両親との「対峙」
研究室の重厚な防音扉が、電子ロックの解除音とともにスライドした。
「ハルト、まだ起きて……っ!?」
帰宅した父・冬馬と母・志保が言葉を失った。 そこには、自分たちの最新鋭のバイオプリンタが稼働し、本来なら厳重な承認が必要なはずの「人工子宮ユニット」が強制開放されている光景があった。
そして、その中心で、ぐっしょりと濡れた銀色の「未知の生物」を抱きかかえる息子の姿。
「ハルト……あなた、何を……」 志保の声が震えている。彼女は合成生物学者として、その「塊」が単なるペットの犬ではないことを一目で見抜いていた。骨格の密度、皮膚の質感、そして微かに漏れ出る生体電流。それは、この世の既存のDNAデータベースには存在しないはずの設計だ。
「バックアップ……したんだ」 ハルトはフェンを離さないよう、細い腕に力を込めて両親を睨んだ。 「消えてなくなるって言うから……運営も、大人たちも、誰も助けてくれないから! だから、父さんたちの理論を使った」
「……馬鹿な。デジタルデータの行動ログを、どうやって塩基配列に変換した。あのシミュレーターはまだ、理論段階のはずだぞ」 冬馬が震える足取りで歩み寄る。彼の目は、息子への怒りよりも、目の前で息づく「禁忌の完成体」への戦慄に支配されていた。
「変換できたよ。フェンが、手伝ってくれたんだ」 「フェン……? あのゲームの、NPCか?」 「NPCじゃない! 彼は生きてた。僕と一緒にいた。それを『ただのデータ』に戻るなんて、僕は認めない……っ!」
ハルトの叫びに呼応するように、腕の中の小さな銀色の塊が、カチカチと歯を鳴らした。 その瞬間、研究室のモニター群が激しく明滅し、バチバチと火花が散る。
「っ、離れなさい冬馬くん!」 志保が夫を突き飛ばす。 フェンの体から、現実の物理法則では説明のつかない「ノイズ」のような電磁波が放出されていた。それは、彼がゲーム内で最強の雷狼だった頃の、力の片鱗。
「ハルト、聞きなさい」 冬馬が床に膝をつき、目線をハルトに合わせた。その表情は、もはや親ではなく、厳しい「科学者」のそれだった。
「お前がやったことは、この国の、いや世界の倫理規定を数千項目も踏みにじる行為だ。この個体が知れれば、お前も、私らも、そしてその『フェン』も、一生実験施設の檻の中から出られなくなる」
ハルトの顔が青ざめる。 冬馬は続けた。
「……だが、お前はやり遂げた。私が一生をかけて到達しようとしていた『ゴーストの物理定着』を、たった一年で、愛着という非合理な動機だけで完遂させた」
冬馬はゆっくりと立ち上がり、研究室のメインサーバーに手をかけた。そして、迷いなく「全ログ消去」のコマンドを入力し始めた。
「父さん……?」 「今すぐ、その生物……フェンのバイタルサインを、我が家の愛犬の『偽装データ』に書き換える。志保、厚生省の知り合いに連絡して、マイクロチップの偽造登録の準備を」 「……いいの? 冬馬くん」 「息子を犯罪者にするか、それとも科学の常識を捨てるかだ。答えは決まっている」
冬馬は振り返り、呆然とするハルトの頭に大きな手を置いた。
「ハルト。今日からそいつは、ただの『珍しい毛色の雑種犬』だ。いいな? 二度と、そいつに魔法を使わせるな。……お前の親友を守りたければ、お前が誰よりも賢くなって、そいつが『ただの命』であることを証明し続けろ」
ハルトはフェンを強く抱きしめ、何度も、何度も頷いた。 腕の中のフェンは、主人の涙の匂いを嗅ぎながら、今度は静かに、安らかな鼓動を刻み始めた。




