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カリム

 全力で走るのは何年ぶりかな?


ビリーは目的地まで最短ルートで進むため、木々の間をすり抜け、道なき道を駆け抜けていた。

歳を重ねた体は現役時代とは程遠い。

そう自覚はしていたが、いざ走り出してみると犬としての本能がうずく。

 もっと早く、もっと力強く走れるはずだ!


身に受ける風が弱い、過ぎる景色が遅い。

 まだまだ、こんな走りじゃ納得できねぇ。

そう感じて、蹴り出す足に更に力を込める。

例え後から酷い筋肉痛に襲われるとしても、全力で走れる今が全てだ。

若い頃のようには走れなくとも、せめて、今出せる全力をもっと味わいたい。


ビリーは全身で走る事を楽しんでいた。


老いたとはいえ、ビリーの全力疾走はまだこの世界で三本の指に入る。

その流石の速さで、ビリーは予定よりずっと早く、アンの暮らす集落に到着した。


アンの集落は林の中にあった。

先程の森よりも背の高い木が多く、どの木も下枝を落とす処理がなされていて、周囲の見通しが良い。

地面もほとんど草は生えておらず土がむき出しの状態で、枯れ葉なども一か所にかき集められている。

これは鳥類ばかりが住む集落ゆえの、防犯処置でもあるのだ。

 相変わらず管理が行き届いてんなぁ。

ビリーはこの集落を任されている管理者の、責任感の強さに感心した。


「ビリー隊長?」

集落の入り口に立ったビリーに、木の上から声がかかる。

見上げると、林の中央に生える飛びぬけて大きな木のてっぺんから、オウギワシがビリーを見下ろしていた。

「よう、カリム。ちょっといいか?」

「あ、今そちらに」

カリムと呼ばれたオウギワシは木のてっぺんから一歩踏み出し、そのまま頭から真っ逆さまに落ちてくる。

そして木の半分ほど自然落下すると、そこからぶわっと翼を広げ、僅かな風を掴むとビリーの前へ見事に着地して見せた。

「相変わらず、すげぇな」

「ありがとうございます」

感嘆するビリーに褒められ、カリムは照れくさそうに横を向く。

しかし、カリムはすぐに切り替え、真剣な顔でビリーに向きなおった。

「それで、今日はどうされたんですか。

やはりあの遠吠えの件ですか?」


「あぁ、あれは風船野郎だ。また侵入されちまってる。見付けたら見張っといてくれ」

カリムは納得したような顔で指示を受けた。

「分かりました。

実はこちらでもいくつか異変を察知しています。この場で報告させていただいてもよろしいですか?」

 異変?

ビリーは嫌な予感がして顔をしかめる。

「あぁ、聞かせてくれ」

「まず、上空で空間に穴が開きました。

流れ者の召喚による穴だと思われたのですが、開いた穴がなかなか閉じず。

どうやら完全に閉じる前に、何者かによってこじ開けられたようで、そこからの侵入者を確認しています」

「あぁ、それが風船野郎か」

「おそらく。

ただ、目撃した者によると、侵入者は一人ではないようでして…」


「一人じゃない?」

「はい。Mr.BBらしき黒い影と、もう一つ。

目に見えない『何か』が飛来して、目撃者と衝突しています。

ただ衝突した衝撃でようやく存在に気が付いたそうで、その『見えないもの』が本当に存在するのかどうかは不明です」

 ビリーは少し困惑した。

「ん?なんだ、ぶつかったなら『何か』があったって事じゃねぇのか」

「それなんですが」

カリムは困った顔をする。

「実はその目撃者というのが、キツツキの男でして。

当初は証言もはっきりしていたのですが、こちらが細かいところを詰めると、証言が徐々に怪しくなり、最後は『気のせいだった』と言い出したんです」

「は?」

「その男が言うには『いつも木を突いているから、空を飛んでても木を突いてる気になっていたのかもしれない』と」

ビリーは呆れかえって空を仰いだ。


「あぁ、なるほど。ようは

『見えないものとぶつかった』けど、あれこれ聞かれるうちに、

『見えないものの事は説明できない』なら『見えないものなんて無かった』。

だから『気のせいか』ってなってんだな?」

カリムががっくりと肩を落とした。

「そのようです」

「しょうもねぇ…」

「我々としてはその見えない『何か』も在ったものと考えているのですが、目撃した本人に報告を取り下げられてしまうと検証が難しく…。

今、他に目撃したものが居ないかと、それらしき落下物はないかの二点を確認しているところです」

「そうか。あ、ところでその後、穴はちゃんと塞がったのか?」

Mr.BBが無理やり穴を広げたなら、正常に穴が塞がるかどうか怪しいものだ。

これ以上、他の何かが侵入して混乱を招くのは絶対に避けたい。

「はい。目撃証言のあと現場に駆け付けた者から、穴が塞がった事を確認したと報告を受けています」

「そりゃあ良かった」

 最悪の事態は避けられたか。

ビリーは安堵の息を吐いた。



「ところで隊長。随分急いでおいでだったようですが、今日のご用件はこれだけでよろしいのですか?」

遠慮がちに声をかけるカリムに、ビリーはやっと本題を思い出す。

「あ!そうだ、あぶねぇっ。

カリム、今、アンは居るか?」

慌てた様子のビリーにつられて、カリムも少し動揺する。

「あ、アンですか?アンは確か…昼に出掛けたまま、まだ戻っていません」

「マジか…」

期待が外れてビリーは不安が募る。

 ここらでケリがつけば、リンの行方不明も笑い話で済んだんだが…。

ビリーの不安を感じ取ったのか、カリムが少し補足する。

「はい。アンはご存じの通り酒好きで、朝帰りする事もしばしば。なので、この時間に帰っていないのは特別珍しい事でもないのですが…

アンに何かあったのですか?」

 そうだ、少し冷静になれ。

ビリーは自分に言い聞かせた。

アンの酒好きが過ぎて、そこらで酔いつぶれてるのをビリーも何度か介抱している。

今日もたまたま、つぶれるまで飲みたくなる日だったのだろう。

 アンとリンは、分けて考えていいはずだ。


「いや、すまん。問題ねぇ。アンはいいんだ。アンは。

実はリンの方を探しててな。

医者のとこにも家にも居ねぇから、もしかしたらってここまで来てみたんだが…アンが居ねぇならここじゃねぇな」

カリムの顔色ははっと曇る。

「リンさんが?それは心配ですね…。

残念ながら今日はリンさんを見かけていませんが、そういう事でしたら、こちらでも二人を探してみます」

「あぁ、そうしてくれると助かる」

そう言って、ビリーはすぐ言葉を追加する。

「けど無理はすんなよ?風船野郎もちょろちょろしてっし、その見えない『何か』はっきりしてねぇんだから、諸々慎重にな」

「分かっています。無理のない範囲で、出来る限りの事をするのが我が部隊です」

そう言うとカリムは、ビリーに向かってぴしっと敬礼をきめた。


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