首相官邸に行きました。
そして「帝都・東京」に我々「中華連邦の指導部」は今降り立ったのだ。さて今我々は「東京駅」に要る所である。
ま日本側から「SP」が我々を警護をしています。そう言えば「SP」と言う概念自体は「戦後」に成って出来た物なんだって、
歴史の教科書では載って入なかったが「首相襲撃事件」が起こった御蔭で「警視庁」が要人警護をする為に出来たとか。まあ其処まで俺は詳しく無いんだがな。
さて俺達は一旦は「国会議事堂」では無くて「首相官邸」に向かっています。其処で「大日本帝国」の「首相及び各大臣」とのご挨拶をして回らなければ行けません。
さて史実の世界なら「幣原・喜重郎」と言う人物が「総理大臣」と成って要る時期である。
さて史実の「幣原・喜重郎」と言う方は「大阪府」の「豪農「裕福で金銭的ゆとりの有る農家」の息子として「1872年」に生まれました。
彼は軍人では無く「外交官」の出の人間でした。」さて史実道理に「幣原・喜重郎さん」なのか?
ハタマタ「軍属」の出身の人間「東条英機・嶋田繁太郎・辻正信・南雲忠一」の誰かなのか、ハタマタ史実道理の皇族の「東久邇宮 稔彦王」なのか?
よし首相の顔が楽しみだな。そう言っていると、やっと「首相官邸」に到着をする事が出来ました。
今「乗車」をしている「車」は愛知県で有名なあの自動車会社の「車」だそうだ。
それにしても乗り具合は多少痛いんだよな 、まあ現代の乗り具合を知ってしまった「俺」では、まあ無茶な相談だよな。
さて「大日本帝国」の首相が現れました。それで「大日本帝国の首相」がこう述べました。
「これわ、これわ、ワザワザ海を越えてご足労を掛けました。さて今後の「日中友好」の為に同じアジア人の為に頑張りましょう。
そして嘗ての「アメリカ」の傀儡で有った「日本連邦」の行為をどうか恨まないで下さい。
それで嘗ての不幸を水に流して、円滑的に両国の関係を築きあげましょう。」と言った。
さて俺以外の「中国共産党の幹部の連中」は非常に苦い顔つきで「引き攣った笑い顔」をしていた。
まあ「中華民国」を叩く為と言う御題目で「日本軍は中国軍」を銃殺をして「血を血で洗う」関係で有りました。
それで「別の国家だったんです」や「アメリカに操られて不本意ながら仕方が無く攻めて殺しました。」と言って「中国人の皆さん、どうも「すみません」でした。」と言って簡単に許してくれるだろうか。
まあ自分は「虐殺」を見た事が無いし「日中戦争」を味わった事が無いからなあ。俺からして見ても「過去」の出来事だからなあ。
それで俺は大日本帝国の首相に「お互い新たな「日中関係」を作り励む努力をしましょう。
そうそして、新たな「東亜新秩序」を「日中」の手で広めて行き「地域の安定化」に努めましょう。」と史実の「中華人民共和国」と「大日本帝国の「興亜論」」両方に対する「皮肉」を込めながら「大日本帝国の内閣総理大臣」に言葉を送り返しました。
そうしたら「日本の内閣総理大臣」が「毛主席は日本語がお上手ですね何処で習ったんですか?
まあ其の事については後で聞かせて貰いますので宜しければ「明日」は暇でしょうか?
それと出来るなら他の「中国共産党」の幹部の人々を露払いをして貰い替わりに「1人」で私達の所に来てもらいまして
我々で今後の「日中関係」を話したんだけど宜しいでしょうか。」と「日本の内閣総理大臣」から直々使命を喰らいました。
そうしたら「毛さん、どうせ「転生者の同胞」がお前さんを指名をしたんだろう、
それで「毛さん」よ出来るなら「今後の中国人」の為に「親中派系の日本人転生者」にコネをたっぷり売っといておいてくれよ。
今の「中華の発展」の鍵は「毛さんの前世の記憶」と「日本人転生者」に掛って要るんだからな。」と他の「中国共産党」の人達が「絶対にヘマをするなよ!!」と「口を酸っぱく」して応援をしました。
やれやれ俺の身に成って考えてくれよ「1対600人以上」なら「中国人」の要望なんぞに通る訳が無いのによ。
さてボチボチ明日「同胞」の面構えを見に行きますかね、明日か明日が楽しみだな。
それにしても「大日本帝国」は如何やら発展をしている辺りを見渡せば「東京タワー」見たいなのが存在をしている。
如何やら此の世界での東京は史実以上に発展を成している様だ、我々の「中国大陸」と比べてしまうと矢張り「東洋の都」と呼ぶにふさわしい。
どうやら「日本人転生者」は日本を好き勝手にいじって要るんだろうな、でもなあ「アメリカの日本支配」で「アメリカ文化」がちゃんと根付いて要るんだろうな、だから「ハンバーガー」や「ホットドック」何か案外ありそうだ。
まだ首相の人物が浮かばなかったんで暈しました。




