リンの家
あのあと、僕とコースケも、ビリーと同じように膝掛けを肩に掛けてマントにした。
思いの外、ビリーの機嫌を損ねたからだ。
ビリーは怒って『膝掛けマントを外せ』と言ったけど、コースケが『ビリーが膝掛けを使ってないと、こっちが使いにくい』と言って、それで考え出された妥協策だ。
全員マント姿になると、お互い腹を抱えて笑い合って仲直り。
それからやっと、僕達はリンさんの家に向かって出発した。
それと。僕は結局またコースケのリヤカーの荷台に乗せてもらった。
膝の怪我はもう全然痛くなかったけど、ビリーからもう夜中だと聞かされて、さすがに少し休んだ方がいいなと思ったからだ。
ただ到着まで三十分しかないとなれば、半端に寝る方が辛そうで、返って眠れない。
僕は結局、到着まで眠らずに、ずっと二人にあれこれ質問をしていた。
でも僕の質問が全部白夜のことで、あまりの質問の多さに二人とも終始引いていた。
二人とも白夜にはあまり詳しくないらしく、最後の方は『夢中になれることがあるのは良いな』と、適当に誤魔化されてしまった。
そんな中、ふと何かに気付いたようにコースケが声を上げた。
「ちょっと待て。さっきから何かおかしいな〜と思ってたんだけどよ?
ソラ、お前もしかして俺にだけ『~です、~ます』って言ってる?」
「あー…」
「あっ!酷ぇ、なんだよそれ!俺だけ仲間外れみたいじゃんかよ!」
「いや、そんなつもりはないんですけど…」
今度は僕が答えに詰まってしまった。
悪気なんてないけど、コースケと出会ってまだ数時間だ。とてもタメ口では話せない。
(みんな、そういうものじゃないだろうか?)
「あぁ、ソラは最初、俺にも敬語だったぞ?」
「うわー、マジで?」
「あぁ。だから俺の方から『タメ口にしてくれ』って言ったんだ」
「えー、じゃ俺にもタメ口にしろよ。なんか壁あるなぁって、寂しかったんだぞ?」
「えぇ…」
「はい、決まりー。今から敬語禁止。
これからは俺のことも呼び捨てな?」
「えーっ………」
ここから一気に僕の言葉数が減って、先程とは打って変わって大人しくなったので、
「お前…そんなにタメ口苦手かよ?」
と、コースケが半ば呆れていた。
リンさんの家が見えたのはその頃だった。
周囲の木がまばらになり、森が林に変わったところで、道の先に小高い丘が見えた。
その丘の一番高いところに小さな小屋が建っている。これがリンさんの家らしい。
あの医者の家より一回り小さいだろうか?
でも、白く塗られた壁と焦げ茶の屋根、庭先には花壇もあって、外観は医者の掘っ立て小屋のような家より、ずっと家らしい。
リンさんの家が見えると、コースケの歩くペースがぐんと上がった。
丘を登る道は左右にくねくねとうねっている分、見た目以上に距離が長いが、コースケは小回りを利かせ上手に登って行く。
そしてだんだん家が近付くと、コースケが更にペースを上げて心配そうにつぶやく。
「なんか…おリンさん家、暗くねぇか?」
外が明るくて分かりにくかったが、確かにリンさんの家は灯りが点いてなさそうだ。
「まぁ時間的には夜中だ。寝てるかもな」
そう言いつつも心配なのか、ビリーが駆け足で家の前に行き、先に中の様子を伺う。
「おい、リン!居るか?」
「おリンさーん、こんばんはー!」
ビリーとコースケが家の外から代わる代わる声をかけるが、暗く静まり返った屋内から返事は無かった。
「仕方ねぇな。ちょっと中、入ってみるか」
そう言ってビリーが玄関扉に足をかける。と、コースケからストップがかかった。
「ちょい待ち!こんな時間に、おっさんが女の家に許可なく入るもんじゃねぇよ」
「…なら、お前が行け、コースケ」
ビリーが不愉快そうに、扉の前を譲る。
しかしコースケは両手を上げて断った。
「いや、そんなの俺だってダメだろ!そんな事したら、おリンさんに嫌われちまう‼」
「お前なぁ。じゃあ、どうするってんだ?」
「あ、いや。えーっと…」
コースケが困ったように僕を見た。
「………え、僕⁉」
「いやぁ…。たぶん、おっさんやお兄さんが行くよりはいいだろ?」
「あぁ、なるほど。ソラが居るか」
焦る僕を横目に、二人が勝手に納得するので、僕は慌てて否定する。
「いや、ちょっと待ってよ!それを言うなら、僕は一度もリンさんに会ったこと無いよ。
急に知らないヤツが入ってくるより、知り合いの方がいくらかマシなんじゃない?」
「あぁ…まぁ。それもそうか」
「いや、知り合いの方がアウトだろ。
知ってるおっさんやお兄さんより、知らねぇ子供だ。そっちのが絶対マシだって」
「いや、そんなことは…」
「ソラ、お前すげぇ善良そうな顔してっから大丈夫だよ。頼む!」
(家に突然入って来るヤツに、善良そうも何もないと思うけど…)
コースケのゴリ押しに押し切られ、結局リンさんの家には、僕が入ることになった。
「えっと…リンさん、入りますねー…」
ビリーとコースケが見守る中、僕はリンさんの家の玄関の扉をゆっくり開けた。
この時間、家の中は外よりも更に薄暗く、窓から低く差し込む光が、静かな屋内に怪しげな雰囲気を漂わせている。
(まるで、人の侵入を拒んでるみたいだ)
僕は緊張に息をのんで、中に入った。
玄関には桜色の玄関マットと、同じ色のスリッパが一足きちんと揃えておかれている。
それと、右の靴箱の上には赤い小菊が活けられた花瓶、左の壁には白いオウムの絵も掛けられている。
(なんか丁寧に暮らしてるって感じがあるのに、人気が無いだけで全部不気味…)
僕はなんとなく音を立てたくなくて、そっと靴を脱ぎスリッパは履かずに家に上がった。
と同時に、ぎぃと音がして玄関扉が閉まる。
思わず後ろを振り返るけど、普通に扉が閉まっただけで、そこには何もない。
(こんなので…ビビり過ぎだ)
僕は鳥肌の立った両腕を撫でながら、恐怖を押し殺して、家の中を進んだ。
入るとすぐ左に、花柄の暖簾で仕切られた畳半畳分の収納スペースがあった。
そっと暖簾を上げて中を覗いたけど、そこは荷物で溢れ人が隠れるスペースはない。
続いて、その先にある扉の前に立った。
扉をノックしてからそっと開けると、そこはトイレだった。ここにも誰も居ない。
次にトイレの隣にある扉も開ける。
こちらは洗面脱衣所で、入って右側にもう一つ扉があり、その中に浴室があった。
浴室への扉は半開きだったので、隙間から覗いたが、やはり誰もおらず、浴槽の水は抜かれていて、今日使った形跡もない。
ここで廊下が突き当りになり、今度は廊下の反対側、右側の部屋を確認する。
右側は扉がない代わりに、部屋への出入り口が一つ、花柄の暖簾で仕切られていた。
(リンさんが居るとしたら、こっちだろうな)
「リンさーん、いらっしゃいますかー?」
僕は改めて声をかけながら、中に入った。
入った先の部屋は一続き大きな部屋になっていて、廊下の突き当り側が台所と食卓スペース、玄関側が居室となっている。
僕は先に台所に目をやったけど、こちらは近付くまでもなく誰も居ない。
壁側に流しやコンロ、備え付けの吊戸棚と、天井まで届く収納棚。それと椅子が二つセットになった小さな食卓テーブル。
その全てが一目で見渡せるのだ。
だから、ここが最後。
残る居室スペースを確認した。
(ここで人を探すなら、やっぱベッドかな?)
でもそのベッドは、布団がきちんと畳まれて端に寄せられていたので、こちらも一目で誰も居ないと分かる。
他にあるのは小さな机と座椅子、そして丈の長い服を掛けて仕舞えるクローゼット。
クローゼット。
(………いや、まさかでしょ?)
僕は一瞬で血の気が引いて、緊張で掌に汗が滲んできた。
でも、ここまで来たからには、ちゃんと確認しないと意味がない。
僕は掌の汗を服で拭い、少し震える手でクローゼットの扉を開けた。




