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リアルファイトお嬢様  作者: ノリカワショーガ
第4章 体得せよ、お嬢様武芸

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第14話 体得せよ、お嬢様武芸(1)

 お嬢様武芸(アーツ)


 それは非力な女子でも筋肉量や体格に勝る相手に対抗するための体術で、柔道や合気道といった受け流しの武芸マーシャルアーツを源流とする。


 倍以上の体重を持つ相手の制圧を可能とし、そのポテンシャルは肉体を鍛えることでさらに引き出すことができる。


 より優れた武芸へと昇華させるべく、空手・相撲・剣道・弓道・槍術・ボクシング・レスリング・功夫・テコンドー・ムエタイなど様々な武術の要素を取り入れた結果、お嬢様武芸は一つの総合格闘技にまで発展した。


 離宮の外にはほとんど知られていない武術であるものの、一流のお嬢様武芸の使い手ともなれば、黒帯はおろか赤帯持ちやオリンピアンとも対等に渡り合えるとされている。


 武芸としての裾野が広い分、同じお嬢様武芸を操る者でもそれぞれ傾向が異なり、紅華内でもいくつか派閥が存在する。


 例として輝知瑞月はカウンターを、中津川翠子は投げ技を、火虎茜は当て身をそれぞれ得意としている。


「お嬢様武芸(アーツ)を体得すれば、皆様の戦闘能力は飛躍的に向上するでしょう。しかし大いなる力には大いなる責任が伴う。伝授するにあたり、皆様に守っていただきたい約束事が三つあるのです」


 語りながら輝知会長は右手を持ち上げ、順に指を立てる。


「一つ目は『みだりに力を行使すべからず』。お嬢様武芸を己が横暴に振る舞うために振りかざすなど論外です。二つ目は『力を得ても驕るべからず』。強さとは多様な概念であり、お嬢様武芸もその一つに過ぎません。様々な人間、才能、努力によってこの社会が形成されている、そのことを努々お忘れなきよう」


 輝知会長の長い指を食い入るように見つめ、わたしたちは幾度も頷く。

 輝知会長が見せたあの無双と礼節は、わたしたちに釘を刺す意味合いもあったのかもしれない。


 一呼吸置いてから、輝知会長は三本目の指を立てた。


「そして三つ目、『お嬢様武芸を衆目に晒すべからず』。体得したお嬢様武芸を、ご友人やご家族に披露したり、生業としたりしてはなりません」


 それを聞いた新会員の一人が、手を挙げて質問した。


「生業というのは、たとえば格闘技の試合に出たり、卒業後にボディガードの仕事で用いたりしてはならないということですか?」


「ええ、それと教室を開いて不特定多数に広めることや、SNSへ投稿することも禁止です。お嬢様武芸の使用は、不埒者から身を守る時、および離宮内で手合わせを行う時のみに限定してください」


 早い話、お嬢様武芸は門外不出ということらしい。

 次にそろそろと挙手したのは、イスカちゃんだった。


「あの……差し支えなければ、その理由を教えていただけませんか?」


「お嬢様武芸とは、あくまで理不尽な暴力への対抗手段であり、それ自体を目的とすべきものではないからです」


 輝知会長の言葉には、どこか厳格な気配が漂っていた。

 心なしか背後に控える火虎先輩や中津川先輩も、やけに表情が張り詰めているように見える。


「多種多様な武芸から技術を取り入れたお嬢様武芸は、言うなれば『純粋な力のみを突き詰めたルール無用の戦闘体系』なのです。会得すれば絶大な力を得られる反面、ひとたび使い方を誤れば、瞬く間に使い手の心身を蝕む。だからこそお嬢様武芸という強い力は、〝自他の身体と尊厳を守る〟という強い誓約の下で用いられなければならないのですよ」


 輝知会長の神妙な口調からも、このルールが先の二つと同等の重みを持っていることが窺える。

 輝知会長は瞼を閉じ、噛み締めるように続ける。


「言わずもがなこの三原則は、我々や先代紅華にも例外なく適用されております。もし皆様がお嬢様武芸の理念を忘れ、私益のために力を行使すれば、その時は……」


 一瞬の沈黙の後、輝知会長は澄んだ純黒の瞳でわたしたちを見据えた。


「我々の制圧対象に――すなわち闇堕ち(ダークサイド)お嬢様になってしまうことでしょう」


 瞬間――わたしは輝知会長が敵として対峙したような錯覚を抱いた。

 物理的な圧力を伴ったような眼力に射すくめられ、指先を動かすことすらままならない。


 数拍の後、輝知会長はいつもの朗らかな笑みを湛え、紅華の訓示で締めくくった。


「気高く、優雅に、したたかに。体だけでなく、心の鍛錬も怠ってはなりませんよ」



 * * *



 それから今後の活動方針とスケジュールについて軽くミーティングをした後、今日はお開きとなった。


 全く体を動かしていないのに、地上に戻るエレベーターに乗った途端、ドッと疲れが押し寄せてきた。驚きやら興奮やらで感情を揺さぶられたせいかもしれない。

 それでもせっかく鍛えたお嬢様筋をなまらせたくないし、ジムで軽く体を動かしてから帰ろうかな。


 陽の光の下に出た時、傍らのイスカちゃんは伸びをしながら口火を切った。


「正直さ、三つ目はちょっと納得できないんだよねー」


 その話題がお嬢様武芸(アーツ)の規則絡みだということはすぐ分かった。

 輝知会長の説明を受けても、内心では蟠りが残っていたようだ。


 唇を尖らせ、イスカちゃんは自論を呈する。


「あんなすごい武芸があるなら、もっとテレビとかネットとか、全国大会とかで大々的に広めるべきじゃない? それでこそ理不尽な暴力からお嬢様を守れるってもんじゃん」


「うーん……でもわたしは輝知会長の言いたいこと、分かる気がするな。イスカちゃんの言い分も分かるけど、お嬢様武芸を悪いことに使おうとする人だっているだろうし……」


 頬を掻いて答えるわたしに、イスカちゃんはさらに反論する。


「でもそれはお嬢様武芸に限った話じゃないでしょ? あたしは輝知会長が巨漢の格闘家を千切っては投げをする姿、もっとたくさんの人に見てもらいたいけどなぁ」


 それはそう。輝知会長の美貌と強さは世界の至宝だ。

 イスカちゃんは苦笑を交え、軽口のような調子で続けた。


「それに、輝知会長がダークサイドに堕ちる姿なんて、全然想像できないじゃん」


「……そう、かな」


 イスカちゃんのもっともな発言に、しかしわたしは全面的に同意することができなかった。


 輝知会長がダークサイドに堕ちる想像は、確かにできない。

 だけどそれを言うなら、悪に手を染めると思える人間自体が稀じゃないか。

 犯罪報道のインタビューで、みんなが口を揃えて「まさかあの人が」と言うように。


 下らない犯罪で捕まる人だって、ネットで誹謗中傷する人だって、わたしに絡んだあの不良だって、悪事を働くために生まれ育ったわけじゃない。

 ありふれた日常に潜むささやかな欲望とフラストレーションが、彼らをダークサイドに駆り立てたのだ。


 輝知会長も、中津川先輩も火虎先輩も、イスカちゃんも弥勒寺さんも、そしてわたしも。


 闇に堕ちる可能性は、きっと誰にだって等しく存在しているのだ。

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