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チビ

林を抜けた先に見渡す限り草原が広がっていた。


丈の低い草とまばらに咲いた花が、白夜に照らされて、ゆらゆらと風になびいている。

林と草原の境には一本の浅い小川が流れていて、その水音が辺りの雰囲気を一層長閑なものにする。

今が夜中でなければ、ここは生き物たちの憩いの場所として賑わっていただろう。


ここまで来て、チビはようやく一息ついた。

ビリーに流れ者を押し付けた事に多少の罪悪感はあったが、それ以上に今は安堵感がある。

それだけチビにとって流れ者の案内は負担だった。

まだ一度も一人で案内した事が無いのに、他の案内人が不在の中、何のサポートもなく子供を相手にするなんて、チビには考えられなかった。

 ビリ爺が居なかったらどうなってたか…。

あんな軽い態度であの場を離れたものの、チビはビリーに本当に感謝していた。


ただ気がかりなのは先程聞こえたビリーの遠吠えだ。三回の遠吠えは警戒だったか。

あの流れ者が警戒対象になるとは思えないが、何かあったのは確かだろう。

もし、それとは関係ない事での警戒だとしても、番犬のビリーはすぐ駆り出されるはず。

 戻った方がいい…のかな。

でも戻ったとして、周囲への警戒が必要な中、チビ一人で流れ者をみる事になる。

それを考えると、このままビリーが流れ者の側に居るか、もしくは、ビリーが適切な人選で流れ者を他の誰かに任せる方がずっと安全だろう。

 それなら僕は何もしない方が安全じゃん。

チビは正当な理由を導き出し、胸をなでおろし…あの流れ者の子供の事は、全てビリーに託すことを決めた。


 安心したら喉が渇いちゃった。

チビは小川まで行って水面をそっと舐める。水源から少し離れた浅い水辺は少し温んで、チビにはちょうどよい清涼感だ。

そして満足いくまで水を飲み、清々しい気持ちで顔を上げる。

今は、水音に混じる歌声も心地良い。

 ………歌声?

チビは耳を伏せ、眉間にしわを寄せた。そして少し体を縮めて周囲を警戒する。

確かに歌声が聴こえる。

それは鼻歌のような歌詞のはっきりしない歌声で、チビの全く知らない者の声だ。

 子供じゃないっぽいけど…まさか、さっき流れ者が来たばかりなのに、他にも?

聞き覚えのない声にチビは緊張する。

通常、ノロシが流れ者を連れてくるのは一度に一人。それも何百日に一度の事で、そう頻繁にあることじゃない。

チビだって流れ者を見たのはあの少年で三人目。それも、かれこれ二年ぶりだ。

もし、この歌声の主が本当に流れ者なら、一日で二人。前代未聞の事態である。

 まさか、だよね。


だが、確かに歌声は聴こえている。

チビはそっと顔を上げて声の主を探した。

 違う、きっと違う。大丈夫。たぶん、誰かの声を聞き違えてるだけだ。

不安を打ち消すように自分に言い聞かせ、チビは小川を飛び越えて草原に分け入る。

そして草の中からそっと顔を出し、周囲の様子を伺った。

すると草原の真ん中あたり、チビからは十メートルほど先のところに、黒っぽい人影があった。

こちらに背を向けているその人影は大人の男性のようで、どうやら草原の花を摘んでいるようだ。

鼻歌を歌いながら草原を歩き、時折かがんでは、気になった花を摘んでいるらしい。

 なにあれ…?流れ者っぽくはないけど…なんか怪しい。


そんな疑惑を向ける視線は、すぐに相手にも気付かれたようだ。

黒っぽい人影がやおらこちらを振り返る。

「おやおや、こんなところに猫ちゃんですか?こんばんは。気付きもせず鼻歌などお聞かせしてしまい申し訳ありません」

そう言って帽子をとって軽い会釈をすると、声の主はチビに近付いてきた。

 うわっ…来ちゃったぁ。

目の前に来た男はタキシードにシルクハット、そして…青い風船でできたのっぺらぼうの髭面顔。

正直、チビはこの男と関わりたく無かった。

もちろん、知らない相手なので好き嫌いの話ではなく、ただ面倒臭かっただけなのだが、いざこの男を目の前にしてみると、その思いはより強くなる。

 この変な人、話長そうで嫌だな。


「おや、猫ちゃんとは初めましてですね。ではまず自己紹介を。私、ミスター・ブギー・バルーンと申します。少々長くなりますので、どうぞMr.BBとお呼びください。

さて猫ちゃんのお名前をお伺いしても?」

「あー…チビだよ」

チビは少しでも早くこの会話から解放されるために、出来るだけ言葉数を減らして話をする事にした。

「チビちゃん…!名は体を表す!実に素敵なお名前ですね。小柄な体躯に愛らしいブルーアイ。本当によくお似合いです」

チビはこの言葉にムッとしたが、話を早く切り上げさせる為にぐっと堪える。

「…ありがと」

「ところでチビちゃん、お聞きしたいのですが。この花とこの花とこの花、女性にお贈りするにはどれが良いですかねぇ。私、花言葉には疎いもので、ただ美しく愛らしい花をお贈りしようと思うのですが…ほらこれ。白にピンクに赤に黄色。それにどれも花弁の数も形も違うんですよ?この中から一つを選ぶのも勿体なく、本音は全てお贈りしたいのですが、一つ一つは素晴らしいのに束ねると魅力が…何かまとまりが無くなってしまうとは思いませんか?」

「いや、全然どうでもいいから⁉」

Mr.BBの長話に気持ちを乱され、チビの思惑は三ターンもたず破綻した。

「花なんかどれも一緒でしょ。花言葉だって相手が知らなきゃ意味無いし、もらった花の意味がどうとか細かい事言ってくるなら、そもそもこっちに気が無いんでしょ!」

「おぉっ!それは目から鱗でした!そうですね、好いた相手からの贈り物なら意味を勘繰ろうはずもありません。受け取る相手の事ばかり考えていては送る側の思いが伝わらないというもの。私は私の選ぶ物をお贈りする事にもっと自信を持つべきですね」

「そうだよ。贈りたいなら全部贈ればいいじゃん。全部まとめたら雑草っぽく見えるけど、それも愛のカタチでしょ」

「っと………雑草っぽいです?これ」

あれだけ流ちょうに話していたMr.BBが言葉に詰まる。

「だってここに生えてるの全部雑草じゃん」


Mr.BBは持っていた花を空にばら撒いた。

「ふむ。花を贈るというのは古典的で普遍的なものだと思っていましたが、一度その考えを捨ててみる良い機会かもしれません。何か他の贈り物を考えましょう」

「切り替え早っ」

「さて改めてチビちゃん、こちらが本題なのですが」

「は⁉今までの前置き?長すぎでしょ!」

チビは噛み付かんばかりの勢いで怒る。

「えぇ。それについては申し訳ありません。性分でして、つい話が逸れて広がっていってしまうんですよね」

「逸れるか広がるかどっちかにしてくれる⁉」

「では、広がる方で。チビちゃん、魔女がどこにいるかご存じないですか?」

 …魔女?

チビは一瞬、もやっとした思いを抱いたがそれが上手く言葉にできない。

「私、愛しい魔女様に会いたくて会いたくて、その一心でここまで来たのです…。

きっと、たぶんですが、彼女も私の事を待ってくれていると…だからこそ、私もここまで来られたのだと」

先程までと打って変わって、Mr.BBはしんみりと消え入りそうな声を出す。

その声にチビの中にあった思いがすっと消えた。

「魔女なら、今日はチョコ姫の所だと思う」

「…チョコ姫?ですか」

「そう、チョコレート姫でチョコ姫。

この先の街にある一番大きな建物に住んでるんだけど、そこに定期的に魔女が様子を見に行くんだ。それが確か今日だったと思う」


Mr.BBが俯いてチビから隠した顔で、にやりと笑った。


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