11、騎士を男性だと意識しました。
ドクン、ドクン、ドクン、
クレイグの心臓の音が間近に聞こえてくる。
何時も間にか彼の手が私の肩に周っていて、抱きしめ合う様な格好になっていた。
微かな緊張感とそれを上回る安堵に包まれながら、
私は気になっていた事を口にした。
「私を誘拐した人達は一体どうなったの?」
「何故、そんな事をアケミが気にするんだ?」
クレイグは心底分からないと言う顔をして私を見返した。
金色の瞳は澄んでいて、皮肉を言っている様には見えなかった。
その事が却って、私の背筋をぞっとさせた。
「私にナイフをくれたの。」
「何の話なんだ?」
「危ない状況下で私を気遣ってくれたと言う事よ。
少なくともぞんざいには扱われなかったし、安否が気に掛るのは当然でしょう?」
「貴方は分かっていないんだ。」
クレイグは大きな溜息をついて、
無知な子供に道理を教える様に話し始めた。
「危険な状況に晒されたのは彼等のせいだ。一歩間違えば、死んでもおかしくない状況だった。
助かったのは奇跡的な事なんだ。傍に付いていなかった事をどれだけ後悔したか貴方には分かるか?」
「…心配してくれたわけ?」
私が目を細めると、彼は強い目線で見返した。
緊迫した空域を感じて、自然と背筋が伸びていく。
「騎士としての名誉の問題だ。主を死なせるなどと言う事は許しがたい失態だ。」
「…そう。」
私がそう言うと、
クレイグは自分を抑え込むように息を吸って、吐いた。
異世界の常識がないと言うのはこういった時に不便だと思う。
彼にとって仕えるに値する人間で有りたいと思うがそれがどういった人物なのかは分からない。
今回の事件は私が安易に人気のない所に言ったから起きたとも言えるのだ。
思慮深さが足りないと思われても仕方がない。
「未熟な主で悪かったわね。これからは気を付けるわ。」
クレイグを失望させてしまっただろうか。
そんな想いに囚われていると彼が強い力で腕を掴んだ。
「今回の一件は私の責任だ。
アケミは自分で身を守れないのだから、離れるべきではなかった。」
「だったら、お互い今後は注意をするという事でいいでしょう。」
そして私は話を仕切り直した。
「誘拐犯達は如何なった訳?」
「…亡くなりました。死体は酷い状態でしたが教団の人間だと確認が取れた。被害は彼等を含めて数人だ。
これは完全に瘴気に侵された人間に集団で襲われたにしては記録的な被害の少なさだ。」
「如何して?」
「何だ?」
「如何して被害者が少なかったの?私に関連している事でしょう?」
「ええ、貴方は強い巫女の力を持っている。
それに惹きつけられたアレらは村から離れたアケミを追って、集団で移動したのです。
そのおかげで犠牲者はかなり抑えることが出来た。これは誇りに思うべきことだ。」
クレイグは私の事を褒める様な口調でそう言ったけれど、
けれど、
それならば、
「私がもっと早くに村から離れていれば、彼等は助かったと言う事よね。」
「理解できないな。」
「え?」
呟かれた彼の言葉に私は思わず、間抜けな声を出した。
クレイグの声には怒りが含まれていたからだ。
「本来はあいつらの行く先などアケミが気に掛ける事すら有り得ない話だ。
如何して誘拐犯の為にそこまで出来る?大体、貴方は誰かれ構わず情を移す。
元の世界ではそれが普通の事なのか?」
「普通の事ではないわ。」
「だったら。」
「ちょっと待って。」
私は彼の前に手を差し出して話したい事を整理する。
この世界と私のいた世界の大きな違い、それはー。
「クレイグ、元の世界は治安の悪い地域もあったわ。
それでも、私の育った国では人が傷ついたり、死んだりすることは特別な事だったの。」
「…想像がつかないな。余程、安全で恵まれた環境だったと言う事か。王侯貴族のように?」
「こちらの基準で行ったらそうかも知れない。」
そう言うと、彼は大きな溜息を吐いた。
そうして軽く目を伏せて、話を続けた。
「私は特権階級の連中が嫌いだ。甘やかされて育っているからな。
アケミもそう言うたぐいかと思ったが、義務をこなそうと頑張っている姿を見ると違うと考えた。」
「もし、私がそうなら割り切って接しようと思っていたでしょ?」
沈黙は肯定の証だった。
私が見知らぬ他人に情を示す度に怪訝そうにしていたクレイグを思い出す。
彼にとっては無用な甘さに見えていたのだろうと思い至った。
切羽詰まった環境で育ったであろう彼には酷く苛立ちを感じさせたに違いない。
「私と距離を置きたい?」
そう聞いたのはクレイグの事を思いやっての事だ。
私はこれまで彼の事を頼りにしていたし、ささやかな会話を楽しみにしていた。
けれど、それが自分の独りよがりでクレイグにとって負担になっているのだとしたら続けることは出来なかった。
「もう、遅い。情が移ってしまった。
居なくなったと聞いて、冷静な思考を保てない位は好意を持っている。」
淡々と告げられた言葉に私は固まってしまった。
そこまで思い入れをされていたとは想像していなかったのだ。
何よりも告白めいた言葉に掴まれた腕が急に熱く感じ始めて、至近距離にある彼の顔を見られなくなる。
ああ、この人は男性なのだ。
そんな当然な事を改めて体の芯から理解をした。




