リン
「おリンさんが?何で?じいさん、また何か要らん事言ったんじゃねぇの?」
コースケが少し苛立ったように起き上がり、冷たく医者を問い詰める。
が、医者は黙り込んで目も合わせない。
人が居なくなってるらしいのに、コースケに意地を張って黙り込んでしまう医者の姿は、僕から見ても子供じみてる。
そんな医者を横目に、ビリーがこっそりと僕に耳打ちをした。
「リンってのはな、ここに来てる看護師だ。
簡単な治療ならリンがやるし、患者が居ねぇ時はじいさんの世話まで焼いてる。
仕事ができて、面倒見も良いヤツだよ」
(そんな人が居たなら、僕もその人に診てほしかったんだけどな)
口に出せない思いを込めて、僕はビリーに肩をすくめて見せる。
するとビリーも肩をすくめて返し、まだ、だんまりを決め込んでいる医者に水を向けた。
「ほれ、じいさん、ちゃんと話せ。リンがどうしたって?アイツ、今日は来てねぇのか?」
すると医者はビリーの方をちらりと見て、ようやくぼそぼそと答え始めた。
「…今朝は来てたよ」
「じゃあリンは何時頃から居ねぇんだ?」
「…昼食べて、その後、別々に仕事して。
…夕方、外で洗濯物でも取り込んでるんだと思ってたけど、その頃から姿が見えない」
医者の話す声がどんどん小さくなっていく。
「おいおい、また落ち込むなよ?」
「で?ちゃんと外は見たのか、じいさん?」
「………」
「はぁ⁉もしかして見てねぇの⁉」
医者はコースケには何も答えず、かわりにコースケから目を逸らした。
「何だよ!信じらんねぇな‼これでおリンさん庭で倒れてたりしたら承知しねぇからな‼」
コースケは医者を怒鳴りつけると、診察台から勢いよく立ち上がり、診察室の外へ駆け出していった。
コースケの背中を黙って見送ったビリーは、足音が聞こえなくなるのを待って、呆れ顔で医者に聞く。
「でも、窓からは外を確認してんだよな?」
「…あぁ。小さい家だけどさ、どの部屋にも大きい窓があるから。外で人一人倒れてりゃ、見えないはずないよ」
(あ、人が居なくなったのに庭の確認もしてないなんて…と思ったけど、やっぱり確認はしてあったんだ)
それに気付いていたビリーが、あえてコースケを止めなかったのは、コースケを一旦医者から引き離したかったからだろう。
「で?リンが居ないのに騒ぎも探しもしてねぇって事は、心当たりがあるんだな?」
「………」
「こら。早くしねぇとコースケ戻ってくるぞ?」
「………リンが、病室を増やしたいって」
「ん?病室?」
「…断ったんだ、昔を思い出すからさ。
病室が一つなのは願掛けだよ。患者は少ないに限る。医者は暇な方がいいんだ。
けど、リンはあまり納得してなかった」
今は病室が一つだから患者が少ない。
それがもし、病室を増やしたら患者も増えた、となったら嫌なものだ。
だから願掛け、その気持ちは分かる。
それでも、万が一に備えて増床を訴えたリンさんの意見も一理あるし…。
(僕みたいな第三者が、簡単に口を挟んじゃダメなやつだな)
ビリーも困ったように目を伏せていた。
「で、その願掛けはリンにも言ったのか?」
「…言った。そこはまぁ分かってくれたよ。
ただ、やっぱり増床はしたいって。最近、高齢化も進んでるし、病院ここしかないしね」
「なら、居なくなった理由はそれじゃねぇな」
医者が少しだけ顔を上げる。
「リンは、話し合いで意見が割れたくらいで、へそ曲げて居なくなるヤツじゃねぇよ」
「…だよね」
医者は軽く唇を噛んで、安心したような心配そうな、複雑な顔を見せた。
「しかしなぁ。そうすっとリンは…」
ビリーが話始めたところで、廊下からぱたぱたと小刻みに足音が聞こえてきた。
ガラガラと小さい車輪が転がる音もする。
何事かと、全員で診察室の入り口に注目していると、ばんっと扉が開き、ご機嫌なコースケが姿を現した。
「なぁ、おリンさん、晩飯用意してくれてたみたいだぜ。せっかくだし皆で食おうぜ」
その手にはリヤカーの代わりに、鍋や食器の乗ったキッチンワゴンが押されている。
「なんだ、コースケ。お前さん、外を見に行ってたんじゃなかったのか?」
「…それは私の晩飯だ」
コースケはワゴンから皿やフォーク、スプーンをとって、皆に一セットずつ配っていく。
「もちろん外はちゃーんと見てきたぜ。
異常無しだ。誰かが争ったような跡も無いし、転落とか転倒の跡も無い。
こりゃあ、おリンさんがじいさんに愛想をつかして黙って帰っちまっただけだと思うぜ」
配った皿に焼いたパンとサラダをのせると、コースケは鍋の中身を取り分け始めた。
「そんでさ。ぐるっと外を見て回ってたら、台所の窓から良い匂いがしててよ。
スープとサラダが用意してあったんで持って来た。けど四人分じゃちょっと足りねぇから、棚にあったパンも人数分焼いてきたぜ」
「…パンは明日の朝食用」
「ったく、うるせぇな。明日の朝は明日の朝で、別のもの作って食えばいいだろ?
俺がさっき一週間分の食材を運んできてんだ。今夜の分も明日の分も、足りねぇなんて言わせねぇからな」
(そういえばリヤカーに医者宛の荷物が積まれてた。あれが全部食材だったのか)
「ほらスープだ。温かいうちに食うぞ!御代わりはねぇから、ありがたーくいただけよ」
お腹が空いて苛立っていたのかと思うほど、食事を前にしたコースケは元気だった。
皆にスープを配り終えると、真っ先に口にして『美味い美味い』と声をあげている。
実際、温かいスープからはコンソメの良い匂いがしていて、食欲をそそるのだが…。それにしたって元気すぎるコースケを、ビリーが訝しんだ。
「なんだ?どうしたコースケ。お前さん、ちょいと機嫌が良すぎやしねぇか」
ビリーの冷たい視線を意に介さず、コースケは口いっぱいに入ったパンを飲み込んでから、嬉しそうに答える。
「いや、だってよ。おリンさん、じいさんと揉めてムカついても、飯を用意しとくってことはさ、明日には出てくる気だって事だろ?
そう思ったら、なんか安心しちまってさ~」
コースケは楽し気にスプーンを振る。
(コースケ…リンさんの事好きなんだな)
恐らくリンさんは無事で明日には会える、そして今リンさんの手料理をいただいている。
それだけで、もうコースケは嬉しくて仕方がないようだ。
そんなご機嫌なコースケの顔を、俯いていた医者がしげしげと眺める。
そして何か吹っ切れたように顔を上げると、医者もようやくスープを口にした。
皆が食事を終えた頃、先に食べ終えていたビリーが、少しそわそわと外を見ていた。
「どうしたの、ビリー?」
「なんだ、トイレか?」
「ん?あぁ、いや別に…」
僕達の問いかけにも、はっきり答えない。
僕はコースケと目を見合わせた。
「言いたい事はちゃんと言えよー。あんたまで、だんまりしだしたら俺は泣くぞー」
コースケがまたあのメガホンを出してくる。
ビリーはメガホンを見て一瞬ムッとした表情を見せたが、それもすぐ溜め息とともに、申し訳なさそうな顔に変わった。
「なぁソラ。悪いんだが、コースケとここでしばらく待っててもらえるか?」
「…え?」
「あ、俺?」
ビリーは食器を片付けている医者をチラリと見て、僕とコースケには目配せする。
どうやら医者には聞かせたくない事らしい。
それを察したコースケが、僕の肩に手を回してニヤリと笑う。
「なんだよ、水臭い言い方しやがって。
俺達の仲じゃねぇか。たかがトイレだって、あんたを一人にしやしないぜ?」
「え…あ!うん。三人で一緒に行こう!」
突然だったけど、僕もすぐにコースケの肩に手を回して、話を合わせた。
それを見てビリーはガックリと肩を落とす。
少しビックリして、呆れたのかもしれない。
「…まぁ、それでもいいが」
困ったような顔をして外に向かうビリーに、僕とコースケも付いて行った。




