。


若い女性向けにと恋愛小説を選んでくれた事は分かるが、

3冊読めば1冊ぐらい切ない終わり方があってもいい筈なのに。

中にはご都合主義としか思えないような展開もあって、少々胸やけも感じた。


ひょっとして、この世界では幸福な結末が流行っているのだろうか。

現実が辛い分、甘い夢を物語に求めるのかもしれない。


私がそんな益体もない事を考えているとコンコンと窓がノックをされた。

信じてもらえないかもしれないが、振り向く前からそれがクレイグだと言う事を分かっていた。


私は窓を開ける為に立ち上がり駆け寄った。

思えば告白をされたのも、こう言った時だった。

あれから色々な事があったのに、あの時の感情は色褪せずに胸の内にあった。


それは奇妙な事でもあり、当然の事でもあった。

要するに、それが恋と言う事なのだろう。


がシャリと音を立てて窓が開かれる。

そこにいたのは紛れもなくクレイグだった。

相変わらずの金目で、無愛想な彼で苦しさすら感じた。


あの時とった行動は後悔をしていない。

それでも、もし命を落としていたらこの人には会えなくなっていたのだ。

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