初心者クエスト
「何してんだバルド、まじうけるんですけど」
両者に流れる妙な雰囲気。
それを破ったのは、今しがた野次馬の垣根をすり抜けたトールであった。
「うぉお?! トールか、いつからそこに!!」
「あー今きたばっかり。なんとなくフレ申請をしているあたりから聞いてた」
「フレ申請……?」 首を傾げたバルドに倣い、トールも首を傾げる。
「だって彼女、初心者だろう?」
トールは少女を指差した。
少女の服装はとても貧相だった。
防御力は最低値、特殊効果などは一切付いていない。
それもその筈、この装備は所属国家から手渡される最低限の装備だ。
「ほら、若葉マークついてんじゃん」
トールの言う通り、少女のスカートには初心者を示す黄色と緑の若葉マークがつけられていた。
「そうなんです!」
トールの指摘に、少女は元気よく声を上げる。
「つい先ほど始めたばかりで……初心者向けのクエストで、お友達を作ろうっていうのをやっていたんです!!」
少女は嬉しそうに本タイプのデバイスを開いた。
中には『初心者クエスト 基本システム編』という見出しが載っている。
「なんだこれ、こんなものあったか?」
「おう、古参乙発言だな!! バルドはβからの参加者だから知らないかもしれねえけど、しばらくしてからチュートリアルできたんだよ」
要望者の声を受け、運営がチュートリアルを用意したのは正式サービス後の話だ。
正式サービス以前から遊んでいたバルドはチュートリアルなど知らないのだろう。
「ほー、何時の間にかそんなシステムが……」
「どーせ運営からの手紙も碌に確認してないだろ」
「まあな、ポストなんざ年単位で覗いてない」
「たまにはハウスに帰れよ……。っと、そうだ、えーと君、名前なんだっけ?」
「エマって言います!!」 少女は元気よく頭を下げた。
「じゃあエマ、丁度いいから私もフレンドになるよ」
トールはエマからデバイスを受け取り、フレンド登録のページを起動した。
フレンドの登録は、どちらかが相手のデバイスに直接署名をする事で互いに登録される仕組みとなっている。
「と、ぉ、る……っと。 ほら、バルドも書いてやれ」
「お、おう」
透はデバイスをバルドへと押し付けた。続いてバルドの名が記される。
署名を終え、デバイスの更新ボタンを押すと名前の横に残りの情報が書き加えられた。
『名前:トール・フォレスター 種族:亜人 称号:双剣士
現在地:マルクト王国 首都アドナイ・メレク 銀行前大通り』
『名前:バルド・エックハルト 種族:竜人族 称号:重剣士
現在位置:マルクト王国 首都アドナイ・メレク 銀行前大通り』
これでフレンド登録がされた事となる。
以降はフレンドのページを開けば、相手が今ログインをしているのか、何処にいるのかが一目で分かるようになり連絡が取りやすくなるのでプレイヤー達に重宝されている。
「トールさん、それにバルドさんですね。有り難う御座います!」
「んで、そのクエストはあと何人登録すれば終わんだ?」
「ええっとですねー……『初心者クエスト 仲間を作ろう編! (フレンド人数 2/3)』……あと一人みたいです」
「丁度良い。それなら冒険者ギルドまで来いよ。うちの兄貴がいるから登録してもらえばいい」
□
「――んで、連れて来たのがあのエマって子か?」
フレンド登録を終えたミツルは、トールから事の経緯について聞いていた。
少し離れたところでは、エマとバルドがチュートリアルの続きを行っている。
「そーいうこと。また知らない人に話しかけるのもめんどうだろーしって思って」
「まあな……しっかし、お前が他人の手伝いなんて珍しいな」
トールはゲーム内の知り合いが極端に少ない。
フレンド登録をしている人間も、殆どが身内か収集品関係の商売相手だ。
一緒に遊ぶ為にフレンド登録しているのはバルドとミツル、それから数名程度だろう。
だからといって、根っからのコミュ障という訳では無い。
大規模討伐やボス狩りなどでは臨時パーティーに参加する事も多いし、パーティー募集をかけることもある。
彼女曰く、マメな連絡やログインする度の挨拶が煩わしいというのが一番の理由らしい。
そんなトールが、初心者の手伝いと称してフレンド登録を行い、ましてやクエストの手伝いをする為に冒険者ギルドへ連れてくるなど、ミツルからすれば奇行以外の何者でもなかった。
「ん、まあな……」
漏れたのは歯切れの悪い返事だ。何かあったのかとミツルが心配そうな眼差しを向けると、トールは視線を泳がせてから小さく溜め息をついた。
「……借金から目を逸らしたいってのがでけえかな。現実逃避だ」
彼女にしては珍しく気弱な顔で呟いた。
「……ああ、確かに。違約金にしては額が多いからな」
違約金の800kは一夜で稼げる額では無い。
勝負師のようなギャンブラーならば可能かもしれないが、生憎なことにトールは冒険者だ。
生産職のように定期収入がある訳でも、貴族ポジションを勝ち取ったプレイヤーキャラクターのように財力やコネがある訳でもない。
「時間を取ってすまんな、兄貴」
小さく息を吐いたトールを横目に、ミツルは「構わない」と小さく笑った。
ミスや失敗なら誰にでもあるし、金額が金額だけにトールの気持ちも良くわかる。
今こうしてゆっくりとした所で借金の額は増えも減りもしない。
腰が重くなるのも致し方の無い事だろう。
せめて額のでかい依頼が転がっていれば……。
ミツルは考え、換金所の方へ目を向けた。
カウンター周りは多くのプレイヤーで賑わっている。
報酬の受け取りや、共通レートの換金、アイテムのトレード……様々な取り引きが行われる場所なので、人が絶える事はまず無い。
ミツルは暫く人の流れを眺めていたが、突如何かを思いついたのか勢いよく顔を上げた。
「むしろよくやったトール!!」
浮かべたのは満面の笑みだ。
突然の事に、トールは身を引いて眉を寄せた。
「なんだよ兄貴、気持ち悪い顔して……」
「そうだよ、何で忘れてたんだろう。こっちの方が早いじゃないか!」
「……おーいどうした兄貴」
「ああ、でも普通は思いつかないよなぁ」
「聞けよ」
「大丈夫だ、トール。任せておけ!」
「聞いてねーし……」
――まともな会話は見込めない。
そう判断をしたトールは、一人張り切っていたミツルを冷ややかな目で見守る事にした。
当の本人はそれを気にする事無く、胡散臭い笑みを携えてトールから離れていく。
「もう大体案内は終わったのかな?」
ミツルが向かったのは、エマとバルドの元だ。
「おお、大体な。銀行の開放クエも終わったし……冒険者ギルドのチュートリアルは終わったはずだ」
「そうかー。……ところでエマさん、もし時間があるのならもう少しこのゲームについて教えるよ。あ、必要ならクエストの手伝いもする」
「えっ、良いんですか?」
「ちょっと待った兄貴!!」
エマとトールの声が被った。
トールは慌ててミツルを引き離し、会話のモードをパーティーに切り替えて詰め寄った。
今パーティーに所属をしているのは、エマを除いた3人だ。
『兄貴、現実逃避したのは悪いと思ってる……でも、初心者案内してる場合じゃねえだろ』
『勿論忘れちゃいない、金は稼ぐよ』
『だったら尚更……』
これ以上初心者相手に時間を割いている場合ではない。
トールがチュートリアルの案内をしたのだってただの気まぐれで、本腰を入れて手伝うつもりなどなかった。
『だから尚更、あの子が必要になる』
『はあ? どういう事だよ兄貴』
トールには兄の言おうとしている事が分からなかった。
『バルド、悪いけどもう少しエマさんを案内しててもらえる? 詳しい事はあとで説明するから』
『いいぞ』
バルドはエマに声を掛ける。
「あの二人はこれからの計画を立ててるみてぇだから、今のうちにギルドのNPCについて案内するか?」
「あ、そうなんですか。じゃあ是非お願いします」
バルドがエマをつれて両替カウンターの方に移動していく。
それを目で追いながら、ミツルは言葉を続けた。
『トールは初心者向けのクエストをやった事がある?』
『無い。アップデートが来たってのは知ってるけど……』
バルド程ではないが、トールも古参に分類される。
クエストの追加内容はチェックしているのでチュートリアルについて知っているが、実際にやった訳では無いので詳細は知らないのだろう。
『実はな、初心者の手伝いをすると……手伝いをした人間だけが貰える特殊アイテムがあるんだ』
初心者が一定のレベルになるまで手伝いをしたり、パーティーを組んでクエストをこなしていったりすると、節目節目で手伝いをした人間に『初心者育成ポイント』というものが付与されるようになっている。
ポイント数に応じて様々なアイテムと交換でき、お手伝い有り難うという運営の礼でもある。
低ポイントでもらえるものは薬草やポーションなど安価なものが多いが、ポイントが高くなればなるほど珍しいものや、課金でしか手に入らないものに交換する事ができるのだ。
『そのポイントで交換できるものに、合成用の上位宝石がある。それと交換出来れば……共通レートで4M程度になるぞ』
『……は? マジで?』
トールの違約金は8Mほど。その半分が、エマの手伝いをしていれば返せるというのだ。
――確かに、これ以上に美味しい話も無い。考えていた方法の中で、一番早く借金を返済出来る。
そこまで言われ、トールはようやく兄の意図を理解した。
『分かった、それで行こう。クエストに沿って手伝いをするだけでいいんだな?』
『ああ、あとは……そうだな、もう一つ策がある。二人さえ良ければ、あの子をパーティーに引き入れたい』
『あの子を? 私は別に構いやしないが……っていうか、あの子冒険者になるのか?』
ここにいる三人は冒険者だが、エマがそうなるとは限らない。
冒険者ではなく生産者といわれる職業を目指すかもしれないし、NPCのようなスローライフを送るかもしれない。
レベル1ともなればその選択肢は無限である。
「その辺りは上手く誘導しよう。出来れば、あの子が聖職者になってくれれば万々歳なんだが……そこは上手くいけば、だな」
エマの手伝いをして育成ポイントを貯める。
そして同時に、パーティーでは必要不可欠である回復役に仕立て上げる。
実に都合の良すぎる計画ではあるが、もしどちらも実現できるとすれば今後の行動がぐっと楽になるだろう。
『上手くいけばいいんだがな……』
トールは独りごちる。
しかし、失敗した所で借金が増える訳でもないし、初心者ポイントは確実に手に入るだろう。
『まあいいや、私は兄貴に任せる』
『よし、じゃあそういう事で。バルドもそれでいいか?』
『かまわない』
会話モードを切り替えたミツルとトールは、頃合いを見てバルドとエマの元へ近寄った。
「あ、さっきはごめんね。ところでエマさんってこれから何をしたいとか、やってみたいことって決まっているかな? 物語と生産、戦争については聞いたよね?」
このゲームは大まかに分けて、三つのプレイスタイルがある。
一つは冒険とクエストをメインとしたRPG要素の高い物語系。
もう一つは装備やアイテムの作成や、家畜を育てたりする生産系。
最後は、対人戦をメインとした戦争系の三つに分かれている。
各々が遊びたいスタイルを選択して、必要なスキルなどを取得していくのがセオリーだ。
「ええと、対人はちょっと怖いので……出来れば物語系かなと。生産も悪く無いんですけれど、やっぱり世界観が世界観なので魔法とか使えたほうがかっこいいかなって!!」
「ふうん、魔法ね」
にやりとミツルは笑う。
あまりに禍々しい笑みであったせいか、トールとバルドが若干引いたような顔をしているのは気のせいではないだろう。
「魔法といっても種類が多い。そのあたりも詳しく説明しながら案内していくよ。これからよろしくね」
ミツルの胡散臭い笑みに、バルドとトールはそっと目をそらした。