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リアルファイトお嬢様  作者: ノリカワショーガ
第4章 体得せよ、お嬢様武芸

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第15話 体得せよ、お嬢様武芸(2)

 お嬢様武芸(アーツ)の会得は、座学と実技の二軸で進められる。


 一般的な護身術や格闘術の会得と大きく異なるのは、そのうち座学が占める割合がかなり大きい点だ。


 力の入れ方、各部の重心の位置、人体の急所や可動域などを毎回たっぷり二時間ほども学び、その後に一時間かけて学んだ内容を実践する。

 座学に関しては護身術というより、人体の構造や医療について学んでいる感覚に近い。


 お嬢様武芸は科学に裏打ちされた戦闘術だったのだ。


 論理が物を言うためか、お嬢様武芸は基礎体力に加えて、成績優秀なお嬢様ほど吸収が早い印象がある。

 新会員の中で特に頭一つ抜けているのは、イスカちゃんだった。


「一ノ瀬さん、なかなか良い筋をしておりますわね。新会員とは思えませんわ」


「ありがとうございます。ひとえに先輩方のご指導の賜物です」


 今日も指導担当の先輩から賞賛され、イスカちゃんは謙虚に頭を下げた。

 イスカちゃんの上達ぶりは、わたしにもはっきり分かるほど目覚ましい。


 体力重視の入会試験こそ比較的上位のわたしだったが、実技の手合わせになるとテンパッて学んだ内容が頭から吹っ飛んでしまい、同じ一年生に手も足も出ないなんてこともしばしば。


 咄嗟の機転と冷静さはこういうところでも重要なんだなと、わたしは痛感させられた。


 実技はもちろんグローブとプロテクターで全身を固めているものの、それでも打撃が当たれば衝撃はあるし、拳や蹴りが顔面に迫れば怖くもなる。


 火虎先輩に実技指導を受けていたわたしは、鋭い蹴りに腰が引けてしまい、防御術の指導中にもかかわらず反射的に飛びのいてしまった。


「すっ、すみません! つい怖くなって……」


 プロテクターを付けている上、火虎先輩は絶対に怪我をしないよう手加減してくれている。

 臆病者と叱責されることも覚悟していたが、火虎先輩の反応は意外なものだった。


「気にするな。というより、むしろその感覚は忘れるな。怖いということは、相手との力量が懸け離れていて、勝てる見込みが薄いということだ」


 火虎先輩は真剣な表情でわたしを、そして見学の一年生を見ると、念押しのように付け加えた。


「たとえお嬢様武芸を体得しても、自分の力を過信するなよ。怖い、勝てないと感じたら、まず逃げることを考えろ。あくまでそれが護身の基本だ」


 それは座学でも幾度となく聞かされた教訓だった。


 身の危険を感じたら逃げる。距離を置いて時間を稼ぎ、自分に有利な状況を作り直す。その判断力と実現力を高める鍛錬を怠るな。

 それは人生のあらゆる場面に通じる大原則だ、と。


 とはいえ、紅華は自分だけでなく他人を守るための組織だ。

 肝心な時にか弱きお嬢様を置いて逃げていては、とても格好が付いたものではない。


 お嬢様武芸の鍛錬を受けて分かったけど、やはり基礎体力があるだけで大分違う。


 論理を覚えても肉体が追い付かなければ意味がない。体を動かす負担が減れば、そのリソースを頭に回し、相手の動きや自分の次手に思考を巡らせることができる。

 あの過酷な入会試験は、お嬢様武芸の本質を引き出すために不可欠なものだったのだ。


 地頭があんまりよくないわたしは、肉体強化のアプローチから成長を目指すべきかもしれない。


 入会試験の筋トレノルマこそなくなったけど、他のお嬢様に置いていかれまいと、わたしはより一層体づくりの自主練習に励むようになっていた。



 * * *



《桜仙花学園学生寮・黒蘭》



 紅華の訓練を終え、クタクタに疲れた体で迎えた夕食時。


 寮の食堂でお気に入りの鰆西京焼き定食を注文し、席に着こうとした矢先、わたしの背後から威勢のいい声が掛けられた。


「失礼いたしますです! 高遠殿は、紅華の会員の方でありますですよね!?」


「はっ、はい、そうですけど!」


 びっくりしてトレーを落としそうになりながらも、わたしはすんでのところで持ち直し、慎重に振り返った。

 ツンツンと短髪を立てた小柄なお嬢様が、キラキラした目でわたしを見上げている。


 わたしが何か言う前に、彼女は深くお辞儀をして自己紹介した。


「自分、御堂みどう彩芽アヤメと申しますです! 空手の推薦枠で入学した一年生であります!」


 もちろん覚えている。紅華との手合わせにも参加していた天才空手少女。

 勝手に上級生だと思っていたけど、一年生にして武道連盟の豪傑と肩を並べる実力者だったとは。


 わたしは手近なテーブルにトレーを置き、御堂さんをまじまじと見た。


「御堂さん、黒蘭の寮生だったの?」


「はい! 自分、以前は都内の自宅から学園に通っていたのですが、勉学と部活に集中するために先日入寮しましたです! 右も左も分からない外部生でありますが、桜仙花学園は設備も指導の質も先輩方の技量も素晴らしく、感動の毎日であります!」


 御堂さんは胸元で両手を握り、一層声を弾ませる。


「しかし一番感動したのは、あの紅華と我々武道連盟の戦いであります! 先輩方から伺いました! 桜仙花学園の自警組織・紅華が操るお嬢様武芸(アーツ)……あのような華麗でしたたかな武術がこの世に存在したとは!」


 感動に打ち震える御堂さんとは対照的に、わたしは嫌な予感を抱きつつあった。

 迫る御堂さんの口から出たのは、果たしてその予感通りの言葉だった。


「自分、お嬢様武芸についてもっと詳しく知りたいのであります! 高遠殿、どうか自分にご教授いただけませんでしょうか! あの武芸を掛け合わせれば、自分は空手家としてさらに飛躍できる確信があるのです!」


「い、いやぁ、わたしなんてまだまだペーペーですから、教えるなんてとてもとても……」


 視線を背け、やんわりと断ろうとするも、御堂さんも簡単には引き下がらない。


「そうでありますか! では、お教えいただける二年か三年の方をご紹介いただきたいのですが! どのような厳しいご指導も必ずや乗り越えてみせますゆえ!」


「いえ、諸般の事情でそれも難しくて……」


「なるほど、それでは待たせていただきまする! 高遠殿がお嬢様武芸を身に付けられるその日まで!」


「う、ううん、そういう問題じゃなくてですねぇ……」


 御堂さんは難色を示すわたしの腕に組み付き、全身で強烈に希ってきた。


「なぜなのですかー! 自分に可能な範囲で報酬は用意しますればー!」


「ひぃ~、そう言われましてもぉ~……」


 御堂さんの熱量とわたしの押しに弱い性格が災いして、なかなかはっきりノーと言い難い。

 適当な先輩の名前を挙げればこの場はやり過ごせるだろうが、御堂さんからわたしの名前が出たらどんな目に遭うかはあまり想像したくない。


 ちょっとくらいなら大丈夫かな? ほんの基礎の部分、戦闘に関わらない移動術とかなら?

 御堂さんなら悪い使い方もしないだろうし。


 いやでも門外不出って釘を刺されてるしなぁ。

 わたしってお調子者だから、おだてられて余計なことまでペラペラ喋っちゃいそうなんだよね、


 こんな風に頼られるの初めてだから現在進行形で承認欲求がムクムク湧いてきてるし。

 っていうか御堂さん、身長の割に結構素敵なお胸をされておりますね、さっきから腕に当たってどうにも気が……


「あっ、あのっ!」


 控えめな声に割り込まれ、わたしと御堂さんは同じ方向を見た。

 いつの間にか傍に立っていたライムちゃんが、両手の指をいじいじしながら、消え入りそうな声で御堂さんを窘めた。


「……陽香ちゃん、困ってる。嫌がること無理強いするの、よくない」


 御堂さんはわたしの腕に組み付いていたことにようやく気付いたらしく、バツが悪そうにわたしを解放した。

 それでも、わたしを見る御堂さんの目には、未練がありありと残っている。


「う~……どうしてもダメなのですか~……?」


 小動物のようなその瞳にちょっとだけ心が痛んだものの、中途半端に態度を濁すのはきっと誰のためにもならない。

 わたしは腹を括り、はっきりと意向を伝えた。


「ごめん、紅華の会員以外にお嬢様武芸を教えることはできないんだ。輝知会長から絶対ダメって言われてて。どうしても知りたいなら、御堂さんも紅華に入ってもらうしかないの」


「そう、なのですね……自分はあくまで空手一筋でありますれば……そういうことでしたら、致し方ありませんですね」


 御堂さんはしょんぼりと肩を落としながらも、無理に食い下がることはしなかった。

 自分に言い聞かせるような呟きの後、体の前で両手を揃え、深々と頭を下げて詫びた。


「突然押しかけて申し訳ありませんでした! 自分、思い立つと後先考えられないタチでありまして……!」


「ううん、分かってくれたならそれでいいんだ。ただ、そういう事情だから、他の紅華の会員にも今みたいな質問攻めはしないであげてね」


「承知しましたです! それでは失敬!」


 もう一度深く頭を下げると、ちょうど食事を終えたところだったらしく、御堂さんは早足で食堂を後にしていった。

 びっくりしたけど悪い子じゃないんだよね、多分。


 わたしはほっと人心地つき、仲裁してくれたライムちゃんにお礼を言った。


「ありがとう、ライムちゃん。わたし、どうにも頼まれると断りづらい性格で……」


「気にしないで。誰にだって話したくないことは、あるから」


 ライムちゃんは小さく首を横に振り、食堂の席に戻った。

 食べかけのチキン南蛮定食を見るに、食事中にお騒がせしてしまったようだ。


 せっかくだからとわたしはトレーを持ち、ライムちゃんの対面の席に座った。

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