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廃人兄妹の徒然日記  作者: 東雲 豊
妹の失敗
11/11

転職

 エマが転職へ行ってから数十分、三人はのんびりとベンチで待っていた。

 とはいえ特に会話らしい会話がある訳ではなく、各々がステータス画面を確認したり、端末からウェブサイトにアクセスしたりとしている。


「……久しぶりにゆっくりしてんな?」

 しばらく経った頃、トールはポツリと呟く。

 思い返せば、こうして暇を潰すのは久しぶりだ。

 トールがこのゲームを遊ぶ時は何をするか決まっていることが多く、ログインしてしまえば休む間もなく動き続けることが多かった。

 狩りに行くともなれば準備に走り回り、フレからパーティーに誘われれば飛び込む。

 解散した後は収集品を手にバザーへ行き、帰り道にクエストを回収する。

 飽きたり疲れたりしたら直ぐにログアウトしてしまうので、こうしてゆっくり座ることなど今まであまりなかった。


 ふと思い浮かんだのはエマのことだ。

 彼女がいなければいつも通りの忙しい一日になっていただろう。

 何せ借金800kである。通常の狩りで成果を出すには長時間篭もらないといけないだろう。

 かといってレアを狙うのであればそれなりの元手と時間を要求される。

 初心者支援の恩恵をあてにしているからこそ、こうしてのんびりと過ごせているのだ。

 


「エマさん何になると思う~?」

 トールはステータス画面を見つめながら二人に尋ねた。

「俺的にはさっき魔法を使っていたから魔法系かなあって思っているよ」

 ミツルはスキルブックの整理をしながら答える。

 エンセスタースライムと戦っていた時のエマは楽しそうに魔法を詠唱していたので可能性はそう低くもないだろう。


「俺はそうだな……中距離の説明をしたからそっちに興味が湧いた、なんてこともあるんじゃないか?」

 バルドは職業の相性について教えていたときのことを思い出す。

「ああ、確かに有り得るな。弓使い(アーチャー)銃使い(エイミングシューター)は初心者に人気だ」

 敵に近づかず、距離を保って倒せるというのは初心者にとっては大変魅力的である。

 特にこのゲームはVRなので、真正面から敵が迫ってくる恐怖には慣れるまでが時間を要する。

 トールも最初は及び腰だったな、とミツルは茶化すように笑った。

「うるせーやい」

「今じゃアホみたいに突っ込んでいるのにな」

 バルドの言葉に、トールは小さく舌打ちを返した。



 暫くエマが何になるのかで盛り上がっている「お待たせしましたー!!」と明るい声が聞こえきた。


「転職、終わりました!!」

 エマが片手を振り、大股で駆けてくる。その反対側の手に装備していたのは――。


「やっべー、予想外。盾じゃん」

 エマは大きな盾を装備していた。

 先ほどミツルが渡した小型のバックラーではなく、身体の半分以上を隠せるサイズの大盾だ。


「エ、エマさん……盾ということは」

「はい、盾騎士(シールドナイト )を目指そうと思いました」

 ミツルの質問にエマは元気よく答えた。

 思いもよらぬ職業を選択したな、と三人は胸の内で思う。


 盾騎士は攻撃力が低く、その代わりとして高い防御力を持っている。

 敵の猛攻を盾で耐え凌ぎ、その間に味方に倒してもらう戦い方が主な戦法だ。

 故に、ソロは絶望的である。

 初心者が選ぶには少々マニアックなチョイスであり、転職の説明では中級者向けとの注意書きが出るほどだ。


「転職の説明で初心者向けじゃないことは聞いたよな?」

 バルドは腕組みをして尋ねる。

 怒っている訳ではなく、どちらかと言えばその選択に興味津々といった様子だ。


「はい。でも、盾になったら……みなさんのお役に立てるかな、と思いまして」

 エマは眉を下げて笑った。

 その行動に三人は得も言えぬ感情が湧き上がるを感じ、言葉を詰まらせる。


 こんなにも健気でいじらしい初心者を見て、平然としていられる者が居るだろうか。いや居ない。

 三人はそっと視線をずらした。

 先程のビギナーズラックを僅かでも妬んだ自分を恥じたい、と今にも天を仰ぎそうなほどである。


「あ、あの……?」

 黙りこくった三名に首を傾げ、エマは不安そうに声を掛ける。


「あのさ……盾ってめんどくせーけど大丈夫? その、嫌になったりするかも、よ」

 トールが珍しく気遣うような声色で尋ねた。

 常日頃から粗野な言葉遣いや、煽り合うようなじゃれ合いをしているをしているので、こうして他人に寄り添う態度というのは物珍しかった。

 その証拠に、ミツルは口元を手で覆っている。


「トールお前……いつの間にそんな人を気遣えるように」

「ミツルちょっと黙っとけ」

 バルドは感動しているミツルの肩に腕を回し、トールとエマの邪魔にならぬよう少しだけ距離を置いた。


「確かにちょっと難しそうな職業ですよね。でも、それよりも……今日だけじゃなくてこれからも一緒に遊んで欲しいなって気持ちの方が強くて」

 勢いで選んでしまった。エマははにかみながらそう続ける。

「……別に、職業で遊ぶ相手選んだりしねーよ」

 亜人特有の長耳がわずかに揺れた。

 褐色肌のせいでわかりづらいが、その先端は薄らと色付いている。

 ああ、懐いたんだな。とミツルとバルドは表情を和らげた。



「よし、じゃあエマさんのレベリングにいこうか」


 ミツルの提案通り、やってきたのはエンセスタースライムを倒したあの草原だ。

 レアボスは一度倒してしまえば沸く(ポップ)するのに時間が掛かる。先ほどのような事態にはならないだろう。


「じゃあ、とりあえずスライムから慣れて行こう。今度はエマさんが最初に殴ってね」

「はい!!」

 エマは転職の際にもらった大楯を右腕に構え、反対側の手に片手剣を構える。

 片手剣といっても盾騎士(シールドナイト)専用装備なので攻撃力はあまり高いものでは無い。加え、スライムには打撃や剣撃が効きづらいので倒すのには少々時間は掛かるだろう。

 近くに居たスライムにじりじりと近寄り、慣れぬ片手剣を振って攻撃を当てる。

 ぽよん、と軽い音が響き、スライムの中に浮かんでいる核が僅かに煌めいた。


「そのまま盾で防御し続けてみて。基本は正面から来るけど、モンスターによっては隙をついてこようとするからそれも意識して」

「はい!!」

 ぷよぷよしたスライムはその場で跳ね、エマの大楯に弾かれる。

 今度はエマが片手剣でカウンターをして、スライムが再び攻撃。ひたすらそれを繰り返す。

 スライムは攻撃パターンが単調なので初心者にとっては良い練習相手だ。


「こ、こんな感じですか?」

「うん、良い感じだね」

 不慣れ感はあるが、エマは敵とちゃんと向き合っている。

 案外合っているのかもしれないな、とミツルはバフ魔法をエマに掛けてやった。


「がんばれー」

「ファイトー」

 少し離れたところでトールとバルドがその様子を眺めていた。

「盾ってめんどくさそーなのによく選んだなあ」

「向き不向きはあるだろ、あの分だと案外悪くない選択だったのかもしれないな」

「うえー、理解できねえ」

「そこは人それぞれってやつだ。トールだって魔法職向いてないだろうに」

「後ろで魔法撃って楽しいとは思えねえからな。バルドだってそうだろ?」

「当たり前だろ、最前線で殴ってるほうが楽しいし浪漫がつまってる」

「はちゃめちゃに分かる」

 脳筋たちの会話をよそに、エマはスライム相手に奮闘している。

 暫くするとスライムは身体を震わせ、弾け飛んだ。

 小さな核だけが僅かに残り、ドロップ品を撒き散らす。

 問題なく倒せたようだ。


「お疲れさま。どう、怖くない?」

「大丈夫です、盾って面白いですね!!」

 エマは興奮しながらドロップ品を拾い上げる。

 その様子にミツルはほっとして、後ろで暇そうにしていた二人に声を掛けた。


「二人とも、自由にしてても大丈夫だよ。この辺りなら俺一人でも対処できるから」

 この程度のサポートならばミツル一人でも何とかなる。

 レベルが上がればトールやバルドも必要となるかもしれないが、エマはまだレベル10だ。

 本格的な手伝いは50以上からと考えも大丈夫かと、バルドは頷いた。


「分かった。町でエマさんもできるようなクエストでも見繕ってくるか」

「そうしてくれ。あ、そうだ。余ってる装備があったら持ってきてくれないか? 俺は魔法使い(ウィザード)向けの装備しかないから盾騎士(シールドナイト)系の装備は全然ないんだ」

「分かった。何かあったらパーティーチャットをくれ」

「ありがとう。トール、無駄遣いするなよ」

「そもそも無駄遣いする金がねえっての」

 エマの手伝いをミツルに任せ、二人は城門へと向かった。



 城下町は相変わらず混雑している。

 空は少しだけ赤らんでいた。現実とは違い、ゲーム内の時間は早く進む。間も無く夜の帳が降りるだろう。

「夜になったら骸骨(スケルトン)が出るけど大丈夫かねー」

「問題無いだろう、ミツルがついているんだから」

「それもそっか。兄貴のレベル高いもんな」

 180ともなればある程度のマップには出歩くことができる。

 初心者向けマップならば骸骨(スケルトン)種が出ても問題は無いだろう。


「でもエマさん大丈夫かなー。ビビったりしないといいけど」

「トール、お前随分とエマさんに懐いているな」

「そりゃそうよ、可愛いし、初心者だし……最近ずっと効率重視のクエストしかしてなかったから新鮮だわ」

 トールはカラカラと笑い声を上げる。

 その姿に、バルドは僅かに目を眇めた。


 バルドとトールの付き合いはそれほど短くはない。

 クセのある彼女とはそれなりに苦楽を共にしてきた。

 お互い、ゲーム内での付き合いだけではあるが、ある程度の性格や傾向などは把握しているつもりだ。

 そんな彼女が、出会ったばかりの誰かを気に留めるというのは少々珍しかった。

 普段から彼女はさっぱりとした交友関係を築くことが多いせいだ。

 フレンドリストは友達というよりも、機能の一部として活用している。

 付き合いが長ければそれなりの関係にもなるだろうが、バルドの知っているトールという人間は出会ったばかりの人間に対して気遣うような性格ではなかった。

 先ほどミツルが驚いていたのもそのせいだろう。


「……珍しいな」

「あん? 何が?」

「トールはあんまり人付き合いしないだろう」

「まーなー。めんどくさいし……もめた時のこと考えたらさ」

 オンラインゲームも人付き合いでの揉め事はそれなりに多い。

 一回きりのマッチングで後腐れ無く分かれてしまう方がトラブルとの遭遇率は低いので、トールはあまり深入りしない交友関係を維持してきた。


「でもさー、エマさんは良い子っぽいし、なんとなくってやつだな」

「いつもの勘みたいなやつか」

「そーいうこと。兄貴も教えてて楽しそうだし、バルドだって楽しみだろ?」

 トールが問えば、バルドも静かに頷く。


「一緒に遊びたいって言われたら、そりゃ嬉しいもんだよな」

「だな、悪い気はしねえよ」

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