12、新しい騎士候補(前編)
あれから私の体力の回復を待って、古城に帰還する事になった。
一度私を見失った不安だろうか、クレイグは傍を離れようとしなかった。
野営の最中ですら、眠っている私の隣に座っていた。
体と体は触れてしまうぐらい至近距離で、それが睡眠の到来を遅れさせていた。
掠めてしまった腕が熱いなんて気のせいだと私は精一杯自分に言い聞かせていた。
いずれ、私は元の世界に帰る人間なんだから必要以上に心を傾けてはいけない。
それでもほんの僅かに覚醒するたびに、辺りを警戒して起きている彼の横顔が目に入った。
狸寝入りのふりをしながら、闇夜に浮かぶ白い相貌は整っている事に否応なく気付かされる嵌めになった。
何よりも金の瞳の蠱惑的な魅力に逆らえる気がしなかった。
古城に着いたのはそれから数日後の事だった。
私とクレイグは帰ってきて早々、この城の主であるキートに呼び出されることになった。
正直な所、考えが読めない彼の事は苦手だ。
それでも私が行方不明になった時に割いてくれた人員の事を考えると嫌とは言えなかった。
疲れている体を引き摺って、無理矢理この城の最奥にあるキートの待ち受ける部屋に行く。
来るようにと指定された部屋が部屋だけに、
何か人には聞かれたくない、内密な話があるのではと勘繰ってしまった。
ドアを開けると、部屋の中にはキートと見知らぬ男性がいた。
20代前半ぐらいだろうか。
くすんだ金糸の髪に夜明け前の空の様な瞳を持ってるのが特徴だった。
平凡だが、やや甘さを感じさせる顔立ちは年頃の女の子に好かれやすそうだった。
如何にも育ちがよさそうな身なりにすんなりした体を持った彼はどこか牡鹿の様な印象を受けた。
「姫巫女殿、お座りになって下さい。」
柔らかく促すキートの声に気を緩めまいと意識をしながら、
恐らくは良質な材質を使っているのだろう座り心地の良い贅沢な作りの椅子に腰かけた。
クレイグは護衛らしく、私のすぐ後ろで直立不動でたっている。
初めは慣れなかったが、騎士がある時と同じ席に着くのは基本的に有り得ないのだと言う。
見知らぬ青年も同じようにキートの後ろに控えている所を見ると、騎士なのかもしれない。
ふと、青年と目があって微笑まれた。
私が訝しげに見返すと苦笑を返された。
…一体何なのだろう?
基本的に私は教団内では聖女として崇められているので、
特に見知らぬ人間からは目を合わすのすら畏れ多いと言う対応をされることが多い。
正直な所、この男の様にまるで普通の女の子にするように微笑まれたのは初めての事だった。
「姫巫女殿、無事のご帰還何よりです。」
「いいえ、ご迷惑をお掛けして申し訳ないです。」
私がそう言うと、キートはゆるりと首を振った。
それから、心底嘆かわしいと言う風に溜息を吐いた。
その演技的な振る舞いの後ろに何かがあると直感をした。
「いいえ、今回の事はこちらの手落ちです。
我等の中にあのような愚行を働く物がいるとは考えもつきませんでした。
それに加えて、クレイグが騎士として貴方を守れなかったのも失態です。」
「それは私が自分で人目のない場所に行ったから…。」
「それは理由になりません。」
ぴしゃりとキートは私の発言を遮った。
その厳しさに一瞬怯んでいる内に話は続けられた。
「主が一人になりたがったとしても影ながらお守りするのが役目です。
それが出来ないようであれば、騎士失格であると言ってもいいでしょう。」
そこで言葉を区切り、そして再び話し始めた。
「そこでクレイグ、お前は一度姫巫女様の騎士としての任を解く。
謹慎をして、自らの行動を省みなさい。」
「畏まりました。」
そう言って、クレイグは目を伏せた。
辺りを重苦しい沈黙が漂う中で私の中でふいに閃く物があった。
「そちらの男性がクレイグの代わりに私を護衛するのですね。」
「姫巫女様は聡明でいらっしゃる。
こちらの男の働き次第では正式に騎士として仕えさす事も考えております。」
「…彼は。」
「はい?」
「そうなった場合、クレイグはどうなるのですか?」
「別の主に仕えてもらう事になります。巫女に仕える騎士は一人だけと言うのが決まりなのです。」
騎士の称号を持っていない人間を護衛として動員する事は可能ですがな。
外に出ている時や儀式の最中はともかく、城の中でそこまで警戒する必要性はなかったのですよ。
そう穏やかな声音で話を続けているキートを尻目に、
日常的にクレイグに会うことが出来なくなるかも知れないと言う事に大きなショックを受けていた。
「ご心配なさらずに。この男は優秀ですよ。」
私の様子が可笑しかったからか、キートにそう声を掛けられた。
それによって我に返った私のすぐ目の前に金糸の髪を持った男が来た。
そうして、そのまま床に片膝を膝を折るとそのままの体勢で見上げてきた。
「お会いできて光栄の極みです、聖女殿。
エルキー・ハウッドと申します。以後、よろしくお願いいたします。」
そうして彼はニッコリと微笑むと、
私の片手を取って恭しくそこに接吻をした。
年頃の女性なら誰でも憧れる様なそのシュチュエーションに目の前が暗くなるのを感じた。




