プロローグ
額に流れる汗を拭い、回りを見渡せばパーティメンバー達が、それぞれの武器を手に取り、ある一点を睨んでいた。
巨大な翼が振り払われ、倒れた木々に土が舞い上がり、視界を奪った。
暴風とともに砂嵐が起こり視界が悪くなる。
「ナルシア!!大丈夫か!?」
「問題ない!」
パラディンのロイは前に出て自分と同じ位ある鋼鉄の盾でワイバーンの放ったブレスを防ぐ。
ナルシアは土煙が目に入らないよう、左手を額あたりにかざしながら、右手で静かに剣を抜いた。
その後方で、ワンドを両手で掲げるハイウィザードのヒルダが声をあげる。
「視界を確保します!“春の疾風”!!」
ヒルダの補助魔法により土煙は晴れ、うっすらとワイバーンの影が現れる。
慎重に少し晴れた視界を進むと、そこには一人の男がいた。
墨で塗り潰したような漆黒の鎧に闇のマントを靡かせ、此方を睨むように佇んでいる。その闇夜の瞳は、ただ一人、ナルシアを捉えていた。
「バルデハーゲン!!」
西の魔王の名。ロイが叫び、男からナルシアを守るように前へ出る。
探索中のワイバーンの襲来は、この男のせいかと舌打ちをしたくなった。
男が片手を掲げ、パーティは戦闘体制に入った。
しかし――
空からの黒い閃光は、男の背後のワイバーンに直撃し、苦しみの咆哮が消え、灰となった其が地面に横たわった。
男は再びナルシアに視線を向け、口を開く。
「ナルシアルデ・ゼーレ・サウガ!そなたに、正式に婚姻を求む!!」
「またか!!」
思わずツッコミを入れてしまった。これで何回目だと溜め息が出る。
状況が飲み込めず唖然とするパーティメンバー達は此方を凝視する。
サウガの姓を持つのは王族のみ。つまり……
「ナルシア……君は王女だったのか」
脱力した声の主はロイ。彼はサウガ国出身で、やはりと、片膝をつき忠誠心を示そうとしているのを止めた。
サウガの国民は王族に対して他の国の国民よりも忠誠心が高い。それは一重に王家が、しっかりとした政策を執っているからなのだろう。
「やめてくれ、私はもうただの旅人だ。それより……」
ナルシアはバルデハーゲンに向き直る。1ヶ月振りの再会に男は悠々としていた。
「貴殿との婚姻は、私とサウガ現国王との絶縁により破棄したつもりだが?私は、ただのナルシアだ。国を捨てた身、私と結婚してもなにもないが?」
「関係ない。儂は、そなた個人に惚れている」
言いきりやがった……
相変わらず砂を吐きそうな台詞だこと。
ワイバーンを斬るために引き抜かれた剣は、そのままに。それを、バルデハーゲンへと切っ先を向ければニヤリと彼は笑う。
「私は、私の道を歩む。誰にも邪魔はさせない」
そう……私は、この世界に生まれ落ちてしまった事を、どれほど憎んだか。どれほど苦悶したか。
昔の記憶にあった、この世界で。まさかのヒロインという立ち位置についてしまったことに……
そして、すべてを思い出した3ヶ月の赤子は物語に逆らうことに決意した。