16、新しい騎士候補(後編・下)
「私は身分で人を判断する気はないわ。少なくともそれで好意を持ったりはしない。」
「聖女殿はお優しい。だから、同情と愛情を勘違いしているのでは?」
「誤解がある様だから言っておくけど…。」
怒鳴り散らしたいのを我慢する。
エルキーが私の中に見た理想の聖女様像は強固な物らしい。
この世界に身分の違いと言う物があるのは知っていたが、ここまで否定されるとは思わなかった。
「私は異世界から来た人間よ。」
「ええ、聖女として私達を救うために現れたのですよね?」
「…ここの人達のために力を尽くしたいと思っているのは確かよ。」
そんな風に噂が広まってきたのか。
確かに何も知らない女の子が訳も分からずに聖女になったとは言えまい。
キート辺りが故意に噂を広めたのだろうと言う事が簡単に予想が付いた。
「私は元の世界で貴族ではなかったわ。
少なくとも住んでいた国では明確な身分制度すらなかった。」
「聖女殿は貴い方です。」
「こちら側に来てからはそう扱われているわ。
それでも、元の世界では普通の一般市民だった。」
その場に静寂が流れた。
どうやら、身分に拘りを持つエルキーを失望させたかと思ったが構わなかった。
業務に支障がないならば、寧ろ適度に距離を置いてくれた方がやりやすい。
私は読めない彼の顔色を伺いながらも、話を続ける事に決めた。
「だから、クレイグの事も彼自身の事を少しづつ知って好きになったの。
これでも同情をしていると言えるかしら。」
「…あいつが羨ましいです。」
エルキーは髪を掻き上げてぽつりと言葉を零した。
恐らくはこれは黙って耳を傾けなければいけない場面だろう。
「身分越しではなく、人柄で判断してもらえるのはこの世界ではとても稀です。」
「そうなの?」
「ええ。貴方はどんな立場の人間でも儀式では尽力をした。女官にも気を遣ってらしたでしょう?
それが私の目には本物の聖女の様に見えていたのです。」
「身分と言う概念が薄いだけだわ。」
「そうかも知れません。でも、貴方がお優しいのに変わりはない。
クレイグもきっとあなたのそんな所に惹かれたのでしょうね。」
思わず絶句をしてしまった。
私がクレイグの事を慕っている事は話をした。
それでも、彼が私に告白をしてきた事は打ち明けなかったのに。
顔がじわじわと熱くなってきていて、赤くなっているのが分かる。
「どうして…。」
「私も貴方の事が好きだからですよ。だから、奴の気持ちにも勘付いた。」
「ごめんなさい。エルキーの事は、」
「分かっていますよ。出来ればクレイグではなく、私を選んで欲しかったが…。」
エルキーは軽く俯いた。
私が何て声を掛けたらいいのか戸惑っていると、
「貴方はクレイグでなければ駄目なんですね。」
掠れた声でそう言われた。
細めた優しげで胸が苦しくなった。
本当は気持ちを抑えたかったからかもしれない。
「エルキー。」
「はい?」
「ありがとう。」
「いいえ。気が変わったら何時でも言って下さい。
お相手致しますよ。」
そう言ってくれた彼は場の空気を明るくしようとしてくれる意図を感じた。
胸中で謝罪をして、私達は何時も道理に振る舞いながら部屋を出て行った。
その日の夜は私は寝付けないでいた。
エルキーの気持ちは受け入れられない。
それでも、クレイグの気持ちはとても嬉しく思う。
この差が何を示しているのかと言う事はあまりにもはっきりしていた。
しかし、本音では元の世界に帰りたいと言う気持ちが捨てられないでいた。
それでもクレイグへの気持ちは膨らんでいって、抱えているのは難しかった。
クレイグに会いたい。
その想いを醒ますために外に出た。
城の中庭は綺麗な花が咲いている。
夜空は綺麗でこればかりは元の世界とは比較にならなかった。
ふと、予感がして小さな声で囁くようにして言った。
「クレイグいるんでしょう?出て来て。」
「分かっていたのか。」
「いいえ。何となく勘で言っただけ。」
私が笑ってそう言うと、
クレイグは呆れたように溜息を吐いた。
ああ、この人の事が好きだなと滲むようにして思った。
「この間の話なんだけど。」
「ああ。」
「気持ちは嬉しかったわ。
あれから、ずっと考えていたの。」
クレイグは真剣な面持ちでこちらを見詰めて来る。
暗闇の中でも彼の金目が分かって、綺麗だと思った。
「まだ、私はここにずっといる覚悟はないわ。
それでも、クレイグの事が好き。中途半端でごめんなさい、けど」
続けようとしていた言葉はそこで途切れてしまった。
クレイグが私の事を力強く抱きしめたからだ。
その力は痛いぐらいにだった。
それを私は黙って受容した。
彼が私に執着してくれている証拠の様で嬉しかったからだ。
身動きしないでいると少しづつ力が緩んできた。
ごつごつしている自分とは違う男の人の体と、
服越しに伝わって来る温かな体温に何処かうっとりした気持ちになった。
確かにクレイグは聖女でも何でもない、
ただのアケミの事を必要としてくれている。
そのことがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
「今は元の世界の事を忘れられなくてもいい。私の側にいてくれ。」
クレイグが耳元で囁いた言葉に、私は黙って頷いたのだった。




