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婚活女子、モテない理由を知る  作者:


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第8話 あなたと私 【了】

 










 鱗の色を思わせるような浅黒い肌に、彫りの深い整った顔立ち。

 長い睫毛が影を落とし、その奥の深紅の瞳をいっそう際立たせている。


 先ほどまでの幼さの残る口調からは想像もつかないほど、彼の肉体はしなやかに鍛え上げられていた。

 身体を包む民族衣装は、布の隙間から覗く筋肉の線を美しく引き立て、匂い立つような色気を纏っている。


 後ろでひとつに結わえられた漆黒の髪が風に揺れるたび、光がその艶を掠め――まるでお伽噺の王子に出会ってしまったかのような錯覚を覚えた。


 それほどまでに完成された美貌を前に、愛は思わず一歩、後ずさる。


「いや……いやいやいや、イケメンすぎでしょ。ヤバいって、こんなのの隣なんて歩けるわけないって……」


 あまりの美しさに尻込みする。

 これはもう、美という名の暴力だ。

 さっき殴り飛ばした拳への仕返しかと思うほどの衝撃である。


「……? どうかした?」


「ねぇ、オズウェル……その見た目って……」


「あぁ、これは僕が人だった頃の姿だよ」


 のほほんとした笑みを浮かべながら言う彼の言葉を聞き、愛は遠い目をしながら、そっと過去の自分へ問いかける。


(前世の私よ……あなためちゃくちゃ面食いだったんだね。

 これは絶対に離れたくなかったよね。わかる、わかりみが深すぎて泣けてくる……)


 愛はいつだって努力してきた。

 そう、持って生まれた容姿を、恵まれた環境の中でさらに磨き上げてきたのだ。


 それでも、この“完成された天然の美”には到底敵わない。

 この容姿に、あのほわほわした性格がついてくるなんて――しかも愛した相手には誠実、なんて……。


(なにそのスパダリ。なんなのハッピーセットなの。お得すぎるでしょ)


 思わずそんな言葉が口から漏れそうになり、愛は慌てて唇を押さえた。



 彼は「久々に人型になったよ」と朗らかに笑いながら、大きく伸びをした。

 傾国の美貌に人好きする笑みを浮かべると、途端に親しみやすい空気が生まれる。

 その額には、艶やかな漆黒の角が二本――人の姿になってもなお、誇らしげに突き出していた。


 恋愛偏差値が壊滅的に低い愛にとって、オズウェルの容姿はあまりにも刺激が強い。

 それでも努めて冷静を装い、なんとか口を開いた。


「そ、そうなのね。なんていうか……品があって、すごくかっこいいと思うわ。それに結構鍛えてる感じだし、人だった頃は戦闘系の職業とかだったのかしら?」


「ううん、パン屋だよ」


「パン屋?!」


 あまりの答えに、愛は思わず固まった。

 確かにパン作りは力仕事が多い――多いのだが、それにしたって見た目とのギャップが激しすぎる。

 パン屋から世界の管理者へ。

 オズウェル、大出世である。



「久しぶりに何か作りたいなぁ。今度アイにも食べさせてあげるね」


「えぇ、楽しみにしてるわ……」


 ニコニコと笑うオズウェルに、愛は遠い目をしながらも、どうにか返事を絞り出した。

 ツッコミどころが多すぎて脳内は大渋滞――ひとつずつ整理する時間が欲しい、と心の底から思う。


 そんな愛の混乱をよそに、オズウェルは一歩近づくと、おもむろにその手を取ってそっと握りしめた。

 人間らしい柔らかなぬくもりが伝わってくる大きな手。

 その温度に、愛は年甲斐もなく動揺し、頬が熱を帯びるのを感じた。


 竜の姿のときにはなかった生々しい温もり――その瞬間、愛は目の前の存在が「異性」であることをようやく実感する。


 比較的背の高い愛よりも、さらに高い位置から愛を見つめるオズウェル。

 宝玉のように澄んだ瞳と目が合うと、彼は本当に嬉しそうに微笑んだ。

 まるで、世界の何よりも大切な宝物を見つめるような眼差しで。


 ――あぁ、駄目だ。


 そんな目で見られてしまったら、どうしていいかわからなくなる。


 理性では飲み込まれまいとしているのに、感情は激しく渦を巻く。

 そして、気づけば願ってしまうのだ――目の前の彼を、どうしてもこの手に欲しいと。


 前世の彼女も、きっと同じ気持ちだったのだろう。

 まるで、自分がこの世でいちばんの幸福を手に入れたかのような――そんな気持ちにさせるのだから。


「ねぇ、オズウェル」


「なんだい?」


「私はね、あなたの想う過去も何も関係のない、ただの“私”なの。たぶん、彼女とは性格も好みも、顔だって違う。それでもあなたは、私を番だと言うの?あなたの“妻”じゃない私を、受け入れられるの?」


 彼が愛した妻は、もうこの世にはいない。

 ここにいるのは、その魂を宿しただけの“別の人間”――不知火愛。

 それでも彼は「君は僕の番だ」と言い、ずっと待っていたと泣いて縋った。


 けれど、それは本当にオズウェル自身の意志なのだろうか。

 “番契約”という仕組みに、ただ心を引きずられているだけなのでは――そう考えてしまうのは、穿ちすぎだろうか。


 短い時間で、彼に絆された自覚はある。

 可哀そうで、かわいくて、一途で、傷つきやすいのに、誰よりも強い竜。

 そんな彼に無理はしてほしくない。

 そして、もしこの関係が後に綻び、冷たくされるようなことがあれば、きっと自分は立ち直れない。


 それを誰より知っているからこそ、今のうちに防衛線を引いておきたかった。

 そんな想いを込めた問いかけを、オズウェルは静かに聞き、そして柔らかく微笑んだ。


「君だって言ってたじゃないか。しばらく一緒にいれば、わかるかもしれないって」


「そうね。でも……」


 愛が不安を言葉にしようとしたその瞬間、オズウェルの指が静かに唇へと触れ、続きをそっと塞ぐ。


「確かに君の魂は、彼女のものだ。彼女との記憶は僕のすべてで、今でも鮮明に思い出せるくらい大切なもの。だけどね――アイは、アイなんだってこともちゃんと理解してる。さっきは再会の喜びで、ちょっと舞い上がっちゃったけど……」


 オズウェルは照れくさそうに笑いながら、誤魔化すように頭を掻いた。


「番の契約は、心まで縛るものじゃない。魂を引き合わせるためにあるんだ。だからこそ――これからの旅で、君に僕を知っていってほしい。そして、君のこともたくさん知りたい。そのうえで……もう一度、僕を傍に置いてくれたらいいなって思うんだ」


 ほんの一瞬、沈黙が訪れた。

 二人の間を、サァと柔らかな風が通り抜ける。


 靡いて乱れた愛の髪に、オズウェルがそっと手を伸ばし、指先で耳にかけてやる。

 その何気ない仕草に、愛は思わず目を泳がせ、そして気まずそうに視線を逸らした。




 ――この男は、どこまで健気で、どこまで謙虚なのだろう。


 もっと強欲になってもいいはずなのに、オズウェルは決して無理強いをしない。

 その言葉のひとつひとつに滲む気づかいは、あたたかく包みこむような優しさを持ち、不安ばかりが浮かんでいた愛の胸をじんと熱くさせる。


 恋愛がうまくいかなかったのは、半分はオズウェルのせいだ。

 けれど――あの頃、付き合う寸前までいった誰かたちの中に、果たしてこんなふうに人の心を包み込む優しさを見せてくれた人はいただろうか。


 相手にばかり求めてはいけないことはわかっている。

 互いに知りたいという気持ちを持ち、交流を重ねることでわかるものが沢山あるはずなのに、心のどこかで勝手に諦めて、そこまでの関係性を築けなかったことは確かだ。

 それでも、何かに焦っていたあの頃の自分を立ち止まらせてくれるような言葉をかけてくれた人はいなかった気がする。



 一緒に知っていこう――そう言って、歩幅を合わせてくれるオズウェルの言葉が胸の奥に染みて、思わず、じわりと涙が滲んだ。


 その様子に気づいたオズウェルが、あたふたと慌てだす。


「ど、どうしたの? 僕、なにか変なこと言っちゃった……?」


「ち、違うの。あなたがちゃんと、私のことを知りたいって思ってくれてるのが嬉しくて……。ふふ、そんなに慌てなくてもいいのに」


 目尻に浮かんでいた涙を指先で拭いながら、愛ははにかむように笑った。

 その笑顔にオズウェルはほっと息を吐き、けれどすぐに真剣な面持ちで彼女を見つめる。


「僕と一緒に旅をしよう。いろんな場所へ行って、たくさん話して、たくさんの思い出を――僕と一緒に作ろう!」


「ふふ……そうね。一緒に旅をして、あなたに私を知ってもらう。そして私も、あなたを知っていきたい。そしたらきっと――」


 風に導かれるように、花びらが二人の間を静かに通り抜ける。

 新しい物語の始まりを告げるように。


 ――これが、のちに各地で語り継がれることとなる、竜と乙女の出会い、そして伝説の始まり。


 吟遊詩人たちがこぞって謡う、とある恋歌の前日譚である。




【了】


ここまでお読みくださりありがとうございます。

寝る前に浮かんだ出会いの物語を書いてみたくて、数日で一気に書いてしまいました。

こんな奇跡滅多にない……。

とりあえず出会いの物語なのでここまでで、シリーズとしていろんな場面をチョコチョコ書いていけたらなと思います。

二人の街での様子や、神からの接触、仲よくパン作りなど、書きたいシーンがいっぱいあるけど、連載にすると難しそうなのでシリーズとして短編集みたいな感じにしていきたいです。

しばらくしてから続編の【竜と一緒に旅をする。】を投稿予定です。よろしくお願いいします。

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