第29話 お嬢様会談、開幕(2)
現れたのは、第三の制服に身を包んだ二人組のお嬢様だった。
黒のジャンパースカートに白いスカーフリボンのコントラストは、さながら聖職者を思わせる風体だ。
前に立つ少女は輝知会長と同じくらいの背丈で、煌めく銀髪をサイドテールにまとめている。
瞳の色は猫のような金色だが、雰囲気の印象は虎に近く、百戦錬磨のキャリアウーマンめいた怜悧さを感じる。
彼女の背後に控えているのは、黒髪をヘアバンドで掻き上げ、黒縁眼鏡を掛けた少女。
対照的なまでに地味で大人しい印象だが、その目は臆することなく前に向けられている。背丈はわたしと同じ百五十センチくらい。
彼女たちが聖イリア女子校、自警組織【メビウス】の構成員。
かつて第二次お嬢様事変を引き起こし、離宮に大混乱をもたらしたお嬢様の一派。
二人の左腕の腕章には、交差する三つの楕円と、その中心に瞳のような黒点が刻まれている。
こちらを見ているみたいでちょっと不気味、というのが率直な感想だ。
長椅子の一つにどっかり座した佐羽足さんは、メビウスの二人を不快そうに眇め見る。
「コシュカ、テメェの親玉は今日も欠席かよ。一周回って感心するぜ」
「そちらの方が皆様にとってもご都合がよろしいでしょう? 無論、例によって全権はお預かりしておりますのでご心配は無用です」
コシュカと呼ばれた銀髪少女は、胸元に手を当て、慇懃に返事をした。
しかし佐羽足さんは一層気分を害した様子で、右足の踵を円卓に叩き付け、威圧的に詰った。
「都合だの全権だのの問題じゃねぇよ。今の離宮の平穏とお嬢様の安寧は、三校のアタマで釘を刺し合ってギリギリ保たれてんだ。そのためにオレたちは忙しかろうと面倒だろうと仕方なく嫌々この会談に臨んでいるんだ。だからそっちのアタマも仕方なく嫌々来いっつってんだよ」
佐羽足さんのスカートが豪快にめくれ、下履きのスパッツが露になる。
あけすけな敵対心を見るに、黎明学園と聖イリア校の確執は未だ根深いようだ。
輝知会長は顎に指を当て、不思議そうに尋ねた。
「これで三回連続の欠席ですわね。少し気になっているのですが、もしや総代は何か重い病気や怪我で動けない事情があるのでしょうか?」
「そのような事実はございません。お気遣いありがとうございます、輝知様」
「ケッ、そうだったらガチで都合がよかったのによ」
コシュカさんの即答に対し、佐羽足さんは肩を竦めて毒づいた。
八咫烏の時と同様、輝知会長がわたしたちに彼女たちを紹介してくれた。
「先頭の方は富良コシュカ。聖イリア校の自警組織【メビウス】の副総代です。お連れの方は……見慣れない方ですね、私が知る幹部ではありませんが……」
「ウテナ……!」
輝知会長の言葉半ばで、八千重ちゃんは譫言のようにそんな名を口にした。
聞き覚えがあるどころではない。
蓮野ウテナ。
八千重ちゃんの中学時代の親友にして、闇堕ちお嬢様となった宿敵。
八咫烏の威嚇にも平静を保っていた八千重ちゃんは、動揺を隠せない様子でウテナちゃんに問いただした。
「まさか、あなたですの!? わたくしと陽香さんを襲撃した犯人は……!」
「はて、一体何の話をなさっているのです?」
こてんと首を傾げるウテナちゃんに、八千重ちゃんは今にも掴み掛からん勢いで声を荒らげる。
「惚けないでください! わたくしたちが襲撃された直後のお嬢様会談に、一年生のあなたが参加するなんて偶然があるわけないでしょう! 目的は何ですか!?」
「弥勒寺さん、落ち着いてください。その結論も含めて本日はこの会談に臨んでいるのです」
片手を翳して制止する輝知会長に、八千重ちゃんは必死の面持ちで言い募る。
「ですが、ひょっとすると彼女はこの会談でも何か起こそうと企んでいるかも……!」
「落ち着いてってば、八千重ちゃん。ウテナちゃんはどう見てもあの襲撃犯より背が高いじゃん。それに、たとえ犯人とウテナちゃんに何らかの関わりがあるとしても、わたしたちが今日ここに来ることは想定できなかったんだよ。少なくともこの場でわたしたちに何かするつもりはないはずだよ」
輝知会長に代わり、今度はわたしがそう宥めた。
八千重ちゃんの指摘は気掛かりだけど、焦って犯人捜しをしても多分事態は好転しない。
八千重ちゃんはようやく冷静さを取り戻し、大人しく引き下がった。
「そう……ですね。失礼、取り乱しました」
副総代の富良さんは興味深そうに八千重ちゃんを一瞥し、口を開いた。
「ご存知の方もいらっしゃるようですが、改めてご紹介いたします。この者は蓮野ウテナ。本年度の新入生にして【メビウス】の新メンバーです。次期幹部候補と目されているホープで、総代より『経験を積ませるべし』との命を受け、この場にお連れ申し上げました次第です」
「そっちも新入りをご招待かよ。つくづく似たり寄ったりの思考だな、瑞月」
佐羽足さんが皮肉っぽく水を向けたが、輝知会長の答えは無言だった。
ウテナちゃんは口元に手を当て、哀れむような口調で八千重ちゃんに言い放つ。
「落ちましたね、八千重。そのように冷静さを欠き、論理的に窘められる姿など見たくありませんでしたよ」
「お黙りなさい、闇堕ちお嬢様のあなたに見せる姿など元よりありませんわ」
八千重ちゃんは反射的に食って掛かったものの、輝知会長に視線で咎められ、申し訳なさそうに口元を引き結んだ。
八千重ちゃんの台詞に反応したのは富良さんだった。
「闇堕ちお嬢様……未だにあなた方は我々をそう呼んでいるのですね」
「お気に障られたなら私が代わってお詫びいたします。確かに今のあなた方をそう呼ぶのは、いささか不適切ですわね」
輝知会長の粛々とした謝罪を、富良さんは一笑に付す。
「呼び方などいかようでもご自由に。そもそも我々は今も昔も、闇に堕ちたなどとは微塵も思っていないのですよ。それでも皆様が我らメビウスを悪と見做すのであれば、全権代理としてこちらも一言お断りさせていただきましょう」
富良さんは一旦言葉を切り、わずかに目を見開いた。
猫のような金目に純黒の光を宿し、熱を帯びた声音で説き始めた。
「あの御方は……総代〝ヒオ〟は、この世のあらゆる才能を愛しておられる。そしてその中には、現在の社会にとって『不都合な才能』も多分に存在していて、あなた方はご自分の理解が及ばないそれを便宜的に【悪】と呼称し恐れている。ただそれだけの話です」
部屋の温度と無関係に、わたしの背筋がぞくりと粟立った。
彼女の言葉の不穏さではなく、その話術に魅せられそうになったためだ。
予備知識がなければわたしはメビウスに深い関心を抱き、ことによると共感さえしていたかもしれない。
副総代ですらこれなら、総代は一体どれほどの――
ガンッ、という出し抜けの異音は、佐羽足さんが再び円卓に踵を落とした音だった。
注目する一同を、佐羽足さんは焦れったそうに催促する。
「能書きはいらねぇよ。さっさと儀式を済ませて本題に入るぞ。瑞月、今日は招集かけたテメェがやれ」
「それでは僭越ながら、始めさせていただきましょう」
輝知会長は入口正面の円卓の前に立ち、わたしと八千重ちゃんは輝知会長の左右にそれぞれ並んだ。
他二校の生徒もそれぞれ所定の場所に立ち、三校が円卓を囲んで向かい合う形になる。
輝知会長は胸元で両手を組み、清らかに唱えた。
「遍くお嬢様の叡智、魂、そして輝かしい未来に、祝福と御加護があらんことを」
『祝福と御加護があらんことを』
輝知会長に続き、全てのお嬢様が両手を組み、声を揃えて復唱する。
好戦的な佐羽足さんも、ダウナーギャルの湯逸さんも、妖しげな雰囲気の富良さんも、一様に粛然とした態度で。
不思議な気持ちだった。
つい先ほどまで整理しきれないほどの感情が渦巻いていたのに、この瞬間だけは穏やかに、全てを信じられる気がした。
みんなが同じ人間で、離宮の学生で、誇り高きお嬢様であるという当然の事実を、実感することができた。
十秒ほどの静寂の後、各々が長椅子に着席する。
全員の着席を確認してから、輝知会長は切り出した。
「それでは議題に移りましょう。事前にお伝えしました通り、桜仙花学園の学区内で発生した二つの事案につきまして――」




