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20、あっけなく壊れた何時も通りの日常

その日は何て事のない一日だった。

私はクレイグと恋人になった事に浮かれていて、それでも外見上は平静に儀式を執り行って行った。


今日の瘴気に侵された人間は小さな女の子だった。

何時も道理の手順をこなすと、腐敗していた皮膚がゆっくりと治癒して行く。

それを見て、ギャラリーは今世紀最大の奇跡を見たかのような畏怖の眼差しを投げかけて来る。


いつもと違ったたった一つの所は、女の子が私の服を離そうとしなかった事だ。

周囲の巫女見習いの子達がやんわりと引き剥がそうとしても、嫌々と言う事を聞かない。

すっかり困り果てた様な顔をしている年下の女の子達に、落ち着くように穏やかな微笑みを見せる。

特にこう言った公式の場所では、私は好きのない聖女様でいなくていけない。

そうしなければ、イメージはあっという間に失墜してしまうものだ。


私は豪奢な衣装を上手にさばきながら、女の子としゃがんで目を合わす。

顔立ちは整っていて、子供らしい丸みを帯びた愛らしさがある。

滑らかな栗色の髪に、宝石の様に美しい緑色の瞳が特徴的だ。

今からでも数年後にはとびっきりの美女になる事が分かる、将来有望そうな子だ。


笑えば誰をも惹きつけるであろう少女は身を強張らしたまま動こうとしない。

ふと見ると、私の服を持つ小さな手は力を入れ過ぎて白くなっている。

これは尋常な事ではないと判断して、じっくりと見ると彼女が細かく震え始めた。

まるで野生の大型動物に捕食されるのを待つ、白ウサギの様で咄嗟に抱きしめた。

すると、強張っていた体から力が抜けてぐんにゃりとし始めた。

この子を休ませる為の部屋を用意するように、

と指示を出そうと思った所で耳元で何事かを囁かれた。


「…。…て。」


子供の声が耳のこそばい。

それは震えていた上に小さな声で何を言っているか分からなかった。

私がもう一度言うようにと目で促すと、今度は少女は今度は喉に力を入れて発声をした。


「お姉ちゃん。逃げて。」

「え?」


彼女が何を言っているか私は分からなかった。

今まで見た事のないケースだが、儀式直後で錯乱しているのだろうか?

そう考えた瞬間に大きく扉が開けられた。

バーン

礼儀を重んずるこの場では有り得ない音に非常事態を悟った。

ざわつく周囲を余所に一人の青年が入ってきた。

多分、護衛見習いか何かであろう彼は血塗れになっていた。

それを見て普段流血沙汰と縁がない富裕層の人達は一気に騒ぎ始めた。


「一体何事です。」

聖女様の誰何の声はこの状況下でも有効だったらしい。

一気に場が鎮まるのを感じて、今更ながらに自分が信仰の対象である事を実感した。


「…逃げて下さい。急いでもうすぐそこまで、」

まだ、あどけなさを残している青年の言葉はそこまでになった。

腐り果てて顔面と右肩が大きく皮が捲れて、

筋肉が剥き出しになったモノが彼の首筋に齧り付いたからだ。


痛みよりも恐怖を感じたのか青年は剣を反射的に振り回して、

それが相手の右肩に掠めたことで距離を取られる。

アレらと相対するのは、初めてであろう彼は怪我をした個所を抑え込んで棒立ちになった。

そこを再び襲いかかろうとした所で、

門の近くに控えていた護衛兵が後ろから瘴気に侵された物を剣で突き刺した。

動かなくなったモノからどす黒い血がゆっくりと広がって、辺りにツンとする匂いが立ちこめた。


へたり込んでしまった青年の元に教会の人間が駆け寄り話を聞いていた。

その中の一人が報告をする為にこちらに駆け寄って来る。

剣の柄に手をやって臨戦態勢のエルキーの横で私は話を聞いた。


「あの男によると、完全に瘴気に浸食された人間が複数名押し寄せているようです。

如何なさいますか?」

「…儀式に参加している人間の避難をさせて頂戴。私はやる事があるわ。」

「畏まりました。」


当然の事だが、指示をされることで自分のする事が明確になったのが良かったらしい。

その中年の小太りの男は周囲の教団の人間と協力をして、参加者の誘導をし始めた。

恐慌状態になっても可笑しくない状況下の中、不気味なぐらいの静けさが支配していた。

この状況下で騒ぐ事は命の危険に直結している事を本能的に悟っているのだろう。


「何をなさるつもりです?」

「私が囮になれないかと思って。」

「は?」


エルキーはぽかんとした顔でこちらを見た。

日頃からは考えられない彼の表情に、こんな状況下だと言うのに吹き出してしまった。


「こんな時に冗談はお止めになって下さい。」

「冗談じゃないわ。」


そう言って、エルキーの目を見詰める。

私が本気なのを悟ったのだろう、彼は黙って見返した。

これから言う事は、主人を守ると言う騎士の矜持に反する物かもしれない。

それでも言わずにいられないのは、守れたかもしれない命を知っているからだろう。


「以前、私が誘拐された時にアレらに襲われた事があったの。

その時は能力につられて、集中して私の事を追って来たわ。」

「それが本当なら囮になる事は可能でしょう。

それでも、剣の扱いすら知らない貴方は殺されるだけだ。」


吐き捨てるような勢いで言ったエルキーに、私はにっこりと微笑んだ。

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