魔女の世界
大丈夫。何度も教えてもらったし、何回かは実際やってるとこも見たし。
チビは深呼吸して気持ちを整えた。
「まずね。今、君が居るこの世界は『魔女の世界』なんだ」
「『魔女の世界』?」
「そう、魔女の世界。ただ世界って言っても、ここそんなに広くないから、サイズ的には国でもいいかも。
それでもここを世界って呼ぶのは、ここが元々、魔女しか居なかったからなんだって。
ここは魔女以外誰も居ない、草木も何にもない荒野で、この世界には魔女一人だけだったみたい」
「それは、ちょっと寂しそうだね」
その情景を思い浮かべ、リーベがまるで我が事のように悲し気な顔をする。
「でしょ?だから大昔の魔女が、山や森や草原と、ここみたいな泉なんかをつくって、少しずつ荒れ地を整えていって…。
それで何となく形になったところで、今度は地上から、たくさんの生き物を集めてきたんだって」
よし。ここまでは順調に話せてる。
チビはこの良い流れが途切れないよう、懸命に話を続けた。
「最初は虫みたいな小さな生き物から始まって、それからカエルやトカゲみたいな両生類に爬虫類、そのあとで小鳥やネズミも迎え入れて…と、どんどん生き物を増やしていって、それで今では、犬や猫も居るような一つの世界になったんだ」
それを聞いていたリーベは何も言わなかったが、その表情がぱっと明るくなった。
「これで世界は大体完成って事で、しばらくはそのまま時が過ぎていたらしいんだけど、先代の魔女の時に急に、人間も招き入れ始めたんだ」
「え…?」
リーベが目を丸くする。
「ん~たぶんだけど。先代の魔女はおっちょこちょいで寂しがり屋で泣き虫で…
あぁ、あとすごい心配性でもあって、全然魔女らしくない魔女だったんだよね」
「あらら」
「どっちかって言うと人間っぽい魔女だったから、人間に情が移っちゃったのかな?」
チビはその時の光景を思い出す。
悲し気に無く背中。
燃える炎の前で、髪を焦がしながらノロシを生み出す真剣な眼差し。
気弱過ぎてビリーにも心配されていた先代の魔女が、今の魔女の世界を見たらどう思うだろう?
「で、まぁそんな訳で、この世界に人間が招かれるようになったんだ。
けど招くにしても、ここは魔女の世界だから、誰でも良いって訳じゃない。
こっちに来られる人間に条件があるんだ」
「条件?」
「まず、魔法を受け入れられる体質な事。
これは一番大事。魔女の世界に招くのに、当然魔法を使って招き入れるんだけど、その魔法が見えたり触れたりしてくれないと、そもそもこっちも連れて来られない。
次に、人生の岐路に立っている事。
今、人生が順調な人に急な移住の選択は迫れないから、何かしら道を選ぶタイミングにある人を招き入れてる。
で、最後は基本中の基本だけど…生きている人である事。
死んでしまった人は地上でもこの魔女の世界でもない場所の管轄になる。
だからこちらからは手が出せないんだって」
一通り聞いたリーベは少し考えた。
「それじゃあ、私は魔法が見えて、何かの選択する所だったって事?」
「そうなるね」
「でも私そんな事、何も覚えてないよ」
「あー、うん。そこも今、説明するね」
一番説明しにくいところなんだよなぁ。
チビは流れ者にとって一番の理不尽であろう内容の説明に、ちょっと気が重くなる。
この説明を少しでも言い間違えれば、相手に不信感しか残らないのだ。
けれど、リーベにそれを伝えないわけにもいかない。
チビはもう一度、ゆっくり深呼吸した。
「えっとね…言いにくいんだけど」
「うん」
「君達をここに連れてくるための魔法って、ちょっと欠陥があって…その魔法に触れると記憶が一時的に薄れちゃうんだ」
リーベが今までで一番目を丸くした。
口も少し開いていて、チビの言った事に心底驚いているようだ。
それを見て、チビの中に申し訳なさが込み上げてくる。
ダメだ、顔に出すな!こういう時こそポーカーフェイス!
今にも情けなく歪んでしまいそうな表情をきゅっと引き締め、チビは続けた。
「でも記憶が薄れるのは一時的だよ?
個人差もあるけど、大体二・三日、長くても一週間くらいで自然に記憶が戻るんだ」
「………うん」
ダメだ、これたぶんリーベ納得してない!
チビは焦って、思わず声が裏返る。
「だから、その…全然心配しなくて大丈夫だからね!」
その後、リーベはずっと何か考え込むように押し黙ってしまい、チビはその間ずっと居心地の悪い思いをした。
最後の一言二言、余計だったかな?
そんな事を後悔するも、今更どうしていいかなんて分からない。
もう下手な事を言うより、リーベが何か言うまで待ってた方がいいんだろうな…。
そうやってチビが途方に暮れていると、ようやくリーベが口を開いた。
「ね、チビ」
名前を呼ばれただけなのに、チビの心臓は飛び上がりそうだ。
「な、何?」
「それで、私、これからどうしたらいいかな?」
少し心細そうに尋ねたリーベに、チビはハッとした。
「………え、あっ⁉」
説明してなかった!
記憶の事で後ろめたさを感じるあまり、チビはこの先の事を説明するのを忘れていた。
そっか、あんなところで話が途切れちゃったから、こんな気まずかったんだ!
忘れていた事は置いておいて、これで少し明るい話題ができる。
「ごめん、忘れてたっ!」
嬉しくて満面の笑みでチビは顔を上げた。
そんなチビと目が合ったリーベは、たまらず声を上げて笑う。
「な、なんで笑うの?」
「だって、なんだかすごく嬉しそうで…チビ可愛いっ」
「………可愛い」
「そう、可愛い」
「そろそろいい?また忘れちゃう前に話しときたいんだけど」
リーベが落ち着くのを待って、チビは改めて声をかけた。
「うん。笑っちゃってごめんね」
まぁ機嫌が良いならいいだけど…。
そんな言葉は飲み、チビは軽く咳払いして仕切りなおす。
「じゃあ説明するね。
この世界に君を招いたからには、僕達は君に、この世界を好きになってほしいわけ。
だから君の記憶が完全に戻るまでの間、僕達は出来る限り君をおもてなししたい」
「おもてなし?」
「そそ。皆で大歓迎する感じ。
衣食住の面倒を見るのは当然として、他にも何かやりたい事…
行きたい場所とか見たい物があれば案内するし、食べたい物があれば用意する。
連日パーティー三昧とかも出来るよ?」
「ふむふむ?」
まだ実感の湧いて無さそうなリーベに、チビは水を向ける。
「リーベは何かしたい事ある?」
「したい事?う~ん、なんだろう」
リーベは頬杖をついて遠くを見つめる。
「ん~難しいなぁ。
何が好きだったかも思い出せてないから、私、何がしたいのか…魔女の世界って言われてもピンと来ない、し。
あっ!」
「何か思いついた?」
「じゃあね、チビ。私、魔法が見てみたい!
そういうのでもいい?」
全く予想していなかったリーベの要望に、チビは目を丸くした。




