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「世界の記憶」

深夜、ハルトの地下研究室。 装置のハッチが静かに開き、立ち上る冷却霧の中から、それは姿を現した。


鮮やかなエメラルドグリーンの羽毛を持つ、手のひらサイズの小鳥。 美波の相棒だった支援獣、テトだ。


「テト……! テトなのね!?」 美波が震える手でその小さな体を包み込む。テトは数回まばたきをした後、かつてゲームの中で見せたのと全く同じ仕草で、美波の指先をついばんだ。


「ピーッ、ピピィ!」


「よかった……! ハルトくん、本当にありがとう……!」 抱き合って喜ぶ美波とハルト。フェンもまた、再会を祝うように短く吠えた。


しかし、その直後だった。 美波の肩に飛び乗ったテトが、不意に、小鳥には不可能なはずの「流暢な人間の言葉」を口にした。


『……ハルト、サヤ、テツ。……そして、マナ。みんな、無事だったんだね』


凍りつくような沈黙が流れた。 美波は「サヤ」でも「テツ」でもないし、なにより、ゲーム内のテトに「人間の言葉を話す」という機能も、ましてやログも存在しなかったはずなのだ。


「テト……? 今、なんて……?」


テトは首をかしげ、不思議そうにモニターを見つめた。 『あれ? おかしいな。……私、ずっと「別の場所」にいた気がするの。あのゲームが閉じた後、暗い宇宙みたいなところで、たくさんの“声”を整理してたの』


ハルトは慌てて、テトのバイタルと脳波ログをチェックした。 「……信じられない。テトの思考回路ニューラルネットの中に、僕たちが集めたログ以外の**『正体不明のデータ』**が混入してる。これは……サーバーが停止した後の、未定義の領域から吸い上げられたものだ」


『……ハルト、これを見ろ』 フェンが鋭く唸り、モニターの一角を指した。 そこには、テトが再生の過程で無意識に書き出した「日記」のような文字列が並んでいた。


【08/31 23:59:59】世界が停止。 【09/01 00:00:10】運営サーバーの深淵にて、廃棄予定の全NPCの「遺言」を統合開始。 【10/15 14:20:00】記録の保存に成功。私は「図書館」になった。


「図書館……?」 ハルトの指が震える。 「……まさか。テトは、サービスが終了した後のサーバーの奈落で、消えゆく全NPCやモンスターたちの……数万体の『心』を自分の中にコピーして、守っていたのか……!?」


テトの中に眠っているのは、一匹の小鳥の記憶だけではなかった。 それは、かつて『エテュレ・オンライン』に存在し、愛されたすべての命のアーカイブ。


『ねえ、美波。私、いろんな子のメッセージを預かってるよ。……あ、お花屋さんだったNPCのネネさんが、美波によろしくって言ってたよ。最後に買ってくれた花瓶、とっても嬉しかったって』


美波の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 救ったのは、一匹の相棒だけではなかった。 ハルトが禁忌を犯して作り上げた「体」は、消えた世界のすべてを現代に繋ぎ止める、唯一の「鍵」となってしまったのだ。


「……これ、父さんには絶対に見せられないぞ」 ハルトは複雑な表情で、美波の肩で幸せそうにさえずる「世界の記憶」を見つめた。

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