近接は脳筋が多い説
エンセスタースライムの討伐後、四人は再び街へと戻ってきた。
万が一、なんらかの事故でエマが死んだ場合、レアドロップ品が消える可能性もある。
『レアを手に入れたらまず倉庫に!!』
初心者指南を実践すべく、銀行へと赴く事にしたのだ。
エマは街を出る前、銀行を開放したものの使った事がない。
とりあえずミツルがシステムを教えながら銀行の使い方を教える事にした。
二人がNPCと会話しているのを遠目に見ながら、トールとバルドはわざとらしく肩を落として乾いた笑いをもらした。
「いやあ、初心者ちゃんにとっては良いスタートなんじゃねえ?」
「まあな。最初にあれだけの元出ができたことは喜ばしい事なんだろうよ」
「だよな~~でもさ~~」
トールはがっくりと肩を落とした。
隣に並んだバルドも何か言いたげな顔をしている。
「よりによって、今一番私が欲しいやつなんだよ」
「分かるよ、俺だって修理代が……」
借金を抱えたトールに、修理代が掛かるバルド。
あの宝石は二人からすれば喉から手が出るほど欲しいドロップ品だった。
「まあ、でもほら……新規が居ついてくれるかもしれないぞ」
バルドの言葉にトールは「それな」と頷く。
ネトゲにおいて、初期の金策というのは重要なのだ。
初期資金が不足すれば装備を整えるどころか、回復材すら買う事も儘ならない。
それが原因でゲーム自体を離れてしまうケースもよく耳にしてきた。
人口が減るのはゲームの存続に関わるので出来る限り新規には優しくしたほうが良い。
たった一人で何が変わるのかと言われてしまえばそれまでだが、その一人が今後どこかで新規を獲得してきてくれるかもしれない。
そう思えば、そこまで落胆するべき事ではないのだろう。
……理解しているからこそ、悔しさが強調される。
「っていうかトール、修理代金お前が持てよ」
「はーいやだね。元はと言えばエンセスタースライムに飲み込まれたバルドが悪くね?」
「いやいや、あれは突然沸いたから仕方ねえっての。もっと助けようがあったって話だろうが」
「ねえな。穴こじ開けなきゃ兄貴が発見してないだろうし、酸で溶かしたから出てこれたんだろ? むしろ感謝してほしいくらいだなー?」
「お、なんだトールやるか? お前の短刀へし折ってやろうか?」
「お、なんだ対人マップいくか? テメェの防具を全部酸で溶かしてやっても良いんだぜ?」
お互いにちくちくと嫌味を言っているが、本気ではない。
いつものじゃれ合いであり、この二人にとっては何度も経験してきたやり取りだ。
「お待たせしました、無事に銀行の使い方を教わりました!!」
エマが一人で戻ってきた。
「宝石預けた~?」
トールが問えば、エマは笑顔でそれに応える。
「はい。今は使い道が分からないので、当分はあそこに入れておくことにしました」
「それがいい、あそこは運営が守っているから安心だな、ところでミツルは?」
バルドが辺りを見回したが、近くにミツルの姿はいなかった。
「ミツルさんなら、冒険者ギルドに行ってくると言っていました。パーティー募集を取り下げる? とのことです」
「ああ、そうか。エマが来る前に募集していたんだったか」
冒険者ギルドでの募集は通知こそ来るが、手続きは冒険者ギルドでしか行えない。
多少不便な機能だとは思っているが、マップが広いの諸々の負荷軽減を考えての事だろう。
「んじゃ、待っている間どうするかな」
バルドは顎に手を置く。手続き自体は直ぐに終わるだろうが、ミツルの事だ。
ついでにエマの装備なんかも見繕っているに違いない。
「あ、じゃあその、良かったら職業について教えてくれませんか?」
エマは小さく手を上げ、二人の顔色を窺った。
「別にいいけど、めちゃくちゃ職業あるぜ~このゲーム」
トールの言う通り、セフィロトオンラインは自由度の高さを売りとしており、職業の数は星の数ほど……とは言いすぎかもしれないが、既存のゲームよりも豊富に設定されている。
魔術師だけでも100を越えそうな種類なので、全部説明するとなるとかなりの時間を要するだろう。
「確かにトールの言う通りだな。職業は攻略サイトを見ながら決める……にしても、多すぎる。知りたい系統を調べて行くのが良いのだろう。何か気になる職業はあるか?」
「えっと、それなら……トールさんやバルドさんの職業について教えてもらってもいいでしょうか」
「私たちの? 良いよ」
トールはコホン、とわざとらしい咳をついた。
「私は双剣士。装備制限のある職業で、軽鎧や軽めの武器を扱うのが得意な職業だ。素早さが高いのも特徴で手先が器用、モンスターを攪乱しながら一体一体確実に仕留めていくのが得意だよ~」
ほら、とトールは先ほど使っていた二対の短剣をエマに見せた。
装飾が僅かについているがゴテゴテとした飾りは無く、小ざっぱりとしている。
「相手の属性やサイズによって色々持ち換えたりするんだ。その分、金はかかるけどな。んでバルドは重剣士っていって、重い装備ほど威力が上がる。竜人族はそういうのに長けているんだ」
バルドはトールと同じように大剣をエマに見せてくれた。
「そうだ、トールとは違って小回りが利かないが、一撃が重くて大ダメージを狙える。あとは、さっきみたいに敵のターゲットを固定なんかする事もある。流石に盾騎士に比べちまえば防御力は劣るがな」
防御を重視した職業には敵わないが、ある程度のモンスターならば十分にその役割を果たす事ができる職業だ。
「私とバルドは近接っていう括りなんだけど、お互いをカバーできるから良い相棒なんだぜ」
「さっきみてえに武具を壊される事さえなければ、頷いてやれるんだがなあ」
「なはははは、まーだ言ってやがる」
トールは笑いながらバルドの背をバシバシと叩いた。
「相棒……素敵な響きですね。パーティー戦だと相性は重要そうですから」
「そらそーよ、相性が悪いと時間がかかっちまうからなあ。そういうのも嫌いじゃねえけど」
トールはにこにこと笑いながら答えていく。
「……ちなみに、このパーティーだと相性の良い職業はなんなのでしょうか?」
エマが問えば、トールはそうだなぁといくつかの職業を上げていく。
「バルドを火力に回したいのなら盾騎士が良いんじゃないか。さっきのだと攻撃はあたしがメインになっちゃったし。あとはそうだな……遠距離で攻撃のできる職業がいれば安定すんじゃね」
バルドは盾の真似事もできるが、元は近接の火力職業である。
盾騎士がいれば彼は火力として動く事ができるし、居ずとも遠距離の職業がいれば火力面は安定するだろう。
「遠距離、というと弓とかですかね」
「そうだな、遠距離の代名詞といえば弓使いか、あるいは銃使いの系統か……あるいは魔法使いあたりが初心者には良い」
各々特性はあるが、一定の距離を保ちながら狩りができる。
パーティー戦でも活躍できるし、ソロでもそれなりの立ち回り方ができる。
「なるほど……」
「あとは兄貴の付与魔術師なんかも良いんじゃねえかな。系統によってはまったく別の魔法を習得できる」
付与魔術師と一口に言っても、取得魔法によっては複数キャラ用意する場合が多い。特にミツルは味方のステータスを上げる魔法が多い。揃えるのなら敵のステータスを下げる魔法が良いだろう。
トールとバルドは初心者講座がてらそのあたりの話題を続けた。
ミツルが言っていた『できることならエマを聖職者に仕立て上げたいという』という思惑をすっかりと忘れて。
でも仕方がないのだ、何せ二人は脳筋である。