初心者育成
場所は変わって、首都アドナイ・メレクの南門通り。
人通りの多い北門に比べると、門や民家は質素な造りをしている。露店を出すユーザーも心なしか疎らだ。
「ここから門を出ると初心者向けのフィールドに出る あ、反対側の北門は敵のレベルが高いから気をつけてね」
ミツルが説明を交えながら、城門脇にある扉に手を掛けた。
錆び付いた音と共に小さな扉が開かれると、その先には平坦な草原が広がっている。
近くに森や丘などは見えず、手入れのされていない雑草達が好き放題に根や葉を伸ばしていた。
辺りにプレイヤーの姿は無い。門の管理をしているNPCが常駐しているだけであった。
「……なんだか、随分と雰囲気が変わりましたね」
辺りは随分と閑散としていた。後ろの壁の向こうに首都があるとは思えないほどだ。
「初心者用フィールドだからねー、俺が始めたときはここのフィールドも結構賑わっていたんだけど……」
ミツルは軽く辺りを見回してみたが、狩りをしている人は見当たらない。
このゲームはレベルが上がる事はあっても、下がる事など殆ど無い。
みな、自分のレベルにあった狩場に切り替えているのだろう。
「兄貴、私らなんか手伝う事あるか?」
「ああ、トールとバルドは弱いモンスターを釣ってきてくれ」
「あーい」
「分かった」
歩き出した二人を見送り、ミツルはエマへと向き合う。
「じゃあとりあえず……魔法のお試しって事で、これあげるよ」
手渡したのは一冊の魔道書と、随分と年季の入ったロッドだ。
エマが着ている服と同じで、所属国家から初心者に支給されるものだ。
「魔法を使うのには、その魔道書と魔道具が必要になる。魔道具は色々なものが存在しているけれど、最初はロッドなんかが安価で扱いやすいよ」
魔法を使うための触媒はクリスタルのような宝石や、ぬいぐるみの形をしたものも存在している。
しかし、見た目が良いものは値段が上がりやすい。
ロッドやワンドのような有り触れたものは、特殊な効果が無い限り格安で流通している。故に、初心者向けだ。
「杖は分かるんですが、この本も必要なものなんですか?」
「それは覚えた魔法を纏める本だよ、開いてごらん」
エマがバインダーを開くと、中には数枚の紙が挟まっていた。
「魔法は基本的にクエストの報酬や、売買で手に入れる。みんな覚えたものを挟んでいくんだ。今回は初級魔法を二つ挟んでおいたからそれを使ってみよう」
攻撃魔法だけではなく、回復魔法が挟まれているのは完全な打算である。
「なんだか色々すみません」
「気にしなくていいよ、それは初心者向けのだからね。それに、みんなこうやって初心者に色々教えたりするものだから。もし、今後エマさんが初心者に出会ったら同じ事をやってあげるといい」
「はい!!」
「ええと、魔法の発動条件は色々あるけれど、一番多いのが詠唱と魔道具を使ったものかな」
大半のユーザーは呪文を唱え、魔道具を利用して魔力を放出する。
魔方陣を使うものや、魔石を使う人もいるが、労力とコスト面から上級魔法以外は口頭での詠唱が多い。
「覚える魔法が増えたら大変そうですね」
「そうだね。だからある程度は数を考えながら使う必要がある」
スキルの構成次第では無詠唱も可能になるが、初心者にはまだまだ不必要な知識だ。
「そのうち魔法の編集なんかも出来るようになるから、自分で覚えやすくする事もできるよ」
習得した呪文は、名前の変更や前置きの呪文などを自由に設定する事が出来る。
更に、専門のスキルを取れば、魔法を一から作り上げる事も可能だ。
「とりあえず、さっき渡したバインダーに入っている魔法は詠唱が要らないものだから、その杖と魔法名だけで発動出来る筈だよ」
ミツルが与えたのは、ターゲットに向かって小さな火の玉が飛んでいく火属性の魔法と、傷を癒やしてくれる回復魔法、それから被弾ダメージを和らげてくれる魔法だ。
当面はこの三つがあれば、魔法使いとしてはなんとかなるだろう。
「それじゃあ、早速魔法を使ってみよう」
「はい!」
「兄貴ー連れて来たー」
折り良くトールが戻ってきた。
彼女の後ろには、小さな半透明のスライムがのそのそと後を追っていた。
顔は無く、身体の中に浮かぶ核が忙しなく動いている。
「魔法の使い方は、狙いを定めて詠唱するだけ。レベルが低いうちはそんなに射程がある訳じゃないから、思い切り近づいて撃ってみよう」
「危なくないんですか?」
「ここのモンスターはこっちが何もしなければ襲ってこないよ。それに、最初に手を出した人にしか反応しないし、今はターゲットがトールに向かってるから大丈夫。それじゃあ、まずはファイアーボールから撃ってみよう」
「えぇと……ファイアーボール!」
エマは杖を敵に向け、魔法の名前を呟いた。
すると、杖先には小さな炎が灯り、徐々に形を整えながら大きくなっていく。
炎は拳程度の大きさになると、勢いよく杖先を飛び出し、トールの後ろで跳ねていたスライムへと命中する。
肉の焦げる音が上がり、スライムは僅かによろけた。
被弾した箇所は沸騰した鍋のようにボコボコと音と煙を立てている。
「そうそう、基本はそんな感じ。慣れてくると弱点なんかも分かってくると思う、それまでは沢山使っていこう。じゃあ、このままスライムを倒してみて」
「はい! ……ファイアーボール!!」
二度目の呪文は先程よりも威力が増している。熟練度が上がったのだろう。
杖先から放たれた火の玉は、燻り続けるスライムの傷口を抉るように着弾した。今度は熱に耐え切れなかったのか、スライムの身体は徐々に萎んでいく。
半分程度の大きさまで小さくなると、泡が弾けるようにしてスライムの身体は四散した。
「なんだか死に方がグロイですよね……」
「……リアルさが売りだからかな。っと、残ったのがドロップ品だよ」
ミツルが指差した先には、スライムの核が転がっていた。
「基本はモンスターを倒したら落ちたアイテムを拾って、それを売ってお金を稼ぐ。狩猟の技術があれば、更に皮や肉なんかも取得できるよ」
エマがスライムのドロップ品を摘みあげると、バラバラになったスライムの身体はゆっくりと地面に吸収されるように消え去ってしまった。
「倒したモンスターはアイテムを拾うか、一定時間経過するまでは残っている。あんまり遅いとアイテムごと消えちゃうから、敵を倒したら出来る限りアイテムは拾っておいたほうがいいかな」
「分かりました!」
「よし、じゃあレベルが上がるまで、もう少し頑張ろう」
□
暫くの間は、近くに沸いたスライムをトールが挑発をしてターゲットをとる、それをエマのファイアーボールで倒す。という作業を繰り返していた。
「エマさん、レベルはどのくらいになった?」
「今は……10になりました」
「お、じゃあ見習いになれるね」
初期レベルが10になると、各職業の見習いになることが出来る。
ステータスは今と然程変わらず必須ではないが、選んだ系統により初心者向けの装備が貰えたりするので上がり次第転職しておいたほうが良いだろう。
「そろそろ切り上げよう。――っと、そういえばバルドは何処まで行ったんだ?」
トールはすぐに戻ってきたが、バルドは一度もこちらに戻ってきていない。
「トール、お前バルドと一緒じゃなかったのか?」
「さあ? 途中で別れたからな」
このフィールドに入ってから、既に15分程度。
だだっ広いMAPではあるが、道に迷うほど入り組んでいる訳では無い。
「もしかして、何か問題があって一度街へ戻ったか?」
だが、それならば一言くらいある筈だ。
トールならまだしも、バルドは離席する時や狩場を離れる時は必ず一声掛けてくれる。
「トール、バルドを探してきて――」
――突如、足の裏を擽るような小さな地響きが訪れた。
最初は微弱なものだったが、それは徐々に激しさを増していった。
ミツルは顔を上げて辺りを見回した。すると、少し離れた所で大きな煙が上がっているのが見える。
「……なんだあれ」
煙の色からするに、あれは土煙だ。火の類いでは無いだろう。
しかし、一体なんでこんな所に――。
「あ」
透が小さく声を漏らす。
「どうした透」
「やば、やっべえ。わはは」
トールは腹を抱えて笑いだした。
「何がヤバイんだ」
「――支援、頼んだ」
言うや否や、トールは武器を構えて土煙のほうへ駆け出した。
いつになく楽しそうな姿に、ミツルも慌てて杖を構える。
「トール!! ちょっとまて――」
ミツルが制止すると同時に、爆音が上がった。
恐らく、トールの得意スキルの一つである火薬トラップだろう。
ということは、あの土煙は。
「――敵か」
土煙はあっと言う間に、爆風によって掻き消された。
中からは、先程エマが倒していたスライムとは比べ物にならないほど巨大なスライムが姿を現した。