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13、新しい騎士候補(中編)

これまでよりも行わなくてはいけない儀式が、

圧倒的に多くなった事もあってクレイグと会えない日々が続いていた。


勿論、元の世界に帰る方法を見つける時間は何処にもなかった。

元より時間があったとしてもハウッドが傍にいる限りは私は調べるつもりはなかったが。

彼は一件親しみやすい人間に見えるが何を考えているのか分からない所があり、信頼できなかった。

一見取っ付きにくいが不器用さゆえに内を考えているのかは把握できるクレイグとは人種が違っていた。


「先ほどの儀式はお見事でした、聖女殿。

特に先ほどの女性は症状が重かったので、貴方がいなければどうなっていた事か。」

「ありがとう、ハウッド。巫女として当然の役割を果たしただけよ。」

「聖女殿はその称号に相応しいお心をお持ちのようだ。」


ハウッドは深く感じ入ったと言う様に私を何処か熱を帯びた目で見詰めた。

彼に気を許さないと決めた以上、私は聖女として振る舞う必要があった。


それは想像以上に疲れる事で

素顔の自分でいられるクレイグが傍にいるのがどれだけ大事か分かってしまった。


「少し疲れたわ。部屋に戻って仮眠を取ってもいいかしら。次の儀式まで時間はあるでしょう?」

「ええ、まだ大分余裕があります。聖女殿は休みを取っていなかったですし、丁度良いでしょう。」


部屋までお送りしますというハウッドの言葉に従って、回廊を歩いて行く。


ふと、何か白い物が視界の中を掠めた。

それは窓にある咲き始めの花だった。

人知れずに凛と咲くその姿は何処かクレイグの事を連想させ、切ない気持になった。


「聖女殿?」


歩みが止まっていたらしい。

やはり、疲れているのだろう。

誰が敵か分からないこの場所でぼうっとすること等あってはならないのに。


私は内心の動揺を悟らさえない様に静かな口調で口を開く。

こんな振る舞いは簡単に行えるようになってしまった。


「中庭に花が咲いてたので思わず見惚れてしまいました。」

「それ程気に入られたのであれば…。」


ハウッドは言葉を切って、近くを歩いていた女官を呼びとめた。

何をするのかと眺めていると、冷たい表情で何事かを命じていた。

私との対応の落差に少しだけ驚いていると、女官は外に出て行ってしまった。


訝しげにハウッドを見ると、彼は微笑み返した。

女性受けする為に意識ををされた整った笑顔だった。

急速にクレイグの無表情が懐かしく感じられて息が詰まった。


そうこうしている内に女官が戻ってきた。

手の中には沢山の白い花が抱えられていた。

ハウッドはその中の一輪を恭しく私に差し出したのであった。


「貴方の目を楽しませる事が出来るといいのですが。」

「…ありがとう。」


他の花は女官に私の部屋に飾るように指示をしたのだろう。

一歩下がった所から彼女は着いて来る。


手折られてしまった花は長くは持たない。

私が見惚れたばかりにこの花は寿命を縮ませてしまった。

それは残酷な事ではあったけれど、疲労していた私の心をほんの僅かに癒したのだった。


「花がお好きなら、部屋に飾り付けるために手配をしましょうか?

白だけではなくもっと色鮮やかな花を幾らでも用意させる事が出来ますが。」

「いいわ。」


そうして、私はハウッドの方向を振り向いた。


彼の青い瞳と目を合わせると、

貴方の提案を非難している訳ではないと言うのを伝えるためにゆったりと微笑む。

聖女らしさと年頃の少女の愛らしさが入り混じったその微笑みは鏡の中で何回も訓練した物だ。


「気を遣わせてしまったわね。これだけでも充分素敵だわ。

それにこれ以上は花が可哀相だもの。」

「…左様ですか。」


ハウッドの様子が可笑しい。

何時もなら自信満々に見返してくるのに、

眩しい物でも見たかのように目を逸らしてしまった。


そう言えば、この作り笑顔をハウッドに向けたのは初めてだったかも知れない。

プレイボーイらしきこの男が私の笑顔に照れたとでも言うのだろうか。


それこそまさかだ。


クレイグに見せた時は上手に猫を被っているなとすら言われたのだ。

あの時の顔は本当に憎々しくて、心底ムカついた物だ、

だけれども、同時に軽口を叩いてくれるようになるぐらいは親しくなったのが嬉しかった。


クレイグと離れてから彼の事ばかり考えている。

その理由をまだ私は分かっていなかった。


部屋に戻ると、女官が花を飾り付ける仕事に移った。

細工が見事な花瓶を取りだして、水を汲んで来るつもりだろう出て行った。

ハウッドはすぐに部屋を出ていくだろうと思ったが、予想外の事にまだそこに佇んでいた。


「ハウッド?」

「私の事を名字で呼ぶのですね。」

「ええ、そうだけれども。問題があったかしら。」

「仕事上で支障が出る事はありません。けれど前任者の事は名前で呼んでいたでしょう?」

「それはクレイグの名字を知らないからよ。」


私がそう言うと、ハウットははっとしたように顎に手を当てた。


何なんだろう。

ひょっとして、クレイグに対して対抗意識でも持っているのだろうか。


「エルキー。」

私が呟くと、彼ははっとしたように顔を上げた。

何事かを考えていたらしいがそれを邪魔してしまったかもしれない。


「呼び名はこれでいいかしら。」

そう尋ねると、彼は少し動揺したかのように目元を赤くさせた。

それから、妙な事を行ってしまってすいませんと言って頭を下げた。


エルキーの事だ、感謝の言葉を気障ったらしく並べると思っていたが違っていた。

それに違和感を感じるよりも早く、花瓶を持った女官が部屋に戻ってきた。

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