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リアルファイトお嬢様  作者: ノリカワショーガ
第4章 体得せよ、お嬢様武芸

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第16話 体得せよ、お嬢様武芸(3)

 ちょこんと座るライムちゃんは、体の小ささや線の細さも相俟って、まるで精巧なお人形さんみたいだ。

 妹ができたような気分で頬を緩ませ、わたしは箸を進める傍ら世間話を振る。


「どう? クラスに友達はできた?」


「ううん、必要な連絡くらいならするけど、仲のいい友達ってほどの人は……」


 俯くライムちゃんは自信無げだが、わたしからすればとんでもない発言だ。

 わたしと同じ外部生なのに、一ヵ月も独力だけで桜仙花おうせんか学園を生き抜くなんて。


「ライムちゃんって何気にすごいよねぇ。わたしなんて入学早々友達に助けてもらわなきゃ首が回らなかったのに、一人で何とかしちゃうんだもん。本物の秀才だなぁ」


「別にそんなんじゃ……僕はただ、一人でいるのが好きなだけだから」


「……あ、もしかしてわたしの絡み、ウザかったりする?」


 わたしがおっかなびっくり尋ねると、ライムちゃんはサラサラ髪を振り乱して首を横に振った。


「ううん、そんなことない! ……そんなこと、ないよ」


「よかったー、お嬢様を守りたくて紅華べにばなに入ったのに、これ以上迷惑掛けてたら世話ないところだったよ……」


 ライムちゃんが気を遣ってくれている可能性もあるけど、いちいち邪推はしない。

 善意に卑屈で応じるのは、お嬢様への冒涜であると以前のお茶会で学んだから。

 胸を撫で下ろすわたしの様子を窺いながら、今度はライムちゃんが訊いてきた。


「あの……陽香ちゃんが入ってる紅華べにばなって、何なの?」


「おっ、ライムちゃん気になるの? 紅華はね……」


 わたしが紅華の要旨を掻い摘んで説明すると、ライムちゃんの表情はより一層訝しげなものになった。


「……要するに警察みたいな仕事をしてるってこと? 危なくない? 陽香ちゃん、何でそんなのに入ったの?」


「そりゃあ危ないことだってたくさんあるだろうし、訓練も毎日大変だよ。でもね、輝知会長と中津川先輩に助けてもらった時に思ったんだ。わたしもあんな格好いいお嬢様になりたいって。これこそがわたしの目指すお嬢様の姿なんだって」


 初めて離宮に足を踏み入れた日に想いを馳せ、わたしははにかむ。


「ちょっと前までのわたしはね、実は自分のことがあんまり好きじゃなかったの。自分に自信がなくて、周りに何となく流されがちで、離宮に来たのもお母さんから『桜仙花学園の試験受けてみない?』って提案されたからってだけで。他のお嬢様と違って、家柄や才能がすごいわけでも、はっきりした将来のビジョンがあるわけでもなくて。でも、そんなわたしだからこそ紅華に入りたいって思ったんだ。お嬢様の笑顔を守る、最強のお嬢様になりたいって」


「最強のお嬢様……」


 復唱するライムちゃんは、ひょっとするとわたしが思う以上に紅華に興味があるのかもしれない。

 わたしは膝を打ち、前のめりになってライムちゃんに提案を試みる。


「ね、部活とかに入ってないなら、ライムちゃんも紅華に入らない? 火虎先輩の入会試験はマジでキツいけど、強い意志があればきっと入れるよ。あ、でも追加の入会って受け付けてるのかな? もしよかったらわたしから火虎先輩に訊いて……」


「いい。僕は別に入る気ないから」


 言葉半ばですげなく拒否され、わたしはつい鼻白んでしまった。


「そ、そっか。まぁ気が変わったらまた気軽に声を掛けてよ」


 紅華に入れば友達も増えるし、お嬢様の見る目も変わるしで良いきっかけになると思ったんだけど……ライムちゃんにその気がないなら仕方ない。

 入会試験や任務の危険性を考えると、いいことずくめってわけでもないし。


 気まずい沈黙を経て、ライムちゃんが控えめに尋ねてきた。


「ねぇ、陽香ちゃん。力がお嬢様の笑顔を守るって、本当にそう思ってるの?」


「当然だよ! だって実際にわたしは輝知会長に……」


「そうじゃない。僕は守られる側じゃなくて、守る側の立場……つまり紅華としての陽香ちゃんのことを言っているんだよ」


「え?」


 ライムちゃんの意味深な問い掛けに、一瞬わたしは思考が混線してしまった。

 コップを両手で握り、揺蕩う水を見下ろすライムちゃんは、何やら思い詰めているように見える。


「守られるお嬢様からすれば紅花は心強いかもしれない。だけど()()()()()()どうなるの? 大変な訓練を重ねて、危険に晒されて傷を負って、その見返りが感謝の言葉一つって、それが本当に割に合うって言える? もし悪者に負けたら、守ろうとしたお嬢様から、感謝どころか『役立たず』って罵倒されるかもしれない。そんな仕打ちに耐えてまで陽香ちゃんが頑張る必要が本当にあるの? 陽香ちゃんは……紅華は単に『最強のお嬢様』っていう耳障りのいい単語で、汚れ仕事を押し付けられているだけじゃないの?」


 ライムちゃんにしては珍しい、感情を込めた長台詞だった。

 その言葉をゆっくりと噛み締め、わたしはライムちゃんに微笑む。


「そっか、ライムちゃんはすごく優しい子なんだね。わたしが傷付かないか気にしてくれてるんだ」


「……優しくなんかないよ。僕はただひねくれ者なだけ」


 自虐的に目を背けるライムちゃんの前で、わたしは自信満々に胸を叩いてみせた。


「心配してくれてありがとう。でも、わたしのことは大丈夫。そういう側面もちゃんと理解した上で、わたしは今も紅華に居ることを選んでいるから」


「そう、それならいいんだ。ごめんね、変なこと言ったりして」


 大袈裟に胸を張るわたしを可笑しく思ったのか、ライムちゃんは儚げに笑った。


 自他ともに認める内向的なライムちゃんが、わたしのために勇気を出し、仲裁や心配をしてくれた。

 あのアフタヌーンティーのひとときが生んだささやかな縁が、わたしにはとても尊く思える。


 ライムちゃんに釣られて顔を綻ばせたその時、食堂の入り口からドタドタと騒がしい足音が聞こえ、寝巻に着替えた御堂さんが再び姿を現した。


「高遠殿ー! よろしければこれから大浴場で裸の付き合いなどいかがでしょうかー!?」


「あっ、いいねー。もうすぐ食べ終わるからすぐ向かうよ。ライムちゃんもどう?」


 タオル類は脱衣所に備え付けだから、このまま身一つで入浴できる。


 しかし先ほどまでのしっとりした空気はどこへやら、ライムちゃんはやけに慌てふためいた様子でわたしの誘いを断った。


「ぼっ、僕、もう入ったから! 食べ終わったしもう部屋に戻るから! おやすみ!」


「そ、そっか、おやすみ……」


 挨拶もそこそこにライムちゃんはトレーを返却口に戻し、そそくさと食堂を後にしてしまう。

 縮まったと思った距離感が分からなくなり、わたしは複雑な気持ちと併せて残りのご飯を呑み下した。


 ――ライムちゃんともお風呂、一度くらいご一緒したいんだけどなぁ……



 * * *



 もちろんわたしとて、ライムちゃんが指摘したような懸念をこれまで全く抱かなかったわけじゃないけど、その点についてはわたしの中で整理できているのもまた事実だ。


 理由はいろいろあるけれど、一番は三花弁・中津川なかつがわ翠子スイコ副会長とのやり取りだ。


 ある日のお嬢様武芸の座学前、わたしたち新会員は中津川先輩に連れられて、校内をくまなく巡回した。

 歩くたび揺れ動く中津川先輩の編み髪は、まるで動物の尻尾のようだ。


 教室、音楽室、講堂、図書館、食堂、屋内プール、体育館。

 あちこちで賑やかに談笑したり、黙々と勉強したり、汗を流して部活に取り組んだりするお嬢様を見るたび、中津川先輩の横顔は穏やかに綻ぶ。


 やがて敷地内を一望できる屋上に辿り着くと、中津川先輩は反転してわたしたちに問い掛けた。


「さて、皆さん。いかがでしたか?」


 出し抜けの質問に面食らい、わたしたちは顔を見合わせる。


「いかがと言われましても……何事もなく、いつも通りの学園としか……」


 新会員の中から零れた戸惑いがちな答えを受け、中津川先輩は深々と頷く。


「そうです。何事もなくいつも通りの、平和な桜仙花学園。大多数の生徒にとって大した印象も残らない、ともすれば退屈だと思ってしまうような一日でしょう。しかし新会員の皆様には忘れないでいただきたいのです。我々紅華が守ろうとしているものは、まさにこの()()()()()()退()()()()()であるということを」


 中津川先輩は屋上の柵に手を掛け、遠くを眺める。


 グラウンドではサッカー部と陸上部のお嬢様が練習に励んでおり、その向こうの学園敷地外には美しい離宮の街並みが、そのさらに向こうには微かに東京湾と対岸のビル群が窺える。


「お嬢様武芸を体得しようとも、力を行使できる場面が訪れるとは限りません。ことによると、窮地のお嬢様を颯爽と救って感謝される機会は、卒業まで一度も無いかもしれません。ですがそれでいいのです。桜仙花学園の平穏とお嬢様の安寧……それに勝る紅華の誇りなどないのですから」


 そして再びわたしたちに向き直り、新会員一人一人に順に視線を送っていく。


「常より目に焼き付けてください。お嬢様たちが勉学に打ち込む様を、部活動に集中する姿を、友と交わす笑顔を。そして見出すのです、日常に潜む違和感と事件の種を。その意識こそが事件を未然に防ぎ、お嬢様の安寧を守る最大の鍵となるのです」


 最後に中津川先輩は、眼鏡の奥の瞳をキラリと輝かせ、忠告とも励ましとも取れる口調で締めくくった。


「出番がないからと不貞腐れたり、面倒だからと事なかれ主義に走ったりしてはなりませんよ。あなたたちのことは、()()()()しっかり見ていますからね」


 端的なその台詞が、その時のわたしに突き刺さった。


 無意識の心の弱さを見透かされたようでちょっぴりバツが悪くなったものの、すぐに体の奥底から沸々と勇気が湧いてくるのを感じた。



 わたしよりもずっと強くてすごいお嬢様が、飽くなき向上心と献身の精神を持ち、新人のわたしたちを気に掛けてくれている。


 そんな紅華だからこそ、わたしはみんなを信じて頑張ろうって思えるんだ。

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