第六話
もう少し連日投稿続きます。
私は、ロングスカートのフリルのついたメイド服を着て必死に家事をこなしていた。
魔法はもう使えるみたいなのだけれど、結局何の魔法かは教えてもらえなかった。代わりに家事をしろと言いつけられて、よく分からないまま掃除や洗濯、料理などもやっている。
たまにロヴィアさんから呼び出されて、薬の調合をしたり、なぜか炉に入れたなんだかよく分からない金属を鎚で叩かされたり、流されるまま指示されたことをやっている。
家事は前世も含め、何もかもがやったことが無かったから、失敗続きだ。けれどどれだけ失敗してもロヴィアさんもイクサも笑ってフォローに回ってくれる。頭が上がらない。
結局魔法のこともまったく分からないまま、一ヶ月がたっていた。
その日私はいつものようにイクサと一緒に採集に来ていた。もう私も毒のあるものをとったりしなくなったし、研究所の周りだったらどこになにがあるかも大体分かるようになっていた。
「ねぇヤシロ、今日はちょっと遠くまで探しに行ってみない?」
採集の最中、イクサが私に声をかけてきた。
しばらく一緒に過ごしたせいか、イクサも気さくに話しかけてくれるようになった。であったころの片言が嘘のようだ。
「んー、ロヴィアさんが良いよって言ってくれたらね。イクサは午後魔法の練習するんでしょ? もしかしたら遅れちゃうかもしれないじゃん。それに今日はヒヨもお留守番してるでしょ。あんまり遅いと寂しがらないかな?」
「そうだね。わかった、ママに聞いてく・・・・・・る・・・・・・・・・・・・」
なぜかイクサの語尾が小さくなってどうしたのかと目を向けると、彼女はどこか遠く、私の後ろを呆然と見つめている。
「どうしたの?」
「おっきい猪」
ヤシロの示した方向へと私も顔を向けて、愕然とした。
そこには、私が今まで見たことも無いほど大きい、山と同じくらいのサイズの猪がいた。
「あんなに大きいの、この森じゃ見たこと無い・・・・・・」
ふだん、イクサはこの森の魔物や動物を『お肉』と呼ぶ。それは言葉通り、イクサがどれだけ油断していてもこの森の生き物はイクサの敵にはならないからだ。そのイクサが、はっきりと『個体』と認識した相手。
その猪はあまりにも大きすぎて、距離感が曖昧になるくらい。
大体二、三キロほど離れたところにいるんだと思うけど、本当にその距離であっているのかも分からない。
さっきまであんなのいなかったのに・・・・・・。
ぶるるっ。と身震いした猪は、一瞬その巨大な体躯を止めたかと思うと、吼えた。
「ブオォォォォォ!」
その咆哮のあまりの大きさに、猪の足の木々がなぎ倒されるのが見えた。
ビリビリと大森林が震える。
「ふぇ・・・・・・」
イクサも腰を抜かしてしまったようで、ぺたりと尻餅をついている。
こちらを向いた猪―――――目が合った。
全身からぶわっと嫌な汗が噴き出した。
次の瞬間には猪の体がぶれて、気付けば私たちの頭上に大きな影が出来ていた。
けれどそれは一瞬だけで、気付けば影が消えていた。
なぜかはすぐに判明した。
森の奥から、猪の巨大な牙が木々をなぎ倒してイクサへと向かっていく。それが私にはスローモーションのように映っていた。
私たちをなぎ払おうと頭を振りかぶったために、頭上からは消えたのだ。
衝動に駆られ、イクサのもとへと走る。彼女はまだ迫りくる危機に気付いていない。それにもし気付いていたとしても、腰を抜かしていて逃げられない。
私は手を伸ばす。
届け。
――――――届けぇ!
私の手がイクサを突き飛ばす。
良かった。間に合った。
そう思ったのもつかの間、猪の牙は私へと吸い込まれるように突き立った。
「ヤシロォ!」
イクサが叫ぶのが聞こえた。
――――ああ、これ、死んだな。
吹き飛ばされて、木々をへし折りながら飛ばされる。
私が覚えているのはそこまでだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヤシロ! ヤシロヤシロヤシロォ!」
気付くと、見慣れた天井があった。
そんな私に、イクサが抱きつくようにのしかかる。
「良かったよぉ・・・・・・ヤシロ、生きてた」
「ちょっと、どうしたのイクサ?」
わんわんと、顔を真っ赤にしながら涙をこぼすイクサ。鼻水もたれて、いつもの可愛らしい顔が汚れてる。
ポケットに入れていたハンカチで拭いてあげるといくらか落ち着いたようで、まともに話せる状態になった。
「ヤシロ、吹っ飛ばされたの。覚えてないの?」
ああ。
そうだった。
イクサにいわれて思い出した。イクサをかばって巨大猪の牙に突き飛ばされたんだっけ。
よく生きてたな、私。
「イクサも無事だったんだ。よかった。ところで、あのでっかいのはどうなったの?」
「ママがやっつけた」
「・・・・・・はい?」
「全身氷漬け。お外見てみる? まだあるよ」
イクサが指差したほうを窓から見る。
そこには、氷の彫像のように全身が氷漬けにされた巨大な猪が置物のように置いてあった。
・・・・・・・・・・・・ロヴィアさん、貴方何者ですか?
「ママー、ヤシロおきたよー!」
イクサがロヴィアさんを呼ぶと、彼女は二階から降りてきた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
まるで何事も無かったかのようなロヴィアさん。
「・・・・・・・・・・・・聞きたいことがいろいろあるんですけど」
「まあそれは後にしないかい? イクサの話だと、ヤシロはあのでっかいのに突き飛ばされたんでしょ? そのときの衝撃で気絶してたみたいだから、もう少しゆっくりしていなよ」
「・・・・・・そうします」
「けど、何の身体強化もしていないのに無傷なんて。ヤシロはすごいよ」
「本当になんで私生きているんでしょう?」
「ヤシロの魔法のおかげかな?」
「はい? 私、魔法はまだ使えませんけど」
「ああ、正確に言うとね、ヤシロの魔法適正のおかげなんだよ」
余計に分からなくなった。何で私の魔法の適正が私が無傷なことにつながるんだろう?
イクサも分からないみたいで、きょとんとしている。
「この際だからちゃんと説明しようかな」
「始めからそうしてください」
「経過観察してたんだよ」
「ママ、ひどい。ちゃんと教えてあげればいいのに。あたしもまだヤシロの適正のこと聞いたことない」
「そんなにせかさないでよ。えっと、この前魔法の適性を調べたでしょ。あれ魔法以外の適性も調べられるんだけど・・・・・・」
お尻にさされたアレか。
もう二度とされたくない。
「イクサの適正ね、攻撃魔法と回復魔法、あと攻撃系のもの以外全部だったんだ」
その答えに、私もイクサもきょとんとする。
えっと、つまりどういうこと?
「つまりだね、何でも出来るってこと」
ロヴィアさんはどこからか石版を取り出してきて、そこに金属の棒でがりがりと書き出した。
「適性が無い魔法もまったく使えないわけじゃない。ヤシロは攻撃魔法は大して使えないけど、属性ごとの魔法は出来るし、回復魔法は出来なくても補助魔法も付与魔法も出来る。鍛冶や錬金術だって出来るんだ。家事でも釣りでも製薬でも服飾でも何でもござれ。一生勤め口には困らないよ」
「お菓子屋さんも出来るの?」
イクサがきらきらした目でロヴィアさんを見る。
「お菓子だって作れるよ。作り方さえ覚えればね」
「ヤシロすごい!」
きらきらした視線が私に向かった。さっきまで泣いていたせいか、ほんのり頬が赤い。
もう、イクサはかわいいなぁ。
「でも、何でもできることと無傷なこと、どうしてそれが関係あるんですか?」
「そうか、ヤシロはこの世界の事分からないんだったね。たとえば、鍛冶の適正がある人が鍛冶をすれば、するほどに鍛冶がうまくなるよね」
「はい」
「つまり、鍛冶をするのに必要な能力が上がっているんだ。金鎚を持つために力も上がるし、体力もつく。同じように、錬金術だったら魔力も上がるし、人それぞれ限界はあるけどその総量も増える。それは魔法を使わなくても適性さえあれば少しずつ能力が底上げされていくんだ。ヤシロは攻撃魔法と回復魔法以外のすべてに適正がある。つまり・・・・・・」
「つまり?」
「ヤシロは生きているだけで何でもかんでも能力が底上げされているんだよね」
はい?
「まあ気楽に生きればいいと思うよ」
「いやいやいやいや! おかしくないですか? 何で生きているだけで!?」
「魔法には生活魔法とか、とにかくいっぱい種類があるんだよ。発見されていないのや、個人にしか使えないユニーク魔法、わけの分からないネタ魔法も含めてね。ユニーク魔法はともかく、それ以外のすべてに適正があるんだ。いつかヤシロは体力も力も防御も速さも魔力も精神力も途方も無いことになるだろうね。まあ、攻撃系に適正ないから力はそんなに伸びないと思うけど、それでも一般人の数十倍とかは出るんじゃないかな」
なんてこと無い様にさらりと爆弾発言をするロヴィアさん。
もう、気が遠くなりそうだ。
「あの猪の牙で突かれて平気だったのもそういうこと。アレが耐えられるんだったらヤシロはもう一生怪我しないだろうね」
つまり私は、物語の中によくあるチートと同じような存在になってしまったわけで。
イクサはすごいすごいと言いながら私をきらきらした目で見ているし。
「そうそう、あの猪は唐突に生まれた変異種みたいでね、変異種っていうのは生れ落ちた瞬間に成体になるんだ。その代わり、動物型のやつはすごくお肉がおいしいんだよ」
ロヴィアさんはロヴィアさんでなんかお肉の話をしているし。
「じゃあ今夜はお鍋がいい!」
ああっ・・・・・・イクサまで。
「そうだね。そうしようか」
ロヴィアさんがイクサの言葉にうんうんと頷いている。
それを見て、私は考えるのをやめた。