白夜
玄関から外に出ると、少し気温は下がっていたが、西の空にはまだ明るさがあった。
森の向こうには太陽の気配も感じられる。
(傷の治療した後で、食事まで済ませたのに、まだこんなに明るいなんて…)
確実に夜が近付いているはずなのに、なんだかおかしな感じだ。
ビリーは玄関から庭にまわると、建物から少し離れた所に座り、単刀直入に言った。
「ちょいとリンの家を見て来てぇんだよ。
大丈夫だとは思うが、風船野郎の事もあるから念の為、確認しておこうと思ってな」
「Mr.BBが関係してるかもって事?」
「ん-、アイツが狙ってんのは魔女だから、リンは関係ねぇと思うんだが…。
風船野郎は人捜してんだから、たぶん前回会ってねぇヤツに声かけてくるだろ?
そうすっと前は居なかったリンが、風船野郎に声をかけられてる可能性がある。
それがなんか気になって…一応な」
ビリーの言葉に、さっきまで楽観的だったコースケの顔色がにわかに青くなる。
そうだ。
コースケが『おリンさんは自主的に帰宅した』と判断し、医者もそれに納得したので、話はうやむやになっていたけど、それでリンさんの行方が分かったわけじゃない。
それに、それとは反対にビリーは『リンは黙って居なくなったりしない』と言っていた。
なら、リンさんは今、何処に?
リンさんの不在を不審に思うビリーが、リンさんの家を確認したくなるもの当然だ。
「何だよっ、そう言う事は早く言えよ!
それなら俺も行くぞ!」
「いや、だから…」
「僕も。僕もリンさんの家、行きたい」
「あ?」
「僕が行かないとコースケさんも行けないみたいだし、いいよね?」
ビリーが僕の言葉にはっとして、気まずそうに口をへの字に曲げる。
「…危ねぇかもしれねぇから、二人で留守番しててくれって話がしたかったんだが?」
けど、コースケはそんなビリーを無視した。
「よし!ソラ、またリヤカー乗せてやるよ!」
「うん。あ、でも、それは…足はもう治療してもらったし、今度はちゃんと歩きます」
「遠慮するなって。まだ足痛ぇだろ?それに今、ちょうど荷台はガラ空きだぞ」
「おい、お前等…」
「あのっ、ごめん、ビリー。
でも、あの医者の先生、リンさんを探してほしいみたいだったし、僕も手伝いたいんだ。
怪我、治療してもらったしさ」
僕が正直に気持ちを話すと、ビリーは僕の顔をじっと見つめ、そして溜め息を吐いた。
「…ったく。腹いっぱいになったところで、大人しく寝ててくれりゃと思ったのに。
おいコースケ、じいさんに話して来い。
ただし、風船野郎の事は絶対に言うな。
また要らん事、思い出して落ち込むからな」
ビリーが仏頂面で指示するが、コースケの方はリンさんの家に同行できる事になったので、機嫌よく医者の元へと走って行った。
コースケが家の中へ行くのを見送ってから、僕はビリーに謝った。
「ビリー、本当にごめん。
足手まといには、ならないようにするから」
「まぁ、お前さんの気持ちも分かるがな…。
けど風船野郎が出てくるようなら、その時は必ず俺の言う事を聞いてくれよ?」
「うん。その時は絶対」
「それと、ソラ。もうこんな夜中だし、無理しねぇでリアカーには乗せてもらえ。
んでお前さんは少し寝た方がいい。傷も完全に塞がったわけじゃねぇんだからな」
(………ん?)
「え…夜中?まだこんなに明るいけど?」
屋内の灯りはコースケがけてくれたけど、屋外の灯りはまだ点いていない。
けど、それで十分なくらい外は明るい。
冬なら夕方四時頃、夏でも夜七時頃くらい…外は今、そんな日暮れ前後の明るさだ。
(それなのに、夜中?)
僕が不思議がっていると、ビリーは何か思い出したような顔をした。
「あぁ、言ってなかったか?白夜なんだよ。
空は明るいけど、もう太陽は北の方まで来てるから…そろそろ夜の十一時くらいだな」
「………白夜!?」
白夜とは、太陽が『朝、東の低空に現れ、昼に南、夕方は西へ進み、夜は北、そしてまた東へ』…と、一日中沈む事なく、地平線すれすれの低い空の上を、円を描くように進む事をいう。
一日中太陽が沈まない、もしくは沈んでも地平線の下の浅い位置に留まるので、夜になっても暗くならないのだ。
でも、こんな特殊な現象、本来なら条件の整った北極でしか見られない。
(だから白夜なんて、僕は一生目にする事は無いと思ってたけど…)
僕はすぐに北の地平を確認した。けど森の木に邪魔されて、そこに太陽は見えない。
そこで今度は南の空を確認する。
すると南の空は周囲と比べ、かなり暗い。
(けど、これが白夜なら、南の空もこれ以上暗くはならないってことか)
暗い空に、僕は胸の中が空っぽになった。そしてすぐ、今度は心臓の音が全身に響いて、体が熱っぽくなっていく。
「…見たい!」
「ん?」
「ビリー!白夜の太陽を見てみたい!
どこに行ったら見られるかな?」
僕が急に大きな声を出すものだから、ビリーは目を丸くした。
「…あーっと、太陽か?どうだったかな。
森を出て高い所に行けば見られるだろうが…ちょっと行ってみねぇと分かんねぇな」
「あ、じゃあ、僕が最初に居たあのぶどうの木の上とかは?すごく高かったよね?」
「あ、あそこは見張り台って言うんだ。けど、あそこに登るのは、降りるよりキツイぞ?
…夜の太陽が見られればいいんだよな?」
「そう!昼の太陽も見たいけど、一番は夜。今の時間の太陽が見てみたいんだ!」
「んー、ちょっと待て」
ビリーが目を閉じて何やら考え込む。
きっと頭の中で地図を描いているのだろう。
「北側が見通せて…地平線が…うん。
なら、リンの家の裏手にちょっと高めの丘があるから、後でちょいと寄ってみるか?」
「本当?あ、でも…時間かかるかな?」
「いや。ゆるい上り坂が続くが、リンの家までなら三十分もあれば着く。今からなら太陽が北にあるうちに見に行けるはずだ」
「やった!」
(白夜の太陽が見られる!)
そこに行くのが決まっただけで、僕は抑えきれないくらい嬉しかった。
太陽が見られると決まって興奮した僕は、それからしばらくビリーを質問攻めにした。
『寒くないけど、ここは北極なのか?』『白夜はどのくらいの期間続くのか?』
他にも、『動物はどう暮らしてるのか?』『花は?夜しぼむ花は咲きっぱなしか』とか。
とにかく、たくさん聞いたと思う。
そして、ビリーはそのほとんどに『どうだったかなぁ』『考えたこともねぇよ』と繰り返し、最後の方はもう明らかにうんざりしていた。
そんな時、やっとコースケが戻ってきた。
「お!コースケ、遅かったな」
途端に、ビリーの表情がぱっと明るくなる。
やっと解放される、と顔に書いてあった。
「…くっそ、面倒臭かったぁ」
コースケは手に膝掛けらしきものをいくつか持って、かなりぐったりしている。
「どうしたんですか?」
「おリンさんの家に様子を行くっつたら、またじいさん暗ーくなっちまって。
ずーっと、うだうだ絡まれてたんだよ」
「あぁ、そりゃ大変だったな」
「………。こんだけ時間かかってんだから、誰か様子見に来てくれねぇかなーって思ってたのに、結局誰も来ねぇしよぉ」
(あぁ、それは申し訳ない)
「俺なんてよ、ちょいと冷えるだろうからって人数分の膝掛けまで借りて来てんのによ」
そう言ってコースケは、僕とビリーにも茶色い膝掛けを手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「悪かったよ。ありがとな。けど俺は…」
(ビリーが膝掛けを使うのは難しいかな?)
僕も、たぶんビリーもそう思っている中、コースケがビリーの前で座り込み、ビリーの背中に膝掛けを掛けた。
そして膝掛けの隅をビリーの顎下で固結びして…マントを羽織った犬が完成した。
「………っ!」
「ぶははははははっ!いや、これ赤いのがあれば、もっとよかったのになっ‼」
笑い転げる僕らをビリーがきつく睨む。
「お前等、覚えとけよ」




