第20話 仮面の襲撃者(3)
呆然としかけたわたしは、慌ててスマホを取り出した。
「けっ、警察……じゃなくて!」
花園の緊急通報ボタンに指をかけた瞬間、いつの間にか眼前に迫っていた狐面が足を閃かせ、わたしの手元からスマホを弾き飛ばしてしまった。
「いったぁ……!」
痛みに呻きながらも、わたしは生存本能を総動員し、反射的に狐面との距離を置く。
行動不能になった弥勒寺さんに、狐面はもう目もくれず、わたしだけに意識を集中させている。
全身を刺すような恐怖感を振り払うべく、わたしは蹲る弥勒寺さんに言った。
「弥勒寺さん、立てる!? 今、緊急通報したからすぐに救援が……来るかな、ちゃんと発信できてないかも……」
地面に転がるスマホを横目で見、わたしは語尾を濁した。
拾って確かめたいのは山々だが、その隙を狐面が見逃すとも思えない。
先に動けば負ける――そんな睨み合いの最中、蹲る弥勒寺さんが苦しげに言った。
「お……逃げなさい、高遠さん……」
「嫌だ!」
わたしは大声を上げ、深く構えて狐面と対峙した。
初めての実戦。全身を覆う不安を振り払おうと、わたしは一層声を張り上げる。
「わたしが少しでも時間を稼ぐ! 弥勒寺さん、できるだけ早く立って逃げて! 多分長くは保たない!」
護身の心得は最低限備えている。
狐面の目的は不明だが、防御と回避に徹すれば、少なくともすぐ行動不能にさせられることはないはず。
様子を窺っていた狐面は、わたしに攻撃の意志がないことを悟るや、距離を詰めて仕掛けてきた。
狐面は体格こそ小柄だが、拳と脚を紙一重でかわすたび、鋭い風圧を感じて肝を冷やした。
こんなスピードの使い手が初めての実戦になるなんて。
連撃をさばききれずよろめいたわたしに、狐面は跳躍し、顔面を狙った横薙ぎの蹴りを繰り出してきた。
回避は間に合わない。わたしは左腕を右手で支え、ガードの体勢を取る。
狐面の蹴りを前腕で受け、わたしは呻いた。
「ぐっ……重い……!」
飛び蹴りとは思えない力を受け止めきれず、わたしは横ざまに地面に転がされてしまった。
直撃を受けた左腕のみならず、支えにした右手までじんじん痛む。
これ、下手したら左腕折れたか……?
倒れたわたしを、狐面は少し離れた所でじっと見つめている。
弥勒寺さんはまだ動けずにいるようだ。
抵抗の手段を奪われ、これから襲われる苦痛を想像し、目を閉じかけたその時――
突如、一陣の烈風が吹いた。
わたしと狐面の間に、天を衝くような大柄な人物が割り込んでいる。
彼女を見た瞬間、わたしは全身の力が抜けるほど安堵した。
「……状況を説明しろ」
火虎先輩の声は、初めて聞くほど低く、背中姿からも怒り心頭なのが伝わってくる。
わたしは体を起こし、可能な限りの大声で報告した。
「襲撃者、二名負傷、一名移動不可!」
「そうかい、見たまんまだなッ!」
火虎先輩は言い捨てると、地面を蹴って狐面に飛び掛かった。
そのスピードのキレは狐面にも引けを取らない。
もう安心だ。いくら狐面が相当な使い手だとしても、あの火虎先輩に敵うはずがない。
そう気を抜いていたわたしは――狐面が火虎先輩の伸ばした右手を弾き、攻撃を往なした姿を見て目を剥いた。
左腕で攻撃の軌道を逸らした狐面は、受け流した勢いのまま体を反転させ、火虎先輩の体側に、踵回し飛び蹴りをお見舞いした。
持ち上げた腕を盾にして難なく受け止めた火虎先輩だったが、腕にめり込んだ狐面の足を見て不快そうな声を上げた。
「……あぁ?」
「火虎先輩!?」
一撃を浴びせられた火虎先輩を見、わたしは息を呑む。
まさか火虎先輩ですら――という不安がよぎりたが、火虎先輩の硬直は一瞬だった。
腕力で強引に足を跳ねのけ、そのまま宙に浮いた狐面の足首を掴もうとする。
狐面はすぐさま足を引き、バク宙からのバックステップで火虎先輩との距離を置いた。まるで軽業師のような身のこなしだ。
数秒間、狐面は火虎先輩と睨み合い――やがて形勢不利と察したか、背を向けて黄昏の街に姿をくらました。




