1、異世界に召喚されました。
私、木下明美は普通の女子高生だった。
一般的な家庭で育てられ、普通の公立高校に通っていた。
クラスの中には幾人かの友達がいて、アルバイトもしていた。
何時までも続くのだろうと思っていた私の退屈な日常はあっさりと破られた。
初めて異変を感じたのは下校をする時だった。
電柱から延びていた影が動いていたように見えたのだ。
その時は見間違いかと思い、友達の話に適当に相槌を打ちながら帰った。
その日はそのまま家族と夕飯を取り、明日の科目の準備をして眠りに就いた。
次の日は私はそんな事があったのをすっかり忘れていた。
偶々、買いたいCDがあった私は帰宅途中に友達と別れて1人になってしまったのだ。
近道をしようとして、普段は通らないビルの隙間に入った時だった。
妙な気配を感じて私が振り向くと周囲には猫一匹いなかった。
当然と言えば、当然の話でここの抜け道を知っているのは私と幼馴染位の物だった。
勘違いかと思い、前に進もうとした時だった。
生温かい何かに足を掴まれたのだ。
変質者でも出たのかと思い、
後ろを振り返ると私の影から出ていた生白い手が足を握っていた。
一瞬呆然としたが骨が折れそうな位強い力で握られすぐに正気に戻った。
それでも金縛りにあったように動けない体を影から出てきた、
男らしき手、女らしき手、子供らしき手、
とにかく老若男女を問わない数百の手が私の体を這いまわり引き摺りこもうとした。
凄まじいまでの圧力に耐えかねた私はあっけなくバランスを崩し、自分の影へと飲み込まれたのだった。
ゴポン。
ゴホ、ゴホン。
微かに目を開け、自分が水の中にいるのを理解した。
微かに揺らめく陽光を頼りに必死になって浮上を目指す。
水泳は苦手だったがそんな事は言ってられない、遮二無二になって手と足を動かす。
そうして一瞬水面上に顔を出し、必死に息を吸い込んだ。
半ば溺れかけてもがいている私の腕を男の人らしき大きな手に掴まれた。
ずるり、
そんな音が相応しいぐらいの強引さで地上に引っ張り上げられた。
ずぶ濡れのセーラー服が体に張り付く惨めな姿でお礼を言おうとして顔を上げた。
引っ張り上げた手の主は男だった。
随分と長身で一昔前の軍服の様な格好に身を包んでいる。
その格好も十分異様だったが一番特徴的なのはその瞳だった。
艶やかな黒髪に厳しそうな面持ちをしている男の瞳は狼の様な金色をしていた。
思わず見惚れて呆然としている私に丸い飾り気のないペンダントを差し出された。
訳も分からずに受け取ると男が頷いて、話しかけてきた。
「それを持っていて下さい。貴方の物です。」
やや掠れた低温の声で囁かれて私は呆気に取られた。
だから、私達を取り囲む黒いフードの集団がいるといると言う事に気が付かなかったのだ。
「お会いできて光栄です、姫巫女殿。われらの教団に歓迎いたします。」
そう言って金目の男が私の手を恭しく取ると黒フードたちは一斉に跪いた。
現実離れした光景に目の前が真っ暗になった。
周囲の黒フード達がぴったりと取り囲んでいて、逃げようにも逃げ出す事が出来なかった。
この人達が何処かの宗教の教徒達であることは分かったが、何故私を姫巫女などと呼んだのか分からない。
下手に逃亡して、彼らを激昂させたとしたら危険な目に合わせられるのは私自身だろう。
ここは従順に従うふりをしておいて、隙を見て逃げ出すのが一番だろう。
私はそう考えた。
深い森の中を徒歩で移動していると急に強い風邪が吹いた。
思わず震えてしまった私に気が付いたのだろう、金目の男と目があった。
彫の深い顔立ちは何処からどう見ても外国人を思わせた。
ここは一体どこなのだろう、そんな事を考えていると声を掛けてきた。
「大丈夫ですか。よろしければこれをお使いください。」
「…ありがとうございます。」
好意を辞退するのも憚れて、彼の上着を受け取った。
堅く分厚いそれは私の濡れた体を確かに風から守ったのだった。
着いた所は随分と年季の入った古城だった。
それはまず日本では見られない物でますます自分の所在地が気に掛った。
城に入った途端、私は大勢の女性達に取り囲まれた。
静かに一例をしている彼女達に混乱した私は縋りつくようにして隣にいた金目の男を見た。
「彼女達は貴方の女官です。お好きに使って下さい。
そのままの格好だと風邪を召してしまいますから、湯あみの手伝いをさせましょう。」
ゆあみ?
その聞きなれない言葉を頭の中で反芻していた私は、
あっという間に女官たちにお風呂場に連行されてしまったのだ。
彼女達が服を脱ぐのを手伝うとするのやっとの思いで断った私はようやく湯に浸かれる事が出来た。
彼に貰ったペンダントは後で返さなくてはいけないと思っていたので、脱衣所の目立つ場所に置いていた。
お風呂に浸かると自然と体の緊張が緩んでいくのを感じる。
ここは一体どこなのだろう。
そしてこれからどうなるのだろう。
そんな思考を巡らしていた私は強烈な眠気に襲われた。
寸での所で堪えて湯船から上がる。
そのまま私がお風呂から上がるのを待っているらしい女官たちの所に行く事にした。