学校の自由研究と「犬用ゴーグル」
夏休みの終わりが近づいたある日の夕食後。ハルトは意気揚々と、リビングのテーブルに自作の「犬用ARゴーグル」と、分厚いレポートを広げた。
「父さん、母さん! 今年の自由研究、これにするよ。題して『犬の視覚補正と行動心理の相関性について』。どうかな、自信作なんだ!」
茶を啜っていた父・冬馬が、レポートの表紙を見た瞬間に派絶に吹き出した。
「ゲホッ、ゴホッ! ……ハルト、今、なんて言った?」 「だから、このゴーグル。フェンの脳波に合わせて、現実の情報をVR風に変換して——」 「提出禁止だ! 速攻で却下だ!!」
冬馬は立ち上がり、ハルトが広げたレポートをバサッと閉じた。その勢いに、足元で寝ていたフェンが「なんだ?」と顔を上げる。
「なんでだよ! ちゃんと研究したんだよ。フェンの歩行速度が1.5倍になったデータとか、障害物の回避率が——」 「そのデータがマズいんだよ! いいかハルト、よく聞け」
冬馬はハルトの両肩を掴み、これまでにないほど真剣な、しかしどこか必死な顔で詰め寄った。
「そのゴーグルに使っている『バイオ・センサー』はな、父さんの研究室の、さらに奥にある機密保管庫から消えたプロトタイプだ。さらにそのプログラム……これ、どう見ても軍事転用可能なレベルの動体検知アルゴリズムが入ってるだろうが!」
「えっ、あ、そうなの? ネットに落ちてたオープンソースのコードをちょっと弄っただけだけど……」 「それを弄れる中学生がどこにいる! そんなもん学校に出してみろ。翌日には文部科学省じゃなくて、防衛装備庁か海外のスパイがランドセル背負ったお前を拉致しに来るぞ!」
「大げさだよぉ……」 「大げさなもんか!」
隣でサラダを食べていた母・志保も、レポートの中身をパラパラと捲り、引きつった笑顔で参戦した。
「ハルト……。この『第4章:多スペクトルによる不可視情報の可視化』っていう項目の写真、これ、お隣の佐藤さんの家の金庫の暗証番号が透けて見えちゃってない?」 「あ、本当だ。解像度上げすぎたかな」 「「アウトだ!!」」
両親の声がハミングした。
『ハルト、主よ。俺もこのゴーグルは気に入っているが……人間たちの「ルール」というやつは、どうやら俺たちの想像以上に窮屈なようだな』
フェンが呆れたように念話を送ってくる。
「……じゃあ、僕の自由研究はどうすればいいのさ。あと三日で始業式なのに」 「そうだな……」
冬馬は冷や汗を拭いながら、棚から古びたスケッチブックを取り出した。
「いいか、『犬のARゴーグル』は没だ。代わりに……そうだ、『犬が一日で何回あくびをするか観察日記』にしろ。これなら平和だ。スパイも来ない。世界も滅びない」 「えぇー……そんなのフェンが退屈だよ」
『……ハルト。俺にあくびを百回しろというのか? 誇り高き銀狼に、それはあまりにも過酷な試練だぞ』
フェンが盛大なあくびをしながら、ハルトの足元で丸くなった。 結局、ハルトは「あくび日記」を書き、フェンは「あくび担当」として協力することになったが、冬馬がその裏でこっそりARゴーグルを分解・封印し、研究室のセキュリティを三倍に強化したのは言うまでもない。




