第十三話
授業一日目。
見知らぬ女の先生が来て始まった授業を私とイクサはぼーっと受けていた。
てっきりザカリア先生が来るかと思ってた。そうだよね。魔法実技担当とか言っていたから来ないよね。
生前も学校に行ったことなかったから科目ごとに先生が違うなんて分からなかったよ。
「ハイ、じゃあクロース君。魔法における必要属性をすべて言ってみてください」
「火、水、土、風、光、闇、の六つ」
先生に当てられた、白髪丸眼鏡の男子、クロース君がすらすらと答えを返す。昨日話をしたときも思ったけど、やけに事務的な子なんだよなぁ。
「ハイ正解。これは魔法に関する授業ほぼすべての基本となるので覚えておくように」
正直なところ、私とイクサは暇だった。
私たちはロヴィアさんに教えられているおかげで基本は大体できている。だからこそ、今の基本の確認をする授業は暇でしかなかった。
イクサはすでに、うつらうつらと舟をこいでいる。その口からは、たらりと涎が。
「イクサさん! 起きなさい」
先生に言われてイクサはビクゥと顔を上げる。
「今やっていることはすべての基本となります。もう一度説明しますのでちゃんと聞いていてくださいね」
こうして私たちは眠気と戦いながら、初めての授業を終えた。
授業が終わり次の授業までの間の時間、ぼへぇ~っとしていた私とイクサのところに、ヴィヴィリオさんがやってきた。クラスで唯一の獣人。狐耳の女の子、アエリグさんも一緒だ。
ヴィヴィリオさんがきつい目つきで私を見て、放たれる第一声。
「貴女、本当にメイドなの? 見ていて不愉快よ」
一瞬思考が停止する。
「先ほどの授業で貴女の主であるイクサさん、寝ていたでしょう。メイドである貴女が気づかないはずないじゃない」
「まあ、気付いてましたけど・・・・・・」
「不愉快!」
何故私はこんなことを言われなきゃいけないの? ヴィヴィリオさんに何か嫌われるようなことでもしたのだろうか。少なくとも、さっきイクサを起こさなかったのは気に入らない行為だったらしい。
「貴女、メイド――――つまり従者でしょう? 主の不出来なところを諌めるのが仕事でなくって?」
「ちょっと、ヴィヴィちゃん、言いすぎだよ」
アエリグさんが止めに入る。
「・・・・・・ちょっと」
これまで私の後ろよりさらに一歩下がっていたイクサが前に出た。
「なんですか? イクサさん」
「ヤシロは私の親友だもん。メイドだけど、従者なんかじゃない」
「言っていることが矛盾してませんこと? メイドはそもそも従者ですわよ。それに貴女、授業は寝ないほうがよろしいのではなくて?」
「眠いのは我慢する。でも、ヤシロは従者なんかじゃない」
昨日から人見知りの所為でまったくしゃべらないイクサがいきなり喋りだしたことで、ヴィヴィリオさんがたじろぐ。
というかイクサ、睨んじゃ駄目。ヴィヴィリオさん涙目になってるよ。
膠着状態に入ったのを、見かねたアエリグさんが仲裁に入り事なきをえた。
全員が席に着いたところでザカリア先生が教室に入ってきて、授業が始まる。
けれど私は上の空だった。
ヴィヴィリオさんの言ったことが私には衝撃的過ぎた。
メイドって、いったいなんなんだろう。
「よし、今日はお前らがどれだけ魔法を使えるか見るからとりあえず外にでろ」
ザカリア先生のその言葉を聞いたクラスメイトたちが椅子から立ち上がる音で、私は現実に引き戻された。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
この学校には魔法演習場がいくつもあり、私たちは教室から一番近い、あまり大きくないところへと来ていた。
「魔法実習では主に攻撃魔法の演習を行うぞ。とりあえず、あの的に向かって何でもいいから撃ってみろ。障壁がついているはずだから壊れることはないはずだ」
ザカリア先生の指差したほうには円形の的がおかれていた。中心と外側のふちが黒に塗られていて、生前テレビで見た流鏑馬の的のようだ。
けれどどうしよう・・・・・・私は攻撃魔法が使えない。先生に言ったほうがいいのだろうか。
私が悩んでいると銀髪の少年、クロース君が手を上げた。
「俺は魔法が使えないんだけど」
「クロースだっけ。だったらあぶねぇから端っこで見学してろ」
ザカリア先生は演習場の端っこを指差して言った。
「他に、攻撃魔法使えないやつはいるかー?」
なんだ。私のほかにも攻撃魔法が使えない人がいたんだ。安心して私も手を上げる。
「私使えないので見学してます」
他にももう一人。私の横で恐る恐る手を上げる人がいた。
「あのー。僕使えないです」
「あぁ? ヤシロとロカも使えないのか。しょうがないな。二人とも見学してろ」
私はイクサに「がんばってね」と声をかけると、ロカ君と一緒にクロース君がいるグラウンドの端っこへ歩いていく。
その途中で。
「ねえロカ君」
「どうしたんですか? イクサさん」
「メイドって何かな?」
「ヤシロさんみたいな方のことだと思いますよ」
「そう見える?」
「まだほとんど貴女方のことを知らないのではっきりとは言えないのですが、イクサさんに対するヤシロさんのそれはそうだと思います」
「うーん。私にはロカ君の言っていることがよく分からないや」
そこまで言った瞬間。演習場のほうでズドンと大きな音が響いた。
見ると、演習場の一角が吹き飛んでいた。的のあったところだ。
魔力の残滓がまだ残っている。イクサがロックショットでもぶちかましたのだろう。
「ふわぁ・・・・・・イクサさんすごいねぇ」
「なんだよあれ、聞いたことねぇぞ」
クロース君も呆然としている。
演習場ではイクサがヴィヴィリオさんやアエリグさんたちクラスメイトに囲まれて、あわあわしていた。困っているようじゃないから大丈夫だろう。
これをきっかけに、クラスメイトたちも友達になってくれないだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その夜、私たちはベッドに入りながらこんな話をした。
「ねえヤシロ、今日ね、魔法演習のときヴィヴィリオさんたちにすごいって言われたんだ。すっごく緊張したけど、嬉しかった」
「よかったね。ところで、友達にはなれそう?」
「わからない。あたし、あんまり話せなかったから」
「大丈夫。イクサがすごいって分かったんならみんな認めてくれるって。すぐに仲良くなれるよ」
「そうなると嬉しいな。あとね、ヴィヴィリオさんがヤシロに『ごめんなさい』だって。直接言うの、恥ずかしいみたい」
「どういうこと? ヴィヴィリオさん、私に何か謝るような事してたっけ」
「昼間のこと。ヤシロ、ヴィヴィリオさんとけんかしてたでしょ?」
「そういえばそうだった。明日、私は気にしてないよって言わなきゃね」
主を諌めないなんて、って強く言われたけど、正直私はそっちのほうはあんまり気にしていない。イクサはいい子だから絶対に悪いことはしない。授業中寝ていたりはするけど、それだけはいえる。
それよりも、私は昼間から気になっていたことをイクサに尋ねる。
「ねえイクサ、メイドってなんだろう?」
「メイドのお仕事なんて分かんない。でも、イクサはイクサだよ。イクサが自分のことをメイドだって思えば、それがイクサのメイドなんだよ」
イクサのいいたいことはよく分からなかった。けれど笑顔のイクサを見ていたら、なんだか悩んでる自分がばかばかしくなって、心が楽になった。
そして気付く。
私は答えが欲しかったんじゃない。今の私をイクサに認めて欲しかっただけだみたいだ。
ありがとう。と、私は心の中でお礼を言う。
部屋の隅では、ヒヨが幸せそうに眠っていた。