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リアルファイトお嬢様  作者: ノリカワショーガ
第3章 紅華入会試験

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第10話 紅華入会試験(2)

 イスカちゃんや他の生徒たちと一緒に、息も絶え絶えに更衣室に辿り着くや、弥勒寺みろくじさんは地団太踏んで金切り声を上げた。


「キィーッ! 何ですの! このわたくし、弥勒寺八千重に向かってよくもよくも!」


 心底悔しげな弥勒寺さんを見て、わたしたちは目を丸くした。

 またもや思いがけないお嬢様の一面を目の当たりにしてしまった。


 まぁ、ああも面と向かって煽られては無理もないか。

 平然と走り込みと筋トレに勤しみ、華麗に障害物パルクールをこなす火虎先輩の姿を思い出し、わたしは改めて感心の念を抱く。


「でも、本当にすごいよね、火虎先輩。わたしたちと同じトレーニングをしてるのに、全然疲れた様子じゃないんだもん」


「そりゃまぁ、最高幹部の【三花弁さんかべん】だからねぇ。しかもあの切り込み隊長・火虎先輩と来れば当然だよ」


 イスカちゃんはタオルで汗を拭い、人心地ついた様子で息を吐く。


「猛き旋風、火虎ひどらアカネ。圧倒的高身長と手足のリーチによって遍く敵を粉砕するパワーの申し子。肩書きこそ副会長だけど、素手の一対一ならひょっとすると紅華どころか離宮最強かもね」


「ちょっと気になるんだけどさ、残りの【三花弁】って輝知かがち会長と中津川なかつがわ副会長だよね。何で紅華べにばなは副会長が二人もいるの?」


 わたしが率直な疑問を呈すると、イスカちゃんは曖昧な表情で頬を掻いた。


「詳しい事情はあたしにも分からないんだけどね、桜仙花学園だけじゃなくて離宮の慣習らしいよ。自警組織の最高幹部は()()、リーダー一人とサブリーダー二人で構成するってのが。大抵の場合リーダーは生徒会長も兼任してるから、両方の仕事をこなすために補佐も二人必要なんじゃないかな」


「へー、何にせよとんでもなくすごい人に指導してもらってるんだなぁ、輝知会長に匹敵する実力者なんて……」


 制服に着替え終えた弥勒寺さんは、半ば力任せにロッカーを閉め、自分に言い聞かせるように呟いた。


「そうですわね、見方を変えればこれはチャンスでもあります。最強格の火虎様に認められれば、それは即ち最強のお嬢様への確実な一歩ということになりますから」


 そのまま弥勒寺さんは、鞄を手に颯爽と更衣室を後にしてしまう。

 火虎先輩に反骨心を抱いても、紅華に入るという意志は揺らいでいないようだ。


 翻ってわたしは、先行きに不安を覚え始めていた。


 日々のトレーニングには今のところ付いていけている。しかしこれはあくまで入会テストだ。

 火虎先輩の実力や発言から考えても、かろうじて入るような有り様では、入会後に醜態を晒すのがオチだろう。


 頭に浮かんだアイデアを、わたしはイスカちゃんに持ち掛けてみた。


「桜仙花学園のジムって新入生も使っていいんだよね。わたし、明日からちょっと朝練しようかな。イスカちゃんもどう?」


「い、いやぁ、あたしは遠慮しとくよ。試験中も思ってたけど、陽香ちゃんってすごいスタミナの持ち主だね」


 引き攣った表情でやんわり断るイスカちゃんに、わたしは力こぶを作ってみせる。


「そりゃあ、最強のお嬢様になるためだからね! こんなところで躓いていられないよ! わたし、いつも元気なのだけが取り柄だから!」


 桜仙花学園のお嬢様にお世辞抜きで褒められたのは初めてかもしれない。

 尚更気合いを入れてやっていかないと、とわたしは決意を新たにした。



 * * *



 翌朝。

 わたしはまだ陽も昇らないうちに寮を抜け出し、目を擦り擦り桜仙花学園に向かっていた。


「う~、眠いよぉ……」


 学園敷地内の無人コンビニでコーヒーとおにぎりを買い、わたしは熱々のコーヒーを一口啜る。

 カフェインのおかげでちょっとだけ目が冴えた。


 特別棟の入り口に学生証を翳し、スポーツジムへ。

 二十四時間利用可能とはいえ、さすがにこの時間帯では利用者もいないだろう。


 そう思っていたのだが、更衣室とジム内には電気が付いていた。

 酔狂な人がいるんだなぁ、まぁ人のこと言えた義理じゃないけど……

 なんて思いながらジャージに着替え、ジムに入ったわたしは、思いがけない人物を見かけて思わず声を上げた。


「えっ、弥勒寺さん!?」


 ランニングマシーンで無心に走っていた弥勒寺さんは、わたしの声で顔をこちらに向けた。

 マシーンから下りて一息つき、肩から掛けたタオルで汗を拭う。


「……高遠さんですか。ごきげんよう」


 ジャージ姿の弥勒寺さんはいつもの縦ロールではなく、ヘアゴムで金髪をポニーテールに縛っている。

 素材が美人だからラフな髪型もすごく絵になる。


 わたしは片手を挙げ、弥勒寺さんに挨拶を返した。


「おはよう。奇遇だね、弥勒寺さんも朝練?」


「ただの日課のトレーニングですよ。ここの方が広く設備も整っているので利用させてもらうことにしただけです」


 弥勒寺さんの答えは素っ気ないが、十中八九、紅華の入会試験に備えた朝練だろう。

 理由はどうあれ同じ志のクラスメイトがいてくれることは嬉しい。


 上半身を鍛えるべくチェストプレスに腰掛けたわたしに、今度は弥勒寺さんから声を掛けてきた。


「常々申し上げようと思っていたのですが、高遠さん、紅華の活動にかまけている暇が本当にありますの?」


 顔を上げると、弥勒寺さんは首だけでわたしの方を顧みている。

 意図を計りかねるわたしに、弥勒寺さんは続けて言った。


「見れば分かりますよ。今のあなたは、日々の授業に付いていくことすら精一杯だと。紅華の活動に費やす余力があるなら、それを自己研鑽に回した方が望ましいと思われますが」


 丁寧な言葉遣いながら、その口調には威圧的な響きが見え隠れしている。

 思うところはあるけれど、今のわたしが何を言っても説得力は皆無。であれば言葉ではなく行動で示すほかない。


「心配してくれてありがとう。でも、これはわたしが望んだことで、わたしの問題だから」


「あなただけの問題ではないのですよ」


 今度の弥勒寺さんの一言には、明確な険が伴っていた。

 体ごとわたしに向き合った弥勒寺さんは、口元に手を当て、非難の眼差しを向けてくる。


「誰も言わないようですから、この場でわたくしがはっきり申し上げておきますわ。資質に欠ける人間が組織にどのような問題を起こすか、あなたは一度でも考えたことがありますの? あなたが初歩的な質問で授業を止めたり、休み時間にクラスメイトに教えを請うたび、あなたは人の時間を奪っているのですよ。言い換えるなら、あなたは自分が成長する代償として、他人の成長機会を妨げているのです。今は慈愛の精神でお客様対応をされていても、それが続けばいずれ皆あなたに愛想を尽かす。()()()()()()()()()()()


 今度のわたしは、しばし口を開くことすらできなかった。

 言葉を失ったわたしに背を向け、弥勒寺さんはスポーツドリンクで喉を潤し、付け加える。


「約まる話、行き着く先は不幸なのですよ。高遠さんにとっても、あなたの周りにいる者にとっても。入学式の日にわたくしが申し上げたことはそういう意味です」


 弥勒寺さんの言葉は厳しいが、その中に嘲弄や侮蔑の色はない。


 純粋にわたしの能力不足を指摘し、私情抜きで全体の利益のため提案している。

 他のクラスメイトはもちろん、わたしも含めて。


 わたしはジャージの裾をギュッと握り、俯き加減にやっと答える。


「そっ……か、そうだよね、ごめん。わたし、そんなこと全然考えてなかった」


 白状するなら、わたしは浮かれていた。

 大都会のお嬢様学校に通うことになって、最高の学習環境と親切なクラスメイトに恵まれて、最強のお嬢様なんてものを目指すことになって、わたしは物語の主人公か何かにでもなったつもりでいた。

 自分が良ければそれでいいと、優しくされて当然だと、きっと無意識にそう思い上がってしまっていた。


 お嬢様にあるまじき、恥ずべき傲慢だ。

 わたしにわたしだけの人生があるように、彼女たちにも自分だけの人生や感情があるというのに。

 唇を噛み、忘れないよう痛みを刻み込んでから、わたしは弥勒寺さんに言い募った。


「でもわたし、頑張るから! 桜仙花のお嬢様としても、紅華の一員としても! もちろん弥勒寺さんやクラスのみんなの迷惑にならないように……」


「誤解なさらず。他の生徒はいざ知らず、わたくしにとっては高遠さんの存在など些末な違いです。そこまで仰るならお望み通りになさい。困るのはわたくしではありませんので」


 弥勒寺さんは素っ気なくわたしの台詞を遮り、ランニングマシーンを再開する。

 その自信に満ちた振る舞いに見惚れた後、わたしは大きく頷いてお礼を言った。


「うん! ありがとう、弥勒寺さん!」


「感謝するところじゃないでしょう、当て擦りのおつもりですか……?」


 呆れたような呟きが聞こえた気がしたが、それからはわたしも弥勒寺さんも、黙々とそれぞれのトレーニングに励むばかりだった。

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