第25話 お嬢様事変(2)
この【離宮】と呼ばれる経済特区は、今から約八年前、日本全国の有力者により創設された。
欲する特権や思惑は人の数だけあったが、根底には彼らが一致団結するだけの共通点があった。
すなわち、資産家と権力者、そして天性の才を有する者のための街を作ること。
そして、彼らの力で日本の発展を促すこと。
結果として住民の権力が強大になり、警察機関が機能不全に陥ったわけだが、そこまでは彼らにとっても想定の範囲内だった。
十二分の財と地位を手に入れた離宮の有力者には、悪事を働く動機がないし、横の繋がりが強い彼らは、その気になれば刑事罰以上のペナルティを悪党に与えることもできるから。
彼らが離宮設立に際し、最も重視していたことは、教育だ。
神は人の上に人を作らないが、厳然たる事実として、裕福な家庭の子は優秀な者が多い。
親が子に莫大な資金を投じて英才教育を施すのだから、ある意味で当然だ。
だから彼らは考えた。
幼少期から最高峰の教育を受けたお嬢様や、日本中の優秀な才女を一所に集めれば、我が子は相乗効果でさらに飛躍的な成長を遂げるのではないかと。
平たく言えば離宮の設立とは、より優れたエリートを生み出すための社会実験だったのだ。
しかし才能とは残酷なもので、いくら環境に恵まれても、まるで目を出さないお嬢様は必ず存在する。
血のにじむ努力でやっと人並みの学力や感性を身に付けても、この離宮ではそんなささやかな成果など劣等感を増幅させるだけ。
そうして募り募ったお嬢様たちのコンプレックスが、ある日、暴力という形で発露された。
「それが三年前に勃発した、お嬢様事変。のちに【第一次】と冠せられるそれは、無慈悲で無秩序な学生騒乱でした」
語る八千重ちゃんの声は、かつてない悲哀の響きを伴っていた。
傍らに佇むイスカちゃんも、当時を思い返してか、唇を噛んで押し黙っている。
「誰かが音頭を取って始めたわけではありません。強いて言うなら、離宮という特殊な環境そのものに問題があったのでしょう。悪意や暴力の悍ましい感染力だけで、たった数名の闇堕ちお嬢様による暴走が、あっという間に離宮中を混乱に陥れてしまったのです。いつ誰が感化されて暴力を振りかざすか分からない、先述した通り警察はアテにできない、他の大人が制圧するのも一筋縄ではない……そんな疑心暗鬼が渦巻く暗黒の時代でした」
誰もが予想だにしなかった。
やんごとなきお嬢様が、彼女らの同級生が、何より我が子が、暴力に手を染めてしまうなんて。
しかしもちろん、他のお嬢様たちも虐げられるがままだったわけではない。
水面下でお嬢様武芸を磨き上げ、闇堕ちお嬢様の制圧に乗り出したのが、初代【紅華】だ。
当時の紅華は、【桜仙花学園】【黎明学園】二校の有志による自警組織だった。
散発的な暴力の発露に過ぎない闇堕ちお嬢様は、紅華の統率力、戦闘力、そして強い意志に成す術なく、着実にその姿を消していった。
事変から三ヵ月ほどの時を経て、離宮には再び平穏が訪れた――はずだった。




