15、新しい騎士候補(後編・中)
コンコン。
ノックの音が鳴り響いて、私は我に返った。
クレイグは謹慎中のみである。
こんな所で何をしていたのかと問われたら、困るだろう。
「お時間です。起きて下さい。」
更にエルキーの声が聞こえて来て、焦った私は彼の方を向いた。
するとクレイグは、一つため息をつくと開いていた窓を閉めようとしてくれた。
その姿が気落ちしているようにも見えて、窓が締める寸前に声を掛けてしまった。
「あの、嬉しかったわ。考える時間を頂戴。」
聞こえていたかどうかは分からないが、窓越しに彼は頷いてくれた。
私は寝乱れていた髪を手櫛で整えると、エルキーに行くから待っていてと声を掛けたのだった。
その後、女官を呼んで見苦しくない程に外見を整えた後に儀式に向かった。
瘴気に侵された人間は年端もいかない様な小さな男の子だった。
今までどれほど苦しかったのだろう。
症状が取り除かれると涙をぽろぽろ流していた。
そうして、私に向かって拙い言葉で感謝の気持ちを言ってくれた。
それは、下手な大人の言葉よりも私の心に響いたのだった。
本当はずっと考えていたのだ。
瘴気を鎮静化するのが元の世界に帰る方法に繋がらなかった場合の事を。
本格的に瘴気を払えるのが私しかいない状況なのだ。
瘴気に侵されている人ったいにとっては暗闇の中に僅かに差した光明が消える様なものだろう。
私が元の世界に戻らない事で悲しむ人はきっといる。
家族や友達が嘆いている様子は簡単に目に浮かんできた。
それでも私と言う個人が居なくなたところで真剣に困る様な事態は起らない。
ここの世界では沢山の人達が私の事を必要としていて、
それら全てを振り払ってまで帰りたいと考えるだけのは、果たして正しい事なんだろうか。
未だに、帰る方法が見つからない以上愚考だが考えざるを得なかった。
儀式が終了した後、エルキーが話があると言ってきた。
自室に招く訳にもいかないので、近くにいた女官に空いた部屋にと案内させた。
深刻そうな顔をしている所から大事な話があるのではと考えたからである。
人目につく所で話をしたのでは、誰に立ち聞きをされるのか分かった物ではないという理由もあった。
小ささめの応接室らしい部屋は、テーブルを挟んで二つのソファが向き合わせて並んであった。
私が座って、エルキーが立ったままと言うのも落ち着かない。
幾ら、主君と同じ席に着かないのが騎士の作法と言っても限度があるだろう。
直立不動で私のすぐそばに立っているエルキーに向かって座るように命令をした。
一瞬、彼は躊躇した物のそれに従って向こう際のソファーに座った。
エルキーはこういう所が比較的柔軟なタイプだなと実感をした。
「クレイグ殿と親しいのですか?」
彼はそう言って、いきなり話を切り出してきた。
私は引き攣ってしまいそうな顔を慌てて整えて、
出来るだけ余裕があるように見えるように微笑をする。
「ええ、勿論。彼は私の騎士ですから。」
「そう言った意味ではない事はお分かりでしょう?」
「如何言った意味かしら?」
「恋仲なのかと言うのを伺っているのです。」
母親に縋りつく子供の様な目線で見て来るエルキーは、随分切羽詰まっているように見えた。
そこに盲目的な思い入れをされていることへの息苦しさを覚えてしまった。
「何故そんな事を聞かれなくてはいけないのかしら?」
「聖女殿が仮眠を取っていた際にクレイグが訪ねて来たでしょう?
何を話しているかは分かりませんでしたが、彼だと言う事を気配で悟りました。
お願いします。答えて下さい。貴方の為なんです。」
エルキーの勢いに私は驚きつつもどう対応するか考えた。
ここは慎重に答える必要があるだろう。
「私とクレイグは恋仲ではないわ。」
「…そう何のですか。」
安堵した様なエルキーに、私はある程度自分のプライベートを明かす決意をした。
この人は危うかっしいが私に忠誠を誓っている。
話したとしてもキートに報告する様な真似はしないだろう。
「そうでも、私はクレイグを男性として慕っているの。」
そう言った時のエルキーの顔は見物だった。
目が大きく見開いて、酷いショックを受けていると言うのが前面に出ている顔をした。
彼は何をそこまで問題視して言るのだろう。
結婚をして子供を産んだ上で巫女を続けている人もいるぐらいだ。
確かに聖女と呼ばれている私は注目をされているが醜聞になると言う程の話ではない。
「クレイグは駄目です。」
「何が駄目だと言うの?」
「彼は貴族階級の人間ではありません。
巫女の側に平民の人間が侍る等本来は有り得ないという事がというのに。
クレイグ殿が貴方の側にいられるのは、キート様の眼鏡に叶ったからです。
それだって、どうやって取り入ったのか分かった物じゃない。
本来は騎士になる資格もない様な人間なのです。」
矢継ぎ早に言われた言葉に目眩がした。
クレイグはきっと厳しい環境で生きてきたのだろうと感じていたが正解だった訳だ。
彼が何故騎士と言う矜持に重きを置いていたのか分かった気がする。
教団内で苦しい立場にいるクレイグは誰よりも騎士らしく振る舞う事で自分を守る必要があったのだ。
…彼は今までどんな気持ちで私の側にいてくれたのだろう。
そう思考に耽る傍ら、好きな人を侮辱された事に対する強い怒りが湧いてきた。




