『エテュレ・ラスト庭園』
カイトから渡された招待コードを読み取ると、そこには『エテュレ・ラスト庭園』と名付けられた、秘匿性の高いコミュニティが広がっていました。
ハルトと美波は、週末の夜、そのチャットルームで指定された「オフライン集会所」へと向かいました。そこは、都心から少し離れた場所にある、古びた植物園の温室。管理人は元トッププレイヤーの一人だといいます。
秘密の温室:現代の「楽園」
温室の重い扉を開けると、湿った土の匂いと共に、信じられない光景が飛び込んできました。
「……うわぁ、すごい」 美波が思わず声を漏らします。
そこには、巨大なシダ植物の葉の影で、全長わずか1メートルほどに「小型化」された深紅のドラゴンが、のんびりと火の粉を散らしながら微睡んでいました。
「あ、新入りさん? いらっしゃい」
声をかけてきたのは、白衣を着た大学生くらいの女性、セリカ。彼女が撫でているドラゴンの背中には、ゲーム内で最強クラスの攻撃力を誇った『紅蓮の古龍』の紋章がありました。
「驚いた? 本来なら街を焼き尽くすサイズだけど、うちの大学のゲノム編集キットで細胞の増殖抑制をかけまくったの。今はちょっと大きなトカゲさんね」
ドラゴンの『サラ』は、面倒くさそうに片目を開け、ハルトの隣に立つフェンを一瞥しました。 『……おい、銀の。お前、随分と窮屈そうな肉体に押し込められたな。牙が鈍っていないか?』 フェンも負けじと喉を鳴らします。 『ふん。お前こそ、そのサイズでは獲物を丸呑みにすることもできまい』
奇妙な「同居人」たち
温室の奥には、他にも「現代に再構築された」獣魔たちがひっそりと暮らしていました。
水槽の中の歌姫: 巨大な水槽には、上半身が少女で下半身が魚の『セイレーン』。彼女はスマホのスピーカーを介して、現実の音楽アプリの曲をハミングで練習しています。
半透明の影: 暗がりに浮かぶ、手のひらサイズの『シャドウ・ウィスプ』。夜道を歩く飼い主(夜勤帰りのOL)の足元を照らす「生きたライト」として、ひっそり役立っているそうです。
「ここに来るみんな、最初は必死だったよ。……あの子たちが消えるのが怖くて、親のコネや会社の設備を全部使って、文字通り『命』を盗み出してきた」
セリカは、ドラゴンの角に触れながら寂しそうに微笑みました。
「でも、ここに来ればわかる。私たちは一人じゃない。……そして、私たちの相棒が持つ『力』は、この平和な世界じゃ少しだけ『強すぎる』こともね」
忍び寄る「現実」の影
ハルトは、テトの中に眠る「NPCたちのメッセージ」について話しました。セリカたちは驚き、そして深い敬意を払ってくれました。
「テトちゃんは、いわば『エテュレ』の図書館なのね。……ハルトくん、それなら余計に気を付けて。最近、この温室の周りにも、バイオメトリクス(生体認証)スキャン機能を持った特殊な清掃ロボットがうろつくようになったの」
「清掃ロボット……?」
「表向きは自治体の清掃用。でも、中身は『未登録遺伝子』を検知するためのセンサーの塊。……どうやら、私たちが持ち出した『奇跡』を、単なる『回収対象の廃棄物』だと思っている組織がいるみたい」
テトが美波の肩で不安そうに羽を震わせました。 『……ハルト、聞こえるよ。ここに来る途中の電柱にも、あの「冷たい目」が隠れてた』
ハルトはフェンの背中の、温かい毛並みをぎゅっと握りしめました。 かつてのゲームでは、どれほど強い敵が来ても「リスポーン」がありましたが、ここは現実です。一度でも捕まれば、彼らの物語はそこで完全に消去されてしまう。
「……わかった。でも、止まらないよ。最後まで伝言を届けて、みんなの居場所を見つけるまで」
ハルトの決意に応えるように、温室内の獣魔たちが一斉に、それぞれの色で光を放ちました。




