VR時代の仲間とのオフ会
季節は巡り、研究室の地下で産声を上げた銀色の命は、今ではハルトの膝下まで届くほどの大きさに成長していた。
「いいか、フェン。外では絶対に『吠えない』こと。あと、さっき約束した通り、空中を歩こうとするのも禁止だ。……わかった?」
ハルトが玄関でリードを整えながら言い聞かせると、銀色の毛並みを持つ「犬のような生き物」は、退屈そうに喉を鳴らした。
『ハルト、心配しすぎだ。この肉体の不自由さには、もう慣れたよ』
脳内に直接響くフェンの思念。それは相変わらず不遜で、けれど心地よい相棒の声だ。外見はサファイアのような瞳を持つ美しいシェパードに近いが、その毛並みは太陽の光を浴びると、生物学的になじみのないプリズムのような輝きを放つ。
街角のドッグカフェ。そこが、かつてのギルド『エテュレの残火』のメンバーたちが集まるオフ会の会場だった。
「――あ、ハルト! こっちこっち!」
手を振ったのは、ゲーム内で大盾使い(ガーディアン)をしていた大学生のテツと、回復職をしていた社会人のサヤだ。
「うわぁ、ハルト、本当に犬飼い始めたんだ! サービス終了のショックで寝込むかと思ってたよ」
テツが笑いながら近寄ってくる。ハルトは内心、心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。フェンの正体は、国家機密レベルの合成生物だ。
「……うん。サバ終の直後に、縁があって」 「それにしても、綺麗なワンちゃんだね。なんて種類? 見たことない毛並み……」
サヤが身を乗り出してフェンを見つめる。その時、フェンがふいっと鼻を鳴らし、サヤの足元に歩み寄った。
「あ、こら、フェン!」 「あはは、大丈夫だよ。……えっ? この子、今……」
サヤが驚いたように目を見開いた。フェンはサヤの膝にそっと頭を乗せ、まるで「いつもの感謝」を伝えるかのように、彼女の手に鼻先を押し当てていたのだ。
「……なんだろう。この感じ。ゲームでフェンリルに回復魔法をかけてた時の、あの感触にすごく似てる……」
サヤの言葉に、ハルトは息を呑んだ。 生物学的なバックアップは完璧なはずだ。しかし、魂のレベルで刻まれた「記憶」は、科学の目をごまかせても、共に戦った仲間の直感までは欺けないのかもしれない。
「おいおいサヤさん、重症だなぁ。でも確かに……」 テツもフェンの前にしゃがみ込み、その金色の瞳を覗き込んだ。 「こいつの目、あいつに似てるな。生意気そうで、でもハルトのことしか見てない、あの『銀の狼』にさ」
フェンはしっぽを一度だけ、力強く振った。 『ハルト、こいつら、俺の正体に気づいているのか?』 (……まさか。でも、みんなお前のことが大好きだったんだよ)
ハルトは、バレないようにフェンの背中をそっと撫でた。 現実世界の風が吹き、カフェのテラスに吊るされた風鈴が鳴る。
データが消えても、絆は消えない。 それを証明するように、フェンはかつての仲間たちの輪の中で、誇らしげに胸を張っていた。




