おともだちテロ
バルドが管理している部屋はとても整理が行き届いていた。
棚には塵や埃などは一切無い。
預けている武具もディスプレイのように綺麗に飾り立てている。
勿論、どれも丁寧に手入れがなされ、刃毀れや錆などは見当たらなかった。
今すぐにでも武具屋を開店できるほどの整理整頓ぶりだ。
バルドは飾っていた武器の中から、一際大きな大剣を手に取った。
刀身は人間の背丈ほどもあり、刃は鉄塊を切り裂けるように分厚く造られている。
「これでいいな……細かいのはトールが倒すだろ」
大きな武器ゆえに、小回りは利かない。
一回の攻撃で大きなダメージを稼ぐのは得意だが、数を処理するには少々不向きな獲物だ。
それを補ってくれるのが小回りの利く武器を扱うトールである。
彼女は一匹一匹、確実にキルを取る事に長けている。バルドの倒し損ねた敵の始末など朝飯前だろう。
実に良い相棒だ――
――これが無ければ。
バルドはバンク前で人知れずため息をつく。その隣にトールの姿は無かった。
支度を終え、外に出てから既に15分ほどが経過していた。
あぁ毎度の事だと、バルドは首を振る。
彼女は荷の大小に関わらず支度がかなり遅い。
今までトールのほうが先に支度を済ませたことがあっただろうか? いやそれは無い、断言できる。
勿論理由は分かっている。あのゴミ溜めのような部屋で埋もれかけているのだろう。
――まったく、もう少し整理整頓を心がけて欲しいものだ。バルドは再び小さな息を吐いた。
暫くの間は人の流れに目を向けていると、ふと奇妙な視線を感じた。
バルドは身を捻り、視線の相手に分からぬように索敵スキルを使用した。
『索敵完了・対象者 半径三メートル』
――随分と近い。気付かれぬよう、視線をゆっくりと動かした。
花壇を挟んだ向こう側に、小柄な少女が立っていた。
緩やかに巻かれた髪は風に弄ばれ宙をふんわりと浮いている、その隙間から見える耳は長くない、普通のヒューマンだろう。
明るく、美しい蜂蜜色は翡翠色の瞳によく似合っていた。
透が居たら、きっと「テンプレ美人だ」と褒め称えそうなほどだ。
他には――そう視線を動かしてみたが、範囲内でバルドに視線を向けている人間は少女しか居なかった。
気のせいか、それともスキル使用に失敗したかと考えていたが、少女は時々バルドに向けて視線を動かしている。何か様子を窺っているように思えた。
「(……知らねえ顔だな)」
バルドは少女の顔に覚えが無かった。勿論、クエストをくれるNPCの類でもないだろう。
最初はそのまま放っておこうとしたが、もしかしたら顔見知りの別キャラかもしれない。
バルドは意を決して少女の方を向いた。すると、少女は慌てて顔を背けてしまう。
やはり勘違いだったか? バルドが視線を戻すと、少女は再びバルドの方へ視線を向ける。
声を掛けられる訳でもなく、止まない視線の往来。
「……なあ、アンタ。俺に何か用かい?」
堪り兼ねたバルドは、ついに少女へ声を掛けた。
話しかけられた少女は、小さな肩を跳ねさせて顔を上げる。
「あ、あの、ですね……」
俯きながらもじもじとする仕草は、小柄な体躯もあってか小動物を思わせた。
「なんだ」
「あの……」
少女は暫くの間、口篭もっていた。
そして意を決したのか勢いよく顔を上げる。
先程のしおらしい態度から一変、想像出来ないほど大きな声をあげたのだ。
「私とお友達になってください!!」と。
「……は?」
少女の言葉に、バルドは目を白黒とさせた。今、この少女はなんと叫んだのだろうか。
あまりにも突拍子の無い言葉に、辺りに居た通行人も何事かと視線を向け始める。
突拍子の無い台詞と、周囲から集まる視線の数々。
バルドの頬には恥ずかしさと混乱から一筋の汗が伝った。
一体自分はこの少女に何か仕出かしてしまったのだろうか。
いやそれは無いはずだ、自分の態度は何も間違っては居ない。
「……はぁ?」と、確認の意味を込めて、もう一度疑問符を投げかける。
すると、少女は「ですから……」息を整え、もう一度叫んだ。
「私とお友達になってくださいって言ったんです!!」
答えになっていない答えに、満面の笑み。バルドは軽い眩暈を覚えた。