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廃人兄妹の徒然日記  作者: 東雲 豊
妹の失敗
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借金8M

 人類の進化は二十一世紀を迎え、著しい進化を遂げていた。

 各国の共同政策、インフラの整備、技術の交換なども相俟ってか、人々の生活はより豊かなものへと変貌していく。そんな時代である。

 特に日本と呼ばれる国では、国家の援助の下、様々な分野の研究が行われていた。


 精神的にも、肉体的にも充実した生活を送れるように。

 それをコンセプトとした開発は、業種・企業を問わず進められていた。

 その中の一つに、義肢の機械化というものが存在する。

 これは身体の中に、脳と義肢を繋ぐ特殊なケーブルを通し、脳から直接義肢をコントロールするという画期的なものだった。


 従来の義肢とは大きく異なり、健常時と変わらず精密な作業をこなす事が出来る。

 始めは、コストや倫理観の問題もあり、開発やテストは難航していた。

 しかし、国家や他企業の協賛もあり、義肢の機械化は瞬く間に人々の生活に取り入られていく。


 そして、人々の機械化は義肢だけに留まらず、より利便性の高いものへと変化を遂げた。


 とあるコンピューターのOSを開発している企業では、義肢に使っていた特殊なケーブルを用いて、体内埋め込み型のインプラントを繋ぎ、脳から直接コンピューターへの入力作業を行う事が出来るインプラントを開発した。


 接続箇所はその人の健康状態や生活環境により変わるが、手術のやり易さや費用面から首元や肩など脳に近い場所に埋め込むのを推奨している。


 はじめは健康な身体を持ちながら体の一部を機械化することに抵抗のある者が多かったが、既に義肢の機械化が一般的になっていることや、作業効率の飛躍的向上、身体と脳への安全性、負担費用の援助などを考慮し、それらを取り入れる企業が増え始めた。



 中でも、ネットゲームを開発する企業はいち早くそれらを取り入れ、試作を重ねて従来のネットゲームとは違う新しいジャンルのゲームを開発した。


 ヴァーチャル・リアリティ・マッシブリーマルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム。

 通称VRMMORPG。


 仮想空間多人数同時参加型オンラインRPGと訳され、ゲームに接続したもの同士が仮想の世界で、現実と同じように一部感覚を除いた五感を体感出来るように作られている。


 ――現実ではない、仮想の世界での暮らし。


 インプラント経由でコンピューターから直接脳へ、視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚への信号が送られるので、今までのネットゲームとは比べ物にならないほどリアル(仮想)の世界を体感する事が出来るという謳い文句を掲げている。



「あ~~」


 ――今しがた、自宅のリビングで間延びした声を上げたこの少女も、とあるゲーム会社が運営しているVRMMORPGのプレイヤーの一人だ。

 絹のように美しい黒髪たちが絡まるのを気にもせず、彼女はソファの上でクッションを胸に抱き、身体をくねらせ呻き声を漏らした。


 彼女の名前は小森 透。


 都内の某高校に通う十七歳の少女だ。


 彼女が身じろぐ度に髪は柔らかく揺れ、ふわりと音がしそうなほど優雅に空中を泳いだ。顔立ちは少しだけ大人びているが、大きな黒目とそれを際立たせる長い睫のせいか年相応に見える。

 ソファに寝転んでいる事を除けば、良い所の女学生に見えるだろう。しかし、そんな彼女の言動は悲しい事に真逆のものだった。




「あーもうまじめんどくさい、クッソだるい、まじだるい」




 口を開けば、飛び出すのは顔に似合わぬ粗野な言葉遣い。

 加え、趣味はゲームに漫画、プラモデルの作成にスポーツ観戦など、女の子が好みそうなものではなく、少年そのものだった。


 総評として、彼女は同級生から”男の幻想クラッシャー”という二つ名を頂いてしまっている。


 普通ならば、二つ名を与えられた辺りで改善を試みようと思うはずだ。しかし、当の本人はそれを嫌がるどころかどうでも良い事として捉えて、我がままに生きているので余計に性質が悪かった。

 おそらく、この性格も二つ名も一生直る事は無いだろう。


「ん? 何がだるいんだ」

 彼女の声を拾ったのは男性だ。キッチンから顔を覗かせ、不思議そうな顔をしている。

 くすんだ金色の髪が静かに揺れた。


 男の名前は、小森 充。


 先程ソファで寝転んでいた小森 透の実の兄である。


 充は都内の大学に通っている三年生だ。

 出張で家を空けている両親と、家事を一切しない妹の代わりに家事全般をこなしている真面目な青年である。

 鋭く、厳つい顔立ちから誤解されがちだが、穏やかな性格と柔らかい物腰から、近所の人達からは好青年として認識されているような男だ。

 透の男の幻想クラッシャーとはまた別のギャップ感がある。


「クエストが」

 透はソファの肘掛に足を投げ出し、クッションを胸に抱きなおした。

 それを見て、充は少しだけ眉を上げたが注意はしなかった。どうせ言っても聞かないのだから仕方が無い。


「……ああ、クエストか」

 この兄もまた、妹と同じVRMMORPGプレイヤーだ。


「討伐クエストなんだけど、めんどくさいことになった」

 透はゲームの中では日銭を求めて冒険者ギルドに所属し、依頼をこなすタイプであった。


 依頼は、プレイヤーからの受けるものとNPCから受ける二種類存在している。

 今回、彼女が受けたクエストはNPCが出したもので、内容は指定されたダンジョンにいる特定モンスターの討伐、というよくあるものだった。



「何だ、面倒な長期クエストでも引いたか? それとも敵のレベルが高いのか?」

「敵のレベルが230」

「ああ、それはキツイな……」

 敵のレベル上限は定められていないが、プレイヤーの上限は決まっている。現在、プレイヤーの限界レベルは255。


 しかもそれは、ただ敵を倒していれば到達出来るというものではない。

 いくつもの指定クエストをクリアしたり、国への貢献や名声などが必要となったりと面倒なものである。

 現在ゲームで遊んでいるプレイヤーの中で、レベル255まで辿り着いたのはほんの一握り。アクティブ人口の1%にも満たないだろう。


 そして、残念な事に彼女のレベルは折り返し地点にも満たないレベル160だった。

 基本的な依頼を受ける目安が、自分のレベル±10なので、敵のレベルが230ともなればソロはまず不可能。

 大人数パーティーならばなんとかなるかもしれないが、余程の事が無い限りは、みな身の丈にあったクエストを受注している事だろう。


「なんでそんな依頼受けたんだ?」


 彼女は常日頃からギリギリ暮らせていける程度の楽な依頼しか引き受けない。

 欲しいものが出来た時にだけ効率の良い依頼を選んで働くので、こうした無茶な依頼はとても珍しいことであった。


「…………ミス」

「……は?」

「……間違えた紙取っちまった」


 依頼には、直接依頼主から話を聞くタイプと、ギルドの掲示板に貼ってある依頼用紙を剥がして窓口に申請する方法がある。


 透は会話や長い打ち合わせが苦手だったので、毎回後者の方法を取っていた。

 おそらく、確認を怠り目当てのものではない依頼用紙を取ってしまったのだろう。


 依頼の破棄は勿論出来る。しかしそれはプレイヤーからの依頼を受けた時に限る。

 NPC相手の依頼では悪戯防止の為、簡単に破棄する事が出来なくなっている。

 一応救済として違約金システムというものもあるが、相場は敵のレベルや内容によって跳ね上がるようになっている。


「レベル230だと……違約金はいくらになるんだ?」

「共通で8M」


 8Mとはネトゲ特有の略称である。

 正せば8,000,000。

 首都クラスの街であれば、一日10,000程度あればそこそこの宿屋に食事付きで泊まる事が出来るので、つまるところ、かなりの大金だ。


「手持ちは?」

「はっはっはっはっは。宵越しの金なんて持たないのが私だ!!」

「えらそうに言うなこの馬鹿が!!」


 充は履いていたスリッパを脱いで、透の頭に叩き付けた。

 しかし彼女は反省する素振りを見せず、小さく「ひひ」と笑うだけである。




「なー兄貴、金貸してよ」

「最近杖を新調したばかりだから金なら無いぞ」

「まじか、まだ間に合うからその杖売って来いよ」

「売るかアホ!!」

 再びスリッパが振り下ろされた。



 今回の依頼は期限が明記されていなかったのが幸いだろう、これならば時間は後回しに考えても問題無い。

 無論、放置し続ければ冒険者ギルドからペナルティとして透の冒険者ポイントが減点されるので悠長にはしていられない。

 しかし猶予はある。

 何とかして問題のモンスターを仕留めるか、金を貯めて違約金を払ってしまいたい。


「兄貴、今レベルいくつ?」

「俺は180だけど……あまり頼るなよ、サポートがメインで火力は無いからな」


 充が覚えている魔法の殆どは補助スキルで、プレイヤーの身体能力の向上や、敵への状態異常付与がメインとなっている。

 自衛手段としていくつかの攻撃魔法を取得しているが、攻撃魔法をメインとしているプレイヤーに比べれば、その威力はだいぶ劣ってしまう。

 とてもレベル230のモンスターに勝てるものではない。


 一方で透は近接スキルがメインだ。

 二人で強化魔法や罠などを駆使すれば、+20レベルくらいまでのモンスターは相手に出来るかもしれない。

 しかし、相手は未曾有のレベル230だ。

 このまま二人で狩りに行ったとしても、お目当てのモンスターに出会う前に全滅しかねない。


 ――結論として、二人で倒すのは限りなく不可能に近い。


「仲間でも募集してみる?」

「来るかどうかは別だけどな」


 レベルの低い二人を連れて、格上のモンスターに挑みたい。

 そんな輩なぞ早々居まい。


「来ねえよなー」

「まあな……暫くは受けられる依頼を片っ端からこなして金を稼ぐしかないな」


 一番堅実で確実だ。報酬の額は少ないかもしれないが確実に金を稼ぐことが出来る。

 充の提案に、透は二つ返事で応えた。


「おーそうだな……あーめんどくっせえなあ、まじで」

「誰のせいだと思ってんだ!!」


 三度、スリッパが頭に叩きつけられた。


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