外伝・・・その後のイギリス「斜陽の老帝国」
さて「グレートブリテン島と北アイルランド」から成る「島国国家」である「イギリス」事実の世界では「第一次世界大戦」でも「第二次世界大戦」でも「本土上陸」は有りませんでしたが、
この世界の「第一次、第二次」両方とも「本土上陸」をさせられた挙げ句に「本土占領」もさせられていました。
だから、イギリス人は「ジャガイモ野郎はくたばりやがれ!!!」と公共の場所で「ドイツ人への罵倒」が生活習慣の一つとして数えられる程「ドイツ人とドイツの文化」への「批判と侮蔑」が途轍もなく強いです。
さて、この世界の「第一次世界大戦」の「イギリス帝国」は本国の「ブリテン島」が壊滅的な被害を被りました。
では何故「ブリテン島」は壊滅的被害を被ったのだろうか?それを理解する為には「第1次世界大戦」の流れを理解をしなくてはいけない。
此の世界での「第1次世界大戦」では残念ながら「イギリス政府」は「ドイツ・フランス」の占領下のままでした。
だが「亡命イギリス政府」は最初の段階は「カナダ」で「本国復帰の時」を虎視眈々と待っておりました。
だがカナダは「カナダ内戦」と言う「イギリス系カナダ人」と「フランス系カナダ人」の内戦を繰り広げて「同盟軍」にカナダは最終的に占領をさせられました。
だから「イギリス王家」は「オーストラリア」を「オーストリア帝国」として「オーストリア」を独立をさせました。
その「亡命政府の本土復帰」が叶う事に成ったのは「第1次欧州大戦」の後に成ってからである。
それで、事実には無かった「第1次欧州戦争」後に史実同様に「オスマン・トルコ」が敗北をして「イラク・パレスチナ・シリア・ヨルダン」の地域は事実通りに「英仏統治」で管理をする事に成りました。
この世界の「フランス」は「ドイツ帝国」と共に「イギリス本土」を「統治」をした関係上、フランスは「本土保障とアルザス共和国の併合」のみだったので、
上記の「イラク・パレスチナ・シリア・ヨルダン」の地域はイギリスが一人で「管理」をしなくちゃいけなくなりました。
だがこの世界の「先程述べた国家」は第一次世界大戦の時には「独立国と」して否正確に言えば、もう存在はしていました。
さて此の世界での「ユダヤ人」は「パレスチナ」には「イスラエル建設」は残念がらしませんでした。
では多くの「ユダヤ人」は「満州」の大地で「満州合衆国」として「国家の樹立」を成しております。
だから此の世界での「ユダヤ人」は因縁深い「欧州列強」の戦争には基本「対岸の火事」状態でありました。」
其れにより、イギリスは「管理」に旨みが無い事から(石油は有ったが現地の抵抗や「独立させろ」の声も激しく「反英化」の波が非常に高かった)ので
「イギリス帝国連邦」の「一共和国」としてと「英国軍の駐留」と「内政干渉」の条件付きで、「1928年9月21日」に上記の地域を「独立」を指せました。
だが、それらの地域で取れる「石炭や石油」は全てイギリスの大手の石油会社が事実道理に全て独占をしました。
さて、時は少し戻しての「1929年6月」に「イギリス連邦」から独立を「1912年12月14日」に勝ち取る事が出来た「アイルランド」は「アイルランド共和国」として「第1次世界大戦」時に「同盟国」内で「独立承認」を認められていました。
だが「第1次欧州戦争」で「帝政ドイツ」を組した事で「北アイルランド」を奪われた挙句に「イギリス連邦」に再度吸収をされる事に成りました。
有る事件が発生をして「アイルランド人」は「反イングランド感情」が高まりました。
このアイルランド人のイギリス政府に対しての暴動を「第2次イギリス内戦(1929年6月9日ー1931年8月6日)」と後生の歴史の教科書では乗っている。
さて余談と成ってしまうが「第1次イギリス内戦」の概要を書かなければ行けません。
この「第1次イギリス内戦」は早い話で言うと「第1次世界大戦・イギリス戦線」の際に「アイルランドとスコットランド系の兵士」が一勢に「イギリス政府」より正確に言えば「イングランド王国」に反旗を翻したのが「第1次イギリス内戦」と言われております。
又「アイルランド・イングランド戦争」と言われております。この「アイルランド・イングランド戦争」は「イングランド政府関係者」は長く続く事は無いだろうと最初は思っておりました。
さて、どうしてこの暴動が起きたのかはイギリス軍人達ちによる出稼ぎ「アイルランド人」労働者へのリンチ事件で有った。
それ以前にも、差別的な政策は起きていたがこの労働者が「18の女性組み3人」と言うのが「此の事件」で大きく「ピックアップ」される事に成りました。
それで多くのアイルランド人は有る法案を「アイルランド議会」に提出をし可決をする事にしました。「イギリス連邦からの懲罰と北アイルランドの占領」で有る。
もちろんの事、この武装蜂起は「アイルランド人」が自ら「決起」をした訳では有りませんでした。
さて「第1次英愛戦争」の行方を書かなければ行けません。「アイルランド」は「第一次欧州戦争」で「ブリテン島」に侵攻をしました。
正直述べますと何も「アイルランド」だけが「イングランド」に対して「宣戦布告」をした訳では有りません。
では他の国で「対イングランド宣言」をした国は何処かと言われればそう「スコットランド」も「ウェールズ」も「対イングランド」宣戦布告をしました。
実は「スコットランド」も「第1次世界大戦」の際に「1912年12月」に「独仏同盟軍」により「スコットランド共和国」として「分離独立」をしていました。
同じく「ウェールズ」も「第1次世界大戦」の際に「1912年12月」に「独仏同盟軍」により「スコットランド共和国」として「分離独立」をしていました。
だが「アイルランド共和国」とは違い「第1次欧州戦争」の時に「スコットランド」「ウェールズ」は「中立宣言」をしておりました 。
だからこそ「アイルランド共和国の北アイルランド割譲」見たいな憂き目には合いませんでした。
此方の「スコットランド・イングランド戦争」や「ウェールズ・イングランド戦争」は「アイルランド・イングランド戦争」とは違い「陸戦」が主体と成って戦っております。
そして実の事を言えば「イングランド兵」は最初方は「押されていました」何故押されて居たかを述べなくてはいけません。
其れは大きな理由が2つ有りましす。
「1つ目は第1次欧州戦争時に「スコットランドとウェールズの中立国宣言」で「スコットランド・ウェールズの兵力温存が出来た事」
2つ目は「シベリア戦争」の際に「アイルランドもスコットランドもウェールズも「干渉」の不参加をした事」 」
この2点により「スコットランド」は「イングランド兵」に簡単に敗れる事もなくそして「アイルランドとウェールズの連帯」で「イングランド王国」に対して「粘り強い抵抗」をしました。
だが天は「イングランドとスコットランド、ウェールズ」には見方をせずに「イングランド王国」に対して微笑みました。
何故「イングランド王国」に微笑んだかを書かなければ行けません。
理由は「イングランド王国」が「アメリカ合衆国に支援を求めた事」そしてもう1つの大きな理由が
「イングランド王国」は周辺国に対して「少数民族」が此れを機に「民族の独立」活発化をがする。
だからこそ、其の「少数民族の独立運動の芽」を早い段階で摘むべきだと言う演説をしました。」
このお蔭で「アメリカ合衆国」と「フランス」が「スコットランド・アイルランド、ウェールズ」に攻撃をして「鎮圧」をさせました。
さてその後の「アイルランドとスコットランド、ウェールズ」を書かなければ行けません。
当然「独立国家」としては完全に無理に成りましたので「イギリス連邦の一部」として存在をするしか有りませんでした。
だが「イギリス政府」は「アメリカ合衆国」と言う大国に対して「多大な貸」を作る事に成りました。
その結果「イギリス・ポンド」は「イギリス内戦」により「信頼度の低下」が可なり下がりました。
だから「多くの証券業者」が「ひもなしバンジー状態」と成りましたので「ポンドの信頼低下」は「イギリス内戦」により確実なものに成りました。
それで、一般のイギリス人は「ドイツ連邦」が黒幕だ、と「新聞屋」が馬鹿みたいに騒ぎ立てて「反独感情と反愛(反アイルランド)感情」がウナギ上りと成りました。
だが「ドイツ連邦」はソンナ目に見える暴動を指示した覚えも無くて、完全に濡れ衣を着せられて仕舞いました。
さて、この「アイルランド内戦」又一連の「イギリス内戦」の「黒幕」は意外や意外に「イギリス政府」が仕掛けました。
どうして、この茶番をしだしたかと言いますと「挙国内閣の実施と戦争経済」の為で有りました。
当然、「ドイツの賠償金」だけでは「イギリス本国」は復興する訳が無くて事実以上に「植民地」に「搾取」する経済へと移行しなければ成らなかった。
結果、イギリスの植民地に在住をしている「有色人種」の皆さんは事実以上の搾取をさせられて、事実以上に「早く」そして「大規模」の「独立戦争」をしていました。
それでは何故?イギリス政府は「アイルランド紛争」を起こさせたのは上記の理由は「あくまで建前」で真の理由は「イギリス軍の武威」を発揮させる為にワザワザ「アイルランド紛争」を起こしました。
何故「武威」を見せるかは「アイルランド共和国」は「反英正確に言えば反イングランド、親独」と言う気風が有ったのと「曲がりなりにも隣国に負ける帝国」では早い話に「植民地」に負けて仕舞うだろと「隣国と植民地の原住民」に思われて仕舞うから、「アイルランド内戦」を実行を指せました。
さて、「イギリス帝国」が「アイルランド内戦」で見事に「アイルランド共和国」を屈服出来たか?と言う疑問が出て来るだろう。
答えは「屈服は何とか出来た」である。勿論の話「アメリカ政府」の介入が有ってと付け加えなければ成らないが。
そして、先程の内戦でアメリカが介入した理由は「ナチス・ドイツのフランス侵攻」が一番の大きな理由何だけどね。
そして、事実では「東部戦線」をしなければ行けない「ナチス・ドイツ軍」の全ての戦力を「イギリス本土」に向けさせられました。
こうして、イギリスは2度目と成る「本土上陸」を許してしまいました。そうして、ナチスドイツは「全ての植民地を破棄しろ!!」と言う
「早い話、言う事が聞かないなら「イングランド王家」をこの世から消すぞオラ!!」と言う、しっぺ返しをもろに喰らいました。
さて此の世界での「大ドイツ連邦軍」の「ブリテン島の占領」は「1940年の12月」でありました。
だが残念な事に「第1次世界大戦」の時とは違い「アメリカ合衆国」の「対英義勇軍」は違い「第2次世界大戦」の時は「アメリカ軍」は「対英支援」をする兵力が割く事が出来ませんでした。
だからこそ「イングランド王家」は「オーストラリア」に亡命をする事に成りました。
こうして、イギリスは嘗ての栄光を全て失う事と成りました。




