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婚活女子、モテない理由を知る  作者:


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第3話 記憶と契約

 






 壮大な神話譚がこれでもかと続く中――愛はすでに、話の半ばで飽き始めていた。


 想像力というものが鍛えられるサブカルチャー大国・日本で生まれ育った身としては、この先の展開もだいたい察しがついてしまうのだ。


『ま、待って! まだ飽きないでっ! ここからが一番いいところなんだから!』


 焦ったように訴える竜をよそに、愛は指先で自分の赤く染まった髪をくるくるといじりながら、どこか醒めた目で彼を見上げた。


「どうせあれでしょ? 神々がその喧嘩してた神をどうにか止めてる間に、あなたが争いの原因になってる娘を回収した……とか、そんな感じでしょ?」


『!』


「それで、その後は――あれね。神たちに見つからないよう、その娘を隠した。で、あなたと同じように魂を人から別の器、あなたと同じ竜に移した……とか?」


『っ!』


 愛が言葉を重ねるたび、竜はまるで心臓を撃ち抜かれたようにビクつき、“なぜわかったんだ”と言わんばかりの表情を浮かべる。


「でも、結局何らかの理由でこの世界から娘の魂を引き離して、地球に送り込んだ。――それが私。……そんなところでしょ?」


『ねぇ、本当に記憶ないの?つがいの察しが良すぎて、ちょっと怖いんだけど……』


 あれほど盛大に“とある娘”の話をしておいて、愛が当事者でないなどという方が、むしろ不自然である。


 彼の語った物語の登場人物の中で、最も符合するのが自分――それだけの話だ。

 前世の記憶など、愛にはひとかけらも残っていない。

 彼女が持つのは、生まれ育った日本での、不知火愛としての記憶だけ。


 それでも、あの話が真実であるならば――思い出せない方が、きっと幸せだ。

 なにしろ、ひとりの女の絶望と不幸の上に築かれた物語なのだから。


「生憎と、これっぽっちもないわよ。――あなたと違ってね」


 愛がからりとした笑顔を向けると、竜は一瞬、虚を突かれたように目を瞬かせ、それからふっと顔を崩して笑った。


『……そっかぁ。――でも、いいよ。全部忘れてて、いいんだ』


 竜――オズウェルは、本当は思い出してほしかった。

 だが、彼のことを思い出せば、同時にあの痛ましい記憶も甦ってしまう。


 遥か昔、互いにまだ“人”であった頃と同じ笑みを浮かべる愛に、そんな酷な思いは、もう二度とさせたくはなかった。


 愛は“愛”であり、過去の彼女ではない。

 それが、何よりも哀しく――それでも、どこか救いのようにも思えた。


「絵本だったら、竜が娘を助け出して幸せに暮らしました、で終わるんでしょうけど。……きっと、そうじゃなかったんでしょう? 」


 あのままでは、人としてこの世界では生きていけなかった。

 彼女の魂を別の器に入れることにより、執着する神たちの目から隠したけれど、それでも気が逸れたのはほんの一瞬で、結局は救いきれなかった。

 ――だから彼は、彼女の魂を奪われる前に別の世界へと逃がしたのだ。


 それが、当時この世界でとれる最善の策だったのだろう。

 たとえ彼女の為に人から異形の竜に成り果て、結局最愛の人と別れることになっても、彼はそれを受け入れた。

 ただ一つ、彼女が少しでも安らかに、幸せに生きられるようにと。


『番の魂が世界を離れて、神々の諍いも、原因となった神を封印することでようやく終息した。世界は少しずつ元に戻り始めて――僕は、神の代理として竜のまま世界を見守ることになった』


 オズウェルは淡々と語るが、その声の奥に、静かな孤独が滲んでいた。


『……でも、この姿はあまりにも目立つでしょう?やがて今度は、地上の者たちが僕を“神の遺物”として狙うようになってね。神々と相談して、この“深淵の森”で眠り続けることにしたんだ。君の魂が、この地に帰ってくる、その日まで』


 永い時を生きるうちに、オズウェルの中で人としての意識は次第に薄れ、竜としての本能がその大半を占めるようになっていった。

 もはや人間を、かつての同族とは感じられない。彼らの思考や感情は、あまりにも儚く、そして煩わしく思えた。

 徐々に人としての感覚が失われる中、それでも――ただ一人、妻であった彼女のことだけは忘れられなかった。

 どれほどの歳月を経ても、彼の心の奥底で彼女と重ねた日々が燻り続けていた。


『君が生を終えて帰ってきたから、僕もこうして再び目覚めることができたんだ。すぐにわかったよ。――僕と君の魂は、“契約”で繋がっているからね』


「契約……?」


 きょとんとした表情でオズウェルを見上げる愛に、竜はその巨体をゆるやかに傾け、彼女を包み込むように身を寄せた。

 紅玉の瞳が、慈しむように細められる。


『婚姻の契約よりも、もっと深い――魂を結ぶ“番の契約”だよ。君がこの世界を離れる前、竜の身体だった時に互いに交わした契約は、今もまだ生きている。この契約が続く限り、僕にはわかるんだ。君の魂が、どこかで確かに存在しているって』


 魂を結ぶ契約――それは、たとえ肉体が滅びようとも、来世でふたたび巡り会えるようにと魂へ刻む“目印”。

 かつて婚儀において必要な儀式の中に組み込まれていたそれは、今ではまったく行われることはなくなった。


 当時、例の“お騒がせな二柱”がこの魂の契約を悪用し、愛の魂を永遠に手中へと収めようとしたのだ。

 そのため、彼女の魂を別の世界へ送り出した後、神々はこの契約に関するすべての記録と知識を世界から抹消したのだ。


 だが、過去にすでに契約を交わしていた者たちの魂までは消せなかった。魂に刻まれた契約は、たとえ神であっても破棄することが出来ない。絶対の覚悟と共に結ばれる強固な絆であるからだ。消すなら魂ごと破棄するしかない。


 そうして残された契約は時を超え、世代を超えてなお魂同士を引き寄せ続け――いつしか、人々は今は無き契約によって強く惹かれ合う相手を“運命の番”と呼ぶようになった。


『君だって、この世界に来たとき……何か、感じたはずだよ』


 オズウェルの低い声が、そっと愛の脳内を揺らす。


『――僕を見て、どう思った?』





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